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第3章 アーサー王伝説編

87話 マーリン

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「ガウェインに襲われたんだって?」

 城に戻った後、場内で出会ったランスロットが笑いながら話しかけてくる。

「円卓の騎士は全員化物なのか……?」

 目の前の騎士には一瞬で気絶させられ、つい先ほど赤髪の騎士の振り回した剣の風圧で体が吹き飛ばされる経験をしたグリムは愚痴るように言葉を返す。

「ガウェインとは昼の間戦っちゃいけない。この世界じゃ常識だ」

 ガウェイン、円卓の騎士の一人であり、最後はモードレッドが引き起こす謀反の戦争にアーサー側として参戦し、最期を遂げる人間である。

 ランスロットが話すように、ガウェインは太陽が昇っている間、力が3倍になるという能力を持っている。ただの剣圧で吹き飛ばされたのもそれが原因だった。

「前にも言ったが、あいつはアーサー王の事が好きだからなぁ」

「それにしても程度があるだろ……」

 円卓の騎士と呼ばれる人間達はどう考えても常人ではないとグリムはため息を吐く。

「この世界にいる人間は皆アーサー王の事を愛している。それはあいつが「主人公」だからじゃない。アーサー王という役割を与えられた彼の事を好いているんだ」

「一人の人間としてか……」

 そうだ、とランスロットは笑う。

「仮にあいつが……アーサー王という役割を与えれなかったとしてもな」

 最後の一言だけ彼は小さな声で言った。アーサー王の事をあいつと呼ぶのはおそらく一人の人間として見ている時だけなのかもしれない。それほどまでにアーサー王という役割を与えられた人間自身にカリスマがあったのかとグリムは彼の話に相槌を打つ。

「ランスロット!」

 城の中に大きな女性の声が叫び響く。何事かと声のする方を見ると見覚えのある女性がすごい勢いでっこちら側に迫ってきていた。

「どうしたんです王妃、そんな全力で走って?」

「はぁ……はぁ、聞いたかしら、アーサーがパーティーを開くこと!」

「へぇ……パーティーですか」

 グィネヴィアは息を切らしながらも嬉しそうな声で話してくる。グリムが隣にいることに気が付くと軽く咳をして乱れた髪を整え始めた。

 グリムがアーサー王の側近としてしばらく使えると知らせたのは今朝方だった。

 魔法を使えることを確認したアーサー王を演じている彼女は泉から城に戻ると正式にパーティーを開くことに決定した。

 それを聞いてグィネヴィアは飛んできたようだった。

「なんで俺に報告を?」

「決まっているじゃない、あなただけじゃなくて全員に言ってるのよ!」

 グィネヴィアはそう言うと再び場内を走って行ってしまう。嵐のような出来事にグリムはぽかんと口を開けてしまう。

「……王妃というよりはお嬢様だよな」

 その姿を見てランスロットは苦笑いをする。

「この前の戦争以来、キャメロットの雰囲気もどこか暗かったしな。人々も喜ぶだろ」

 城の外を見ると中庭で鍛錬しているモードレットに話しかけているグィネヴィアを見かけた。いつの間にあそこまで走ったんだという驚きよりも彼女の嬉しそうな顔に目が行った。

「以前はよくパーティーをやってたのか?」

「そうだな、パーティーというよりかは……宴会というべきか、とにかく城と町中の人々全員がお祭り騒ぎで楽しんでいたよ」

「そうなのか」

「あいつはそういうのが大好きだったからな」

 中庭を駆け回る王妃を見ながらランスロットは話す。

 その表情はなぜかどこか別の遠くを見つめているように感じた。

「あんたはお酒、強いほうかい?」

 視線をグリムの方に戻したランスロットは唐突に別の話を振ってくる。

「強い……とは言えないな」

 シンデレラの世界で本物の酒豪を見たグリムは自身がお酒に強い人間とは思っていなかった。

「そうか、それなら俺達の円卓名物、酒豪王決定戦には参加しないほうがよさそうだな」

「円卓名物?」

 聞いたことのない言葉にグリムは疑問を返す。

「俺たちの世界では宴会を開く際に必ず飲み勝負をするんだ。その時、一番お酒に強かった奴がその場の王様になれる。まぁ一種の無礼講みたいなやつさ」

 ランスロットはお酒を飲む仕草をしながら説明をする。
 アーサー王伝説の物語の中でそのようなあらすじは一切存在しない。

 例え同じ物語でも細部の部分では異なりを見せる。シンデレラの世界で意地悪なシンデレラの姉が酒場に通うように、赤ずきんの世界で父親が存在しない様に、その場所、その時々で物語は多少変化する。

 おそらくはこの世界特有の彼らが勝手に作った一つの遊びのようなものだ。

「見てるだけでも十分楽しめると思うよ」

 ランスロットはそう言うとこの場を離れようとした。

「待て、ガラスの靴はどこだ」

「あれなら……マーリンが預かってるよ」

「何だと?」

「なんでもあんたに用があるらしい……おっと噂をすれば」

 ランスロットの視線の先に1匹の蝶々がひらひらと飛んでくる。

「詳しくは本人に聞いてくれ」

 それだけ言うとランスロットはどこかへいってしまった。

 ランスロットとすれ違うようにして1匹の蝶々がグリムの方に近づく。
 やがてグリムの肩に止まった。


「やぁ、君と話すのは初めましてかな?」

 突然脳内に若い男性のような声が流れてくる。

「おっと、その蝶を離すと声が途切れてしまうからあまり動かないでね」

 驚き辺りを見回したグリムの脳内に声が語りかけてくる。

「ランスロットから聞いてるかもしれないけど、改めて自己紹介を。ボクの名前はマーリン、円卓の騎士の一人にして、この世界有数の魔術師さ」

 姿は見えないままマーリンと名乗る人物が名乗ってくる。

「これは魔法で間接的に話しているのか?」

 肩に止まった蝶々が振り落とされない様にグリムは近くの壁に背をつけて体を固定する。

「そんなところだね、理解が早くて助かるよ」

 比較的若い男性とも女性ともとれるような声でマーリンは話を続ける。

「さて、まずは君の持っていたガラスの靴の行方について、結論を言うとボクとの約束を果たすまで返すつもりはないよ」

 マーリンと名乗った声の主は淡白な口調で告げる。

「……ガラスの靴を質に取るつもりか」

「無論、断ってもいいけど……そうしたら君はこの広大な世界の中で片割れの靴を探すことになる」

「……選択はないようなものだな」

 グリムはため息を吐きながらマーリンの約束を受け入れる。

 赤ずきんの世界でさえ一人ではガラスの靴を見つけるのはウルというオオカミ少年の協力なしには無理だった。いくつもの町や城があるアーサー王伝説の世界でガラスの靴を探すのは不可能に近かった。

「交渉成立かな」

「こんな一方的な交渉があってたまるか」

 それもそうだね、とマーリンの笑い声が頭の中に直接響いてくる。不思議と不快感の無い澄んだ声だった。

「まずは少し話そうか。君について色々知りたいかな」

「俺について……?」

「これでも一応円卓の騎士だからね、この世界を脅かす存在かどうかは確かめないと」

「それを本人に聞くのか……」

 冗談なのか真剣なのか分からないマーリンの発言に思わず突っ込みを入れてしまう。

「それじゃまずは本題から。君は……グリムは一体何者だい?」

「何者って言われてもな……」

「言い方を変えるよ、君はただの「白紙の頁」の所有者じゃないよね?」

 返答に困ったグリムに対して今までと少しだけ声色を変えてマーリンは質問をしてくる。

「……蝶々を通してボクはある程度この世界を見渡すことが出来る。この世界に初めて訪れてランスロットと対峙した時、君は魔法を使った。正しくは他者の「頁」を自身に当てはめて魔法を使えるようになった……違うかい?」

「…………!」

 グリムが行った行為を正確に言い当てたマーリンに驚き言葉が出なくなる。

「無言は肯定とみなすよ。もう一度聞くけどだい?」

「…………」

 グリムは自分が何者なのかという問いに対して答えることが出来なかった。

「「白紙の頁」の人間についてはボクも当然知っている、少し前に実際にこの目でも見たしね……けれど「白紙の頁」の人間が他者の役割を当てはめられるなんてのは聞いたことがない」

 マーリンは蝶を介して見ていると言った。ランスロットと初めて対面した際にグリムも蝶の姿を確認している。普通の生物と異なり幻想的な蝶の姿はとても目立っていた。
 アーサー王を演じている彼女と本物のアーサー王の居場所に訪れた際には蝶の姿を見かけなかった。

「可能性は二つ。一つは単にボクが見間違えただけ、そしてもう一つは君が「白紙の頁」の人間ではないということだ」

 魔女の姿になった様子を一度見ただけでマーリンはここまでの仮説を立てたことになる。彼の考察力にはグリムも舌を巻いた。

「その質問に答えるとするなら、間違いなく後者だ」
 
 グリムははっきりと告げた。その言葉を聞いてマーリンは興味深そうな声をあげる。

「グリムは「白紙の頁」所有者じゃないのかい?でもそれだと「境界線」を超えることは出来ないと思うけど……」

「俺には「頁」が無いんだ」

 ここまで来たら隠す理由もないと判断したグリムは自身が元から「頁」を体内に宿していない事を明かした。
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