異世界ハーレムの作り方は

岡春レイティ

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町外れの小説家・メンタル調整術

CASE3:フローラ/桜色の冬

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 俺が地球にいた頃、人生の大半を、俺はヒョロヒョロの身体で過ごしていた。運動なんて不要だと思っていたし、やっているやつを見下してさえいた。だが、知識を吸収すればするほど、それが間違いだとわかっていった。

 それに気付いてから、俺はそれまでの自分を叩き潰すようにトレーニングに励むようになった。それはこの世界に来てからも同じでーー。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 二回の失敗くらいで俺はへこたれない。が、反省は必要だ。……うんOK、反省終了。というわけで今日は街の外れ、少し前に越してきた女性の家を訪ねることにした。早速扉を叩いて高らかに名乗りをあげる。

「ごめんください! 最強無双勇者・クラークだ!」

 ……人の気配はするが、返事がない。しかし立派な家だ。うちより新しいしうちより大きい。一体なにを生業にしているのだろうか。

「ごめんくださーい。ごめんくださーい。最強無双、最強無双勇者・クラークでーす」

 諦めずに戸を叩く。すると奥から「はーい」という声が聞こえてきた。少し経って戸が開いた。さて、はじめが肝心だ。

「こんにちは! 最強無双勇者・クラークです」

「は、はぁ……」

 中から現れたのはいかにもお嬢様、といった風貌のすらっとしたお姉さん。青みがかった長い銀髪で、桜色の少しつり目な瞳は困った様子で俺を見つめている。なるほど、噂に違わぬ美しさだ。両目の下にある隈さえなんだか艶かしい。

 スカートから覗く、滑らかな両足には傷一つなく、あまり日に当たらないのか、新雪のような輝きを放っている。

「あ……もしかして領主さん? です、か?」

「うむ、その通りだ。ちょっと尋ねたいことがあってきたんだが、今大丈夫かい?」

 少し不安そうな様子だ。左手で右手を撫でている。細い指の先の爪はつやつやしている。

「少しなら……」

 さて、この女性についてはまだ情報が少ない。一にも二にも情報は宝だ。丸裸(比喩)にしてやるぜ!


 ◇◆◇◆◇◆◇


 彼女の名前はフローラ。小説家をやっているらしい。聞けば、王都の名門貴族の次女らしい。それがどうしてこんなところで召使いもつけずに暮らしているのか。それについては教えてくれなかった。

 生活費は実家が持ってくれているそうで、特に生活に困ることはないと言っているが、開いた扉から見えた家の中は随分と散らかっているようだった。見た目はできるキャリアウーマンのようなのに、ギャップがあるな。それはそれでいいものだ。

「それで、小説は売れてるのかい?」

「……あんまり、ですね。そもそも最近は書けてもいなくて」

 ふむ、事情があるのだろう。あまり突っ込んで聞くのも野暮だとは思うが、聞かねば始まらない。

「何か理由があるのか?」

「…………」

 黙ってしまった。素朴な疑問だったが、無神経だったか。

「あなたに、どうして話さないといけないんですか……」

 フローラは眉をひそめ、細い腕を組んでいる。聞きすぎたようだ。だがここで引くつもりはない。むしろ、チャンスだ。

「無論、言う必要はない。ところでフローラ、どうして俺が今日ここに来たか、わかるか?」

「知りませんよ……」

「君を嫁にするためだ」

「…………お断りします」

 おや、冷静だ。フローラは表情一つ変えずにそう答え、机の下で長い足を組み直している。貴族の令嬢ともなると縁談の話も多いだろうから、耐性があるのかもしれない。

「そういったお話ならもうお帰りください。だいたい、急に来て嫁にする、だなんて失礼でしょう」

 何歳になっても、キレイなお姉さんに正論で叱られるのは悪い気分ではない。

「たしかに、君のいう通りだ。僕が君の立場でも同じことを言うだろう」

「なら言わないでください」

 今度は呆れ顔だ。さっきは無表情なタイプかと思ったが、意外と表情豊かなようだ(マイナス方面ばっかりだけど)

「なに、別にいきなり嫁になれということではない。君がもう一度小説を書けるようにする。その代わりに嫁になってほしいんだ」

 どんどん表情が険しくなっていく。眉間のシワが凄い。

「意味がわかりませんし、無理です。これは私の問題ですから」

「そうかもしれない。だが、1人では手に余る問題なんじゃないか?   現に、君は今その問題を解決できずにいる」

 1人では、という部分で表情が変わった。少しだけ問題が見えてきた気がする。

「で、でも自分でなんとかしないと……いけないんです」

 ムキになっていたフローラだったが、だんだんと静かになっていった。最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。

「はっきり言おう、フローラ。俺は小説というものが全くわからん。だが、君が小説をまた書けるようにすることはできる。必ずだ」

「小説がわからない人に、どうしてそんなことができるっていうんですか」

 フローラは両手を固く握り締めている。

「まずはお試しで二週間、二週間だけ試してほしい。もしそれでダメだったら……」

 あ、でも財産は多分俺より持っているだろうな。どうしよう。

「……はぁ、わかりました。でももし、ダメだったらもう2度と私の前に顔を見せないでください。それならいいですよ」

 フローラは投げやりな様子で答えた。キッツイ条件だ。こんな美人にもう会えなくなるなんて。だが、チャンスはつかめた。

「それでいい。では、さっそく取り掛かろう」

 この子の課題に対して二週間は短い期間だが、結果を出すしかない。この麗しき美女を嫁にするにはそれしかないのだ。

 さて、第3試合。賽は投げられた。


◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、フローラの屋敷の庭にあるベンチでヒアリングを行うことにした。庭は荒れ放題のようだ。まぁこれだけ広いと、とても1人では管理しきれないだろうな。

「さて、まずはいくつか聞きたいことがあるから、質問に答えてほしい。無論、言いたくないことは言わなくていい」

「……どうぞ」

 フローラは冷たい声で返事をする。腰まである青みがかった銀色の髪が、まるで朝霧のカーテンのようだ。

「まず、寝る時間と起きる時間についてそれぞれ教えてくれ」

 おそらく予想通りの答えが返ってくるだろう。

「……寝るのは2時過ぎくらいで、起きるのは8時くらいです」

「ありがとう。ちなみに寝る前には何をしていることが多い?」

「別に何も……寝付くまでが長いので、考え事をすることが多いでしょうか」

 やはりだ。概ね予想通り。次に進もう。


 ◇◆◇◆◇◆◇

 質問が続いて、フローラは少しうんざりしているようだ。足を組み、瞳を閉じている。

「最後に二つ、小説が書けない理由について、君自身はどうしてだと思う?」

 桜色の瞳が一瞬こちらを向いたが、すぐにふいっとそらされる。

「……いいアイデアが浮かばないからです。あとは、そう、あまり気乗りしないので」

 ばつの悪そうに答えた。長い髪の毛先を指でいじっている。

「なるほど、ではこれで最後だ。君が小説を書けないこと、いや、そもそも小説を書くことについて、家族は何と言っているのかな?」

「…………答えたくありません」

「わかった。ありがとう」

 やはり答えないか。問題ない。もう問題は見えたも同然だ。さて、もうすぐお昼だ。施策に移る前に腹ごしらえといこう。

「フローラ、もうお昼はとったのか?」

「……まだです。さっきあなたがドアを叩く音で目が覚めたので」

「そうか、ならよかったらこれ、一緒にどうだ?」

 そう言っていくつかのカットフルーツが入ったバスケットを差し出す。ここへ来る前にナンシーの店で親父さんから買った一級品だ。

「……要りません。一人でお食べになってくださいな」

 と口ではいいつつ、横目でチラチラと見ている。

「まあまあ、1人じゃ食べきれないし、助けると思って」

 そういうことなら、とフローラは納得してくれた。午後は忙しくなる。しっかり力をつけてもらわなければ。

「まあまあの味ですね」

 といいつつ、フルーツを口に運ぶ手は止まらない。細くて白い指でフルーツを掴む、その動作ひとつ取っても気品があるなぁ。

「フローラ、食べながら聞いてくれ。君が小説を書けるようになるために、これを食べ終わったらまず君の屋敷を掃除する。いいね?」

 フローラの手がピタリと止まる。

「け、結構です……というか、別に散らかってませんし。だいたい、それと小説になんの関係が……」

「フローラ、君の屋敷を掃除する。いいね?これは絶対に必要なことだ。取り組めば必ず君も納得してくれる。約束する。見られたくないものがあるなら、食べ終わってから先に片付けておいてくれ。なに、あと少しすればもう2度と会うこともなくなるんだ。そうだろ?」

 ここは引かないぞ。まっすぐ目を見てはっきりと伝える。フローラの桜色の目があちこちに泳いでいる。なんとか言い訳を考えていたようだが、やがて諦めたように「……はい」と答えた。よし、まずは第一関門を突破だ。強引な手で少し不安だったが、なにより。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 屋敷の中は想像以上に散らかっていた。間違いない、彼女はいわゆる、ものを捨てられないタイプだ。姉上が同じタイプだからよくわかる。

「よし、さっそくとりかかろう。まずは必要なものといらないものを分けよう。いらないものはこれに詰めてくれ」

 そう言って箱を渡す。

「わかりました……」

 フローラは眉を潜めながら低い声で答えた。

「そして片付けのルールは3つ。

 1、収納しているものを全て取り出すこと
 2、全て一度手に持つこと
 3、それから必要か不要か判断すること

 これは俺の知る中で最も偉大な片付けの魔法使いが考案したルールなんだ。よろしく頼むよ」

「なんですかそれ……まぁいいですけど」

 フローラは怪訝そうな顔をしている。こういったこにルールをつけるのは珍しいのかもしれない。そうだろう。俺も前の世界で初めてこの話を聞いたときには同じリアクションだった。

「片付けにルールですか……なんだか大げさに感じます」

「気持ちはわかる。俺も最初はそう思ったからな。だが、なん度も繰り返すことはルール化すると楽なんだよ。よし、始めようか」

「あ、ちょっと待ってください」

 そう言ってフローラは寝室に入っていった。流石の俺も寝室には入らない。

「お待たせしました」

 そう言って出てきたフローラは袖をまくり、長い髪をポニーテールにしていた。こ、これは……。

「……視線がキモチワルイです」

 気付かれてしまった。手で口を隠しながらボソッと言われる。ストレートな言葉に思わずときめく。いかんいかん、今はそういう時間ではない。始めよう。
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