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鍛冶屋の女主人・一点に特化せよ
CASE2:カーラ/たまには文字で
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「よし!じゃあ振り返りしよっか!」
最後のお客様をお見送りしてからカーラが両手をパチン、と叩きながら笑顔で言った。笑顔の中にも真剣さを感じる表情をしている。うん、いい顔だ。
「カーラ、まずは今日もお疲れ様。どうだった?」
「うん。チラシの効果が早速出たのかな、お客さんが8組も来てくれた! こんなに来たの、初めてかも」
「その割には、昨日より疲れていないようだな」
「そりゃ疲れたけど、最後に来た女の子の『ありがとう!』って言葉で吹っ飛んじゃった」
うんうん、やはりお客様からの感謝がいちばんの報酬だな。
「あれは嬉しかったな。そしてその言葉にはにかむ君の笑顔、煌めいて見えたぞ」
「も~うるさいって~」
2人で小突き合う。愛い奴よ。
「だけど、買ってくれた人の割合はちょっと減ったね」
「こればっかりは仕方ない。今まで来ていたのは本当に今すぐ武器がほしい!という人ばかりだったろうからな。これから店に来る人の中には、当然、そうじゃない人も増えるだろう」
カーラはふんふん、と話を聞いている。見ると、小さなノートにせっせとメモをしているようだ。最近若者に人気のパステルカラーが特徴的なペンを使っているようだ。小物って性格出るよなぁ。
「字……汚いから見ないでよ……」
視線に気付いたのか、上目遣いで睨まれた。謝っておこう。別に汚くはないと思うが、嫌なポイントは人それぞれだからな。続けよう。
「購入金額も......問題なさそうだ。順調に推移している。しばらくはこのまま伸びていくだろう」
「うん。あ、でも……」
「気になることがあるならどんどん言ってくれ、間違いはない」
「えっと、来た女の子たちには喜んでもらってると思うんだけど、男の人には買ってもらえてないんだよね。先代が作った男性向けはあとちょっとしかないし、しょうがないとは思うんだけど」
「なるほど、たしかにそうだね。ちなみにカーラ、君は大ぶりの武器は作れないのかい?」
「……ごめん、ずっと練習してるんだけど、正直すぐには厳しい。先代が亡くなったの、すごく急だったから。こんなことなら、もっとちゃんとやっていればよかったな……」
膝の上に両手を置いてシュン、と俯いてしまった。ずいぶん素直になったものだ。
「なるほど、男性客向けの大ぶりの武器は作れない。でも男性客にも喜んでほしい、そういうことか」
「うん。無理、言ってるよね……でもせっかくうちに来てくれたんだから、喜ばせたいなって」
なんとホスピタリティにあふれた姿勢だ。潤んだブルーの瞳、細っそりとしていて鍛治仕事で引き締まった四肢、愛のある接客。正直それだけで十分な気はしなくない。が、せっかくの向上心、支援するのが世界のためだ。
「カーラ、君は小さな武器しか作れないことが弱点だと思っているな? 大きな武器も含め、たくさんのものが作れたほうがいいのだと思っている」
「うん。……違うの? だって、色々作れた方がいいじゃない」
「そうとも言えるが、違うとも言える。一番正しい言い方をするなら、それはただの『事実』でしかない、というところかな。強みも弱みも裏表、どう切り取るか、どう伝えるか、だ。なに、すぐにわかる。さっそく準備にとりかかろう」
カーラは腑に落ちていないようだが、小さく「強み?」とつぶやいている。
さて、さっそく準備に取り掛かろう。俺の予測が正しければ、次の売り上げはまた2倍以上になるはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇
休みを1日挟んで、次に店を開けた日の夜。カーラは今日も早く振り返りをしたくて仕方のない様子のようだ。最初に唇を尖らせていた頃が懐かしい。
「さて、今日……」
「今日もお疲れ様クラーク! 早くやろ!」
「あ、あぁ……」
先に言われてしまった。よほど今日のことが嬉しかったようだ。ブルーの瞳の煌めきがいつにも増して眩しい、結論から言うと、売り上げ点数は以前の3倍になった。予想以上、嬉しい誤算だ。
「クラークの言う通りだったね! 大きな武器じゃなくて、小さい武器。それも、もっと小さなナイフをたくさん作ったら、ほとんど完売したよ!」
「俺もちょっと驚いた。ここまで成果が出るとは、……理由はわかるかい?」
ふふん、と鼻を鳴らすカーラ。どうやらちゃんと掴んでいるようだ。
「わたしの腕が……よかったから!」
カーラは胸を張っている。
「……エクセレント。その通りだ!」
俺がそう言うのを見て、カーラはクスッと笑って言った。
「……っていうのは嘘。戦い用じゃなくて、料理とかで使えるナイフを作ったから、でしょ?」
やられた。どうやらからかわれたようだ。カーラの成長と茶目っ気に思わず額を打つ。
「その通りだ。冒険者はみんな旅の途中は基本的に自給自足だからな。獲物をさばいたり、食材を調理したりと、用途の広いナイフは必需品だ。男性女性関係なくな。昔に比べたら保存の効く食材も増えたが、それでも現地調達したものを自分でさばいて食べることは、言葉にできない喜びがあるからな」
「へー、なんか楽しそうだね! 私もいつかやってみたいなぁ」
……今度、カーラを狩りにつれていってやろう。お父さんの腕前を見せてやるんだ。あ、ダメだ。俺血が苦手なんだった。
「そして、毎日使うものならやはり手に馴染む物の方がいい。サイズが合わないものを使うのは疲れるし。うまく力が入らずに怪我をすることだってある」
これは実体験だ。
「そうなんだ……」
「小さいものしか作れないなら、そこが強みになるような戦い方を覚えれば良い。高品質な小型武器と作業用ナイフの専門店、カッコいいじゃないか。それにわかりやすさは正義だよ。今後どう舵取りをするかは君次第だがな。ただ、そういう選択肢もあるということを知っておいてくれ」
弱みは強み。たとえば、うるさいくらいにぎやかな店だって、落ち着いて話ができない、という弱さと、思い切り騒げる、という強みがある。ならばその『事実』を強みだととらえてくれる相手を捕まえることを考えたほうがいい。
「わかった……」
まだ完全に理解はしていない様子だが、言いたいことは伝わっただろう。すぐに使えるものはすぐに使えなくなる。ゆっくり理解して身につけていけば良いのだ。
「じゃあそろそろ俺は帰るよ。ゆっくり休んでくれ」
「あっ待って! 夕飯、食べて行きなよ。すぐ準備するから!」
そう言うと返事も聞かずに家の中にパタパタと走っていった。手料理、か。なんだかジーンときた。うむ、楽しみだ。
◇◆◇◆◇◆◇
午前の営業が終わり、お昼休みだ。カーラが「簡単なものだけど」と言っておにぎりとウインナー、卵焼きを出してくれた。ありがたくいただく。
あれから客足の伸びは順調に伸びていたが、しばらくすると止まった。今は日に30組くればいい方といったところだ。カーラのキャパシティを考えても、それくらいがちょうどいいだろう。対応できないくらい増えて接客の質が落ちてもいけない。
一方で売り上げは伸び続けている。ひとまず安心だ。今後の方針については、カーラ次第ではあるが『小型武器と作業用ナイフの専門店』路線の方が口コミは広がりやすいだろう。わかりやすいのが一番だからな。
まぁそうじゃなくても美人店主がいる店として広がっていくだろうから、あまり心配はしていない。
「お茶、おかわりいる?」
「ああ、頼む」
おにぎりをちまちま食べていたカーラに声をかけられる。頰にお米粒が付いている。
微笑ましくてつい眺めていると、カーラはそんな俺の視線に気づいたようだ。恥ずかしそうにお米粒を指でとりながら「言ってよ」と視線で抗議している。
「……てかさ、クラーク。あれ、どうすんの?」
「あれ?」
「……最初に言ってたでしょ。よ、嫁がどうこうって」
顔を赤くし、湯呑みを口につけるカーラ。一方俺は、ついにこの時が来たか、と覚悟を決めるのであった。
「……あれか……」
お昼を食べ終わり、お茶を飲んでいたくつろぎ空間に突如として爆弾が落とされた。カーラはくすんだ赤い髪をいじりながら、こちらとは目を合わせない。
「……」
「……」
お互い無言になったが、先に切り出したのはカーラだった。
「……無理だからね、いきなりは」
いきなり振られてしまった。
「でも、こ、恋人からなら……その、考えてもーー」
「……すまない。もう、君をそういう目では見れない」
そう言った瞬間、カーラの細い肩が小さく震えた。
「…………そ……そっ、か。嫌いになっちゃった? 私のこと。態度、わ、悪かったもんね」
涙声のカーラ、なんともいじらしい。だが違う、違うんだカーラ。意を決し、気持ちを伝える。
「いや! 決してそんなことはない。ただ……君はもう……妹にしか、見えないんだ……」
カーラの動きが、ピタッ、と止まった。また沈黙が訪れる。カーラの表情は、こちらからは見えない。時計の音がやたらと大きく聞こえた。
「……は? なにそれ、意味わかんないし」
「すまない……」
返す言葉がない。カーラははぁ、と大きくため息をついた。
「……じゃ、もう用はないでしょ。さっさと帰ったら……」
そう言ってカーラはすっと立ち上がり、店の奥に入っていってしまった。何か声をかけようとしたが、思いつかない。最後までどんな顔なのかは見えなかった。シン、と静まり返った店内に1人残される。
……すまないカーラ。心の中でもう一度謝る。
最後に店内を見渡し、立ち上がって玄関を出ようとした時、後ろから足音が近づいてきた。振り返ろうとしたが、そのまま背中をドンッと押されて店の外に出されてしまった。体勢を崩しつつ、なんとか転ばずに済んだ。
「ふんっ、お返し!」
振り返ると、カーラが仁王立ちしていた。涙で潤んだ青い目で睨んでいる。カーラは拳で涙をぐいっと拭った。その動作が男らしくて、少し笑ってしまった。
「カーラ、楽しかったよ。ありがとう。そしてよく頑張ってくれたな。こんなことになって、すまないな」
そう告げてから少しの間、無言の時間が続いた。やはり、先に口を開いたのはカーラだった。呆れたようにはー、と息を吐き、
「……まっ、お店も儲かったし……しょうがないから、許してあげる……はいこれ」
そう言ってカーラはスタスタとこちらに近づき、グイッと何かを手渡した。見ると、商品の包装用の木箱だ。用意はしたものの、あまり使う機会がないと前に話していたな。
意図を推し量っていると、俺の言葉を待たず、カーラはくるりと踵を返した。
「カーラ、これは……」
背を向けた彼女に声をかけるが、返事はない。玄関のところで歩いたところでピタリと足を止め、
「……知らない。ばーかっ」
肩越しにベーっと小さな舌を出したあと、カーラはほんの一瞬微笑み、店の中に戻っていった。しばし呆気にとられる。
さっそくもらった箱を開けると、中には綺麗なナイフが入っていた。握ってみる。サイズもちょうどよく手に馴染む。やはり彼女は腕がいい。
「ん?」
箱の底の方を見ると、半分に折られた手紙が入っていた。几帳面そうな折り目だ。手にとって開くと、中には『ありがと』とだけ書いてある。丸っこい、カーラの字だ。字は見られたくないと前に言っていたのにな。さっき奥に入った時に急いで書いたんだろうか。その場面を想像し、頰が緩む。
「じゃあな、カーラ。また会おう!」
そう告げて店を後にした。春の風が吹き、俺の前髪を揺らす。周りを見ると、店を囲うように春花が咲き乱れている。空は綺麗に晴れていて、出掛けたくなる天気だ。
◇◆◇◆◇◆◇
ハーレム計画は今回も失敗に終わってしまった。だが、俺はたった2回の失敗で懲りるような男ではない。また新たな標的を定め、進むだけだ。
最後のお客様をお見送りしてからカーラが両手をパチン、と叩きながら笑顔で言った。笑顔の中にも真剣さを感じる表情をしている。うん、いい顔だ。
「カーラ、まずは今日もお疲れ様。どうだった?」
「うん。チラシの効果が早速出たのかな、お客さんが8組も来てくれた! こんなに来たの、初めてかも」
「その割には、昨日より疲れていないようだな」
「そりゃ疲れたけど、最後に来た女の子の『ありがとう!』って言葉で吹っ飛んじゃった」
うんうん、やはりお客様からの感謝がいちばんの報酬だな。
「あれは嬉しかったな。そしてその言葉にはにかむ君の笑顔、煌めいて見えたぞ」
「も~うるさいって~」
2人で小突き合う。愛い奴よ。
「だけど、買ってくれた人の割合はちょっと減ったね」
「こればっかりは仕方ない。今まで来ていたのは本当に今すぐ武器がほしい!という人ばかりだったろうからな。これから店に来る人の中には、当然、そうじゃない人も増えるだろう」
カーラはふんふん、と話を聞いている。見ると、小さなノートにせっせとメモをしているようだ。最近若者に人気のパステルカラーが特徴的なペンを使っているようだ。小物って性格出るよなぁ。
「字……汚いから見ないでよ……」
視線に気付いたのか、上目遣いで睨まれた。謝っておこう。別に汚くはないと思うが、嫌なポイントは人それぞれだからな。続けよう。
「購入金額も......問題なさそうだ。順調に推移している。しばらくはこのまま伸びていくだろう」
「うん。あ、でも……」
「気になることがあるならどんどん言ってくれ、間違いはない」
「えっと、来た女の子たちには喜んでもらってると思うんだけど、男の人には買ってもらえてないんだよね。先代が作った男性向けはあとちょっとしかないし、しょうがないとは思うんだけど」
「なるほど、たしかにそうだね。ちなみにカーラ、君は大ぶりの武器は作れないのかい?」
「……ごめん、ずっと練習してるんだけど、正直すぐには厳しい。先代が亡くなったの、すごく急だったから。こんなことなら、もっとちゃんとやっていればよかったな……」
膝の上に両手を置いてシュン、と俯いてしまった。ずいぶん素直になったものだ。
「なるほど、男性客向けの大ぶりの武器は作れない。でも男性客にも喜んでほしい、そういうことか」
「うん。無理、言ってるよね……でもせっかくうちに来てくれたんだから、喜ばせたいなって」
なんとホスピタリティにあふれた姿勢だ。潤んだブルーの瞳、細っそりとしていて鍛治仕事で引き締まった四肢、愛のある接客。正直それだけで十分な気はしなくない。が、せっかくの向上心、支援するのが世界のためだ。
「カーラ、君は小さな武器しか作れないことが弱点だと思っているな? 大きな武器も含め、たくさんのものが作れたほうがいいのだと思っている」
「うん。……違うの? だって、色々作れた方がいいじゃない」
「そうとも言えるが、違うとも言える。一番正しい言い方をするなら、それはただの『事実』でしかない、というところかな。強みも弱みも裏表、どう切り取るか、どう伝えるか、だ。なに、すぐにわかる。さっそく準備にとりかかろう」
カーラは腑に落ちていないようだが、小さく「強み?」とつぶやいている。
さて、さっそく準備に取り掛かろう。俺の予測が正しければ、次の売り上げはまた2倍以上になるはずだ。
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「さて、今日……」
「今日もお疲れ様クラーク! 早くやろ!」
「あ、あぁ……」
先に言われてしまった。よほど今日のことが嬉しかったようだ。ブルーの瞳の煌めきがいつにも増して眩しい、結論から言うと、売り上げ点数は以前の3倍になった。予想以上、嬉しい誤算だ。
「クラークの言う通りだったね! 大きな武器じゃなくて、小さい武器。それも、もっと小さなナイフをたくさん作ったら、ほとんど完売したよ!」
「俺もちょっと驚いた。ここまで成果が出るとは、……理由はわかるかい?」
ふふん、と鼻を鳴らすカーラ。どうやらちゃんと掴んでいるようだ。
「わたしの腕が……よかったから!」
カーラは胸を張っている。
「……エクセレント。その通りだ!」
俺がそう言うのを見て、カーラはクスッと笑って言った。
「……っていうのは嘘。戦い用じゃなくて、料理とかで使えるナイフを作ったから、でしょ?」
やられた。どうやらからかわれたようだ。カーラの成長と茶目っ気に思わず額を打つ。
「その通りだ。冒険者はみんな旅の途中は基本的に自給自足だからな。獲物をさばいたり、食材を調理したりと、用途の広いナイフは必需品だ。男性女性関係なくな。昔に比べたら保存の効く食材も増えたが、それでも現地調達したものを自分でさばいて食べることは、言葉にできない喜びがあるからな」
「へー、なんか楽しそうだね! 私もいつかやってみたいなぁ」
……今度、カーラを狩りにつれていってやろう。お父さんの腕前を見せてやるんだ。あ、ダメだ。俺血が苦手なんだった。
「そして、毎日使うものならやはり手に馴染む物の方がいい。サイズが合わないものを使うのは疲れるし。うまく力が入らずに怪我をすることだってある」
これは実体験だ。
「そうなんだ……」
「小さいものしか作れないなら、そこが強みになるような戦い方を覚えれば良い。高品質な小型武器と作業用ナイフの専門店、カッコいいじゃないか。それにわかりやすさは正義だよ。今後どう舵取りをするかは君次第だがな。ただ、そういう選択肢もあるということを知っておいてくれ」
弱みは強み。たとえば、うるさいくらいにぎやかな店だって、落ち着いて話ができない、という弱さと、思い切り騒げる、という強みがある。ならばその『事実』を強みだととらえてくれる相手を捕まえることを考えたほうがいい。
「わかった……」
まだ完全に理解はしていない様子だが、言いたいことは伝わっただろう。すぐに使えるものはすぐに使えなくなる。ゆっくり理解して身につけていけば良いのだ。
「じゃあそろそろ俺は帰るよ。ゆっくり休んでくれ」
「あっ待って! 夕飯、食べて行きなよ。すぐ準備するから!」
そう言うと返事も聞かずに家の中にパタパタと走っていった。手料理、か。なんだかジーンときた。うむ、楽しみだ。
◇◆◇◆◇◆◇
午前の営業が終わり、お昼休みだ。カーラが「簡単なものだけど」と言っておにぎりとウインナー、卵焼きを出してくれた。ありがたくいただく。
あれから客足の伸びは順調に伸びていたが、しばらくすると止まった。今は日に30組くればいい方といったところだ。カーラのキャパシティを考えても、それくらいがちょうどいいだろう。対応できないくらい増えて接客の質が落ちてもいけない。
一方で売り上げは伸び続けている。ひとまず安心だ。今後の方針については、カーラ次第ではあるが『小型武器と作業用ナイフの専門店』路線の方が口コミは広がりやすいだろう。わかりやすいのが一番だからな。
まぁそうじゃなくても美人店主がいる店として広がっていくだろうから、あまり心配はしていない。
「お茶、おかわりいる?」
「ああ、頼む」
おにぎりをちまちま食べていたカーラに声をかけられる。頰にお米粒が付いている。
微笑ましくてつい眺めていると、カーラはそんな俺の視線に気づいたようだ。恥ずかしそうにお米粒を指でとりながら「言ってよ」と視線で抗議している。
「……てかさ、クラーク。あれ、どうすんの?」
「あれ?」
「……最初に言ってたでしょ。よ、嫁がどうこうって」
顔を赤くし、湯呑みを口につけるカーラ。一方俺は、ついにこの時が来たか、と覚悟を決めるのであった。
「……あれか……」
お昼を食べ終わり、お茶を飲んでいたくつろぎ空間に突如として爆弾が落とされた。カーラはくすんだ赤い髪をいじりながら、こちらとは目を合わせない。
「……」
「……」
お互い無言になったが、先に切り出したのはカーラだった。
「……無理だからね、いきなりは」
いきなり振られてしまった。
「でも、こ、恋人からなら……その、考えてもーー」
「……すまない。もう、君をそういう目では見れない」
そう言った瞬間、カーラの細い肩が小さく震えた。
「…………そ……そっ、か。嫌いになっちゃった? 私のこと。態度、わ、悪かったもんね」
涙声のカーラ、なんともいじらしい。だが違う、違うんだカーラ。意を決し、気持ちを伝える。
「いや! 決してそんなことはない。ただ……君はもう……妹にしか、見えないんだ……」
カーラの動きが、ピタッ、と止まった。また沈黙が訪れる。カーラの表情は、こちらからは見えない。時計の音がやたらと大きく聞こえた。
「……は? なにそれ、意味わかんないし」
「すまない……」
返す言葉がない。カーラははぁ、と大きくため息をついた。
「……じゃ、もう用はないでしょ。さっさと帰ったら……」
そう言ってカーラはすっと立ち上がり、店の奥に入っていってしまった。何か声をかけようとしたが、思いつかない。最後までどんな顔なのかは見えなかった。シン、と静まり返った店内に1人残される。
……すまないカーラ。心の中でもう一度謝る。
最後に店内を見渡し、立ち上がって玄関を出ようとした時、後ろから足音が近づいてきた。振り返ろうとしたが、そのまま背中をドンッと押されて店の外に出されてしまった。体勢を崩しつつ、なんとか転ばずに済んだ。
「ふんっ、お返し!」
振り返ると、カーラが仁王立ちしていた。涙で潤んだ青い目で睨んでいる。カーラは拳で涙をぐいっと拭った。その動作が男らしくて、少し笑ってしまった。
「カーラ、楽しかったよ。ありがとう。そしてよく頑張ってくれたな。こんなことになって、すまないな」
そう告げてから少しの間、無言の時間が続いた。やはり、先に口を開いたのはカーラだった。呆れたようにはー、と息を吐き、
「……まっ、お店も儲かったし……しょうがないから、許してあげる……はいこれ」
そう言ってカーラはスタスタとこちらに近づき、グイッと何かを手渡した。見ると、商品の包装用の木箱だ。用意はしたものの、あまり使う機会がないと前に話していたな。
意図を推し量っていると、俺の言葉を待たず、カーラはくるりと踵を返した。
「カーラ、これは……」
背を向けた彼女に声をかけるが、返事はない。玄関のところで歩いたところでピタリと足を止め、
「……知らない。ばーかっ」
肩越しにベーっと小さな舌を出したあと、カーラはほんの一瞬微笑み、店の中に戻っていった。しばし呆気にとられる。
さっそくもらった箱を開けると、中には綺麗なナイフが入っていた。握ってみる。サイズもちょうどよく手に馴染む。やはり彼女は腕がいい。
「ん?」
箱の底の方を見ると、半分に折られた手紙が入っていた。几帳面そうな折り目だ。手にとって開くと、中には『ありがと』とだけ書いてある。丸っこい、カーラの字だ。字は見られたくないと前に言っていたのにな。さっき奥に入った時に急いで書いたんだろうか。その場面を想像し、頰が緩む。
「じゃあな、カーラ。また会おう!」
そう告げて店を後にした。春の風が吹き、俺の前髪を揺らす。周りを見ると、店を囲うように春花が咲き乱れている。空は綺麗に晴れていて、出掛けたくなる天気だ。
◇◆◇◆◇◆◇
ハーレム計画は今回も失敗に終わってしまった。だが、俺はたった2回の失敗で懲りるような男ではない。また新たな標的を定め、進むだけだ。
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