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【第4話】

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 匡と涼が何と返していいのか困りながら、互いの顔を見た。二人はお互いの事しか気に掛けていないにしても、両親が居て、親戚も多く、賑やかな家庭で育ってきた身なので、一人きりの相手に掛ける言葉が何も浮かばない。

「——ごめんなさい!いきなりそんな話をしてしまって」

 頭がテーブルにぶつかりそうな勢いで葵が頭を下げる。そんな彼女を、二人が咄嗟に手を出して止めた。
「「謝るような事は何もしていないよ?」」
「そうですか?すみません…… 」
 それでも申し訳なさそうにされ、気まずい空気が部屋を包む。誰のせいでもない為、しばらくこの雰囲気は消えてくれなかった。


 お茶を一口飲んでから、「そういえば僕ら、まだ名乗っていなかったよね」と、匡が葵に言った。
「僕の名前は天音匡」
「んで僕は、涼。見ての通り双子の兄弟で、僕が弟だよ」
 双子と言うだけあって本当に彼らは瓜二つだ。一卵性の双子である為、黒い髪も色素の薄い茶色い瞳も、背が高く、細見なのにしっかりと筋肉のある体の全てが全てそっくりで区別がつかない。
「「…… えっと、君は?」」
 一目見て、直様後をつけて行っていたので二人は既に彼女の名前を知ってはいるが、一応礼儀として訊いておく。
「私ですか?私は草加葵といいます。清明学園の中等部に通ってます」
「うん、僕達も同じ中学だったからわかるよ。今はこの通り、高等部に行っているけどね」
 匡はそう言うと、「ははっ」と軽く笑った。
「え?そ、そうなんですか、すみません。高等部の制服は覚えていませんでした」と葵は言い、再び頭を勢いよく下げたので、今度は激しい音をたててテーブルにぶつかってしまった。そのせいで、ゴンッ!という大きな音と共に、「ぎゃっ!」と叫ぶ葵の声が部屋に響く。

「あははは!コントなんかして見せてくれなくてもいいのに」
「案外抜けてる子なんだね」

 二人に笑われ、「いえ、そんなつもりだった訳じゃ…… 」と拗ねた声で言いながら、ぶつけたおでこを葵が擦った。恥ずかしい瞬間を見られ、すごく照れくさい。でも葵は、なんだかちょっと楽しくもあった。

(ああ、気遣いだとかを抜きにして、こんなふうに誰かに笑いかけてもらえたのはいつ以来だったっけ)

 自分の顔立ちと似ているせいか、既視感からなのか。不思議と懐かしさすら感じる二人の笑顔を前にして、葵も一緒になって笑い始めた。
「可愛いね、葵は。——あ、呼び捨てでもいい?」
「うん、とても可愛い。僕も『葵』って呼びたいなぁ」
 涼に訊かれ、匡にはお願いされ、「あ、はい。お二人とも先輩ですし、どうぞ」と頷く。

「ありがとう。…… うん、やっぱりかわいいなぁ、葵は」
「そうだね、ホント、すごく可愛い」
「な、何言ってるんですか。お二人にそう言われてもお世辞にしか聞こえませんよ」

「「え?何で?」」と、同時に訊く。綺麗な被りっぷりだったが、流石に何度も聞けば葵も慣れた感じだ。
「だ、だって…… お二人とも…… そこいらの女性より綺麗じゃないですか…… 。女の私でも、綺麗だなって感じちゃうくらい」
 頬を染め、視線を逸らして葵がボソボソと言う。男性らしくない中性的魅力のある顔、柔かい黒髪を肩に少し掛かるくらいまで伸ばし、白く透けるような肌と、筋肉質っぽいのに不思議と細い印象のある体付き。身長も随分と高く、どこにいても色々な意味で人目を惹く容姿をしているので、葵の発言は当然のものだった。
 そんな匡と涼が互いに顔を見合わせ、葵の方へ視線を戻した。

「葵だって、綺麗だよ」
「細くて、小さくて、まるで人形みたいだ」

「「このまま成長したら、僕達の比じゃないくらいに綺麗になるよ、絶対に」」

 匡と涼が彼女の挟むように座り、葵の頬を両サイドからつんっと指先で触れた。

「ねぇ、葵は寂しくはないの?ここに一人で…… 」
 涼にそう訊かれ、葵の表情が少しだけ強張る。
「…… 慣れてしまいましたし、ここが私の家ですから。ここ以外に行くよりは、ここで生きていきたいんで」
 両親が亡くなった後、まだ幼かった葵は児童養護施設に行く話も出ていた事を思い出し、俯いてしまった。

『お買い物に行くから、お隣の子と遊んで待っててね』

 そう言って出たっきり、交通事故で帰らぬ身となった家族。親戚の者達も皆高齢者で、子に恵まれぬ者達ばかりだったから、葵の両親が亡くなった時にはもう、『家族』や『親戚』と言えるような存在は既にこの世になかった。その為、まだまだ大人の擁護を必要とする時期に葵は突然天涯孤独となったのだ。

(大和さんの、湯川ゆかわのお爺様が…… 面倒を見ると言って下さってなかったら…… 今頃、私は——)

 過去思い出し、そのせいで瞳から伝ってしまった葵の涙を、匡と涼がペロッと舐める。
「ふぁぁっ!」
 突然の事に驚き、顔を真っ赤にした葵から変な声が出た。

「い、今な、舐め⁉︎——え?」
 舐められた目頭を押えながら、葵が動揺する。匡と涼は一瞬そんな可愛い反応を前にしてクスッと笑ったが、すぐに真顔に戻った。

「寂しくないなんて嘘だ。それなら、どうして泣くの?」
「本当は、誰かに、一緒に居て欲しいんじゃないの?」
 二人のその言葉を聞き、葵の体がビクッ跳ねる。

「「…… 図星、だね」」

「ねぇ。本当は誰と一緒に居たいの?…… だけど、今も一人って事は、その人とは、ずっとは一緒に居られないって事だよね」
「そんなの寂しいねぇ、悲しいねぇ」
 交互に、葵の耳元で囁く。その言葉を聞き、葵は下唇を噛んでこれ以上泣くのを堪えた。

「…… ねぇ、手に入らないものなんかどうでもいいんじゃない?」
「僕等が側に居てあげるよ」
 そう言って、ギュッと葵の小さな体を二人で抱き締める。
「で、でも…… あの、さっき会ったばかりで、これは——」
 頬を赤く染めながら、葵が戸惑った声で言った。

「んー。でも、僕達はもう、葵をとても気に入ってるよ」
「うん、ずっと探してた人に会えた感じがする」

「「ねぇ、僕らが君を慰めてあげるから、もう泣かないで…… 」」

 葵の耳元で、甘い甘い言葉を囁く二人の表情は喜悦に満ちており、まるで堕ちゆく人間を見詰める悪魔にも似た瞳をしていた。
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