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一章
12.ルシフェル
しおりを挟むルシフェル・ダンタリアン。
悪魔界帝王の次男だ。
彼はここ数ヶ月間、任務のために城を出ていた。
「ところで、僕たちのお嫁さんはまだお子さまなのかな」
15は超えてるかい?未成年に手を出すのは良くないよ。冗談っぽく言ったルシフェルに、ダリアはヒラヒラと手を振った。
「16だ」
「へえ、悪い大人だな。あんなに健気な子供を誑かすなんて」
「··········」
ルシフェルが微笑む。
どうやら、一部始終を見られていたようだ。
「あの子は知ってるのかい?」
赤い瞳は少し眩しげに細められた。
「君が、地球人の"肉"すら毛嫌いしてるってこと」
「少し違うな」
ダリアが否定する。
書類に目を通しながら、頭に浮かんだのはミチルだ。
込み上げたのは怒りだった。
「"大嫌い"なんだ」
───ダリアは完璧主義だった。
悪魔は全ての生き物のヒエラルキーの頂点に君臨する。
そしてその王の血を継ぐ自分が、あの卑しい匂いのせいで本能に支配されるなど、屈辱的なことがある筈がない。そう信じて疑わなかった。
ミチルのフェロモンは今までのそれとは違った。
喉が焼けるような枯渇感を味わった。今すぐあの柔らかな肉を暴き、自分のものにしたいと、衝動が訴えたのだ。
「俺は気に入ったよ」
ルシフェルが言った。
「素直でいい子そうじゃないか。そう·····初心過ぎるのが難点だけれどね」
「寧ろ扱うのに苦労が要らないのは唯一の良点だろう」
「ほら、君みたいな酷い奴に引っかかるから」
コレにだけは言われたくない。
「引き続き頼むよ、"兄さん"」
わざとらしい言い回しと共に、彼は姿を消した。
悪魔界の日中は短い。
正午から陽の傾きが早くなり、夕方には闇が訪れる。
ダリアはランタンの灯りを弱めた。
「·····何してんだ、てめぇ」
やっぱり、だめだった。
逆光になった相手の顔を見上げる。
浮き出た鎖骨から、水滴がしたたる。かがみこんだ半裸は野生の黒豹を思わせた。
いや、彼はそれよりも遥かに恐ろしい怪物なんだってば。
クローゼットの中は箱が敷きつめられていて、これ以上奥には行けない。
ミチルは床に散らばった服を抱きしめた。
──ことの始まりは10分前。
ダリアに景気付けられ、今夜過ごす寝室にやってきたミチルは絶句した。
ガラス張りの保管庫に、生肉が吊るされている。まるでコレクションみたいにずらりと並んで、机の上には食べかけの干し肉と、折れた骨が転がっていた。
「は、ぁ、うぅ··········」
いや、一旦落ち着こう。
これは"あの"肉では無いかもしれないではないか。
もしそうだとしても、自分が来るのに隠さないなんて酷い話があるだろうか。
···············大いに有り得る。
すくんだ足で数歩後ずさる。
部屋から逃げ出そうとした時、ザパン、と、水の音がした。
アヴェルが浴槽から上がったのだ。
ミチルはクローゼットの中に潜り込んだ。
狭くて暗い空間に入りたがるのは、兎の本能的な習性だ。柔らかい草や枝を敷くのと同じように、これでもかというほど布をかき集める。
しばらくせず、ベタついた足音が聞こえてきた。
ミチルはすぐに後悔した。
なんでこんな所へ自ら来てしまったんだろう。
蛾の火に赴くが如し、飛んで火に入るなんとやら。人間界で聞いた覚えのあることわざを脳内で唱えていると、扉のすぐ向こうに大きな気配がした。
「隠れてても、臭ぇにおいがプンプンするぜ·····」
古びた音を立て、クローゼットの扉が開く。
隙間から黄金が光った。完全に扉が開け放たれたそこには、腰にタオルを巻いただけの半裸の男がいた。
「·····何してんだ、てめぇ」
逆光になった相手の顔を見上げる。
浮き出た鎖骨から、水滴がしたたる。かがみこんだ半裸は野生に生きる黒豹を思わせた。
クローゼットの中は箱が敷きつめられていて、これ以上奥には行けない。
ミチルは床に散らばった服を抱きしめた。
「·····あ?」
こっちの手元を見た瞳孔が細くなる。
次の瞬間、首根っこを捕まえられた。
「おい!よりによって──」
アヴェルは持ち上げた生き物を凝視した。
ミチルは声を殺したまま大粒の涙を溢れさせている。
ピンクの瞳には限界まで顔を顰めた自分が映っていた。
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