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竜人の子、旅立つ
31.ファミリーネーム
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勉強に一区切りついたシロは、気分転換に風呂へ行くことにした。
浄化魔法を使えるシロは風呂に入る必要はないが、ルーフが風呂好きだった影響でシロも風呂が好きになった。
屋上にある大浴場は露天風呂もあるとカメリアが教えてくれた。
シロはお風呂セットを持って部屋から出ようと扉を開けた時、ゴツンと何かがぶつかった音がした。
シロは慌てて扉の外を覗いてみると、頭を抑えてしゃがみこむ少年がいた。
「ごめん!ぶつかっちゃたよね?大丈夫?」
シロもしゃがんで少年の顔を覗き込むと、少し涙目になった少年が顔を上げた。
「大丈夫!気にしないで。僕もちゃんと前を見て歩いていなかったんだ。ごめんね」
カールしたこげ茶の髪にグリーンの瞳の少年は、恥ずかしそうに笑った。
少年の足元には参考書が落ちている。おそらく参考書を読みながら歩いていたのだろう。シロは参考書を拾って少年に渡すと、少年は嬉しそうにお礼を言った。
「ありがとう。僕の名前はアンバー・サイリス。ねぇ、もしかして君も受験生?」
「俺はシロ。そうだよ」
シロが答えると、アンバーはさらに嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ!じゃあ仲間だね。いや、ライバルかな?とにかくよろしくね!」
ニコニコと笑うアンバーのおでこが少し赤くなって腫れていた。シロは扉を勢いよく開けてしまったことを反省しながら「うん、よろしく。君のおでこ赤くなってるね。ちょっといい?」と許可を取り、アンバーのおでこに手をかざして治癒魔法を施した。
すぐに腫れは引き、アンバーは驚いた表情で目を輝かせた。
「すごい!もう痛くないよ!もしかして治癒魔法?シロはもう習得しているんだね」
「簡単な治癒魔法ならね。じゃあ俺はこれで」
シロが大浴場へ向かおうとすると、アンバーに腕を掴まれた。
「ちょっと待って!どこ行くの?」
「お風呂だよ。屋上にある大浴場」
「本当!?僕も行こうと思っていたんだ!!あのさ、…良かったら一緒に行ってもいい?」
今度は不安そうな顔でシロの反応を窺うアンバーの表情が可笑しくて、シロは小さく吹き出した。
「ふふっ、いいよ」
「やったぁ!すぐに準備してくるからちょっと待ってて」
アンバーは走って自分の部屋に戻り、30秒も経たないうちにお風呂セットを抱えて戻ってきた。
大浴場へ行った2人は露天風呂に浸かって、同時に「ふあー」とため息をついた。
「最高。やっぱり露天風呂って良いよね。シロはホットスプリアイランドって知ってる?」
「うん、知ってる。温泉が有名な国だよね?」
「そう!僕の出身地なんだ。僕の家の領地もたくさんの温泉を管理してるんだ。すごく良い場所だからシロにも遊びにきて欲しいな」
「へぇ、いいね。行ってみたい」
シロはそう言いながら、ルーフを思い浮かべた。
以前ルーフが「温泉に浸かりながら酒を飲みたい」と言うので、シロは近場の温泉地を探した。その候補地としてホットスプリアイランドがあったのだ。しかし住民は9割が人間、残りの1割は竜人が占めており、魔族がほぼ住んでいない場所だった。ルーフは「なんだか息苦しそうな国だな」と言って難色を示したので、候補から外したのだ。
今でも人間と竜人しか住んでいないような地域は、魔族に対して偏見があるのだろうか。
シロはアンバーに聞いてみようと思ったが、先にアンバーがシロに質問をした。
「そういえばシロって珍しい名前だよね。君のファミリーネームは?」
「ファミリーネーム?」
シロは少し考えた。
シロはローハン家の竜人だが、名前も与えられなかった自分がその姓を名乗るのは少し、いやかなり抵抗がある。それにもう捨てた過去だ。ファミリーネームなど無くていい。
「ないよ」
シロが答えると、アンバーは「ないの!?じゃあ君はどこの出身なんだい?」と驚いた。
「出身は…、一応アスディアになるのかな?でもずっと地下室にいたから、どこで生まれたかは覚えてない。その暮らしが嫌になって飛びたしたんだ。今はミール王国で大切な人と暮らしている」
シロにしてみればなんて事のない話だが、アンバーは少しショックを受けたように目を逸らした。
「そ、そうなんだ。えっと…。でもいいね。大切な人と暮らしているなんて素敵だ。もしかして竜人の里親?」
「違う。オオカミ魔族。里親ではないけど、ずっと俺の面倒を見てくれていたんだ」
シロは幸せそうに答えたが、アンバーの顔色はますます悪くなった。
「君、魔族に育てられたの!?大丈夫だった?ひどい事されなかったかい?」
シロはムッとして「…されるわけないだろ」と答えた。ついでにルーフがいかに優しくてカッコよくて魅力的な魔族なのか熱弁したかったが、初対面のヤツに教えてあげる義理はないと思って口を閉じた。
「そっか。じゃあ君は運が良かったんだね。でももし騎士学校に入学したら、それは黙っていた方がいいかも」
アンバーの言葉にシロは目を見開いた。心臓の奥でチリチリと燻る感情が湧き上がる。
「どういう意味?」
シロの冷ややかな声にも気付かず、アンバーは一生懸命に答える。
「だって魔族に対して偏見を持つ人がいるかもしれないんだよ?イジメられたくないだろ。あと体裁を保つためにも、ファミリーネームはあったほうがいいと思う!なんならサイリス家の姓を名乗っても…」
ザバッー…。
「シ、シロ?どうしたの…ッ!」
急に立ち上がったシロにびっくりして見上げたアンバーだったが、シロの軽蔑するような目線に体を強張らせた。
「くだらない。俺は大切な人を隠すつもりはないし、体裁にも興味はない」
シロは呆然とするアンバーを残し、さっさと風呂を出た。
浄化魔法を使えるシロは風呂に入る必要はないが、ルーフが風呂好きだった影響でシロも風呂が好きになった。
屋上にある大浴場は露天風呂もあるとカメリアが教えてくれた。
シロはお風呂セットを持って部屋から出ようと扉を開けた時、ゴツンと何かがぶつかった音がした。
シロは慌てて扉の外を覗いてみると、頭を抑えてしゃがみこむ少年がいた。
「ごめん!ぶつかっちゃたよね?大丈夫?」
シロもしゃがんで少年の顔を覗き込むと、少し涙目になった少年が顔を上げた。
「大丈夫!気にしないで。僕もちゃんと前を見て歩いていなかったんだ。ごめんね」
カールしたこげ茶の髪にグリーンの瞳の少年は、恥ずかしそうに笑った。
少年の足元には参考書が落ちている。おそらく参考書を読みながら歩いていたのだろう。シロは参考書を拾って少年に渡すと、少年は嬉しそうにお礼を言った。
「ありがとう。僕の名前はアンバー・サイリス。ねぇ、もしかして君も受験生?」
「俺はシロ。そうだよ」
シロが答えると、アンバーはさらに嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ!じゃあ仲間だね。いや、ライバルかな?とにかくよろしくね!」
ニコニコと笑うアンバーのおでこが少し赤くなって腫れていた。シロは扉を勢いよく開けてしまったことを反省しながら「うん、よろしく。君のおでこ赤くなってるね。ちょっといい?」と許可を取り、アンバーのおでこに手をかざして治癒魔法を施した。
すぐに腫れは引き、アンバーは驚いた表情で目を輝かせた。
「すごい!もう痛くないよ!もしかして治癒魔法?シロはもう習得しているんだね」
「簡単な治癒魔法ならね。じゃあ俺はこれで」
シロが大浴場へ向かおうとすると、アンバーに腕を掴まれた。
「ちょっと待って!どこ行くの?」
「お風呂だよ。屋上にある大浴場」
「本当!?僕も行こうと思っていたんだ!!あのさ、…良かったら一緒に行ってもいい?」
今度は不安そうな顔でシロの反応を窺うアンバーの表情が可笑しくて、シロは小さく吹き出した。
「ふふっ、いいよ」
「やったぁ!すぐに準備してくるからちょっと待ってて」
アンバーは走って自分の部屋に戻り、30秒も経たないうちにお風呂セットを抱えて戻ってきた。
大浴場へ行った2人は露天風呂に浸かって、同時に「ふあー」とため息をついた。
「最高。やっぱり露天風呂って良いよね。シロはホットスプリアイランドって知ってる?」
「うん、知ってる。温泉が有名な国だよね?」
「そう!僕の出身地なんだ。僕の家の領地もたくさんの温泉を管理してるんだ。すごく良い場所だからシロにも遊びにきて欲しいな」
「へぇ、いいね。行ってみたい」
シロはそう言いながら、ルーフを思い浮かべた。
以前ルーフが「温泉に浸かりながら酒を飲みたい」と言うので、シロは近場の温泉地を探した。その候補地としてホットスプリアイランドがあったのだ。しかし住民は9割が人間、残りの1割は竜人が占めており、魔族がほぼ住んでいない場所だった。ルーフは「なんだか息苦しそうな国だな」と言って難色を示したので、候補から外したのだ。
今でも人間と竜人しか住んでいないような地域は、魔族に対して偏見があるのだろうか。
シロはアンバーに聞いてみようと思ったが、先にアンバーがシロに質問をした。
「そういえばシロって珍しい名前だよね。君のファミリーネームは?」
「ファミリーネーム?」
シロは少し考えた。
シロはローハン家の竜人だが、名前も与えられなかった自分がその姓を名乗るのは少し、いやかなり抵抗がある。それにもう捨てた過去だ。ファミリーネームなど無くていい。
「ないよ」
シロが答えると、アンバーは「ないの!?じゃあ君はどこの出身なんだい?」と驚いた。
「出身は…、一応アスディアになるのかな?でもずっと地下室にいたから、どこで生まれたかは覚えてない。その暮らしが嫌になって飛びたしたんだ。今はミール王国で大切な人と暮らしている」
シロにしてみればなんて事のない話だが、アンバーは少しショックを受けたように目を逸らした。
「そ、そうなんだ。えっと…。でもいいね。大切な人と暮らしているなんて素敵だ。もしかして竜人の里親?」
「違う。オオカミ魔族。里親ではないけど、ずっと俺の面倒を見てくれていたんだ」
シロは幸せそうに答えたが、アンバーの顔色はますます悪くなった。
「君、魔族に育てられたの!?大丈夫だった?ひどい事されなかったかい?」
シロはムッとして「…されるわけないだろ」と答えた。ついでにルーフがいかに優しくてカッコよくて魅力的な魔族なのか熱弁したかったが、初対面のヤツに教えてあげる義理はないと思って口を閉じた。
「そっか。じゃあ君は運が良かったんだね。でももし騎士学校に入学したら、それは黙っていた方がいいかも」
アンバーの言葉にシロは目を見開いた。心臓の奥でチリチリと燻る感情が湧き上がる。
「どういう意味?」
シロの冷ややかな声にも気付かず、アンバーは一生懸命に答える。
「だって魔族に対して偏見を持つ人がいるかもしれないんだよ?イジメられたくないだろ。あと体裁を保つためにも、ファミリーネームはあったほうがいいと思う!なんならサイリス家の姓を名乗っても…」
ザバッー…。
「シ、シロ?どうしたの…ッ!」
急に立ち上がったシロにびっくりして見上げたアンバーだったが、シロの軽蔑するような目線に体を強張らせた。
「くだらない。俺は大切な人を隠すつもりはないし、体裁にも興味はない」
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