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51.落ちた先で

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 ふかふかした感触があった。まるで毛布のように柔らかい。
 毛並みのいい猫に触ってるみたいだ。艶やかで指の間をするっと通る。これを抱きしめてずっと眠っていたくなる。

「おい! 大丈夫か? 起き上がれるか?」

 え? もう少し、眠っていたいんだけど。

「しっかりしろ! こんなところで死にたいのか?」

 はっと目を開けると、辺りは一面の黄色だった。目がチカチカする。むくりと起き上がると、自分の周りには黄色の毛布みたいなのが広がっていた。

「おい! 上だ。上を見ろ」

 言われるままに顔を上げると、天を突くように伸びる木の枝の上に、小さく人影がある。男の頭上には、青空が広がっていた。

 そうだ、俺はあそこから落ちて来たはずだ。死ななかったんだ?

 呆然としていると、男は俺を見て大声で言った。

「いいか! ずっとそこにいるのは危ない。立ち上がって足元に気を付けながら、少しずつこっちに来るんだ。お前、木には登れるか?」

 俺はこくんと頷いた。小さい頃からじいちゃんに連れられて山に行っていたから、木登りは得意な方だ。ただ、異世界の木はどうなんだろう。男が登っている木は、幹が太く枝もあちこちに張っている。木に移ることさえできれば、登ることは難しくなさそうだった。
 言われた通りに立ち上がると、やたら大きな平たいものの上に乗っていた。柔らかいけれど足が深く沈むことはないので、少しずつ移動する。黄色の端の方まで来ると、男が登っている木はすぐ側だった。

「……よし、いい感じだ。悪いが俺はこれ以上、そこに近づけないんだ。すぐ近くに張り出した木の枝に手を伸ばせ。落ち着いて、ゆっくり上るんだ」

 はるか上から指示を出してくれる男の落ち着いた声に従って、俺は右手を伸ばした。後は、思い切って飛び移ればいい。

「ん?」

 足元が、ぐらりと揺れた。少しずつ、足元の平たいものの端がめくれあがって自分に向かって来る。

「まずい! 急げ! 飛び移れ!」
「え? ええッ」

 ずずず……と、めくれあがった黄色いものの速度が早くなる。迷っている時間はない。

「急いで木に移れ!」

 飛び上がって木の枝を掴み、すぐ近くの枝に足を移す。必死で枝から枝へと手を伸ばし、上へ上へと登った。下では何か動物の咆哮のようなものが聞こえてくる。びくりと体が震えて思わず動きが止まる。

「大丈夫だ! もう少しだから上がってこい」

 男の声に励まされるように、夢中で手足を動かした。足元の方で聞こえていた声は聞こえなくなり、その代わりに何かが砕かれているような音が辺りに響く。

 怖い、怖い、怖い。

「後少しだ! がんばれ!」

 目を上げると、がっしりした体躯の日に焼けた男がいた。俺は男の立っている枝まで必死で上がる。太い木の幹には窪みのようなところがあって、そこには大人なら3人ぐらいは十分に座れるだけの場所があった。何とかそこに座り込むと、男は心底ほっとしたように俺の顔を覗き込んだ。

「よく頑張った。下まで助けに行けなくて悪かったな。しかし、お前、命拾いしたな。たぶん魔力をほとんど持っていないんだろう?」
「確かに、魔力は全然ないです」
「全然? 全くないのは珍しいな。だが、今回はそれがよかった」

 今なら下を見てもいいと言われて、俺は息を呑んだ。下方に細長い黄色いものが見える。まるでチューリップの蕾のように一部だけが膨らんでいる。見ていると、閉じた先端が、少しずつ少しずつ再び開いていく。花びらが広がるように黄色が円形に広がるにつれ、表面に幾つも光るものが見えた。

「何、あれ」
「あれは植物魔獣オルン。そして、あの光っているのは喰われた魔獣の残骸だ。すぐに全部、吸収されるだろう」

 男の言う通り、見ているうちにきらきらしたものが消えていく。そして、丸く広がった姿は、花と言うよりは巨大なきのこに近いだろうか。

「植物魔獣?」
「そうだ。他の生き物の魔力に反応する。相手が酩酊するような魔力を出し、自分の上に引き寄せたものを捕食するんだ。近寄って、あの上で眠ったりしたら最後だ」

 すごく触り心地がよかったけど、あれも魔獣なんだ……。植物魔獣の種類は動物型よりずっと多いとテオが言ってた。
 オルンは俺には反応しなかったが、引き寄せられた他の魔獣に反応した。声をかけてもらわなければ、共に喰われていただろう。

「ありがとうございました。あの、あなたは……」
「ああ、自分は第三騎士団の第一部隊長を務めている。ロドス・ゾーエンだ。それよりも、こんなひ弱そうな……あ、いや、魔力のない者がなぜ魔林に?」

 俺は第三騎士団と聞いて、思わずゾーエンの顔を見た。
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