82 / 90
81.母と騎士
しおりを挟む「ジード……」
瞼に落ちてくる涙も、自分を抱きしめる腕も、伝わって来る胸の音も。
……ちゃんとここにある。目を瞑って恐る恐る開けても、消えはしない。
また会えて嬉しい。すごくすごく嬉しい。
ずっと会いたかった。
もう会えないと思っていた。
胸に浮かんだ言葉は全部、どこかに行ってしまった。
「ユウ」
こんなに……自分の名前を呼ばれるのが嬉しいなんて、思ったことがなかった。 ジードが俺を呼ぶ時の発音は、こっちで呼ばれるのと少し違うんだ。『ユウ』と『悠』は同じじゃない。
「⋆いに⋆た」
「会いに、き……たの?」
俺の言葉に、ジードがそっと体を離して微笑んだ。
――会いにきてくれた。
これは、夢じゃないんだ。
「⋆⋆が、ない」
「ないって、何が?」
「⋆⋆⋆じ、かん⋆⋆⋆⋆⋆」
時間。
「時間がない?」
ジードが頷いた。
「⋆⋆もどら⋆⋆⋆、まって⋆⋆⋆⋆」
ああ、そうか。
どんなものにも所属する世界がある。魔術師はそう言っていたから、すぐにジードは戻らなきゃならないんだろう。
いつのまにか、少しなら言葉がわかるようになっていた。ジードたちの言葉はあまりに音が違って聞き取れないから、ずっと翻訳機をつけていたのに。
「会いに……来てくれて、ありがとう」
俺は、ペンダントを脇に置いて、目をごしごしとこすった。ジードの姿をずっと忘れないように目に焼きつけておく。一枚だけ、スマホで写真を撮らせてもらってもいいかな。ずっとそれを大事にするから。
勉強机に置いたスマホを取ろうとしたら、ぎゅっと手を握られた。ジードは真剣な瞳で俺を見て、左右に首を振る。
「……ジード?」
「ユウ、⋆⋆⋆いこう」
「えっ?」
「⋆⋆⋆エイラン⋆⋆こう」
――ユウ、エイランに行こう
……まさか。
「佐田! その人、佐田と離れたくないんだよ!」
「……花井」
「何言ってんだかわかんないけど、絶対そうだって! 全然、佐田の手を離そうとしないし」
花井が強く叫んだ時、ガチャと部屋の扉が開く音がした。
「悠? いくらノックしても返事がないから……」
俺たちが振り向くと、母がこちらを見て目を丸くしている。
「悠、その人は」
「えっと。……向こうで、俺がすごく……世話になった人」
信じてくれるだろうか。家族に異世界の話をしても、父や姉たちは困惑して黙り込むだけだった。母だけは静かに最後まで聞いてくれた。
母は部屋に入ってすぐに正座した。俺たちも自然にその場に座る。母がジードに向かってお辞儀をすると、ジードも同じように頭を下げた。すぐには誰も話そうとしない。
母がまるで独り言のように小さな声で言った。
「……悠。お母さんね、悠の話、嘘だと思ってないよ」
「えっ」
「ずっと、違う世界にいたって、言ってたでしょう。見たことがあるの」
「見た?」
「そう、毎日毎日、悠の元気な姿を見せてくださいって神様にお願いしてたらね。ある時、ふっと悠の姿が見えたの」
母は、にこっと笑った。
「きらきらしたものをお鍋で煮てたり、その金髪の人と楽しそうにご飯を食べてた。ああ、あの子、生きてる。元気なんだわって思ったの。でも、すぐに消えちゃった。白昼夢ってやつなのかな、心配しすぎて自分がおかしくなったんだと思ってた」
母が見たのは、スロゥの皮を煮ているところだ。俺が夢を見たように、母も俺の姿を見ていたのだろうか。
「だから、悠が帰ってきた時にすごく驚いたの。もう、帰ってこないと思ってたから。……でも、帰ってきてからの方が、悠は元気がないよね」
「……母さん」
母は、ジードを真っ直ぐに見た。
「どうして、ここにいらしたんですか?」
ジードは何も答えない。俺の手をぎゅっと握ったままだ。俺は喉がからからだった。何とか、言葉を絞り出す。
「か、母さん。よくわからないけど、ジードは俺に会いに来てくれたみたいなんだ。お、俺も」
ジードと一緒にいたい。
そう思ったら、勝手に涙が出た。こぼれた涙は止まらなくなって、ラグの上に染みを作っていく。繋いだ手を離したくなんかない。ジードが母に向かって叫んだ。
「⋆⋆ユウ⋆⋆⋆⋆⋆たい。⋆⋆⋆⋆⋆したい。エイラン⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆」
母は、目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをした。ジードの言っていることが全然わからない。
「……あなたと一緒にいたら、悠は笑っていられるの?」
「⋆⋆します。ユウ⋆⋆⋆⋆⋆⋆する」
「必ず? 悠はどうなの?」
「ユウ⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆」
母とジードが俺を見る。どうして二人は会話が通じるんだ。俺には何もわからない。
46
あなたにおすすめの小説
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?
雪 いつき
BL
仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。
「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」
通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。
異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。
どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?
更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!
異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる―――
※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました
大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年──
かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。
そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。
冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……?
若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる