騎士団長は恋と忠義が区別できない

月咲やまな

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本編

【第十一話】浸る夜

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 サキュロス様が突如父の神殿へと訪れ、シドの取り合いが始まってから一週間程度が経過した。
 その間、まずは容姿からと水着勝負に始まり、お菓子作りや掃除洗濯などの家事力の勝負などなど。私かサキュロス様のどちらかにシドが惚れてくれる様にと色々やったが……正直サキュロス様は本気で取り組んでくれている感じがしない。
 勝負の意図を汲み取ってくれていなかったり、お色気に特化し過ぎて失格になったり、他人任せにしたせいで私の不戦勝になったり。くだらない事を私にさせて、真剣に取り組む滑稽な姿を見て遊んでいる感じさえする。
 本気でサキュロス様が勝ちにこないので、勝負の後の二人きりの時間は全て私とシドがすごしている。その事は嬉しいのだが、嬉しいのだが……私達は一体何をしているんだろう?と不思議でならない。

「サキュロス様は何を考えているのかしら……」

 お風呂からあがり、夜着に着替えながら私は一人呟いた。
「ピャァ……?」
 首を傾げ、シュウも『さぁね、何だろうね?』と言いたげな顔をする。言葉は交わせなくても、こういったやり取りで会話が成立するのがとても嬉しい。

「そもそも本当にシドの事が好きなのかしら?面白い玩具を偶然見付けて、それを欲しがってる程度にも見えるんだけど……私の気のせい?」

 バスタオルの上に座ったままで居てくれていたシュウの体を小さなタオルで軽く拭き、風の魔法を柔らかくあてる。彼の体がすっかり乾くと、肩に乗せて私達は寝室に向かった。


 私の言葉に対しシュウが反応してくれるのを目視しながら、天蓋付きのベッドに腰掛ける。いつまでこの勝負が続くのかと思うと、深いため息を吐いてしまった。
 平等である為にと、勝負の時しか私とサキュロス様はシドに会えていない。シドが事故でシュウと共に召喚されて来てからというもの、ほぼ一緒に過ごしてきたせいか、こんなに短時間しか会えない事が悲しくてしょうがなかった。
 側に居たい、離れたく無い……そう思う気持ちが、逢えないことでより強くなる。そうなってくると、やっと自分が何故そう思ってしまうのかという根本的な問題を考える事がここ数日の間で出来る様になってきた。
 父からも母からも、『どうしてそう思うのか考えなさい』と何度も言われたのに先送りにしてきたが、そろそろ真面目に向き合わなければ。

(だって……シドが私をお嫁さんにしたいと思ってくれているのだから!)

 ……ちょっと違ったかしら?まぁいいわ、そんな感じである事には変わりないはず。
 夫婦になれば、彼と一緒に居たいと思う気持ちが満たされる。シドが他の人と一緒になり、私から離れる時間も無くて済む。使い魔という立場上、私がシドと結婚してしまえば、それこそ四六時中公認で側に寄り添っていられるのか。

 まぁ!夫婦って素晴らしいわ!私の両親みたいね!
 シドには私が求める喜怒哀楽がしっかりあるし、男らしい顔立ちも大好きだし、筋肉質で大きな体は寄り添うだけでもドキドキしてしまう。

(ドキドキ、するのよね、とても……とっても——)

「……あら?私も、もしかして……シドが好きなんじゃないかしら?」

 ふと思い至った考えをボソッと呟いた瞬間、カッと頰が真っ赤に染まり、私は布団の上にバタンと勢いよく倒れ込んだ。
「ひゃぁぁぁぁ!」と照れ隠しの奇声を上げ、顔を両手で隠しながら、右に左にとゴロゴロ転がる。

 ……ずっと答えは目の前にあったのに、初心うぶ過ぎて見えていなかった。

 見えた瞬間、何故今まで全く気が付かなかったのか不思議でならなくなった。最初から、それこそシドを一目見たあの時からずっと、私は彼の虜だったというのに。
「ど、どうしよう、どうしよう……シュウ」
 私がベッドに倒れた時に、すかさず潰される危険を回避しようと肩からベッドの上に自ら飛び降りたシュウに向かい問いかける。
 短い両手を『やれやれ』と言いたげに上げ、シュウにため息を吐かれてしまい、妙に人間っぽい仕草にちょっと驚いた。
「私……今まで随分大胆な事を色々とシドにしてしまってきたけど、彼は嫌じゃなかったかしら。それこそ、サキュロス様みたいにちょっと、ちょっと……胸とか、その……」
 何も考えず、無意識のまま頭に胸を押し付けてしまったり、首に抱きついたり、腰に抱きついたりなどなど。
 自分がしてきた数々の行為を思い出すと、恥ずかし過ぎて顔が青くなった。いっそ今すぐにシドの元へ行き、全ての記憶を消去したいと思う程に。それが無理ならば、もう消えてしまいたい……あ、駄目だわ……何があろうともシドの側に居たいもの。
 チラッとシュウに向かい視線をやると、先程の答えなのか首を横に振っていた。
「それは……シドに私は、嫌われてはいないという意味?」
 私の問いに、シュウが「ピャッ!」と言いながら首肯してくれる。その姿に自信を貰い、気持ちが明るくなった。

(私をお嫁さんにしたい彼と、シドが好きな私。あら、私達ってもしかして両思い?)

「きゃぁぁぁぁ!」
 自分の中で出た答えが嬉し過ぎて、歓喜の悲鳴をあげて、また右に左にゴロゴロゴロ。
「明日からどんな顔でシドに逢えばいいのかしら?」
 嬉しくて、恥ずかしくて、どうしていいのかわからない。
「……困ったわ」
 仰向けになり、口元を押さえながらそう呟いた瞬間、天蓋の方が淡く光りだし、大きな青い光を纏った五芒星の魔法陣が突然現れた。
「な、何⁈いったい!」
 驚きに声をあげ、私はベッドから逃げようとした。
 見たことの無い術式が光で描かれていて、どんな魔法なのか見当がつかない。攻撃魔法だったり、呪いや強制転移魔法だったら取り返しがつかないので、私は慌てて体を起こそうとした。
 だが、体が全く動かない。鎖で幾重にも縛り付けられたかの様な状態だ。
 焦った私はシュウの方へ助けようと彼を見たが、シュウは後ろ足だけで座り、目を光らせ魔法陣と連動するかの様にジッと私を見詰めているだけだった。
「シュウ⁈」
 シュウの変異に、更に追い詰められた気持ちになった。

(一体誰が⁈)

『——心配ないぞ、愛しいロシェル。ワシの眼に狂いは無い。ワシの選んだ運命の相手さいおしに、全てを捧げよ』

 遥か昔に聞いた事がある声で、シュウが喋った。とても低く、地を這うような声に懐かしさを感じるよりも、わからない事から不安で背筋が凍る。シュウ本人が話しているというよりは、何かに取り憑かれたみたいだ。

(取り憑かれるとしたら、何に?知ってる声、話し方……誰?誰だっけ⁈絶対に知ってる……待って、それよりも捧げるって何を?)

 何の魔法が発動しているのかわからない恐怖と、答えまで手が届かないモヤモヤとした感覚で頭が一杯になる。
 私は間も無く、その青く光る魔法陣へと吸い込まれてしまったのだった。


       ◇


 風呂を済ませて、タオルで髪を拭きながら寝室へと向かう。アルはカイルと共にすごす約束を得られたとかで、いそいそと嬉しそうに出掛けて行ったので、今夜は久し振りに一人きりで寝る事になった。
 髪をガシガシと無造作に拭きながらベッドを見ていると、広いベッドが更に広さを増す気がする。この世界へ来る前は、ベッドでの独り寝など当たり前の事だったのに、慣れとは恐ろしいものだ。
 さて寝るか、とベッドへ腰掛ける。毎夜ここに座るたび、ロシェルと一緒にすごした同衾の日々を思い出してしまう。今日も例外無く思い出し、恥ずかしさに顔を伏せた。
 神殿へ戻ってからというもの毎晩この調子でアルに呆れられてきたが、今夜はそんな彼すらいないので、苦悩し放題だった。
 もうあんな側で夜を共にすごす事など、この先二度と無いだろう。そう思うと少し残念だなと思ってしまい、何故そう思うんだ?と俺は首を傾げた。

「……ロシェルは今頃どうしているんだろうか?」

 最近は馬鹿馬鹿しい勝負のせいで、まともに使い魔として仕事らしい仕事を出来ていない。その為、ロシェルとすごす時間が大幅に制限されている。
 サキュロスに会うまではそれこそ昼間はずっと、使い魔として側に居た。旅の間は、夜の寝ている間ですらも一緒に。それなのに今は……。
 そんな事を考えはじめると、サキュロスに対し、イラッとしてきた。

 さっさと追い返すいい手段は無いものか……。
 そして真面目に嫁探しを——ん?待てよ……してもいいのか?
 今の状況だと、順当にロシェルを娶る流れになるのでは?

「いやいやいや!無いだろう!彼女は俺の主人だぞ⁈」
 思わず声に出して言ってしまった。アルが居なくて、本当に良かった。
「惚れるがイコールで嫁になるでは無いよな。しかもあれは、追い返す口実だ!うん!」
 他に誰も居ないのをいい事に、今度は敢えて口に出して言ってみた。言った後で、まるで自分に言い聞かせているみたいだなと思い、凹んだ。
 心の何処かで、絶対に無理だ、考えるなと思いながらも少しだけ考えてしまう淡い妄想。それに向かい頭の中で墨をブチまけて、そもそもそんな事はあり得ない、あってはいけないと念入りに釘を刺す。

 頰を両手で軽く叩き、気持ちを入れ直した。もうさっさと寝よう!こんな頭では、追い返す手段も何も浮かばない。

 そう決意し、ベットカバーをめくって布団の中へと入ろうとした時、舞台で使う緞帳の様に分厚いカーテンの奥で、窓ガラスをコンコンとノックする音が聞こえてきた。時間も遅いし、気のせいだろうと思いそのまま布団に入る。すると、またコンコンッとノックする音が。どうやら幻聴という訳でも無さそうだ。アルならばきちんと廊下側の入口へ来るだろうし、他の者もそうだろう。

(となると……まさか——)

 嫌な予感を感じながら、ベットの上で体を起こす。応えるか無視するかで迷っていると、またノックする音がしたので、流石に観念してベットから降りて窓の方へと向かった。
「誰だ?」
 俺の問いかけに対し、「私だ!サキュロスだよ。開けて貰える?」と男性の声が返ってきた。
「用事なら明日にしてもらえませんか?もう夜も遅いので」
「んー……そうもいかないかな。明日にはもう神殿へ帰ろうかなと思っているしね。色々やってるのに、もう飽きちゃったから」

 “帰る”という言葉に、体がピクッと動いた。
 明日には帰るのか!それは朗報だ!

「そうですか、ではおやすみなさい」
「え?待って待って!帰る前にさ、ちょっとでもいいから二人で話そうよ!ここに来てから、結局全然シドと話せて無いんだよ⁈」
 カーテンとガラス窓越しに、サキュロスの焦った声が聞こえる。
「それは、サキュロス様が真面目にロシェル相手に勝とうとしなかったからでは?」
 呆れ返りながら言うと、「うっ」と声を詰まらせた様な音がした。
「そうなんだけどね?そうなんだけどさ!いいじゃん少しくらい、明日にはもう帰るんだし餞別だと思って。ね?」
 “帰る前の餞別だ”と強請られては、断り難い。これで全てが済み、平穏な日々が戻ってきてくれるなら、ルール違反も仕方がないのでは?と思った瞬間、内側から鍵を開けていないのにガラス窓が開き、サキュロスが「やぁ!」と辛気臭い顔で爽やかに声を掛けながら室内へと入って来た。

「許可してくれてありがとねー、ちょっとでもそっちが油断してくんないと部屋の結界が破れなくってさ。ホント助かったよ」

「きちんと入室の許可をした覚えはないのですが」
 渋い顔をしてみせたが、サキュロスは何処吹く風といわんばかりの顔で、堂々と室内を見回し、侵入すると勝手にベットへ腰掛けた。
 男性体の姿で、女性っぽいデザインをした足首まである長さの夜着を着ている。水色をしたそれは腰の付近までスリットが入っており、そんな格好のまま脚を組んで座り、筋張った長い脚を惜しげも無く晒している。そんな姿に対しどうこうなど一切思う事なく、早く帰ってはくれないだろうかと渋い顔をしたままでいると、サキュロスがムスッと拗ねた顔をしてきた。
「やっぱダメかー。女でダメっぽいから、じゃあこっちなら?と思ったっんだけどなぁ」
「異性愛者だと最初に言ったはずですが」
「嗜好に気が付いてないだけとかある?ってね。女性体でアピールしても、サッパリだったからさ」
「愛情の対象では無い方に性的アピールをされても、冤罪をきせられそうで怖いだけです」
「そっちいくかー!私がこんなに堕とそうとしてるのに!」
 参ったなと息を吐き、サキュロスが立ち上がる。一歩、二歩と歩くたび、全身から小さな魔法の光を撒き散らし、俺の方へ近づきながらサキュロスがゆっくり女性体へと姿を変えた。
 カーテンの前に立ったままになっていた俺の前まで来ると、胸に向かいしなだれかかる。相手がロシェルでは無いというだけで、触れられた事に対し抵抗感があり、後ずさった。無遠慮に見える深い谷間もくびれたウエストに対しても、『早く服でも着たらいいのに』としか思えない。
「話をしに来たのでは?」
 更にサキュロスから距離を取り、問い掛ける。
「あぁ……そうだよ、うん」
 ニマッと微笑みながら、サキュロスが再度距離を詰めてくる。
「もう遊ぶの飽きちゃったから、当初の予定通り強制的にシドを持ち帰るねって言いに、ね!」と、言うが同時に彼の掌が光り、俺の体が一切自分の意思では動かなくなった。

「——んな⁈」

 話す事は出来るが、首から下が固まっている。
「連れ帰る前に味見もしたいし、こっちにおいでよ」
 神経質そうな顔でクスクス笑い、俺に向かい手を差し出す。
「巫山戯るな、一体何がしたいんだ⁈」
 発する言葉に反し、手が勝手に動いてサキュロスの掌へ手を重ねた。「こっちきて」と言われ、ベッドへと促される。

「嫌だ、今すぐ止めろ!」

 森の時の様に魔法を使おうとしたが全く何も起きない。それすら制御されてしまっているみたいだ。
「だいじょーぶ、ちょっと摘み食いするだけさ。ここは私の神殿じゃ無いしね。流石に私でも場所くらいは考えるさ」
 摘み食いというのが、何を意味するのかわからないが嫌な予感しかしない。なのに、体は導かれるままベッドまで戻り、自ら横たえた。

「サキュロス様⁈何をいったい——」

 自由がきかない、強制的に行動させられる事への不快感から顔が歪む。心底嫌悪に満ちた顔を隠さずにいると、少しだけサキュロスが躊躇した。
「……そこまで嫌な訳?流石にショックだなぁ」
 口を尖らせ拗ねた顔をされたが、可愛いとは思えない。ロシェルなら……と、どうしても考えてしまう。
 こちらの感情に対し、めげる事なくサキュロスもベッドに上がり、俺の腰元へと跨ってきた。

「おい!降りろ‼︎」

 敬うことも出来ず叫んだ。よく知りもしない相手に、そんな位置へとのしかかられる事が本気で嫌だった。
「断る。私は欲しいモノは必ず手に入れる。今までもずっとそうしてきたし、もちろんこれからもね」
 身勝手な発言をしながら、サキュロスが俺の着る夜着を引っ張り、ボタンを外し始めた。

「巫山戯るなぁ!」

 怒りに任せて叫んだが、彼は全く動じない。むしろちょっと嬉しそうだ。
「んー!いいね、いいねその表情‼︎ホント最高だよ!怒る人間って超レアだよね。カイルの古代魔法好きに感謝したくなるな。この世界でシドみたいな人間を見付けるのって、ものすごーく難しいからさ。皆無……では無いと思うんだけど、それこそ神子の子孫とかじゃないといないからなぁ。そうなると、ロシェルとか、ハク達の子供ってなっちゃうから……それは流石にねぇ」
 ボヤきながらもサキュロスの手が止まらない。一つ、二つとボタンを外され、完全に胸元が肌蹴てしまった。
「……わぁ」
 傷だらけの体を見たからなのか、アルとの契約印である刺青のような全身に巻き付く細い鎖模様に対してなのか、サキュロスが短い言葉を零し、黙った。
 かと思えば、突然顔がフニャッと崩れ、嬉しそうにされて気持ちが悪い。無遠慮にマジマジと上半身を見られ、そんな視線を感じるのも癪だった。
「綺麗な筋肉だね!体格がいいのは服の上からでも見ていてわかっていたけど、ここまでだとは……」
 感心し、彼が俺の体を撫でるような仕草をする。たまに指先が肌に触れると、静電気にでも触れたみたいにバッと手を離し、サキュロスが顔をしかめた。
 よく同僚達が花売りの女性達と一夜を過ごした話を見聞きしていたが、よく好意もない赤の他人に触れられて平気なものだと改めて思った。自分には無理だ、絶対に。サキュロス程の女体が触れるのですら、虫唾が走る。
「降りろ、気持ちが悪い」
「うわ!ハッキリ言うねぇ」
 吐き捨てるように言った俺に、ギョッとした顔をされたが、気を使う余裕が無い。
「それにしても、直接触れない部位があるって何か魔法で保護されてるの?」
 唸り声をあげて、サキュロスが俺の夜着を引っ張ったり、腕を持ち上げて落としたりする。まるで遊んでいる人形に文句をつける子供みたいだ。

 気持ちが悪い、吐き気がする、消えて欲しい、早く神殿に帰れ、いっそのこと俺の事など忘れて二度と目の前に現れないでくれ!

(同じ事をされてしまうなら、絶対にロシェルにされたい——)

 口には出さず、そんな事ばかりを考えてしまう。
「……これか」
 こちらが何を考え、何を思っているのか全く気遣おうともしないサキュロスが、俺の首にかかる雫型のネックレスに目を付けた。
 イレイラがくれたそのネックレスには彼女がかけた魔法がかかっている。俺を守る為にと用意された物だ。それがあるおかげで多分俺は、胸や腹などに直接触れられないで済んでいる。他にも追加で魔法をかけていた気がしたが、思い出す余裕が無かった。サキュロスがネックレスに指を引っ掛け、今にもそれを壊そうとしているからだ。

「止めろ!それはイレイラ様が——」
「ビンゴ、だね。はい、こんな邪魔な物はさようならー♫」

 焦りから言ってしまった要らぬ一言を聞き、サキュロスが口元に弧を描きながら歌うようにそう言い、ネックレスを思いっきり引っ張った。
 チェーンが千切れ、部品が散りじりに落ちる。雫型のペンダントトップが、俺の胸にポトリと転がった。
 何て事だ……折角作ってくれた品を……。自分が壊した訳では無いが、すまなさに眉を寄せる。
 雫型のペンダントトップが虚しく肌を転がって、ベッドに落ちていく様子をジッと見ていると、それが淡い光を放ち始めた。
「……何?」

 異変に気が付き、サキュロスが顔をしかめた。
 光を放ち始めたペンダントは二つに割れ、中から青い光を放つ魔法陣が現れた。
 それにより、やっとサキュロスの顔にも焦りが見え始める。

「ちょ!何が起きたの⁈」

 現れた魔法陣がサキュロスの足元に広がり、ジワジワと上へ上へとあがっていく。
「え?待って‼︎これ古代魔法じゃん!イレイラが使えるはずが無いのに!」
 早口で叫びながら、サキュロスが両手を前に出し魔法を発動させる。何とか打ち消せないかと試みているようだが、彼の魔法がペンダントから出た魔法陣にぶつかっても、スッと虚しく消えていくだけだった。
 何度も何度もう違う魔法を使って打ち消そうとするが上手くいかず、サキュロスの神経質そうな顔がドンドン焦りに歪んでいく。

「ちょ!シド、思い当たる魔法ないの⁈このままじゃ消されちゃう!」

 ジワジワと迫り上がる魔法陣。サキュロスの下半身はもう消えて無くなり、見えない。上半身だけが魔法陣の上で悪戦苦闘している状態に、流石に俺もどうしていいのか困った。
 彼の言う『消えちゃう』が、存在の消去までいく話なら後味が悪い。なので必死に、ヒントになるような事柄が無いか考えた。
「……イレイラが『俺の望む状況に変化する』魔法を重ねたと言っていたくらいしか」

「願い事系⁈え……ちょっと!私がネックレスを無理矢理壊した時、シドは⁈」

 質問に対し、答える方がいいのかどうか悩む。思っていた通りになってくれる魔法が発動しているのなら正直都合が良い。しかも、それを教える必要性が俺にはわからなかった。
「……死ねとは思っていない」

「ちょ!もっと詳し……あぁぁっ!待って待って‼︎」

 ドンドン魔法陣により消えていく自身の姿に、サキュロスが不安げに声をあげた。
「カイルじゃ魔法具が無いと古代魔法は使えないし、猫だったイレイラはそもそも無理だ……ああああぁぁぁっ!あ、あの過干渉羊オヤジ、まさか息子の嫁の魔法に便乗したのか⁈いくら息子大好きだからって、関わり過ぎでしょっ!」
 この魔法陣を発動させている者の正体が、どうやらサキュロスにはわかったみたいだ。

「わかったからってどうにかなる訳じゃないけど、スッキリはしたな!」

 胸の辺りまで消えたサキュロスがそう言い、ちょっとだけ好感度が上がった。好意がどうこうと言い出さなければ、悪い奴ではないのかもしれない。
「良かったな、消える前にスッキリして」
「……私、消えるの?そう願ったの⁈それって、死ぬと同義じゃない?」
 焦った顔をしてサキュロスに問われ、そっと視線を逸らした。
 殆ど彼は消えかけているのに、まだ体が動かない。
「帰れ、忘れろとは……まぁ」

「んな⁈鬼!悪魔っ、そんなに私が嫌い⁈」

「強姦されそうになっていたのに、好意を向けろと?巫山戯るな!」
「摘み食いだって言ったじゃん!」
「大差無し!」
 怒鳴りつけるように言った瞬間、サキュロスの体が完全に魔法陣の中へと吸い込まれ、すっかり消えてしまった。
 腰にのしかかる重みが無くなった事に、心底安堵する。だが相変わらず体が言う事を聞いてくれず、ベッドに縛りつけられているみたいな状態のままだ。

(術者が消えた……多分、自らの神殿へ帰還したというのに、何故だ?どうしたらいいんだ、一体)

 一人ベッドで横になったまま困惑していると、今度は空中に消えずに残っていた青い魔法陣から、「お祖父様待って!こ、心の準備が——」と叫ぶ声と共に、すとんっと人が降ってきた。
「んな⁈」
 突然腰に重さを感じ、声をあげた。
「……ロシェル?」
「こ、こんばんは……シド」
 先程までサキュロスが跨っていた位置にロシェルが降ってきた事で、俺は頭が真っ白になった。

 レイナードが困惑する中、当然ロシェルも半パニック状態だった。部屋で休もうとしていたのに魔法陣が突如現れて吸い込まれたのだ、無理も無い。

「なんで……ロシェルがここに?」

 夜着とはいえ、薄着姿のロシェルに馬乗りされたまま、一転した状況が理解出来ずレイナードが震える声で訊いた。
「えっと……あの……え、あっ」
 夜着がはだけているレイナードの逞しい上半身に視線を奪われ、ロシェルがどもる。
 浴場で水着姿になった彼の姿を見た事はあったが、ベッドに居るというだけで全然違って見えてしまう。
 白い敷布に横たわり、寝やすいようにと落とした薄明かりの中にいるレイナードの、鎖のような契約印と戦火の傷が刻まれた肌はとても妖艶でロシェルの心臓が速さを増す。『このままシドの裸を見ていたら心臓が爆発して死んでしまいそうだ!』と、ロシェルは思った。

「……そこから、降りてもらえないか?ロシェル」

 上手く説明の出来ない主人に向かい、レイナードが出来るだけ落ち着いて声を掛ける。だが内心では、このままにいられてはかなりマズイと、相当焦っている。
「あ、そうよね。御免なさ——い⁈」
 レイナードに言われ、彼から降りようとしたロシェルだったのだが、グンッと何かに引っ張られた。彼から降りるどころか、体を倒し、ピッタリと肌を重ねてしまった。

「「へ⁈」」と、間の抜けた声が二人から同時にあがった。

 相変わらず体が動かず、ベッドに縫い付けられたままになっているレイナードの割れた腹筋に、ロシェルの柔らかな胸が体重と共に押し当てられ形を変える。
 彼女の小さな両手は、レイナードの見事な胸筋を優しく包み、熱い吐息が胸先をかすった。

 何が起きたのかわからず、どちらも動けない。

 少しでも動けばまた何か起きるのでは?とロシェルは動く事を躊躇し、レイナードはそれ以前の問題だった。ジトッと二人の全身から汗が滲み出す。過去最高の密着度に息が上がり、レイナードの雄がピクッと反応してしまった。先ほどの体勢のままだったら、確実にロシェルの陰部を刺激していただけに、この瞬間だけは覆いかぶさってきてくれている事に感謝した。

「えっと……一つ訊いても?」

 先に口を開いたのはロシェルだった。今すぐにでもこの場から全速力で逃げ出したい、でなければ不敬罪で処罰される!と焦りに焦っているレイナードは、音もなく頷いた。
「シドは普段から、こんな……格好で眠っているの?」
 夜着の前面を肌蹴させた状態をロシェルは不思議に思った。テントで共に寝ていた時は鎖帷子を決して脱がなかったレイナードが、この様な軽装で休もうとしていた事に違和感を抱く。

「それは、サキュロス様が——」

 名前だけを聞き、ロシェルがレイナードの言葉を遮り「サキュロス様に襲われたの⁈」と叫んだ。眉間に皺を寄せ、明らかに不愉快そうだ。

「……信じられない、私より先に?……わたしより……」

 ボソボソとしたロシェルの呟きは、レイナードには聞こえなかった。
 口元をへの字に曲げ、意を決したような瞳のロシェルがそっと指を動かしてみた。先程と違い、何かの力に引っ張られる感じも無く、自由に動く。脚を動かし、レイナードの上から降りようとした行動は直ぐに体が硬直し、阻まれる。何かしらの影響により行動に制限がかかっている事に、ロシェルは気が付いた。
 レイナードの胸に手を置いたまま、ロシェルが上半身をそっと起こす。どこまで可能なのか、手探り状態のまま手を大きく動かそうとしたが、途中で動かせなくなった。どうやら、レイナードから離れる事に繋がる行動は、出来ない様だ。

「ロシェル、頼むからそれ以上起き上がらないでくれないか?」

 先程の様に腰に馬乗りになられると非常にマズイ状況下にあるレイナードが、懇願した。額から冷や汗が流れ、表情が渋くなる。サキュロスが腰近くに座っても、平気どころか気色悪いとさえ感じたというのに、ロシェルに同じ様に座られるだけで色々体が勝手に反応してしまい、レイナードは過去最高に動揺していた。初めて戦場に出た時でさえ緊張すらしなかったというのに、今はもう体どころか頭の中も動かず、打開策が浮かばない。呼吸が勝手に乱れ、可笑しな表情をして、ロシェルに『変質者みたいだ』と思われないようにするだけで精一杯だった。

「……離れないで、欲しいのですか?」

 半端に半身を起こしたままになっていたロシェルが、顔を真っ赤にさせながら訊いた。何かちょっと違うと思いつつも、跨る姿勢に戻られるよりはマシだと判断したレイナードは、勢い任せに「そうだ!」と言ってしまった。
 言葉に従い、ぽすんっと体を倒し、再びレイナードの硬い胸板にロシェルが顔を寄せる。嬉しくて嬉しくて、ロシェルはレイナードの胸に頬ずりをした。彼女の長い黒髪がそれにより揺れて、レイナードの肌を擽ぐる。こそばゆいとも気持ちいいとも感じられる微妙な感触に、レイナードの体が震えた。
「……シド」
 レイナードの反応に、ロシェルの体にゾクっとした快楽が走った。

(この人は、何て可愛らしいんだろう)

 もっと見てみたい。サキュロスなら良くて、私がしてはいけない理由は無いはずだ。そんな考えが頭を占有し、ロシェルは目前にあるモノを喉を鳴らしながらジッと見詰めた。
 そっと体を動かし、顔を寄せる。ドキドキと胸をときめかせながらロシェルは、レイナードの左胸の尖りを、カプッと口に含んだ。
「ぅあ!」
 初めての感覚に驚き、レイナードは大声をあげた。快楽というより、正直くすぐったい!
 そんな彼の様子を見る余裕の無いロシェルが、必死にレイナードの胸の尖りを子犬の様に舐め、吸い付き、軽く噛む。愛らしい小さな舌先を懸命に動かして丁寧に愛撫され、段々と淫楽的な気持ちになり、レイナードが腰をよじった。下っ腹の奥が重く、体が疼く。

「ロ、ロシェル……何でこんなこ、と……んっ!」

 顔を少し持ち上げ、レイナードがロシェルの姿を目視する。赤い舌先が自らの胸を必死に舐める姿をまともに見てしまい、頭がクラッとした。
「だって、サキュロス様にはさせたのでしょう?」
 胸から口を離し、拗ねた顔でロシェルが呟いた。そんな彼女の表情にレイナードは心が鷲掴みにされてしまい、ロシェルを抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。動かぬとわかっていながらも衝動には勝てず、腕に力を入れる。すると、動けないでいたはずの腕は不思議と難無く動いてしまい、次の瞬間には思いっ切り彼女を抱き締めていた。
「きゃっ!」
 ロシェルは抱き締められた事に驚き声をあげたが、逃げたりなどはしなかった。
「……すまない!俺は何て事を⁈」
 衝動を満たせたからか、レイナードが直ぐに我に返った。慌ててロシェルの肩を掴み、引き離そうとする。だが、先程まで動いていたのに体がまた硬直してしまい、引き離せない。どうやらロシェルから離れる行為に繋がる事は出来ないみたいだと、やっとレイナードも気が付いた。
「謝らないで、シド。それよりも貴方は、どこまでサキュロス様に許してしまったの?」
 そう言ったロシェルの顔色は暗く、怒りを孕んでいた。占有してしまいたい存在に手出しされた事が気に入らないみたいだ。
 小さな手でそっとレイナードの体の輪郭を撫でる。耳に触れ、首、鎖骨、肩のラインへと撫でられてしまい、レイナードが口を引き結んだ。このままでは、あられもなく嬌声をあげてしまいそうだった。
 ロシェルの肩に触れてはいるのに、彼女の行為を止められない。力が出ず、そっと添えているだけだ。
 声だけは必死に耐えたが、ロシェルの勘違いは心外で、弁明したいのに体の上を這う指先に翻弄され言葉が出てこなかった。

「どこまで彼に触れさせたの?女の体なら誰でもいいの?」
「んなわけあるか!」

 躾のなっていない畜生に対する発言だと感じ、流石にレイナードが声を荒げた。
「ボタンを全て外されただけで、それ以上は何もされていない!」
「……本当に?」
 ピタッと手を止め、ロシェルがレイナードの体の上を這い、顔に近づく。間近で疑い深い瞳にジッと見詰められ、彼の呼吸が一瞬止まった。また衝動的に動きそうになった体を、無理矢理意思の力で止めた。だが、既ででどうにか止める事が出来ていなかったら、勢い任せにロシェルの口に齧り付きかねない状態だった。
「イ、イレイラ様の魔法が守ってくれて……青い魔法陣が奴を消してくれたから、大丈夫だ」

 そうだ、あの魔法のおかげで……おかげで、いや待て。
 俺はあの時

 フッと記憶が蘇り、レイナードは焦った。

 『どうせこんな事をされるなら』と考えていなかったか?

 今のこの状況を作り出しているのが自分の願望のせいだと気が付き、レイナードは「ロシェル、この状況はかなりマズイ‼︎」と困惑顔で訴えた。
「ロシェル、今の君は、サキュロスがしようとしていた事しかトレース出来ないんじゃないか?」
「……確かに、シドから離れようとしたら体が固まって動かなくなるわ」
「やっぱり!」

(どこまでサキュロスがしようとしていたのかわからないが、もしかしたら奴がしたかった事を全てこなさないとこの魔法は解除できないんじゃ無いだろうか?)

 その考えに辿り着き、レイナードは申し訳なさで頭が一杯になった。こんな卑猥な状況に主人を巻き込んでしまった事に対し、後悔の念しか無い。

 状況説明をするべきかせざるべきか。

 言えば絶対にロシェルの気質的に、不快だろうが使い魔の為だと言って行為を続行するだろう。だが言わないなら言わないで、このまま動けず、誰かが来るまでこのままくっついた状態になってしまう。
 どちらも選べないレイナードが押し黙っていると、ロシェルが心臓をドキドキさせながらそっと彼の肌を撫で出した。
「悔しいわ、それでも悔しい……この肌を、私以外が触れようとした事自体が許せないわ」
 レイナードの首元に顔を近づけ、ロシェルが彼の首に噛み付いた。
「くっ」
 短い声をあげ、レイナードが顔をしかめる。ゆっくり離れた首元にはくっきりと噛み跡が残り、少しだけ血が流れ出ていた。
 筋肉質ではあっても肌は柔らかく、ロシェルですらも傷跡を作れてしまう。痛そうな噛み跡に少しだけやり過ぎたかもと思った彼女だったが、満足感の方を強く感じてしまい、口元を綻ばせた。
「一体何をして……」
 困惑はしたが、不快では無い。そんなレイナードの問い掛けにロシェルは答える事なく、自らつけた噛み跡をペロッと舐め始めた。
 肌を撫でながら舐められ、ロシェルの肩を掴むレイナードの手に軽く力が入る。でも魔法の影響により彼女を引き剥がせない為、「貴女がこんな事をする必要は無い!」と言う事しか出来なかった。

「……レイナード、お願いだからジッとしていて。多分この魔法は『サキュロス様がしたかった事』を私がやらないと解けないわ」

 碌な説明もしていないのに、今の状況をロシェルも気が付いていた事にレイナードが驚いた。
「大丈夫よ、怖がらないで。私も……経験が無いので下手だけど、その……が、頑張るから」
「駄目だ、駄目だ……嫁入り前の女性に、こんな——」
 自分の欲望に巻き込みたく無い、護らなけれなならぬ主人を自らが汚そうとしている状況が受け入れられず、レイナードは顔をしかめた。
 そんな彼の表情にロシェルが一瞬切なそうに顔を歪めたが、「なら、私が貴方に嫁げば何の問題も無いわね」と言い、彼の唇に自らの唇を重ねた。
「んんっ」
 頬を両手で包まれ、レイナードは顔を反らせない。ただ重ねられただけの唇だったが、それはとても柔らかく甘さがあり、彼の理性を粉々に砕くには十分な代物だった。
 唇を舌で舐められ、軽く噛む。「ロシェ——」と名前を呼ぶ為に開けた口の隙間にロシェルは舌を忍ばせ、発するはずだった言葉を飲み込ませた。
「んぁ……っ」
 熱い吐息が互いからこぼれ、魔法を解く為だだとか、主従関係がどうこうなどと全く考えられなくなっていく。
 押し返したくて掴んでいたはずのロシェルの肩をレイナードは自ら引き寄せ、離すまいと背中へ手を回してしまった。ロシェルの細い肩が強い抱擁により少し軋んだが、絡める舌が与える快楽に勝てず、瞳がトロンと蕩けている。抱き締められる痛みすら、気持ちがいい。
「シド……」
 愛しい気持ちが心から溢れ出て、ロシェルがレイナードの名前を呟いた。普段ならそれにより彼なら我に返りそうなものだが、初めての口付けの心地よさのせいで、それどころでは無かった。
 絡む唇から飲み込み損ねた唾液が溢れ落ち、肌を滑り落ちる。卑猥な水音が耳に聞こえ、二人は体を震わせた。
 全身に走る快楽で彼の陰部が更に硬くなり、夜着の中でヒクヒクと動いてしまう。先走りが溢れ出て、下着を少し濡らした。より深い快楽を求め、レイナードの腰が少し揺れた。
 それに気が付いたロシェルが彼から唇をそっと離し、興奮に打ち震えた。こういった行為の経験は無いロシェルだが、知識だけはしっかりある。結婚済みの知人達が赤裸々に、夫との行為を今後の参考にと善意で教えてくれる事があるからだ。
 堅物で、必ず一歩引いてしまうレイナードが興奮してくれている事が嬉しくて堪らない。もっとしてあげたい、私ももっと——と貪欲になり、ロシェルは彼の肌に跡が残る程強いキスを何度もしながらドンドン下へと下がっていった。
 興奮し過ぎて頭が働かなくなっているレイナードは全く抵抗せず、荒い息遣いのままされるがままだ。
「んあっ!」とたまにバリントンボイスのまま嬌声をあげては、恥ずかしさを誤魔化すように口元を手で塞ぐ。
 拙い愛撫でも、懸命に丹念に全身を舐られてしまっては、痴態にふける自分に理性を取り戻させる事は不可能だった。
 ロシェルがドンドン下にずり下がっていくせいで、レイナードの怒張に彼女の体が当たる位置まで来られてしまった。普段なら絶対に引き剥がそうと必死になる所だが、今の彼ではこれ幸いとばかりに脚へと怒張を擦りつけた。
 大きくて硬い存在に、ロシェルの表情が一瞬強張った。見た事はないが、ソレが何かなど初心うぶな彼女でも流石にわかる。

(コレが自分に?……んー無理じゃないかしら)

 ロシェルは脚に感じる感触に、少し冷静に考えてしまった。
 おずおずとレイナードの手がロシェルのお尻に伸びてきて、遠慮がちに双方の膨らみを掴んだ。自分がするのは平気でも、まさか彼に触れられる事を想定していなかったロシェルはが焦る。
「シ、シド⁈」
 恥ずかしさに頰を染め、彼の顔を見上げる。興奮に我を失い、享楽に染まるレイナードの瞳と目が合い、ロシェルはアッサリ恍惚な気持ちへと引き戻された。
 ロシェルの柔らかなお尻を揉みながら、レイナードがロシェルの体を、自分がより気持ちよくなれる様にとずらしていく。プルプルと震えながらもロシェルがされるがままになっていると、彼女の陰部へレイナードの怒張が当たり、彼が腰を動かして擦り付け始めた。
 蜜に濡れる肉芽が下着越しに怒張で擦られ、ロシェルの口からも嬌声がこぼれ出た。
「あぁぁっ」
「き、きもち……」
 眉間にシワを寄せ、レイナードがボソッと呟いた。そんな彼の姿にロシェルはもっと色々してあげたい気持ちが刺激され、上半身をグイッと起こした。彼の腹筋に両手を当て、一歩後ろへと下り、レイナードの脚へと座った。
 気持ち良さに浸っていたレイナードがぼうっとしたままその姿を見上げている。もっとしたかったのにと、少し残念そうだ。
 ゴクッの生唾を飲み込み、ロシェルがレイナードの夜着と下着にまとめて手をかける。未知との遭遇に心臓をバクバクさせながら、ゆっくり布を下へと引っ張った。
 赤黒い怒張が姿を露わにし、ロシェルの股近くでヒクヒクと動いている。男性にしては薄い和毛に向かい先走りが垂れ落ち、消えた快楽を再度欲しいと訴えている。
 口元を引き結びながらロシェルがそっと怒張へ手を伸ばし、軽く握る。初めて触った筈なのに、知っている感触と太さに不思議な気持ちになった。
「すごい……ですね、こんな」

(確か、こうよね?)

 彼女の小さな片手では持て余しまうが、覚束ぬ手つきで掴んで上下に動かす。溢れ出る蜜を絡ませると触れやすい事に気が付き、ロシェルは必死に怒張を優しく擦った。
「うあっ……んんっ!」
 レイナードの腰が浮き、ロシェルごと持ち上がる。ちょっと怖かったが、淫猥な彼の姿に笑みが溢れた。
「気持ちいいのね?シド。……嬉しいわ」
 淫猥に乱れるレイナードの姿に、心が躍る。もっと見てみたい、魅せられたいと心底考えてしまう。
 もっと、もっと私も——とロシェルが思い、座る位置を変える。自らワンピースタイプの夜着を持ち上げて捲ると、布の端を噛み、レイナードの怒張へと腰掛けた。
 陰部から溢れでる蜜のせいでロシェルの下着はぐしょ濡れで、怒張の上でもよく滑る。彼のヘソ辺りに両手を置いて腰を動かし、ロシェルがレイナードの怒張を陰部で擦った。
「……すごぃ、こんな……あぁっ」
 もうここまでくるとサキュロスのしたかった事をトレースせずとも魔法の効果はとっくに切れているのだが、二人は全然気が付いていない。
 ロシェルはそっと下着をずらすと、直接レイナードの怒張へ陰部を当てて行為を続けた。太くて硬いモノが直接当たる事に羞恥を感じる余裕も無い。必死に腰を振り、あられもない嬌声を上げて二人は享楽に耽った。
 そんなロシェルの様子に、レイナードは更に興奮し、彼女の腰を掴む。気持ちよくなりたいと初めての刺激を無心に貪っているロシェルの体を少し引っ張った。
 軽くロシェルの体が前に倒れ、その姿勢のままレイナードが腰を動かす。すると弾みで、彼女の蜜が溢れ出る狭隘の中へと彼の怒張が一気に奥まで入り込んでしまった。

「ひぃっ!あぁぁぁぁっ!」

 一瞬で無理矢理押し広げられた膣壁が痛み、ロシェルが声をあげた。十二分に濡れてはいるが、指などで全然慣らしていなかった膣内はレイナードの逞しい怒張に引き裂かれ、血が滲み、奥から垂れ落ちる。全く自らでは動けず、強張った顔でロシェルは俯いた。
 破瓜の時は辛いと聞き知ってはいたが、想像以上の痛みだった。慣らしていたのなら緩和できたかもしれないが、そうではないのでもう、慌てて治癒の魔法で体内を治療するしかなかった。
 レイナードの方はといえば、やっと最も求めていた快楽を得てしまい、声を堪えながら両手で顔を覆ってしまっていた。浅い呼吸を繰り返し、達してしまうのを必死で堪えている。そのせいで、ロシェルが必死に耐えている事に気が付くのが遅れた。
 しばらく動けずにそのまま跨っていたロシェルが、ふぅと息を吐き出した。治癒も済み、馴染んできたおかげでなんとか動けそうだ。

「ロシェル……」

 顔を真っ赤染めたレイナードが、優しい手つきでロシェルの頰に触れて上を向かせる。快楽に潤む彼の瞳と目が合い、ロシェルは『私が頑張らないと!』と決意つつも、頰を緩めた。
 ゆっくりと体を動かし、ぎこちない腰付きながらもロシェルが必死に快楽を模索する。どうしたらもっとレイナードが愛らしく悶えてくれるかと思うと、痛みの散った膣内にはもう淫楽しか無い。
 互いの淫部が擦れ合い、蜜音がグジュグジュとなる。聞こえる音に恥ずかしさを感じたが、結合部が夜着で隠れ見えていない事が救いだと、ロシェルは思った。
「可愛いな……」
 劣情一色に頭が染まっているレイナードが、ロシェルの頰を撫でながらボソッと呟いた。
「いい香りもする」
「あ、ありがとう……シド」
 レイナードよりも少しだけ理性の残るロシェルは、彼の言葉に照れてしまい、動きが止まった。見られていたのかと実感してしまっては、いくら快楽が心地よくても恥ずかしさが勝ってしまう。そのせいで膣壁がキュッと締まり、怒張をきつく抱きとめられたレイナードが熱い吐息をこぼした。

(か、可愛すぎる!)

 レイナードの姿に萌えたロシェルが両手で顔を覆い、悶えた。そんなロシェルの様子を気にする事なく、レイナードが彼女の腰を掴む。
「っひゃ!」
 彼がロシェルの腰を勝手に動かし、快楽を求める。滾る怒張が無造作に彼女の狭隘な膣壁を刺激し、子宮までも届きそうな程、奥まで入り込んだ。
「ロシェル……ロシェ……」
 荒い息遣いに混じり何度も名前を呼ばれ、ロシェルは体だけでなく、心も翻弄される思いだった。自分のペースで動けず、強制的に与えられる快楽のせいで、全身に鈍い痺れを感じる。
「だ、ダメ……シドそんな……はげしぃっ」
 何かに追い詰められる様な錯覚を感じ、ロシェルの体が強張った。
「んんっ!」
 ギュッと締まった膣壁に、レイナードが声をあげる。ずっと堪えていた大きな快楽が急に寸前まで近づいてきた事で、焦りから口を引き結んだ。

(もうイキたい……でも、あれ?……そんなことをして、いいのか?えっと……)

 ぼうっとする頭で必死にレイナードが考えようとしたが、無理だった。ロシェルの体を揺さぶる事が我慢出来ないし、揺らすたびに震える大きな胸も魅惑的で目が離せなかった。
 あられもなく開いた口元からは飲み込めない唾液が滴り落ち、ロシェルの首を伝い、谷間へと消えていく。胸の先は固く尖り、薄い夜着の中で激しく自己主張をしていて美味しそうだ。

「綺麗だ、ロシェル……」

 バリントンボイスで囁かれながら、うっとりとした眼差しを向けられてしまい、ロシェルは一気に追い詰められた。
「あぁぁっ!ダメ、なんか……ああぁっ」
 聴覚、視覚、膣内と同時に犯され侵食される。ロシェルは一気に劣情の熱へと叩き落とされ、びくっと大きく体を震わせた。ギュッギュッと膣壁を締め付けると、陸に上がった魚の様に口をパクパクさせ、上半身がレイナードの体に向かい倒れた。爪先が伸び、何度も体に走る痺れに似た余韻に浸る。初めての行為だったというのに、ロシェルは達してしまったみたいだ。
 そんなロシェルの締め付けにより、寸前で堪えていたレイナードも「んあっ」と短い声をあげて、ロシェルの腰にギュッとしがみついた。限界まで質量を増していた怒張がロシェルの膣内で弾け、大量の精を彼女の最奥へと吐き出す。二、三度怒張が痙攣し、レイナードの手から力が抜けた。
 経験の無い、例えようのない快楽の余韻のせいで、二人の呼吸が全然整わない。それどころか、ロシェルの中に入ったままの怒張は、もっとあの気持ち良さを味わいたいと、再び熱を持ち始めた。
「シ、シドったら、もう」
 ロシェルは頰と耳を赤く染め、『もっとしてもいいですよ』と告げる代わりに彼の腹へ頬ずりをした。
「ロシェルッ!」
 賢者タイムなど来なかったレイナードが、完全に元どおりに戻っている怒張を一気にロシェルの淫部から引き抜き、彼女をベッドへと押し倒した。
 突然の反転にロシェルが「ひゃっ!」っと声をあげた。そんな彼女の唇に、噛みつく様な口付けをするレイナード。微塵も躊躇せず舌を絡ませながら、ロシェルの上に覆いかぶさる。
 時々もれる吐息の中で互いの名前を呼び合い、痴態に浸る。同時に胸を強く揉みしだかれロシェルは少しの痛みを感じたが、直ぐに快楽へと変わっていった。

「可愛いな、どこを触っても柔らかいし……こんなに気持ちいいなんて、まるで夢みたいだ」

 恍惚とした表情で囁かれ、ロシェルがブルッと震える。何度聞いても、レイナードの色香をもちながらささめく低い声は、脊髄を直接撫でられたみたいにゾクゾクした。

「シド、もっと……して」

 レイナードの首に腕を回し、ロシェルが抱きつきながら『もっと話して』と言ったのだが、声がかすれ、一部しか彼には伝わらなかった。
 ただでさえ理知的な思考能力がゼロになっているレイナードは、ロシェルの言葉に頭が沸騰し、彼女の名前を叫びながら、この後気を失うまで互いの体を貪り続けたのだった。
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