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竜人の子、旅立つ

30.カメリアさん

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スノウが降りた先は、騎士学校から少し離れた小さな宿泊施設だった。隣にはアイビーで覆われた煉瓦造りの大きな建物がある。

「こっちの小さな建物が今日泊まる場所だよ。ちなみにあっちの大きな建物が騎士学校の寮。騎士学校は全寮制だから、シロ君も入学したらあの寮で生活するんだよ」

「立派な建物ですね」

建物を見上げてシロが答えると、スノウは「僕も昔ここで寮生活をしていたけど、住み心地は悪くなかったよ」と笑った。

綺麗な花で彩られたアプローチを抜けて宿泊施設に入ると、受付に年老いた女性の竜人が座って新聞を読んでいる。スノウはその女性に挨拶をした。

「カメリアさん、こんにちは。ご無沙汰しております」

スノウの声にカメリアと呼ばれた竜人がゆっくりと顔を上げた。丸眼鏡の奥にある薄紫の瞳を細め、スノウの顔をじっと見つめる。そしてふっと優しい顔で微笑んだ。

「あらら、スノウじゃないか。久しぶりねぇ。変わりはないかしら?」

カメリアの少ししわがれた声は、優しく包み込んでくれるような安心感がある。

「はい、おかげさまで。カメリアさんもお変わりありませんか?相変わらず花が綺麗ですね」

スノウは視線を歩いてきたアプローチの方へ向けた。

「ふふふ、ありがとう。気付いてもらえて嬉しいわ。学生達は試験や実習で忙しがっていて、花には目もくれないのよ。それに明日は入学試験だから、いつも以上に慌ただしいのよ」

「僕も今日は受験生のお供でここまで来たんです。紹介しますね。シロ君、おいで」

スノウの後ろにいたシロは、前に出てカメリアに軽く頭を下げた。

「カメリアさん、この子がシロ君、今年の受験生です。普段はミール王国で暮らしているので、今日はここに泊まらせてもらいますね。シロ君、この方はカメリアさん。寮とこの施設の管理人さんだよ。困った事があればカメリアさんに相談すればいい。優しくてセレイスナで一番頼りになるお母さん的存在だよ」

「あらあら、私なんてあなた達のひいおばあちゃんぐらいの歳よ。でも困った事があれば何でも言ってちょうだい。可愛い学生さん」

「初めまして、シロです。えっと…、よろしくお願いします」

シロはそう言って深々と頭を下げた。

「ええ、よろしくね」

カメリアと少し話した後、スノウは「じゃあ僕はこれで帰るね。また明後日、試験が終わったら迎えに来るよ」と言った。

「スノウさん、色々ありがとうございます」

シロがお礼を言うと、スノウはいつもの優しい笑顔でガッツポーズをした。

「うん。シロ君なら絶対受かると思うから特待生目指して頑張って!」

「はい!頑張ります」

シロもガッツポーズをして返事をした。


スノウを見送った後、カメリアはシロに施設を案内してくれた。風呂は屋上、トイレは共有スペースにあり、娯楽室や小さな図書館も併設されている。シロが泊まる個室は、清潔感はあるもののベッドと机しかない狭くて小さな部屋だ。

「今日明日はこの部屋を好きに使っていいからね。明日の朝、寮長があなた達を迎えに来て試験会場まで連れてってくれるわ。私は受付にいるから何かあったら声を掛けてね」

そう言って去っていくカメリアにお礼を言った後、部屋に1人残ったシロは荷物を床に置きベッドの上に座った。

時間はすでに夕暮れで、窓からは夕日とセレイスナの街が見える。
綺麗に整備された街をキラキラと照らすオレンジの光は美しい。
美しいはずなのに、ルーフがいないこの国の景色は何故か心から美しいと感じられない。

シロは何となく部屋を見回した。
ルーフと暮らす部屋よりはるかに狭いはずなのに、ルーフがいないこの部屋を広く感じてしまう。

たった2日、ルーフと離れるだけなのに泣きたくなるような寂しさに襲われる。

しかしシロは自分の両頬を手で叩いた。

「頑張れ、俺っ!絶対特待生になって3年で卒業してやるんだ!!」

シロは自分を鼓舞して、試験勉強を始めた。
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