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三年目の冬の話
五 初詣の攻防
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一月一日。午後一時。
ルイスとレンはスーツに着替えてコートを着込んで、マリアンヌを連れて、ルイスの会社近くの小さな神社にやってきた。曇っており、雪が降りそうな空模様だ。人のまばらな鳥居の前で三人で、人を待っている。
レンはマリアンヌを前に抱っこしている。
ルイスは荷物係をしている。
「レン、こっちでよかった? 商店街の方の神社じゃなくて」
「一応、あとで行っておくよ。神さまも宮司さんもここと同じだけど」
「詳しいね。さすが地元民」
「ジェイミーは神さまが違うんじゃないの」
「僕は法人参拝ということで」
と話していると、待ち合わせしていたエマとクリスティナがやってくる。
「レン兄! あけましておめでとうございます」
クリスティナは正月用の着物を着ている。髪もアップにして飾っており、可愛らしい。エマはパンツスーツだ。
三人が揃うと華やかさが並大抵ではないとレンは思った。外国人だからそれだけで目立つという理由もあるが、とにかく美人なので周囲の視線が刺さる。
「あけましておめでとうございます。クリスさん、お着物、とても似合いますね」
「嬉しい! 褒めて褒めて! レン兄もそのコート似合うね!」
「ありがとうございます」
「あけましておめでとう。クリス、いつも美しいけれど、今日は格別だね」
容姿端麗な叔父の全力の笑顔攻撃に、クリスティナはテンションが下がる。
「ルイス。あけましておめでとう」
「二人とも、あけましておめでとう。マリーも」
エマが覗き込むと、レンの胸の中で、マリアンヌがぐずって、レンの胸に頬を寄せる。
レンはマリアンヌの頬に指の関節で触れながら訊ねる。
「どうしたのマリー。あけましておめでとう、だよ」
お参りの列に並んでいると、マリアンヌはレンに手を伸ばした。
「ままままま」
「マリー、おなかすいた?」
エマは驚いた。
「あらー、やっと喃語を話すようになったのね」
ルイスはマリアンヌを覗き込んだ。
「マリー、たまごボーロあるよ。たまごボーロ。食べるかい、美味しいよ。食べる?」
「あい」
と、マリアンヌはルイスに手を伸ばす。ルイスはポケットから取り出したたまごボーロの小袋を開けて、マリアンヌに与える。
「お茶を飲もうか。マリー、温かいお茶だよ。おーちゃ」
「おしゃ」
ルイスは麦茶の入ったマグを取り出してマリアンヌに飲ませる。
クリスティナは感嘆する。
「……マリー、よくしゃべるようになったね。うちにいたとき、一言も話さなかったのよ」
「そうそう。ごはんも全然食べなくてね。寝ないし、人見知りで」
ルイスもレンも驚いた。
「え、そうだったんですか」
「うちではよく寝るし、もりもり食べるよ」
「レン兄がごはん作ってるからかしら?」
「恐縮です。だけど、マリーのごはんは基本通り作ってますよ」
「でもレン、食材にはとてもこだわっているよね」
「そこは譲れないよ」
「レンくん。マリー、他におしゃべりする?」
「結構いろいろ。わんわんとか。昨日マンションの敷地内の公園に子犬連れの人がいたんです」
「わんわんいたねー、マリー。きのう、わんわん。お散歩をしていたね、わんわん」
「わんわん」
「車を見てブーブーとか。あ、おもちゃのピアノを弾きながら歌ってますよ」
クリスティナが驚く。
「歌うの!? 弾き語り!?」
「よかったわねー。おしゃべりが近くにいるからかしらね」
「何でも僕のせいですね」
急に強い風が吹いて、冷たさに身を竦める。一月になると寒さが本格的だ。マリアンヌは着込んでいるが、レンは軽く庇う。風は冷たい。
クリスティナが身を震わせるのを見て、ルイスは自分の着ていたコートを脱いで、クリスティナに羽織らせた。
「クリス。着ていなさい」
「いらないわよ、別に」
「意地っ張りのお嬢様。親切は受け取っておくものだよ」
「大丈夫よ、クリス。ルイスは風邪ひかないのよ」
「エマ姉さんもね」
姉と弟は馬鹿のなすりつけあいをする。
クリスティナは黙ってルイスのコートを羽織っておく。こういう気遣いをされると、ルイスのことが大好きで信頼していた頃を思い出してしまって、クリスティナは複雑な気分になる。約束を守らないことさえ除けば、彼は本来、憧れの叔父なのである。
お参りの順番が来る。本坪鈴を鳴らし、お賽銭を投げて、四人で手を合わせた。次の人に場所を譲って、境内を歩いていく。
「あ、おみくじがあるよ」
全員でおみくじを引いた。
「あたし中吉。レン兄は?」
「俺は吉です。マリーも同じですね、吉。ジェイミーは?」
「見なくても大吉だよ。引きが強いんだ。大吉以外は引いたことがない」
レンは念のためルイスの引いたくじをもらって開けてみる。
言った通りだった。
「うわ。ほんとだ。すごいな」
内容もすごい。何でも思い通りになると書いてある。
「エマ姉さんもそうでしょ」
「実はそうなのよねえ」
エマはおみくじをひらひらさせる。大吉である。
おみくじを結ぶ所があり、紐が張ってあるので、レンはそこに自分のものとマリアンヌのもの、さらにルイスのものを結ぶ。
移り気なルイスは隣の授与所でお守りを覗いている。
「健康成長祈願、無病息災。ね、マリー。お守りに小さい鈴がついているよ。チリンチリンだね。きれいな音だね。食べちゃだめだよ。レンは商売繁盛にしようね」
「ありがとう。ジェイミーは?」
「僕は必要ないかな。なんでも思い通りになるし。クリスは学業成就でいい?」
「あたしは恋愛成就かな」
とこっそりレンを見る。
途端にルイスはクリスティナをライバル視し始める。
「そればかりは僕が許さないよ」
そして勝手に学業成就と交通安全を選んで受けて、クリスティナに渡した。クリスティナは黙って受け取っておく。ルイスはエマにも商売繁盛を渡す。
「エマ姉さん、状況は?」
「まだわからないのよ。ミシェルはもともと学生だったから、学校関係者を当たってるところ」
「そうか……」
雪が少し降ってくる。降り始めだが、本格的になる予感のする、静かな降り方だ。
レンはマリアンヌに雨よけ用に持ってきた帽子をかける。
ルイスはレンに傘を差した。エマとクリスティナは傘を差して二人で入る。
「お参りも済んだし、そろそろ帰ろうかな。姉さんとクリスはまだ挨拶?」
「そうね。あと三件」
「マリー。ほら、雪が降っているよ。雪だよ。白くてふわふわで、きれいだねえ」
ルイスはマリアンヌを覗き込み、額にキスをする。ルイスの声は甘い。
クリスティナは言った。
「……すっかり子煩悩で怖いよ、ルイス」
「ちなみにずっとこんな感じです」
「レン兄……。マリーがしゃべるはずだわ」
「クリスが小さい頃も同じだったわよ。だからクリスも口達者なの。っていうかクリスもマリーがうちにいるとき、マリーにこんな感じだったでしょ」
「一緒にされても困るよママ」
「僕のおしゃべりはエマ姉さんのせいだよ」
「私のおしゃべりがルイスのせいなのよ」
「では、乳母のジャスミンのせい」
「そうそう。ジャスミンはマシンガントークだったのよね」
この場にいないのをいいことに、姉弟は揃って、ジャスミンに責任転嫁した。
ルイスとレンはスーツに着替えてコートを着込んで、マリアンヌを連れて、ルイスの会社近くの小さな神社にやってきた。曇っており、雪が降りそうな空模様だ。人のまばらな鳥居の前で三人で、人を待っている。
レンはマリアンヌを前に抱っこしている。
ルイスは荷物係をしている。
「レン、こっちでよかった? 商店街の方の神社じゃなくて」
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「詳しいね。さすが地元民」
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「僕は法人参拝ということで」
と話していると、待ち合わせしていたエマとクリスティナがやってくる。
「レン兄! あけましておめでとうございます」
クリスティナは正月用の着物を着ている。髪もアップにして飾っており、可愛らしい。エマはパンツスーツだ。
三人が揃うと華やかさが並大抵ではないとレンは思った。外国人だからそれだけで目立つという理由もあるが、とにかく美人なので周囲の視線が刺さる。
「あけましておめでとうございます。クリスさん、お着物、とても似合いますね」
「嬉しい! 褒めて褒めて! レン兄もそのコート似合うね!」
「ありがとうございます」
「あけましておめでとう。クリス、いつも美しいけれど、今日は格別だね」
容姿端麗な叔父の全力の笑顔攻撃に、クリスティナはテンションが下がる。
「ルイス。あけましておめでとう」
「二人とも、あけましておめでとう。マリーも」
エマが覗き込むと、レンの胸の中で、マリアンヌがぐずって、レンの胸に頬を寄せる。
レンはマリアンヌの頬に指の関節で触れながら訊ねる。
「どうしたのマリー。あけましておめでとう、だよ」
お参りの列に並んでいると、マリアンヌはレンに手を伸ばした。
「ままままま」
「マリー、おなかすいた?」
エマは驚いた。
「あらー、やっと喃語を話すようになったのね」
ルイスはマリアンヌを覗き込んだ。
「マリー、たまごボーロあるよ。たまごボーロ。食べるかい、美味しいよ。食べる?」
「あい」
と、マリアンヌはルイスに手を伸ばす。ルイスはポケットから取り出したたまごボーロの小袋を開けて、マリアンヌに与える。
「お茶を飲もうか。マリー、温かいお茶だよ。おーちゃ」
「おしゃ」
ルイスは麦茶の入ったマグを取り出してマリアンヌに飲ませる。
クリスティナは感嘆する。
「……マリー、よくしゃべるようになったね。うちにいたとき、一言も話さなかったのよ」
「そうそう。ごはんも全然食べなくてね。寝ないし、人見知りで」
ルイスもレンも驚いた。
「え、そうだったんですか」
「うちではよく寝るし、もりもり食べるよ」
「レン兄がごはん作ってるからかしら?」
「恐縮です。だけど、マリーのごはんは基本通り作ってますよ」
「でもレン、食材にはとてもこだわっているよね」
「そこは譲れないよ」
「レンくん。マリー、他におしゃべりする?」
「結構いろいろ。わんわんとか。昨日マンションの敷地内の公園に子犬連れの人がいたんです」
「わんわんいたねー、マリー。きのう、わんわん。お散歩をしていたね、わんわん」
「わんわん」
「車を見てブーブーとか。あ、おもちゃのピアノを弾きながら歌ってますよ」
クリスティナが驚く。
「歌うの!? 弾き語り!?」
「よかったわねー。おしゃべりが近くにいるからかしらね」
「何でも僕のせいですね」
急に強い風が吹いて、冷たさに身を竦める。一月になると寒さが本格的だ。マリアンヌは着込んでいるが、レンは軽く庇う。風は冷たい。
クリスティナが身を震わせるのを見て、ルイスは自分の着ていたコートを脱いで、クリスティナに羽織らせた。
「クリス。着ていなさい」
「いらないわよ、別に」
「意地っ張りのお嬢様。親切は受け取っておくものだよ」
「大丈夫よ、クリス。ルイスは風邪ひかないのよ」
「エマ姉さんもね」
姉と弟は馬鹿のなすりつけあいをする。
クリスティナは黙ってルイスのコートを羽織っておく。こういう気遣いをされると、ルイスのことが大好きで信頼していた頃を思い出してしまって、クリスティナは複雑な気分になる。約束を守らないことさえ除けば、彼は本来、憧れの叔父なのである。
お参りの順番が来る。本坪鈴を鳴らし、お賽銭を投げて、四人で手を合わせた。次の人に場所を譲って、境内を歩いていく。
「あ、おみくじがあるよ」
全員でおみくじを引いた。
「あたし中吉。レン兄は?」
「俺は吉です。マリーも同じですね、吉。ジェイミーは?」
「見なくても大吉だよ。引きが強いんだ。大吉以外は引いたことがない」
レンは念のためルイスの引いたくじをもらって開けてみる。
言った通りだった。
「うわ。ほんとだ。すごいな」
内容もすごい。何でも思い通りになると書いてある。
「エマ姉さんもそうでしょ」
「実はそうなのよねえ」
エマはおみくじをひらひらさせる。大吉である。
おみくじを結ぶ所があり、紐が張ってあるので、レンはそこに自分のものとマリアンヌのもの、さらにルイスのものを結ぶ。
移り気なルイスは隣の授与所でお守りを覗いている。
「健康成長祈願、無病息災。ね、マリー。お守りに小さい鈴がついているよ。チリンチリンだね。きれいな音だね。食べちゃだめだよ。レンは商売繁盛にしようね」
「ありがとう。ジェイミーは?」
「僕は必要ないかな。なんでも思い通りになるし。クリスは学業成就でいい?」
「あたしは恋愛成就かな」
とこっそりレンを見る。
途端にルイスはクリスティナをライバル視し始める。
「そればかりは僕が許さないよ」
そして勝手に学業成就と交通安全を選んで受けて、クリスティナに渡した。クリスティナは黙って受け取っておく。ルイスはエマにも商売繁盛を渡す。
「エマ姉さん、状況は?」
「まだわからないのよ。ミシェルはもともと学生だったから、学校関係者を当たってるところ」
「そうか……」
雪が少し降ってくる。降り始めだが、本格的になる予感のする、静かな降り方だ。
レンはマリアンヌに雨よけ用に持ってきた帽子をかける。
ルイスはレンに傘を差した。エマとクリスティナは傘を差して二人で入る。
「お参りも済んだし、そろそろ帰ろうかな。姉さんとクリスはまだ挨拶?」
「そうね。あと三件」
「マリー。ほら、雪が降っているよ。雪だよ。白くてふわふわで、きれいだねえ」
ルイスはマリアンヌを覗き込み、額にキスをする。ルイスの声は甘い。
クリスティナは言った。
「……すっかり子煩悩で怖いよ、ルイス」
「ちなみにずっとこんな感じです」
「レン兄……。マリーがしゃべるはずだわ」
「クリスが小さい頃も同じだったわよ。だからクリスも口達者なの。っていうかクリスもマリーがうちにいるとき、マリーにこんな感じだったでしょ」
「一緒にされても困るよママ」
「僕のおしゃべりはエマ姉さんのせいだよ」
「私のおしゃべりがルイスのせいなのよ」
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