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第二部 眼病の泉

第4話 三の王子②

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 ◆◇◆



「ようこそおいでくださいました」

 肩までの淡い白金の髪に透き通るように白い肌。清廉な雰囲気は変わらないが、幼さは消えていた。煙るようなまつ毛の下には懐かしい瞳の色がある。
 スターディア王家の瑠璃色の宝石。シェンが失くした瞳の色だ。

「イル、とお呼びすればよろしいでしょうか?」
 美しい顔がにこやかに微笑む。
 少年特有の高めだった声は、低く落ち着いた響きになっていた。
 スターディアの第三王子ミケリアス殿下は、ただ一度の出会いを覚えていた。

「⋯⋯覚えておいででしたか」
「初めてお会いした時と同じ黄金の瞳。あれ以来、同じ色の瞳に出会ったことがありません。あの時は貴方がどなたかもわかりませんでした」
「申し訳ありません。ご挨拶もせずに失礼な真似を。しかもすぐに祖国へ帰国してしまって、名乗る機会を失いました」
 過去を思い出して恥じ入っていると、ふふ、と柔らかく微笑まれた。
「こちらこそ、あの時は侍従と間違えて大変な失礼を致しました」

 三の王子は、神殿で栽培しているという薬草を使った茶を勧めてくれた。清涼感のある香りは、爽やかな甘みがあって美味しい。
「とても美味しいです!」
 ミケリアス王子は、にっこり笑った。

「兄は、貴方が気に入るだろうと土産にその薬草茶を求めていきました。貴方を大切にされているのがよくわかりましたよ。そういえば、早速ご覧になりましたか?」
「え? このお茶のことですか?」

 ミケリアス王子は、兄とよく似た柳眉を顰めた。

「お茶? いいえ。⋯⋯ご覧になってはいないのですか? 私は勝手に、それで御挨拶にお見えになったのだと思っていました」
「⋯⋯シェンは、殿下の兄君は南の離宮に戻っておりません」
「───!!」

 三の王子が、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
 顔色が変わっている。

「兄は私に求めた書状と茶を受け取ってすぐに、ここを発とうとしました。流石に供の者たちが気の毒だからと引き止めましたが。それでも貴方に早く会いたいからと、翌朝早々に神殿を発ちました。あの様子なら夜更けには離宮に着いたはずです」

 離宮を出た翌日に神殿に着き、一晩泊まって早朝に発った。
 シェンが言った通り、離宮を出てから遅くとも3日目には帰ってこられるはずだったのだ。

「じゃあ、シェンはどこに?」
 ぼくが衝撃を受けていると、三の王子が叫ぶ。

「ジオ!」
 王子の後ろに控えていた男が、音もなく近くに寄った。
を出せ。兄の行方を探すのだ。必要なら神兵を使うがいい」
「かしこまりました」

 男が部屋を出ると、三の王子が言った。
「兄の行方はすぐにわかるでしょう。どうか神殿にお留まりになってお待ちください」
「⋯⋯影とは?」
「神と王族に仕える者です。ご心配はいりません」

 ミケリアス王子が窓辺に歩み寄って外を見た。ぼくも王子の隣まで歩く。
  
 見つめる先には、屈強な体の男たちがいた。
 黒い服を纏った彼らは、神殿に繋がる階段の下に次々に現れる。先ほどのジオと呼ばれた男の前に跪き、あっという間に散ってゆく。

 ミケリアス王子が男たちを見る目は、冷たく昏い冬の湖を思い出させた。
 王子は瞬き一つで元の柔らかな微笑みを浮かべる。

「祝福の子である貴方に、不安な思いをさせて申し訳ありません。神殿の長として、必ずお守りします」
「守る?」
「ええ、貴方をお守りします。女神の名にかけて」

 まるでフィスタの守護騎士の誓いのような言葉に驚く。傍らのサフィードを見れば、眉一つ動かさなかった。



 翌々日。

 ぼくは、ミケリアス王子に呼ばれた。
 神殿には来客用の応接室も用意されているが、通されたのは王子の為の私室だった。
 ミケリアス王子は人払いをした。ぼくとサフィード、そしてジオのみが部屋に残る。

 穏やかな顔が一転して厳しい表情になる。

「イルマ殿下、兄たちの向かった先がわかりました」
「どこに?」
「東の果て。タブラです」

「タブラ?」
「クァランの端の町です」
 クァランは確か、スターディアの東にある砂漠だ。岩が転がった先に茶色の砂の大地が続くと聞いた。

「なぜ、砂漠に?」

 その時、バサバサと羽音がした。
 一羽の鳥が窓辺に姿を現した。素早くジオが近寄れば腕に乗る。あれは、通信の為に使う鳥だ。脚に文を入れた筒を縛り付けて空に放つ。ジオは文を見た後、主に一礼して耳元で囁いた。

 ミケリアス王子が呻くように言った。
「⋯⋯連れ去られたようです」
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