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第四部 婚礼
第6話 再会②
しおりを挟む「元気そうで何よりだ。其方に会いたくて、フィスタでは大変な騒ぎだったのだぞ。今頃、さぞかし私は恨まれていることだろう」
「⋯⋯そんな」
「アレイドやヨノルのあんなに暗い顔を見たのは初めてだ。サリアには泣かれた。王妃と法務大臣が二人がかりで付いていなければ、馬車に忍び込んでいたかもしれぬ」
家族の様子はまめに届く手紙で知っていたけれど、口に出して語られるのは違う。イルマの胸の奥が熱くなり、次々に兄や姉の顔が浮かぶ。
「まるでお一人だけ恨まれているような仰り様ですが、私なんか針の筵ですからね! 父上の比ではありませんよ」
「ラ、ラウド兄上」
いつの間にか父王の後ろに立っていたのは、すぐ上の兄だ。拗ねた口調とは逆に、きらきらと瞳が輝いている。国にいた時は大抵軽装だったが、フィスタの紋の入ったマントを纏う兄は大層凛々しい。幼い頃から城の外に出ては珍しいものを見つけて、いつもイルマに教えてくれた。
「父上にお供についてこいと言われて、兄上たちに何度代われと叫ばれたことか! 国を出るのがこんなに嬉しかったのは初めてだ」
父王は何も言わずに微笑むだけだ。兄の言葉を聞いて、イルマはうまく言葉が返せない。
「まあ、国を出るのが嬉しかったのは俺だけではないが」
兄が後ろを振り返ると、近衛たちと共に離れて控えている者たちがいた。
イルマは目を離せなかった。ずっと返事を待っていた者がそこにいた。兄が頷き、自分に向かって歩いてくる。
輝く銀の髪も、深く煌めく翡翠の瞳も、懐かしいあの頃のままだった。
「宰相補佐官も、久々の再会だろう。遠慮せずに前へ」
国王と王子の後ろで立ち止まった青年は、戸惑った様子を見せた。
端正な顔立ちに気品が溢れる姿は、誰もが目を留めるだろう。故国で別れた時よりもずっと雄々しく見える。イルマは立ち上がり、真っ直ぐに彼に向かう。
自分を見て、すぐに跪こうとした手を握った。
「ユーディト、来てくれて嬉しい。ずっと、返事を待っていた」
「⋯⋯イルマ。あ、いえ、殿下」
慌てて言い直す姿は、以前と変わらない。イルマの顔に笑顔が浮かぶ。
「ご招待をいただき、ありがとうございます。私などが参列してよいものかと迷っていました。でも、こうしてお会いできて、感激の至りです」
「ユーディト、以前と同じように話してほしいんだ。こんな言い方変だけど、すごく立派になって見違えたよ。フィスタでさぞかし活躍しているんだろうね」
「⋯⋯いえ、相変わらず父にこき使われているだけです。此度は、陛下たちと共にスターディアの地を訪れる機会を頂戴して、この上なき喜びでした。本当に、もう一度会えたらと思って⋯⋯」
翡翠の瞳は多くの言葉を秘めていたが、口に出せる言葉はわずかだった。黄金の瞳を持つ王子は、花がほころぶように笑う。
握られた手は汗をかき、胸は動悸がする。瞳の奥が熱くなって、このままではあやうく公衆の面前で涙を零してしまう。再会の喜びに湧くイルマは気がつかなかったが、ユーディトの心は限界に近づいていた。
「イルマ殿下、大変恐縮ですが、場を代えてゆっくりお話しされてはいかがかと⋯⋯」
「シヴィル!」
後ろからやんわりと声をかけられて、宰相補佐官は何とか倒れずに済んだ。ここぞと言う時に、やはり従兄弟は頼りになる。そんな事を思いつつ、イルマ王子を見つめる。輝く笑顔の眩しさに、思わず目を細めた。
部屋の中は、人々の再会を祝すかのように暖かな陽射しが差し込んでいた。
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