溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

文字の大きさ
上 下
115 / 136
三年目の冬の話

四 キッチンのこそこそ話

しおりを挟む
 午前一時半。
 レンは、物音を立てないようにそうっと自宅マンションのドアを開けた。靴下のままで廊下を歩いていくと、リビングのドアを開けて、ルイスが出てくる。
 ルイスは笑顔で、小声で言った。

「おかえり、レン」

 コートを脱ぎながらレンも小声で返す。

「ただいま、ジェイミー。マリーは?」
「寝てる。よく寝る子だねえ」
「よかった」

 寝室に子ども用の低いベッドを置き、預かったマリアンヌを寝かせている。
 レンがキッチンに立つと、ルイスも傍にやってくる。ルイスはいつだってレンの近くにいたい。濡れ落ち葉である。
 レンは手を洗い、緑茶を入れるべく、お湯を沸かすことにした。
 お湯が沸くまでのあいだに冷蔵庫を確かめる。店で余ったので持ち帰ったものを冷蔵庫に入れた。

「マリー、大丈夫だった?」
「レンが出て行ったときは泣き叫んでいたけど、すぐに落ちついたよ」
「よかった。心配で。あんなに泣くんだもん」

 レンが自宅を出るとき、マリアンヌはこの世の終わりのように号泣していた。

「姿が見えなくなったらけろっとして、おもちゃのピアノでずっと遊んでいたよ。音がするのが好きみたいだ」
「昼間も弾いてたよ」
「将来はピアニストかな? あと、すごく歩くね。歩くのが楽しいみたい」
「こんな小さいのにこんなに歩くんだね。ほとんど走ってない?」
「こけそうで怖いよ」
「ごはんは食べてた? 作っておいてあったの」
「ああ、食べたよ、全部。作ってもらっていたビビンバおにぎり、チヂミ、野菜スープ、卵豆腐。あと、バナナ、トマト、さつまいも。よく食べる子だよ」
「ジェイミー、自分は? 冷蔵庫に残ってるけど」
「……忘れていたね」

 ルイスは、急に空腹感を覚える。子どもがいると、子どもの話ばかりになるし、自分のことは後回しになる。後回しにしたまま忘れていた。
 レンは苦笑しながら、ルイスの食事の支度をすることにした。大人用のビビンバと、持ち帰った惣菜を出して用意していく。
 マリアンヌを預かって三日が経つ。
 レンは朝から夕方まで面倒をみて、仕事に行って、夜眠る。
 ルイスは、昼から夕方にかけて仕事に行き、夜に面倒をみている。夜か午前中に、寝るか、在宅で仕事をしている。

「レンは今日で今年の営業は終わりだったね」
「うん」
「せっかくの年末年始なのに、ゆっくりできそうになくて、ごめんね」

 レンは驚いた。

「え? なんで?」
「うちの親族のことなのに」
「ジェイミーと俺は家族なんだから、気にしなくていいんだよ」
「……ありがとう。だけど、僕はクリスもいたし、当時の子世代では年齢が上のほうで、あとは下ばかりだったから、子どもに慣れてる。けど、レンは慣れていないでしょう」

 とはいえ、ルイスは、小さな子が大きくなってくると次第に避けられる存在であった。
 レンは一人っ子で、親戚もいなかったので、子どもという生き物にほとんど触れずに過ごしている。ただ、地域の子だったので、小さな子どもはいるにはいた。
 ただ、自分が子どもを持つということを一切想像していなかったので、大人として何をすればいいのか、わからないことが多い。

「んー、でも、今のところ何とかなっているし、マリーは可愛いし、いいんじゃない」
「たしかに可愛いな」

 子どもを抱っこするのに慣れているため、ルイスがマリアンヌを抱いていると、いかにもルイスがパパらしくて絵になる。
 あ、こういうのもいいなとレンは度々思っている。
 キッチンの作業台にもたれかかりながら、ルイスは訊ねた。

「レンって、自分の子ども欲しい?」
「え? 自分の子ども? 考えたこともなかったなあ。はい、ごはんできたよ。どこで食べる? ダイニング? コタツ? 書斎?」

 レンはトレーの上にお箸と食事の皿をのせ、緑茶を淹れて湯のみに注ぐ。

「レンは今からお風呂?」
「うん。入ってくる」
「では、脱衣所で食べる」

 ルイスはレンの傍にいたい。
 またおかしなことを言っているなとレンは苦笑した。とりあえず、トレーをダイニングテーブルに置く。風呂へ向かう。
 だがルイスは真剣だったので、ダイニングテーブルに一旦置かれたトレーを持って、本当にレンの後についていって、脱衣所で食べた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...