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第3章 アーサー王伝説編

88話 真実を知る者

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「そうか……「頁」を持っていないから「境界線」で燃える事もなく、他人の「頁」を自分の役割として当てはめることも出来るのか……驚いたそんな人間いるんだね」

 マーリンはやや興奮気味にグリムの存在について分析する。グリムは自分の存在意義については何度も考えたことがあったが、その特異的な体質、あるいは能力について深くは意識してこなかった為、マーリンの解析には自然と聞き入ってしまう。

「他の世界には君のような人間が沢山いるのかい?」

「ひとつ前の世界で「頁」を持たない少女に初めて出会ったが、その子は他人の「頁」を宿すことは出来ないって言ってたな」

 赤ずきんの世界で出会ったマロリーを思い出す。見た目とはかけ離れた大人びた口調の少女は今どこの世界を旅しているのだろうか。

「普通に考えたら他者の役割を当てはめられる君は異質だよね」

「……そうだな」

 この能力を知ったのは生まれ育った白雪姫の世界を出てしばらくした後だった。他者の「頁」を奪うというのはつまり命を奪うのと同義であり、グリムはこの能力を使用を極力避けていた。

 それでもシンデレラの世界と赤ずきんの世界でグリムはその力を使った。使ってしまった。

 リオンやウルの為とはいえそれは果たして正しかったのかグリムは分からなかった。

「思った以上に君は危険な存在だったけど、この世界でその力を使わないと約束してくれるならガラスの靴は必ず返すよ」

「……そうか」

 その言葉を聞いてグリムは胸が痛んだ。死体からとはいえすでにグリムはこの世界にとって一番重要な役割を持った人間の「頁」を手にしてしまっていた。

「ガラスの靴についてはランスロットとの会話から盗み聞きしていてね。これが君にとって大切なものだということは分かっている。だから丁重に扱うよ」

 蝶々がいる場所では気を付けなければいけない、とグリムはマーリンに対して少しだけ警戒を高めた。

「さて、二つ目の話……というか本当はこっちが最初から本題なんだけど……」

「……どうした?」

 突然マーリンの歯切れが悪くなる。

「……念のため確認。外の世界から来た人間に話す内容はに繋がらないよね?」

「……そうだな」

 シンデレラの世界にてシンデレラがガラスの靴をなくした時、グリムには知らせていたが世界が崩壊する予兆は見せなかった。マーリンが危惧しているのはその事だろう。

「それじゃ聞くよ。今いるアーサー王は……んだい?」

「…………!」

 グリムは心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

「無言は……さっき言ったよね」

 マーリンの声が先ほどまでと打って変わって静かになっていく。それは何かを察したような声色だった。

「……なんとなく、最近のアーサーのやつはおかしいと思っていたんだ。でもボクは真実を知るのが怖くてアーサーには極力蝶を近づけなかった。、真実を知ってしまったらボクも世界も燃えてしまうんじゃないかってね」

「……そうか」

「異変に気付いた時からボクは表舞台から姿を消したよ。だから今もこうして蝶々を使って会話をしているんだけどね」

 マーリンの話を聞くとどうやらリオンがアーサー王を演じ始めた直後に彼は違和感を抱いたらしい。もしもその仮説が当たっていた時に起こりうる焼失の可能性を恐れて人と会わなくなったそうだ。

「多分、僕以外の人間も何人かがアーサーを疑い始めている。このままだと今のアーサー王の正体がばれて、世界が崩壊するのも時間の問題だ」

 人々がアーサー王を演じている今の彼女を本物のアーサー王として認識してくれたら白雪姫の世界と同じように完全な崩壊までは防げるかもしれない。人々から愛されている王様の代わりを外の世界から来た女性が演じていると知れ渡ったら世界がどうなるか、簡単に想像がついてしまう。

「3日後に開かれるパーティーで多少ごまかすつもりだ」

「3日後に?いったい何をするつもりだい……あぁいや、なるほど……それで君をここに呼ぶように今のアーサー王は言ったんだね」

 マーリンはグリム達が何をしようとしているのか察したらしくそれ以上は何も言わなかった。

「ボクも物語に関わらない所では極力君に協力をするよ」

 声のトーンが戻ったマーリンはそこでいったん言葉を区切った。そして透き通った声で最後に言い終えると蝶々は飛んでいく。

「彼の愛したこの世界と人々を失うわけにはいかないからね」

 彼が言った台詞をグリムはこの後も何度も耳にすることになった。


    ◇◇


「アーサー!」

 扉を開ける前から玉座の間の方から大きな声が聞こえてくる。その女性の声を聴いてグリムは誰がいるのかすぐに察した。

「今日という今日こそは私と……あら」

 扉を開けるとそこには玉座に座る全身に鎧を装備したアーサー王を演じている女性とそこに寄りそう……というよりは詰め寄っているグィネヴィア王妃がいた。

「グリム……でしたっけ、一体何の用かしら?」

 昨日とは違う反応を見せるグィネヴィアを見てグリムはランスロットがいるかいないかの違いによって態度が変わっていることに気が付く。

「一応、俺は王の側近に任命されたからな」

「別に用はないわ、下に戻りなさい」

 グィネヴィアをグリムに見向きもせずにそう言うと再びアーサーの方にべたつきはじめる。

「グィネヴィア、あまり彼を困らせてはいけないよ」

 アーサー王を演じている彼女はそう言って優しくグィネヴィアを引き離す。それが不満だったのかグィネヴィアは頬を膨らませてアーサーに文句を言う。

「だってアーサー最近全く私とじゃない!」

 大声でとんでもない事を言うグィネヴィアからグリムは思わず視線をそらしてしまう。

 思い返せばこの場所で聞こえてきた彼女の台詞のすべてが今の発言に繋がっている気がした。

「どうして、私をかまってくれないのよ!」

「…………すまない」

 アーサー王を模した彼女は弱弱しい声で謝罪を述べた。あの鎧の中にいるのは女性であり、当然王妃の望むことはそもそも不可能ではあるのだが、それを言うわけにもいかず、グリムはどうしたものかと頭をかいた。

「……それなら私にも考えがあるわ!」

 グィネヴィアは自らアーサーから距離を取ると胸に手を当てて誇らしげなポーズを取った。

「次の円卓酒豪王で、あなたを好き放題に扱う権利を主張します!」

「……んあ?」

 思わず素っ頓狂な声がグリムの口から漏れ出す。それを聞いたグィネヴィアはグリムの方を見ると指を立てて口を開いた。

「この世界では宴会……じゃなくてパーティーを開くときに毎回酒豪王を決めているの、そしてその権利が与えられるのよ」

 グィネヴィアが説明をしてくれる。宴会と言いかけたあたり本物のアーサー王は本当に宴が好きだったんだなと感じる一方でなにやらとんでもない内容を話していないかとグリムは困惑する。

「……ちなみに過去の戦績は?」

「私が3連覇中よ!」

 だろうな、とグリムは心の中で突っ込んでしまう。そうでもなければ誇らしげに胸を張って説明することはないだろう。

「3日後の夜が楽しみだわ!」

 グィネヴィアは悪役のようなセリフを言い終えると扉を開けて魔法陣に乗り、下の方へと戻っていった。

「…………どうするんだ?」

 二人きりになった玉座の間でグリムは彼女に問いかける。

「……グリムは酒に強いか?」

「悪いが……強くはない」

 ランスロットとも下の階で似たような話をしたなとグリムは思い出す。

「そうか、なぜかそんな気はしたよ」

 彼女はそう言うとしばらく無言になる。

「……仕方がないか」

 少しの沈黙の後、何かを決意したように彼女はそうつぶやいた。

 グリムは彼女が何を決意したのか、なんとなく分かったような気がした。
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