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【第3話】
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「「お邪魔します」」
匡と涼の声が綺麗に重なる。葵はその声を聴いてクスッと笑うと、「どうぞ。古い家ですみません」と言いながら、二人を家の奥へ案内した。
木造の古民家は歩くたびにギシギシと廊下が音をたてる。相当年季が入っていると思われる住宅の廊下は少し暗く、電気をつけているのに少し怖い感じがした。『こんな廊下じゃ夜中にトイレなんか行きたくないな』と思いながら二人が周囲をキョロキョロと見渡す。彼らの家は築年数が新しい家なので、こういった趣のある家は不慣れで、どうしたって『怖い』『古い』『暗い』という感想の方が先に立つ。
一つの部屋の前で葵が立ち止まり、ススッと襖を開けた。
「こちらの部屋で待っていてもらえますか?」
十五畳程の部屋に、少し大きめの食卓テーブルがと座布団が置かれている。テレビもすぐ側にあったので、きっとここは居間なのだろう。だけど必要最低限の物しか置かれておらず、あまり生活感のない部屋だ。
「好きに座っていて下さい、ウチには私しか居ませんから気兼ねなくどうぞ。あ、すぐにお茶でも用意しますね」
そう二人に声を掛け、葵は台所の方へ嬉しそうに駆けて行った。直様二人が「「お構いなく」」と返した言葉は、きっと葵には聞こえていなかっただろう。
「…… 怖いくらい、静かな家だね」
「そうだね。とても広そうなのに他に誰も居ないんだね」
庭が広いせいか、周囲の生活音どころか車道を走る車の音さえ一切聞こえてこない。ちょっとでも黙ると、『本当に、世界には自分達しかいないんじゃないか』という錯覚すら感じてしまうそうなくらい、静まり返った部屋だ。
立ち入ったばかりの時に感じた不安はすっかり消え、今の二人にはこの静寂が心地の良いものになり始めた。双子として生を受け、ずっと二人だけの世界を生きてきたつもりでいたが、それを体感出来ている感覚が妙に肌に馴染む。
「いいね、静かで」
「うん、こんな世界いいなぁ」
二人が横に並んで座り、互いに寄り掛かりながら、黙って目を閉じた。天井の方に軽く視線をやり、耳を澄ませる。離れていても少しだけ聞こえる台所っぽい生活音。カチャカチャと、葵が食器をいじっている音だ。その音もすぐに聞こえなくなり、再び訪れる静寂。
鳥の声も、風の音も、木々のざわめきも。
何も聞こえない世界だ。
ボーっとしながら二人でその空間の静寂に浸っていると、廊下の床が軋む音が聞こえ、葵が襖を開けて入って来た。
「…… お疲れなんですか?」
二人で寄り添って、天井を見上げながら呆けている姿が不思議だったのか、御盆を手に持った葵がそう尋ねた。
「——ん?ああ、ごめんね」
「…… 静かだなと思って」
「あぁ、確かに」
ちょっと寂しそうな顔をしながら、葵が食卓テーブルの側に座り、持って来た御盆を置く。
「ウチは他に誰もいないんで、どうしたって静かになっちゃうんですよね」
「「え…… 」」
御盆に乗せた湯飲みを手に取り、二人の前に出す。一緒に持ってきた茶菓子もテーブルの真中に置くと、柔かく微笑みながら「どうぞ召し上がって下さい」と葵が言った。
「「あ…… えっと、い、いただきます」」
家庭の事情を深く訊いてもいいのかわからぬまま、湯飲みを持ち、二人がお茶を一口飲む。
その様子を不思議そうに葵が見詰めるもんだから、二人がちょっと照れくさそうに「「何?」」と訊いた。
「それは、合わせてやっているんですか?」
「「…… それって?」」
「その、飲んだり、話したりが全部見事なまでに重なっているんで…… 何故だろう?と思って」
二人が互いに顔を見合わせる。全くそんな意識もなく、どちらもしたい事をし、話しているだけなので、気にもした事がなかった事を改めて訊かれてしまい、答えに困った。
「合わせてなんかいないよ、そんな事をする意味無いしね」
「うん、思ったままに行動してるだけだよ」と、匡と涼が順に説明する。
「そ、そうなんですか?…… それなのに一緒になっちゃなんて、私には兄弟もいないんでわからないや。でも、いいなぁ、そういうのって。なんだかとても楽しそうですよね」
「え?いないの?『姉さん』って呼んでた人は?」と、匡が訊く。
きょとんとした顔をして、ちょっとの間、葵が考え込んでしまった。
「えっとね、花屋の前での話だよ。君に話し掛けたくて、しばらく様子を伺っていたからね」
涼がそう説明すると、納得した顔で、「あぁ。近所に住んでて、たまにお世話になる方なんです。血縁はありませんよ」と葵が答えた。
「そうなんだ。てっきり、本当にお姉さんなんだと」
「いませんよ。両親だけじゃなく、親戚までひっくるめてもう、皆亡くなりましたから」
一瞬、重たい空気が三人を包んだ。静まり返り、言葉どころか身動ぐ事すら憚る重たさだ。
それを消すように、「大丈夫ですよ、お隣のお爺様が後見人になってくれてますし。近所の方達は皆さん優しいし」と、葵が匡と涼に向かい、笑顔で言った。
「何だかんだで生活費の心配もないし。料理だって、掃除だって、全部自分で出来る様になりましたから、何も困る事はありませんしね」
穏やかに微笑む顔が、かえって二人の心に切なさを感じさせる。
よく見ると、着ている制服は二人の通う晴明学園の中等部の物だ。『まだ中学生なのに、こんな広い家に一人きりなのか』と思うと、二人は胸の奥が苦しくなってきた。
匡と涼の声が綺麗に重なる。葵はその声を聴いてクスッと笑うと、「どうぞ。古い家ですみません」と言いながら、二人を家の奥へ案内した。
木造の古民家は歩くたびにギシギシと廊下が音をたてる。相当年季が入っていると思われる住宅の廊下は少し暗く、電気をつけているのに少し怖い感じがした。『こんな廊下じゃ夜中にトイレなんか行きたくないな』と思いながら二人が周囲をキョロキョロと見渡す。彼らの家は築年数が新しい家なので、こういった趣のある家は不慣れで、どうしたって『怖い』『古い』『暗い』という感想の方が先に立つ。
一つの部屋の前で葵が立ち止まり、ススッと襖を開けた。
「こちらの部屋で待っていてもらえますか?」
十五畳程の部屋に、少し大きめの食卓テーブルがと座布団が置かれている。テレビもすぐ側にあったので、きっとここは居間なのだろう。だけど必要最低限の物しか置かれておらず、あまり生活感のない部屋だ。
「好きに座っていて下さい、ウチには私しか居ませんから気兼ねなくどうぞ。あ、すぐにお茶でも用意しますね」
そう二人に声を掛け、葵は台所の方へ嬉しそうに駆けて行った。直様二人が「「お構いなく」」と返した言葉は、きっと葵には聞こえていなかっただろう。
「…… 怖いくらい、静かな家だね」
「そうだね。とても広そうなのに他に誰も居ないんだね」
庭が広いせいか、周囲の生活音どころか車道を走る車の音さえ一切聞こえてこない。ちょっとでも黙ると、『本当に、世界には自分達しかいないんじゃないか』という錯覚すら感じてしまうそうなくらい、静まり返った部屋だ。
立ち入ったばかりの時に感じた不安はすっかり消え、今の二人にはこの静寂が心地の良いものになり始めた。双子として生を受け、ずっと二人だけの世界を生きてきたつもりでいたが、それを体感出来ている感覚が妙に肌に馴染む。
「いいね、静かで」
「うん、こんな世界いいなぁ」
二人が横に並んで座り、互いに寄り掛かりながら、黙って目を閉じた。天井の方に軽く視線をやり、耳を澄ませる。離れていても少しだけ聞こえる台所っぽい生活音。カチャカチャと、葵が食器をいじっている音だ。その音もすぐに聞こえなくなり、再び訪れる静寂。
鳥の声も、風の音も、木々のざわめきも。
何も聞こえない世界だ。
ボーっとしながら二人でその空間の静寂に浸っていると、廊下の床が軋む音が聞こえ、葵が襖を開けて入って来た。
「…… お疲れなんですか?」
二人で寄り添って、天井を見上げながら呆けている姿が不思議だったのか、御盆を手に持った葵がそう尋ねた。
「——ん?ああ、ごめんね」
「…… 静かだなと思って」
「あぁ、確かに」
ちょっと寂しそうな顔をしながら、葵が食卓テーブルの側に座り、持って来た御盆を置く。
「ウチは他に誰もいないんで、どうしたって静かになっちゃうんですよね」
「「え…… 」」
御盆に乗せた湯飲みを手に取り、二人の前に出す。一緒に持ってきた茶菓子もテーブルの真中に置くと、柔かく微笑みながら「どうぞ召し上がって下さい」と葵が言った。
「「あ…… えっと、い、いただきます」」
家庭の事情を深く訊いてもいいのかわからぬまま、湯飲みを持ち、二人がお茶を一口飲む。
その様子を不思議そうに葵が見詰めるもんだから、二人がちょっと照れくさそうに「「何?」」と訊いた。
「それは、合わせてやっているんですか?」
「「…… それって?」」
「その、飲んだり、話したりが全部見事なまでに重なっているんで…… 何故だろう?と思って」
二人が互いに顔を見合わせる。全くそんな意識もなく、どちらもしたい事をし、話しているだけなので、気にもした事がなかった事を改めて訊かれてしまい、答えに困った。
「合わせてなんかいないよ、そんな事をする意味無いしね」
「うん、思ったままに行動してるだけだよ」と、匡と涼が順に説明する。
「そ、そうなんですか?…… それなのに一緒になっちゃなんて、私には兄弟もいないんでわからないや。でも、いいなぁ、そういうのって。なんだかとても楽しそうですよね」
「え?いないの?『姉さん』って呼んでた人は?」と、匡が訊く。
きょとんとした顔をして、ちょっとの間、葵が考え込んでしまった。
「えっとね、花屋の前での話だよ。君に話し掛けたくて、しばらく様子を伺っていたからね」
涼がそう説明すると、納得した顔で、「あぁ。近所に住んでて、たまにお世話になる方なんです。血縁はありませんよ」と葵が答えた。
「そうなんだ。てっきり、本当にお姉さんなんだと」
「いませんよ。両親だけじゃなく、親戚までひっくるめてもう、皆亡くなりましたから」
一瞬、重たい空気が三人を包んだ。静まり返り、言葉どころか身動ぐ事すら憚る重たさだ。
それを消すように、「大丈夫ですよ、お隣のお爺様が後見人になってくれてますし。近所の方達は皆さん優しいし」と、葵が匡と涼に向かい、笑顔で言った。
「何だかんだで生活費の心配もないし。料理だって、掃除だって、全部自分で出来る様になりましたから、何も困る事はありませんしね」
穏やかに微笑む顔が、かえって二人の心に切なさを感じさせる。
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