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82.ずっと一緒に

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「母さん、俺、ジードの言葉がよくわからないんだけど」
「この人は、悠を笑顔にする。必ず幸せにするって言ってるわ。それに……。いいえ、後は直接自分で聞きなさい」

 ……? 

 ジードに、これ以上ない位、強く手を握られた。痛いと思うけれど、気持ちはそれどころじゃない。何だって?
 母とジードは何度も会話を重ねた後、母が大きく息をついた。

「悠、無理やりこっちに来てるから、もうすぐ戻らないといけないって言ってるわ」

 俺は思わず、ジードを見た。ジードは真剣に俺を見る。碧の瞳が何を言いたいのか、俺にはわかる。言葉がわからなくても、これだけは絶対間違ってない。

「か、母さん。俺、さんざん心配かけたのに……って思うんだけど」

 ひどいことを言うってわかってる。でも。

「お、俺はジードと一緒にいたいんだ」

 母は俺をじっと見た。

「悠、その人と一緒にいたら、お菓子は作れる?」
「えっ? ………うん、作れる。また、作ると思う」
「わかった」

 母は、床に両手をつき、ジードに向かって頭を下げた。ジードも俺の手を握ったまま同じ姿勢になる。

「悠をお願いします」
「⋆⋆、⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆します」

 二人は何を話したんだろう。花井と目が合ったが、花井は青い顔で黙り込んだままだ。母が顔を上げた後、俺に向かって言った。

「……いきなりいなくなったら、心配するわ。でも、行き先がわかっていたら違うのよ。家族ってね、一緒に大きな船に乗ってるようなものなの。ああ、この子は自分の船を見つけたんだなって思ったら、安心できるの」

 床に置いたスフェンのペンダントが熱くなり、虹色の光を放った。ジードの体の周りにも虹色の光が揺らめく。

「ユウ!」

 ジードが俺の手を掴んで立ち上がる。俺は慌ててペンダントを取って首にかけた。そして、ジードの手を引っ張りながら、ヘッドボードにあった革袋を掴み、ポケットに突っ込んだ。

 多分もう、時間がない。

「母さん! 花井!」

 二人が俺に抱きついてくる。
 母が、行ってらっしゃいと言った。花井が佐田! と叫ぶ。俺の大事な人たちの優しい温もりをずっと忘れない。

 スフェンのペンダントを身につけた俺と、しっかり俺の手を握りしめたジードの周りを虹色の光が取り巻く。抱きついているはずなのに、母と花井の姿が光でかすんで見えなくなっていく。
 母が精一杯、笑顔を作ったのがわかった。俺も必死で笑おうと思ったけど、半分泣き顔になったかもしれない。ありがとう、と叫んだ俺の言葉は届いただろうか。

 ぐらりと周りが大きく揺れた時に、ジードが俺の体を強く抱きしめた。俺もジードの背中に手を回して思いっきり抱きついた。
 エイランに行けるんだろうか。でも、例え、たどり着けなくてもかまわない。ジードと一緒にいられるなら、どこに行ったっていい。

 ――ずっと一緒に、いられるのなら。

 互いの温もりだけを感じながら、俺たちは光の渦に吞み込まれていった。










「帰って来たぞ!」
「やった!」
「ユウ様! ユウ様あああッ!!」

 わあああ!っと、たくさんの声が聞こえる。レトらしい……泣き声も聞こえる。

 輝く光は消え、懐かしい空気を感じる。目を開けると高い天井が目に入った。
 ああ、ここは、王宮の奥にある魔術師の為の部屋だ。以前、俺が自分の世界に帰る時に使った部屋だった。
 俺をずっと強く抱きしめていた力が緩み、すぐ近くで恐ろしく低く、細い声が聞こえた。前にも聞いたことがある。

「……貴方がたは、私を殺すおつもりなんですか? すぐに客人をさらって戻れと言ったはずですよ、ジード殿」
「すまなかった。どうしても、ユウの母君と話をしなければと思って」
「ええ、えていましたよ。私は客人と話をする力を与えたはずなのに、なぜその母君と話していたんです? 本人に話がつけば、それでよかったものを!」

 俺たちを睨みつけて怒っているのは、あの帰還術を行った魔術師だ。

 魔術師の言葉からすると、ジードが依頼したのは、スフェンのペンダントを辿って、ジードの体を俺のところに送り込むものだったらしい。しかも、帰還術を使って帰した俺を、ジードはこちらに一緒に連れてきたいと言う。
 ジードが戻ってこられるように、魔術師はずっとこちらと向こうの世界を繋ぎ続けていた。向こうに行かせるのも戻ってこさせるのも大変な技術と魔力を使うのに。

「散々無理難題をふっかけておいて……! しかも時の流れが違うと申し上げたでしょう? こちらでは丸一日経っています」
「本当に、すまなかった」

 ……ああ、そうだ。全然時間の流れが違うんだった。向こうでは、数時間だったはずなのに。

 体が怠くて倒れそうな俺をジードが支えてくれる。

「本来の場所に戻ったはずの者を、向こうから切り離してこちらに呼んだのです。ゆっくり休ませなくては。こちらも、もう国に帰らせてもらいますよ!」
「あの……ありがとう、ございました」

 俺の声を聞いて、魔術師がこちらを見る。

「客人殿。……ゆっくりお休みなさい。貴方に女神の加護を」

 魔術師の指が額に触れた途端、俺は瞼が落ちて、眠ってしまった。
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