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第一章

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わたくし達がユースゼルクに来て約三週間が過ぎた。今日はついに旦那様がユースゼルクに来られる日だ。

昼前には皇城に到着される予定らしいので、朝から出迎えの準備をする。

「姫。今日もとてもお綺麗ですよ」
「ありがとう、ルイ」
「姉上、スミス公爵にバレないよう頑張って下さいね」
「シモンこそバレないでよ?」
「私は髪と瞳の色を戻しているので大丈夫でしょう」
「まあそうね」

別に正体がバレても良いけど、説明するのが面倒だから出来る限りバレないように、皇女として頑張ろうと思う。
ここ二週間程でほとんどの仕事を終わらせた。

後は少しの書類と社交。どちらも簡単にはバレない筈だ。

「シモン。お父様とお母様はもう皇城に行かれているから、わたくし達も行きましょう」
「そうですね」
「"転移"」

シュンッと転移して皇城の城門の中に入った。門番ももう見慣れているため、何も言ってこない。

「姉上は公爵が来られるまで何をするおつもりで?」
「図書館にでも行こうかしら。伯父上が禁書区域を王帝印の指輪が鍵になるように作り替えたそうなの」
「え、そうなのですか?いつの間に?」
「さあ?分からないわ。だからシモンも行ってみない?」

わたくしは以前と変わらないが、シモン達は以前より禁書区域に入りやすくなったはず。

「そうですね。行きます」
「今日は歩いて行きましょう。少しは運動しないと」
「姉上は毎日充分過ぎるくらい運動していると思いますけどね」
「まあまあ。細かいことは気にしなくていいの」
「そうですか」

会話の内容と違って、城内は皇族らしく優雅に歩いているため道行く人が立ち止まって礼をする。

(姉上って本当、外面は良いな)

シモンが何か失礼なことを考えている気がする。気のせいだろうか。

「お話し中失礼致します。スミス公爵が到着されました。速やかに玉座の間に来るようにとのことです」
「あら早いわね。分かったわ。ありがとう」
「失礼致します」

残念ながら図書館に行くことは出来なかった。またの機会にするしかない。

「ふぅ、行きましょうか。"転移"」

「急に呼び出して悪かったな、リリア」
「いえ。構いませんわ」

シモンと一緒にお父様とお母様の隣へ行く。シュナやルビー達も揃っている。ルビーは降嫁しているが、元は皇族なので一緒だ。本来、こんな風に皇族全員で出迎える必要はないが、きっとわたくしの旦那様だからだろう。
旦那様はそんな理由だとは思っていないはずだけど。

コンコンコンと扉をノックされる。来た。

「皇帝陛下!クレイス王国スミス公爵が来られました」
「入れ」

大臣が扉を開けた後、旦那様が失礼致しますと言って入って来た。扉が閉められる。今この空間にいるのはわたくし達皇族と旦那様、後は影だけだ。影の姿はないが。

「この度は皇帝陛下並びにユースゼルク大帝国、皇族の皆様をお目にかかれまして、恐悦至極に存じます」
「楽にしてくれ。…此度は遠いところ、良く来てくれた。短い間ではあるが楽しんでいってほしい」
「ありがとう存じます」
「して、貴殿の滞在先だが、サロンにて伝える。案内させるからそこで少し待っていて欲しい」
「承知致しました。ありがとう存じます」
「ああ。ではスミス公爵を案内してくれ」

皇族全員との顔合わせはこれで終わった。今のところわたくし達に気付いた様子はないようだ。

「それで伯父上。何故わたくしが旦那様の滞在先について説明しなければならないのです?」
「リリアの夫だろう?」
「それはそうですけど…はぁ、分かりました。今日からわたくしは別邸で過ごすのですよね。心話を繋いでおきますから、用件があればそちらから」
「助かる」
「ではわたくしは失礼致します」

今からサロンにて旦那様に滞在先を伝えなければならない。その後、旦那様が馬車で別邸に向かっている間にわたくしは転移して令嬢リリアとして切り替える。

別邸は、この前第二でパーティーをしたところの本物の方だ。ウィーウェンや皇城に最も近く、皇都にある。

「失礼致しますわ」

わたくしが中に入ると旦那様が頭を下げてくる。本当に公爵としてはちゃんとしている。

「楽になさって下さいまし。早速滞在先についてお話し致しますわ」
「はい。宜しくお願い致します」
「取り敢えず、そこにおられる方も座って下さいな」

気配を消している恐らくルークだろう人の方を見て話しかける。

「わ、分かりましたか。これは失礼を致しました」
「いえ、従者の一人や二人いるものですからね」

驚いた顔をして気配を消すのをやめたルークの方を見て言う。
さて、さっさと話し終わろう。バレる前に。

「では早速。公爵には我がユースゼルク皇族の別邸に滞在して頂きます。スミス公爵夫人もすでにそちらにおられますので。場所は御者に伝えてありますわ」
「皇族の別邸!?そ、そんな所をお借りしても宜しいのですか?」
「構いませんわ。それから、詳しいことは公爵夫人から伝えられると思いますけれど、今週わたくし達の帰還パーティーが行われますの。その資料をお渡ししておきますわ」

資料と言っても特に重要なことは書いていない。参加するユースゼルクの貴族全員の名前が書いてあったりするだけだ。

「レイ、資料を」
「どうぞ」
「ありがとう。…彼はわたくしの影の一人になります。公爵夫人もすでにご存知ですのでお伝えしましたけれど、彼らの存在は国家機密になりますので、口外なされませんよう」
「分かりました」
「レイ、公爵夫人にスミス公爵が到着されたとお伝えして来て『急いでわたくしのドレスなどの準備を』」
「御意」

本当に伝えたいことは、心話を使う。わざわざ旦那様に影の存在を明かした理由だが、屋敷内で何度か見られる可能性があるため、先に口外するなと伝えたかったからだ。

「わたくしの影は一人ではなく、六人いますのよ。何度か別邸を出入りする可能性がありますので、顔を覚えておいて下さいまし。メイ、ルイ、セイ、ライ、アイ」

それぞれ姿を見せる。やはり二人は驚いている。気配を消しているだけでずっと側にいたのだから無理もない。

「彼らと先程のレイの六人がわたくしの影ですわ。セイとは会ったことがありますでしょう?」
「ええ。彼には許可証を届けて頂きました。あの時はありがとうございました」
「構いませんわ。では説明も終わりましたし、わたくしは失礼致します」

…まず、最初の顔合わせではバレなかったようだ。急いで転移して、別邸に向かう。

「レイ~!準備出来てるかしら!」
「はい」
「ルイ、着替えお願い!」
「御意」
「メイは紅茶をアイはお茶菓子を用意してきて!」
「「御意」」

馬車で来るため、そんなに早くはないと思うが、準備出来ていない状態で到着されては困る。

「リー姫。私達も何かすることはございますか?」
「そうね…セイは旦那様にお貸しするお部屋の確認を、ライはわたくしの部屋の書類を片付けておいて」
「「御意」」

口調はどうしたら良いだろうか。ユースゼルクにいる時は皇族としてで、定着しているがクレイス王国にいる時は令嬢だ。いや、今は公爵夫人か。

「ルイ、わたくしの口調はどうしましょう?」
「頑張って下さいとしか言いようがないですね。それかもう、口調を変えたと言ってみては?」

ドレスを着替え終わり、髪型をいつものハーフアップにして貰いながら聞いてみるとそんな風に言われた。

「口調を変えたと言うには無理がない?言いなれている感じがすると思うのだけど?」
「では頑張って下さい」
「……頑張るわ」

「姫様。スミス公爵が到着されたました」
「早くないかしら!?」
「そうですね。では私達は気配を消しておきます」
「分かったわ」

予想以上に到着が早かった。ギリギリセーフだ。危ない。

「ーーーお久し振りでございます。旦那様」
「ああ。久しぶりだな」
「お茶の準備をしておりますので、ごゆっくりなさって下さい」
「助かる」

ルークに荷物を運ぶように伝え、旦那様はわたくしについてくる。
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