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第二部 眼病の泉

第3話 三の王子①

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「2、3日で戻るよ」
 そう言われた日が、少しずつ伸びていく。

 最初は平気だった。3日なんてすぐだと思っていた。

「⋯⋯ね、シェン?」
 ふとした瞬間に気配を探す。話しかけようとした先に、あるはずの姿がない。
 たった1日で気が付いた。
 南の離宮でぼくのやってきたことは、シェンと過ごすことばかりだ。

 1日の終わりには、シェンの部屋の前にいた。
 レイから頼まれてセツが部屋の開け閉めをしている。部屋に入りたいと言えば、頷いて鍵を開けてくれた。

 一歩進めば、窓から夕暮れの日差しと風が入る。窓辺には変わらず長椅子があった。でも、いつも手招きをして微笑んでくれた姿がない。
 椅子に近寄ると、ふわりとシェンの香りがする。ぼくは、シェンの座っていた場所を撫で、体を丸めて椅子に寝転がる。仄かに香りはあるのに、温かい手がない。囁いてくれる声がない。

 胸が痛いって言葉があるけど、あれは本当だ。きりきりと胃の奥が痛んで息が出来なくなる。目の奥が熱くなって、涙が勝手にこぼれる。

 こんな気持ちは、知らなかった。

 スターディアに来る前、失恋したヨノル兄上が泥酔しているのを見た。
 転がっている酒瓶の数と、机に突っ伏して寝ている次兄に呆れた。すると、酒に付き合っていたラウド兄上が言った。

「いいか、イルマ。人を好きになるってのは、きれいなことばかりじゃない。みっともなくて、辛くて、苦い。それでもどうしようもないんだ」
 ヨノル兄上を部屋に運ぶよう近衛に言いつけながら、ぼくの頭を軽くぽんと叩く。

「お前にも、いつかわかるといいな」
 そう言って、兄は優しく笑った。

 ラウド兄上が言っていたのは、こんな気持ちだったのか。

 思えば、女神の湖から戻ってから、シェンと長く離れていたことはなかった。
 スターディアに付いてきて、その後は南の離宮暮らし。
 いつでもすぐ近くに、彼はいたのだ。

「⋯⋯シェン」

 名前を呼んだら、もっと涙が出た。
 寝室には行けなかった。これ以上、胸が痛むのはごめんだと思ったから。

 一人でしばらく泣いた後、ぼくは立ち上がった。
 いつまでも泣いているものじゃない。

 幼い頃、泣くセツに駆け寄るぼくに、乳母は静かに言った。

 イルマ様、泣いてもいいいのです。
 ただし、泣きたいだけ泣いたら、ちゃんと自分の足で歩くこと。
 セツ、お前もわかりましたね。

 母の言葉に、セツはうわあんと一泣きして、ぴたりと泣き止んだ。
 ルチアは、乳母や母と言うよりも。いつだって人生の師だった。

 これ以上シェンが帰らないのなら。
 ──自ら、探しに行けばいい。

 部屋を出て、ぼくはセツとサフィードを呼んだ。



「シェンバー王子を探しに行く?」
「そうだ。2、3日で帰ると言ったのに2週間たった。いくら何でも長すぎる。何かあったとしても、無事ならシェンが近衛に知らせを持たせないわけがない」

 シェンが王宮から連れてきた近衛たちは、お飾りじゃない。早馬を出せと言われれば、寝ずに離宮に走るだろう。それが何の連絡もないということは。

「シェンバー王子の行き先は、ご存知ですか」
 ぼくは顔を上げてサフィードを見た。
「南の神殿ハトスだ。弟殿下のミケリアス王子が来訪されている」

 スターディアは、一の王子が国を。二の王子が武を、三の王子が神を治めると言われる。
 三の王子ミケリアス殿下とは、以前に一度だけ会ったことがある。
 王宮の庭にあった神殿で、女神に美しい声で祈りを捧げていた。

 神殿を治める長でもある三の王子は、東西南北を統轄する四大神殿を巡回する。
 ちょうど今は、南の大神殿を訪問していた。
 久々に兄弟で親交を深めているのかもしれない。そう思ってきたけれど、もう限界だ。

 離宮からハトス神殿は、馬で丸1日の距離にある。
 
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