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10 第二皇子はペットをご所望です

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「なんだ? お前帝都のデートスポットも知らんのか? 不憫な奴だなぉ。仕方ない、みんな~、集合~」

 翌朝、私は同じ第二皇子係のレン係長に、ユリアン様の帝都お忍び外出の件を相談した。ところが、なぜか賑やかに係内会議が始まったのだ。

「え~、モニカさん、帝都出身で都会っ子だと思っていたわ。美人ってあか抜けて見えるから得ね。あ、もしかして社会人デビュー?」

 社会人デビュー。心機一転変わろうとしていた……間違いではない。

「ノーラさん。帝都っ子でも、彼氏がいなくてデート出来なかっただけかもしれないから、追及すると可哀想だよ。心配するな、俺が良い店沢山教えるからな」

 彼氏がいないのも正解……。なかなか悔しい。

「先輩方、私の出身地や交遊関係やデートの話ではありません。ユリアン様がお忍びでお出掛けになるという話です。しかも何だか失礼ですし」

 少しイラっとしたが、皆、親身になってくれている。

「まず、服装をどうするかよね!」

 瞳を輝かせながら、服のデザインを紙に描き始めたのは主任のノーラさん。いつもユリアン様の装いを担当しているのか、手慣れた感じだ。

「店は俺が見繕ってやるよ!」

 帝都の店は知り尽くしたと自負しているのは、主幹のマサさん。東方の国出身で、帝都に来てから一通りの店を回ったらしい。

「お前ら~。護衛の動きも考えろよ~?」
「「係長に一任しまぁーすぅ」」

 真っ当な事を言っているのに、軽く流されているのはレン係長だ。だが、皆から慕われているようだし、面倒見も良さそうだ。

 レン係長、マサ主幹、ノーラ主任と新人の私。この四人が第二皇子係のメンバーだ。
 昨日を含め、十分くらいしか一緒にいないのに、この和やかな空気が心地良い。

「今回はモニカちゃんも一緒だから、やっぱりデートがコンセプトよね」
「なら、雰囲気が良い場所を選ぶか」
「街に馴染ませ、動線も短く頼むぞ~?」

 トントン拍子に話が進む。私は蚊帳の外だ。

「あの、メモを取りたいので詳しく伺ってもいいですか?」
「いいから、いいから。任せておいて」
「新人は、先輩の背中を見て仕事を覚えるもんだ」
「いや~。今年の新採は、やる気があっていいなぁッハッハッハッ」

 私の今までの人生など、生温いモノだったのだろう。多くを学び、身に付けた気でいた。
 公爵令嬢としての教育も、帝国学園首席の知識も、社会人になった今役に立たない。
 先輩たちは、もの凄いスピードで皇子の要望に答えようとしている。

(これが、お金をいただいて働くという事ね)

 私は愕然としたが、ここで食らい付いていかねば、一人前の官僚にはなれない。

「先輩方、お手間は取らせないようにします。どうかご指導ください!」
「ヌアッハッハッハッ。いいぞ、新人!」
「いい子が来てくれて嬉しくなっちゃうわね」
「見所あるな!」

 嬉しく感じた。皆さん私に期待してくれている。早く仕事を覚え、先輩たちの助けになりたい。

「ありがとうございます!」
「いい意気込みだが、この会議はもういいぞ。早くユリアン様の所に行って、今日も指示に従ってくれ」
「はいっ!」

 意気揚々とし、私はユリアン様の執務室を訪れた。

「おはよう、モニカ。今日も元気だね」
「おはようございます、ユリアン様。お陰様で、係の皆さんと大分打ち解けました。本日もよろしくお願いいたします」

「それは良かった。モニカには期待しているよ」
「ありがとうございます、ユリアン様」

 生まれて初めて味わう感覚だ。容姿や肩書きの上辺だけで褒めそやすのではない。何一つ持たない私の、やる気を純粋に褒めてくれている。

「ところでモニカ。今日はこれから、ペットを一緒に見に行くよ」
「はい、かしこまりました」

 ユリアン様と私は、業者の待つ第三応接室へと移動した。

「本日は、お招きいただき、ありがとうございます」

 平身低頭で迎えた業者に、鷹揚に片手を上げるユリアン様。外部の人間と会う時は、やはり皇族然としている。
 これこそ私のよく知るユリアン様だ。ユリアン様は早速、生き物たちの方へ歩みを進めている。

「ご足労いただきありがとうございます。こちらで自由に見て行きますので、殿下が足をお止めになりましたら、特性等の説明をお願いします」

「かしこまりました。そちらは温度と湿度の管理が必要な種です。管理が難しいため一般に出回っておりませんから、珍いと重宝されております」

「おお。そちらにご興味がおありですか。御覧いただいた通り、この体格ですから一日の餌の量は膨大です。気性が荒い分手懐ければ、下手な護衛より役立ちましょう」

 ユリアン様の様子を伺うが、特に反応はない。マスクで遮られているし、やはり察するのが難しい御方だ。
 その時、ユリアン様が深く息を吐いた。そして――

「可愛い……」

 確かに「可愛い」と聞こえた。咄嗟に集音魔法を使って拾った音だ。余程小さく呟いたのだろう。
 ここは大人の対応をし、さりげなくユリアン様に勧めてみよう。

「次は、こちらの生き物について説明をお願いします」
「はい。こちらの生き物は知能も高く、まだこどもですから人によく懐きます。有翼ですが哺乳類で育てやすいですし、その上大変希少な種ですから、殿下のペットに相応しいかと存じます」

 ユリアン様を確認してみると、ユリアン様が私の耳元で囁いた。

「いいね。この子にしようか」

「殿下はこちらに決められました。飼育方法の説明文を提出してください」
「ありがとうございます!」



 ケージに入った小さな生き物を私が抱え、ユリアン様の執務室まで戻った。飼い主ではないのに、小さな命を抱えていると思うと身が引き締まる。
 モフっとした銀の毛に包まれ、丸めた体から円らな青い瞳がこちらを覗いている。まん丸の耳と小さな羽、長い尻尾がピコピコ動いている。

(可愛い……)

「モニカ、その子を出してあげて」
「はい」

 そおっと、壊れ物でも扱う様に細心の注意を払って外へ出す。幼い頃から常にレッスンに追われ、息抜きと云えばセオ兄様が遊びに来てくれた時に遊んだくらいだ。生き物と触れあった事がない。

 恐る恐る持ち上げると、手のひら大の小さな体がモゾリと動き、とてもくすぐったく温かかった。その温もりが、この命をしっかり守らなければと思わせてくれる。

「あれ? 涙が……」

 初めて見た生き物を抱えた私の両目から、雫がポタリと落ちていた。

「感動したんだね、モニカ」
「?」

 感動? 演劇や音楽、絵画を鑑賞して感動なんて沢山してきたはずなのに……。私の涙は止まらなかった。


「落ちついたかい?」

 優しいテノールボイスに気がつくと、私はユリアン様の執務室のソファに座り、膝の上では先ほどの生き物が寝息を立てて眠っていた。

「その子の名前、どうしようか?」

 マスクで見えないお顔が、また子どもに向けるように笑っている気がして、途端に恥ずかしくなる。

「ユリアン様のペットですから、ユリアン様のお好きなように名付ければよろしいかと?」
「私が名付けるなら、モニカにしてしまうよ?」
「ご容赦願います」

 この御方、外部の人間がいないと、おふざけが途端に多くなる。

「それにしても、すぐに懐いて膝で眠るなんて可愛いね。それに、とても賢そうな目をしていた」
「本当にそうですね。でもユリアン様は意外と親バカの素質がありそうです」
「そうかもしれないね」

 ユリアン様と私は、互いに顔を見合わせて微笑みあった。――様な気がした。
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