ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【第三章】

【第一話】幸せの瞬間・前編

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 カーネが家出をして三日目の朝が来た。部屋のカーテンも開けっぱなしで寝てしまったので、室内を容赦なく朝日が照らしている。ここ連日天気が良いせいで、まだ随分と早い時間なのに日差しは容赦ない。
「…… おはよう、ララ」
 寝衣も着替える間も無く寝入ってしまったせいでカーネの着ている服はシワだらけだ。
『おはよウ、カカ様』
 眦に涙を浮かべ、ふぁぁと大きな欠伸をしながらララが挨拶を返す。広いベッドの上には彼女らしかおらず、体に掛けてあったブランケットも消えている。他の誰かが居た物理的な痕跡は何も無かったが、ララは部屋の残り香で、メンシスと双子の兄であるロロが先程まで一緒に居た事実に気が付いた。彼らの性格を鑑みて、夜中に何があったのかを推察し、ララの顔が自然とにやける。

「へぇ、朝ご飯も出るんだね」
 鞄から引っ張り出した服に着替え、室内にある机の上に置かれた宿泊者向けのサービス案内の紙を手に取ってそう言ったカーネの口振りはまるで他人事だ。毎日一食しか食べられない生活を続けてきたから、『朝ご飯』という言葉を知ってはいても、どうしたってそこで脳の処理が止まってしまう。日に三度食べてきた体に入れられようが、染み付いた習慣はそうそう変わらないのか空腹感も無い様だ。
『素泊まりではないかネ』
 ララはそう言ってベッドから華麗に降りると、『カカ様、まずは顔を洗って来るといいワ。それが終わったら一階に降りて早速食事にしまショ』と瞳を細めながら言った。
「…… 食事?」
『朝食に決まってるじゃなイ』
 呆れ顔をしながらララがカーネの穿いているスカートを軽く噛んで、洗面所の方向へ引っ張る。言われるがまま顔を洗って朝の用意を済ませると、カーネは部屋を出て、宿の一階へ降りて行った。


       ◇


「——あ、おはようございます!」
 カーネ達が宿の一階に降りるなり、直様メンシスが声を掛けてきた。長い前髪と眼鏡のせいで顔の半分が隠れていても尚分かる程に顔色が良く、マジックアイテムである眼鏡越しに見る背後には向日葵の花を咲かせ、昨日よりも艶々としている。眼鏡越しに見る彼の背後は、今朝も今朝とて好意に満ちた綺麗な色に染まってもいた。
「おはようございます。…… もしかして、もうお迎えの時間でしたか?」
 時計に視線をやると、針はまだ七時を少しすぎたくらいの時刻だった。翌日の十時半頃迎えに来ると言われた気がするのだが、覚え間違えてしまったのかもとカーネの表情に焦りが見える。初めて誰かと待ち合わせをしていたのに、早速自分は失敗したのかと自己評価もぐんっと下がった。
「いえいえ、僕がかなーり早く来てしまっただけなのでお気になさらず。一人分の朝食を用意するのが面倒で、『あ、早めに行って宿で食べればいいか!』みたいなノリですから」
 彼のふわりとした笑顔にカーネの心が軽くなる。こうも誰かに優しく接してもらえるのは五歳の頃以来だ。火傷をしたばかりの頃にセレネ公爵家が派遣してくれていた侍女達も親切ではあったが、シリウス公爵家の面々の目があった為、どうしても距離を感じる事があったから。

(…… メンシス様は、お元気なのだろうか?)

 ふと彼の美しい横顔がカーネの脳裏に浮かぶ。七歳の頃のメンシスしか知らぬ為、どうしたって思い起こすのは少年の姿だ。そのせいで、目の前の“シス”がまさにその“メンシス”であると、カーネは全く気付きもしていない。金色の髪であるイメージがあまりにも強く、成長した姿の想像すらした事もないから尚更だ。

(今のこの姿で会うのが怖いからと、彼から逃げて来たくせに気になるとか、自分勝手過ぎるか)

 そっとかぶりを振って、カーネは「…… そうだったんですね」と、作り笑顔をしながらメンシスに返事をした。
「朝食はこれからですか?」とメンシスが訊く。
「あ、はい」
 きっちり食べられるかは不明だが、このまま部屋に戻ると同行しているララに怒られそうだ。メンシスとも遭遇してしまっている為、空腹じゃないからと朝食を避けて通るのは難しいだろう。
「じゃあ一緒に食べませんか?量が多い様だったら、昨日みたいに僕が残りを貰う事も出来ますしね」
 ありがたい提案だった。食事が貴重だった身だ、料理を残すなんて、胃はその行為を認めても気持ちの方が許せない。だが無理に詰め込むのも不可能であるから、渡りに船だと思ったカーネは、「いいんですか?ありがとうございます」と控えめな笑顔で返した。
 その表情を見た瞬間、メンシスとララが両手で自分の顔を覆った。その仕草があまりにそっくりで、カーネは笑ってしまいそうになったのを必死に堪えている。

(可愛いが過ぎる…… )
(カカ様、可愛いワ)

 メンシスとララが揃って似たような事を考えていると、宿の店員の一人が「朝食のお客様ですか?」と声を掛けてきた。補佐を目的として宿に潜入している者の一人で、メンシスの側近でもあるリュカだ。『このままでは、いつまで経ってもカーネ様が食事出来ませんよ⁉︎』と思っての気遣いである。
「はい。こちらの方は泊まりではないのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです」と答え、リュカは二人と一匹を奥へ案内する。カーネの後ろに続くメンシスの表情がとても幸せそうで、側近として永年彼に仕えてきた身としては、本当に嬉しい瞬間であった。
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