77 / 202
第二部 眼病の泉
第5話 求婚①
しおりを挟むぼくは、たまらず叫んだ。
「タブラに⋯⋯。今すぐクァラン砂漠に行きます!」
「お待ちください。攫った相手が、どんな目的なのかまだ掴めておりません。それに、兄たちが砂漠に入ったのかどうかもわからないのです」
「離宮でこちらに連絡をとるか悩んでいるうちに日を失いました。もう2週間も経ってしまった。待っている場合じゃない!」
三の王子は眉を上げ、射るような瞳を向けてきた。
ぼくは一歩も引かなかった。
こうしているうちにも、と気が逸ってならない。
神殿から供を増やすとも言われたが、首を振った。
ミケリアス王子は天井を仰いで、ふうとため息をついた。
「おとなしそうにお見えなのに、なかなか⋯⋯。わかりました。旅に必要な品を用意させます。そして、影をつけることをお許しください」
「影を?」
「そうです。神殿から動けぬ私への連絡係ともなりましょう。⋯⋯よろしいですね。守護騎士殿も」
ミケリアス王子の言葉には、否と言わせぬ雰囲気があった。
鋭い瞳で王子を見つめていたサフィードは、黙って頷いた。
◆◇◆
タブラの町の朝は早い。差し込む朝日の色が濃い。
これは土地による違いなのだろうか。
「イルマ様、おはようございます」
「おはようございます」
「ああ、おはよ。セツ、サフィード」
セツが淹れてくれる薬草茶を3人で飲む。鼻と喉を爽やかな香りが抜けていく。
「ここまで来るのに、かなり急いで2週間です。やはり遠いですね」
「それでも順調な旅だったじゃないか。これもサフィードのおかげだよ」
「今回は、私の力でと言うことは出来ません⋯⋯」
サフィードが口ごもる。
平野部で馬が走りやすいとはいえ、治安の悪い場所はいくつもあった。
そこをビックリするほど平穏に乗り越えてきた。
「それって」
「⋯⋯ええ」
ミケリアス王子の有無を言わさぬ笑顔が浮かぶ。影の気配など、どこにも感じなかったのに。
サフィードだけが、わかっていたのか。
「いつの間に⋯⋯」
ぼくたちは沈黙した。
旅の間中、気配はするけれど姿は見なかった。
ミケリアス王子のつけてくれた影たちは、きっと優秀なのだろう。深く考えるのはやめた。
タブラの町は大きい。クァラン砂漠の入り口にあり、交易で栄えている場所だ。
広大な砂漠の向こうには、隣国がある。
砂漠の中には、泉の湧く場所に村があると聞いた。
隊商は案内人を雇い、何日もかけて道なき道を渡っていく。
「砂漠⋯⋯。ここに来て、初めて見た」
「フィスタには無いですからねえ」
ぼくには縁のない場所だと思ってきた。フィスタ以外のどの土地も。
全く人生は、何があるかわからない。
タブラに行ったら、東の大神殿を頼るようにとミケリアス王子に紹介状を渡されている。
宿屋で食事を済ませた後、タブラの町に出る。
色鮮やかな布が店の前をはためく。見たこともないような果実や香ばしい肉が並ぶ。旅姿の者たちが大声を交わし合う姿には活気があった。
嗅いだこともないような香り、聞いたこともない言葉。ぼくは市場が好きだ。思わず、きょろきょろしてしまう。
「ちょっと、そこの若旦那」
何度か呼ばれて、ようやくぼくのことだと気づく。
「珍しい気をお持ちだねえ」
屋台が立ち並ぶ脇には、露店が並ぶ。きらきらと輝く石を黒い布の上に並べて売っているのは、背の高い男だ。
黒い服を全身に纏い、口元しか見えない。腕には幾つもの金の腕輪があった。
手招きされて、しゃがみこむ。
「黄金色の瞳とは珍しい。この町ではその瞳は危ないから、目立たぬように隠すがいい」
「危ない?」
「そうさ。布を深く被って人目を避けること。ほら、この宝石と同じ色だろう?」
そう言って、小粒だが見事な石を差し出した。
──これは、瞳の色で誘って宝石を売り込む商売なんだろうか?
首をひねっていると、背後で怒鳴り声が響いた。
女たちの悲鳴に陶器の壊れる音が続く。
振り返れば屋台が崩れ、大柄な男たちが殴りあっていた。
男たちが移動するたびに、人々は蜘蛛の子のように散っていく。
「うわッ──!!!」
突然、目の前に人が吹き飛ばされてきた。
「イルマ様!!」
45
お気に入りに追加
1,052
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる