【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第5話 再会①

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 馬車の窓から堅固な城門が見える。
 一人の青年が何とか心を落ち着けようとしていた。何日も旅を続けてきた疲れなど、一瞬で吹き飛んでしまう。
 心臓は高鳴るばかりだ。何度も深く息を吸っては吐く。まさか、自分がスターディアに足を踏み入れる日が来るとは思わなかった。
 左右に広がる長大な城壁はどこまで続いているのか。城門の見事さも、立ち並ぶ兵士の数も、とてもではないが、故国と比べられるはずもない。
 婚姻の儀を目前に控え、王都に入る四方の城門はひどく混雑していた。馬車も人も、ずらりと並んで検問を待っている。

「とうとう、ここまで来たんですね。まさか、スターディアに足を踏み入れる日が来るとは」

 目の前に座る小柄な男が呟く。それは自分の台詞だと言い返したかったが、青年には出来なかった。平静を装い、頷くのが精一杯だ。

「失礼致します。王宮から出迎えが参っておりますので、すぐに王都に入ります」

 馬車の脇に立つ騎士の言葉に、ぐっと奥歯を噛み締める。この門の向こうに、と思うだけで心が締め付けられるようだった。

「イルマ殿下にお会いするのも久々ですねえ。守護騎士殿やセツ殿もお元気でしょうか」

 思わず口許を手で覆った。姿を見る前から嗚咽を漏らしてしまいそうだ。心臓に悪いこと、この上ない。故国を出る時に、混乱と不安がない交ぜになって、ひどい顔色になっていた父を思い出す。

『よいか。くれぐれも頼んだぞ。此度の機会は、其方にまたとない経験を与えるだろう。こちらは私が全責任をもって対応する』

 父のあんなに憔悴した顔を見たのは初めてだった。宮廷を揺るがした陛下の決断は、予想外だったのだろう。青年は前を向いた。心配そうに自分の顔を見つめる瞳に頷き返す。

「大丈夫だ。ようやくここまで来たのだから」

 王都に入れば、華やいだ雰囲気がすぐに伝わってきた。
 石畳が縦横に整備され、多くの人々が行き交う。馬車がしばらく走れば、人と家並みが姿を消して、今度は貴族たちの屋敷が現れる。立ち並ぶ屋敷を越えた先に、白く輝く尖塔が見えた。


 イルマは立ち上がっては座り、座っては立ち上がるのを繰り返していた。とてもじっとしてはいられない。
 城門からは、新たな招待客の到着報告が逐次もたらされている。たくさんいる招待客の中で、イルマが返信を心待ちにしていた存在はわずかだった。
 招待客の名簿を作っていた文官は、返信が着いた途端に西の宮殿に馳せ参じた。イルマはその日以来、ずっと先方の到着を楽しみにしていた。

「イルマ様、お茶をどうぞ」
「え? ああ、ありがとう」
「この数日で、その椅子はだめになりそうな勢いですね」

 セツは半ば真剣に告げた。イルマはお茶を受け取りながら目を瞬いた。

「えっと⋯⋯、ぼくはそんなに落ち着きがなかったかな?」
「ご自覚が無いのが驚きですが、とりあえずお座りください」

 自分が立ったままなのに気がついて、イルマは黙って座った。
 どんな時もセツのお茶はイルマの心を静めてくれる。にっこり笑う主の笑顔に、侍従もほっと胸をなでおろす。

 扉が叩かれ、セツがすぐに取次ぎに出た。振り返った顔は興奮で、頬が赤くなっている。
「イルマ殿下、フィスタよりご到着にございます」

 イルマ愛用の椅子は、がたんとその場に転がった。


 応接間の扉が大きく開かれる。
 大臣たちに先導された姿を迎えた時、イルマはすぐには声にならなかった。長い間会っていなかったように思う。故国を出てからの実際の年月よりも、自分の環境の変化が大きいのだろう。目の奥が熱くなり、胸に押し寄せる気持ちをなんとか飲み込んだ。

 イルマは一歩前に出て跪くと、深々と頭を垂れた。

「父上、お久しゅうございます。はるばるフィスタから足をお運びいただけるとは、この上なき幸せ⋯⋯」

 イルマがなんとか言葉を絞り出せば、ぽんと大きな手が頭の上に乗せられた。まるで小さな子どもに戻ったように、優しく頭が撫でられる。
 顔を上げると、懐かしい青い瞳が我が子を見て微笑んだ。
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