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第二部 眼病の泉
第5話 求婚①
しおりを挟むぼくは、たまらず叫んだ。
「タブラに⋯⋯。今すぐクァラン砂漠に行きます!」
「お待ちください。攫った相手が、どんな目的なのかまだ掴めておりません。それに、兄たちが砂漠に入ったのかどうかもわからないのです」
「離宮でこちらに連絡をとるか悩んでいるうちに日を失いました。もう2週間も経ってしまった。待っている場合じゃない!」
三の王子は眉を上げ、射るような瞳を向けてきた。
ぼくは一歩も引かなかった。
こうしているうちにも、と気が逸ってならない。
神殿から供を増やすとも言われたが、首を振った。
ミケリアス王子は天井を仰いで、ふうとため息をついた。
「おとなしそうにお見えなのに、なかなか⋯⋯。わかりました。旅に必要な品を用意させます。そして、影をつけることをお許しください」
「影を?」
「そうです。神殿から動けぬ私への連絡係ともなりましょう。⋯⋯よろしいですね。守護騎士殿も」
ミケリアス王子の言葉には、否と言わせぬ雰囲気があった。
鋭い瞳で王子を見つめていたサフィードは、黙って頷いた。
◆◇◆
タブラの町の朝は早い。差し込む朝日の色が濃い。
これは土地による違いなのだろうか。
「イルマ様、おはようございます」
「おはようございます」
「ああ、おはよ。セツ、サフィード」
セツが淹れてくれる薬草茶を3人で飲む。鼻と喉を爽やかな香りが抜けていく。
「ここまで来るのに、かなり急いで2週間です。やはり遠いですね」
「それでも順調な旅だったじゃないか。これもサフィードのおかげだよ」
「今回は、私の力でと言うことは出来ません⋯⋯」
サフィードが口ごもる。
平野部で馬が走りやすいとはいえ、治安の悪い場所はいくつもあった。
そこをビックリするほど平穏に乗り越えてきた。
「それって」
「⋯⋯ええ」
ミケリアス王子の有無を言わさぬ笑顔が浮かぶ。影の気配など、どこにも感じなかったのに。
サフィードだけが、わかっていたのか。
「いつの間に⋯⋯」
ぼくたちは沈黙した。
旅の間中、気配はするけれど姿は見なかった。
ミケリアス王子のつけてくれた影たちは、きっと優秀なのだろう。深く考えるのはやめた。
タブラの町は大きい。クァラン砂漠の入り口にあり、交易で栄えている場所だ。
広大な砂漠の向こうには、隣国がある。
砂漠の中には、泉の湧く場所に村があると聞いた。
隊商は案内人を雇い、何日もかけて道なき道を渡っていく。
「砂漠⋯⋯。ここに来て、初めて見た」
「フィスタには無いですからねえ」
ぼくには縁のない場所だと思ってきた。フィスタ以外のどの土地も。
全く人生は、何があるかわからない。
タブラに行ったら、東の大神殿を頼るようにとミケリアス王子に紹介状を渡されている。
宿屋で食事を済ませた後、タブラの町に出る。
色鮮やかな布が店の前をはためく。見たこともないような果実や香ばしい肉が並ぶ。旅姿の者たちが大声を交わし合う姿には活気があった。
嗅いだこともないような香り、聞いたこともない言葉。ぼくは市場が好きだ。思わず、きょろきょろしてしまう。
「ちょっと、そこの若旦那」
何度か呼ばれて、ようやくぼくのことだと気づく。
「珍しい気をお持ちだねえ」
屋台が立ち並ぶ脇には、露店が並ぶ。きらきらと輝く石を黒い布の上に並べて売っているのは、背の高い男だ。
黒い服を全身に纏い、口元しか見えない。腕には幾つもの金の腕輪があった。
手招きされて、しゃがみこむ。
「黄金色の瞳とは珍しい。この町ではその瞳は危ないから、目立たぬように隠すがいい」
「危ない?」
「そうさ。布を深く被って人目を避けること。ほら、この宝石と同じ色だろう?」
そう言って、小粒だが見事な石を差し出した。
──これは、瞳の色で誘って宝石を売り込む商売なんだろうか?
首をひねっていると、背後で怒鳴り声が響いた。
女たちの悲鳴に陶器の壊れる音が続く。
振り返れば屋台が崩れ、大柄な男たちが殴りあっていた。
男たちが移動するたびに、人々は蜘蛛の子のように散っていく。
「うわッ──!!!」
突然、目の前に人が吹き飛ばされてきた。
「イルマ様!!」
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