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【幕間の物語】
シェアハウス『アイビー』(テオ・談)
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ルーナ族として生まれ、黒豹の身を持つ私の一番古い記憶は、月の女神・ルナディア様から唯一“祝福”を授かったナハト様に仕える神官の一人だった頃のものだ。その後何度転生しても、私は常に当時からの相棒であるリュカ・グリフィスと共に彼の元へ駆け参じ、今世でも“テオ・エルミール”はセレネ公爵家に仕えている。
公爵家当主・“メンシス・ラン・セレネ”が、今世でのナハト様のお名前だ。
月の女神の加護により、ルーナ族の大半は過去世での人生の記憶を有する者が多い。『全てが“一つの魂”にとっては繋がった人生であり、経験であり、宝である』というお考えによるものらしい。だが稀に過去の記憶を持たない者もいる。『記憶の継承を望まない者』『記憶が無いフリをしているだけの者』そして、今のメンシス様のように『女神に記憶を預ける事になった者』である。
大神官・ナハトとして生まれた時の経験を以後も盛大に引き摺り、その後四度の人生において彼は、聖女・カルム様の生まれ変わりを受け入れる土台を作りつつ彼女を探しに探し、結局は出逢えずに絶望し、自ら命を絶ってきた。六度目となった一つ前の人生ではとうとう物心ついたその瞬間に魔力をわざと暴走させて探す事すらも放棄してしまったせいで、『もう彼の心が耐えられないのだ』と女神が判断したのか、メンシス様は一度目の記憶以外の過去世を『報告書』という形でしか知らない。
「——条件を満たした物件は見付かったのか?」
カルム様との結婚を果たせている一番大切な人生の記憶のみとなったおかげか、二歳という早い段階で『カルム様の生まれ変わり』の誕生を確認出来たからか、今世でのメンシス様の表情は比較的穏やかな事が多かった。問題の全てが解決している訳では無いので、あくまでも記憶には無い四度の人生の時と比べると、の話ではあるが。
だが今朝のメンシス様の表情は、『ナハト時代』を私に思い起こさせる程の爽やかな表情である。明らかに、再び家族となるべき四名で仲良く一夜を過ごしたおかげだろう。
(…… たとえ彼の方を魔法で強制的に眠らせてであっても、とても嬉しかったに違いない)
幸せそうに眠る四名の姿を想像するだけで、口元が自然と緩む。
「はい。シェアハウスとして運用可能な物件はご用意しました。この宿からは徒歩圏で、セレネ公爵邸からもかなり近いので何か緊急事態があっても、迅速な対応が可能です」
「…… ひょっとして、ウォセカムイ地区の郊外にある、あのレンガの家か?」
宿の一階メインホールにあるベンチに腰掛け、メンシス様が訊く。流石は我が主人だ、公爵家で所有している物件をきちんと記憶されている様だ。
「はい。三階建で部屋数も適度に多く、敷地面積も広いので何かと自由がききます。貴族のタウンハウスが近隣に数多くありますが、その分昼間の治安は問題ないですし、商店街からも遠くはないので買い物の便も申し分ないかと」
「そうだな、神殿のある界隈からもこの地区は遠いから、彼女の心も休まるかもしれないな。——うん、急な案件だったのに完璧な条件だ。ありがとう、テオ」
「恐れ入ります」と返し、私は軽く会釈した。
「入居者に関しては、貸し出す四部屋のうち二部屋は、私とテオで借り受けようかと思います。彼は既に“宿の従業員”として顔を知られてはいますが、住んでいても不自然ではないでしょう。残りの二部屋は公爵家の騎士団所属の者の中から二人抜粋しておきました。平日は寮で暮らし、休暇時の息抜きとして一人になれる空間が欲しいからという体で借りているという設定にします」
「わかった。それでいこう」
「——ただ、一つ問題が」
「何だ?」
「住宅が古く、長らく放置されていた物件なので内部のリフォームを出来ていません。家具などの手配は終えたのですが、内装までとなるとメンシス様の手をお借りしたく…… 」
「あぁそうか、あれは百年以上前の建築物だったな。確かにそのまま使うのは問題ありか。——わかった、すぐに手直しをするとしよう」と言い、メンシス様はすぐさまベンチから立ち上がった。
◇
「書類で存在は知っていたが、こうやって物件をきちんと見るのは初めてだな」
これから住む事になる三階建の煉瓦造りの建物を見上げ、メンシス様が笑みを浮かべた。その瞳は先への期待に満ちていて、ただ側に居るだけで、私まで幸せな気分になってくる。
「随分前から公爵家の財産の一部ではあっても、なかなか使用用途が決まらずに今までずっと放置されていた物件ですから、視察もおこなっていませんでしたしね」
ほぼ四角でデザイン性の低い家ではあるが、その分使い勝手は良さそうだったのでお二人共が気に入ってくれればと思う。
朝靄の中を進み、正面近くにある窓からメンシス様が室内を覗く。
「うーん。建物の基礎を少し手直しして、内装も華美ではない程度に綺麗にしないといけないな」
「…… 出来そうですか?」
隣に並んで問い掛けると、「それを私に訊くのか?」と言ってメンシス様は楽しそうにニヤリと笑った。
一歩後ろに下がり、メンシス様が煉瓦造りの建物に両手を当てる。すると、ふわりとメンシス様の黒髪が軽く浮き上がり、大きな手のひらを中心に優しい光が溢れ始めた。その光はほのかに温かく、蛍が周囲を舞っている様に小さな光の粒も漂い、見ているだけで不思議と心が休まる。
月の女神の祝福を受けている神力がメンシス様の体から溢れ出し、劣化の酷かった建物が見る見る間に修復されていく。外観だけではなく、内部も昔の雰囲気を取り戻していき、荒れていた庭も段々と整備され、元気のなかった木々も一気に成長する。もう仕上がりそうに見えた頃。今度は煉瓦の建物を大量をアイビーがその外観を覆い始めた。
(…… 確か、花言葉は『永遠の愛』と『死んでも離れない思い』だったか?)
的を得過ぎている植物が恐ろしい程の速度で増殖して建物を取り囲む様子は圧巻そのものだ。此処までメンシス様の強い想いを体現している建物を用意してしまうとは…… より一層尊敬したくなってくる。
「どうだ?気にってくれるといいんだが」
「…… もしかして、私に訊いているのですか?」
「他に誰が居る?」と言い、メンシス様が首を傾げる。
あのお方にさえ気に入ってもらえれば満足であろうと思っていたので、私の意見を求めてくるとは思ってもいなかった。
「随分と風貌が変わってはしまいましたが、素晴らしいと思います」
「そうか、なら良かった。テオもリュカも来る機会が多いだろうからな。広い庭もあるし、きっとロロとララも気に入ってくれるだろう」
この植物には『友情』という花言葉もある事を思い出し、胸の奥が熱くなる。“女神の愛し子”である主人を支えるだけの歯車にしかすぎない私達をも、己の人生の一部であると認めてもらえている気がした。
「…… 彼女も、気に入ってくれるだろうか?」
心配そうにぼそっと呟くメンシス様に、私は笑顔を返す。
「あのお方は別段好みには煩くないらしいので、問題は無いかと。ただ、どうも過度に華美な装飾は好まないみたいだという報告がありましたから、自然に溢れた風格あるこの建物ならば気に入って下さると思いますよ」
「私もそう願うよ」
二人で並んでアイビーに覆われた建物を正面から見上げた。急速に成長を遂げた裏手にある巨大な木々が上手い具合にセレネ公爵邸を隠してくれている。周囲を囲む芝生は適度な長さとなっており、余計な雑草も無いし、入り口へ伸びている石畳にあった破損は皆無となった。建物の横にある小さな菜園には今にも収穫出来そうなピーマンやほうれん草などが植えられていて『半日で急いで用意した物件』感は皆無となっている。その場の思い付きと話の流れにより用意する事になった家だという事に気付く方に無理がある程、完璧なシェアハウスの完成だ。
「後は家具の搬入くらいか?」
「そうですね。水道は既に通っていますので」
「わかった。では、残りの作業は頼むとする」
「かしこまりました」と答え、一礼する。
「メンシス様は、宿に戻られますか?」
「そうだな。迎えに行くと告げた時間まではまだあるが、少しでも近くに居たいからな」
そう言ってメンシス様が幸せそうにふわりと笑う。五百十八年という長き時を共に待った甲斐のある、素晴らしい笑顔だ。
(…… この笑顔を、今度こそ最後まで守りたい)
——いや、絶対に守ってみせる。
私はそう改めて決意し、軽い足取りで宿に戻って行くメンシス様の後ろ姿を見送ったのだった。
公爵家当主・“メンシス・ラン・セレネ”が、今世でのナハト様のお名前だ。
月の女神の加護により、ルーナ族の大半は過去世での人生の記憶を有する者が多い。『全てが“一つの魂”にとっては繋がった人生であり、経験であり、宝である』というお考えによるものらしい。だが稀に過去の記憶を持たない者もいる。『記憶の継承を望まない者』『記憶が無いフリをしているだけの者』そして、今のメンシス様のように『女神に記憶を預ける事になった者』である。
大神官・ナハトとして生まれた時の経験を以後も盛大に引き摺り、その後四度の人生において彼は、聖女・カルム様の生まれ変わりを受け入れる土台を作りつつ彼女を探しに探し、結局は出逢えずに絶望し、自ら命を絶ってきた。六度目となった一つ前の人生ではとうとう物心ついたその瞬間に魔力をわざと暴走させて探す事すらも放棄してしまったせいで、『もう彼の心が耐えられないのだ』と女神が判断したのか、メンシス様は一度目の記憶以外の過去世を『報告書』という形でしか知らない。
「——条件を満たした物件は見付かったのか?」
カルム様との結婚を果たせている一番大切な人生の記憶のみとなったおかげか、二歳という早い段階で『カルム様の生まれ変わり』の誕生を確認出来たからか、今世でのメンシス様の表情は比較的穏やかな事が多かった。問題の全てが解決している訳では無いので、あくまでも記憶には無い四度の人生の時と比べると、の話ではあるが。
だが今朝のメンシス様の表情は、『ナハト時代』を私に思い起こさせる程の爽やかな表情である。明らかに、再び家族となるべき四名で仲良く一夜を過ごしたおかげだろう。
(…… たとえ彼の方を魔法で強制的に眠らせてであっても、とても嬉しかったに違いない)
幸せそうに眠る四名の姿を想像するだけで、口元が自然と緩む。
「はい。シェアハウスとして運用可能な物件はご用意しました。この宿からは徒歩圏で、セレネ公爵邸からもかなり近いので何か緊急事態があっても、迅速な対応が可能です」
「…… ひょっとして、ウォセカムイ地区の郊外にある、あのレンガの家か?」
宿の一階メインホールにあるベンチに腰掛け、メンシス様が訊く。流石は我が主人だ、公爵家で所有している物件をきちんと記憶されている様だ。
「はい。三階建で部屋数も適度に多く、敷地面積も広いので何かと自由がききます。貴族のタウンハウスが近隣に数多くありますが、その分昼間の治安は問題ないですし、商店街からも遠くはないので買い物の便も申し分ないかと」
「そうだな、神殿のある界隈からもこの地区は遠いから、彼女の心も休まるかもしれないな。——うん、急な案件だったのに完璧な条件だ。ありがとう、テオ」
「恐れ入ります」と返し、私は軽く会釈した。
「入居者に関しては、貸し出す四部屋のうち二部屋は、私とテオで借り受けようかと思います。彼は既に“宿の従業員”として顔を知られてはいますが、住んでいても不自然ではないでしょう。残りの二部屋は公爵家の騎士団所属の者の中から二人抜粋しておきました。平日は寮で暮らし、休暇時の息抜きとして一人になれる空間が欲しいからという体で借りているという設定にします」
「わかった。それでいこう」
「——ただ、一つ問題が」
「何だ?」
「住宅が古く、長らく放置されていた物件なので内部のリフォームを出来ていません。家具などの手配は終えたのですが、内装までとなるとメンシス様の手をお借りしたく…… 」
「あぁそうか、あれは百年以上前の建築物だったな。確かにそのまま使うのは問題ありか。——わかった、すぐに手直しをするとしよう」と言い、メンシス様はすぐさまベンチから立ち上がった。
◇
「書類で存在は知っていたが、こうやって物件をきちんと見るのは初めてだな」
これから住む事になる三階建の煉瓦造りの建物を見上げ、メンシス様が笑みを浮かべた。その瞳は先への期待に満ちていて、ただ側に居るだけで、私まで幸せな気分になってくる。
「随分前から公爵家の財産の一部ではあっても、なかなか使用用途が決まらずに今までずっと放置されていた物件ですから、視察もおこなっていませんでしたしね」
ほぼ四角でデザイン性の低い家ではあるが、その分使い勝手は良さそうだったのでお二人共が気に入ってくれればと思う。
朝靄の中を進み、正面近くにある窓からメンシス様が室内を覗く。
「うーん。建物の基礎を少し手直しして、内装も華美ではない程度に綺麗にしないといけないな」
「…… 出来そうですか?」
隣に並んで問い掛けると、「それを私に訊くのか?」と言ってメンシス様は楽しそうにニヤリと笑った。
一歩後ろに下がり、メンシス様が煉瓦造りの建物に両手を当てる。すると、ふわりとメンシス様の黒髪が軽く浮き上がり、大きな手のひらを中心に優しい光が溢れ始めた。その光はほのかに温かく、蛍が周囲を舞っている様に小さな光の粒も漂い、見ているだけで不思議と心が休まる。
月の女神の祝福を受けている神力がメンシス様の体から溢れ出し、劣化の酷かった建物が見る見る間に修復されていく。外観だけではなく、内部も昔の雰囲気を取り戻していき、荒れていた庭も段々と整備され、元気のなかった木々も一気に成長する。もう仕上がりそうに見えた頃。今度は煉瓦の建物を大量をアイビーがその外観を覆い始めた。
(…… 確か、花言葉は『永遠の愛』と『死んでも離れない思い』だったか?)
的を得過ぎている植物が恐ろしい程の速度で増殖して建物を取り囲む様子は圧巻そのものだ。此処までメンシス様の強い想いを体現している建物を用意してしまうとは…… より一層尊敬したくなってくる。
「どうだ?気にってくれるといいんだが」
「…… もしかして、私に訊いているのですか?」
「他に誰が居る?」と言い、メンシス様が首を傾げる。
あのお方にさえ気に入ってもらえれば満足であろうと思っていたので、私の意見を求めてくるとは思ってもいなかった。
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「そうか、なら良かった。テオもリュカも来る機会が多いだろうからな。広い庭もあるし、きっとロロとララも気に入ってくれるだろう」
この植物には『友情』という花言葉もある事を思い出し、胸の奥が熱くなる。“女神の愛し子”である主人を支えるだけの歯車にしかすぎない私達をも、己の人生の一部であると認めてもらえている気がした。
「…… 彼女も、気に入ってくれるだろうか?」
心配そうにぼそっと呟くメンシス様に、私は笑顔を返す。
「あのお方は別段好みには煩くないらしいので、問題は無いかと。ただ、どうも過度に華美な装飾は好まないみたいだという報告がありましたから、自然に溢れた風格あるこの建物ならば気に入って下さると思いますよ」
「私もそう願うよ」
二人で並んでアイビーに覆われた建物を正面から見上げた。急速に成長を遂げた裏手にある巨大な木々が上手い具合にセレネ公爵邸を隠してくれている。周囲を囲む芝生は適度な長さとなっており、余計な雑草も無いし、入り口へ伸びている石畳にあった破損は皆無となった。建物の横にある小さな菜園には今にも収穫出来そうなピーマンやほうれん草などが植えられていて『半日で急いで用意した物件』感は皆無となっている。その場の思い付きと話の流れにより用意する事になった家だという事に気付く方に無理がある程、完璧なシェアハウスの完成だ。
「後は家具の搬入くらいか?」
「そうですね。水道は既に通っていますので」
「わかった。では、残りの作業は頼むとする」
「かしこまりました」と答え、一礼する。
「メンシス様は、宿に戻られますか?」
「そうだな。迎えに行くと告げた時間まではまだあるが、少しでも近くに居たいからな」
そう言ってメンシス様が幸せそうにふわりと笑う。五百十八年という長き時を共に待った甲斐のある、素晴らしい笑顔だ。
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