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第一章
蜂蜜よりも甘いもの… 2
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子供達からの攻撃は容赦なく再開された。レイヴンは自分の前に両手を翳すと、頭と顔を守るように身を伏せた。
ビシバシと当たる石は、服の上からでも痛みを感じた。これはきっと、彼らが疲弊するまで止まないだろう。
殺すまでの覚悟はなくとも、大人と違って手加減を知らない。当たりどころが悪ければ、この場で命を落とすかもしれなかった。
人を殺めるという罪だけは、背負わせてはならない。それだけは避けなければと、レイヴンは身体を丸めて自分を守った。
憎むべき相手が防御に徹したことで威勢のついた子供達だったが……
「だいたいお前が聖女のくせしてみんなを裏切るからこんな……ヒィッ!」
突然、石のように固まってしまった。
ピタリと攻撃が止んだことを怪訝に思ったレイヴンは、恐る恐る顔を上げた。そして攻撃のあった方向、つまり子供達の方を見ると、彼らはこれでもかと目を見開き、立ち竦んでいた。それも顎が外れんばかりに大きく口を開いて何かを見つめている。その視線は、ある一点……レイヴンの後方へと注がれていた。
(何か……ある?)
大きな影が、自身を覆うように落ちていることに気付いたレイヴンは、唾を飲んでからゆっくりと振り向いた。
そこには、信じられないものが立っていた。
「う、そ……」
レイヴンの目が、子供達同様に見開かれた。驚愕に満ちたその顔は、随分と上に向かっている。
レイヴンの後方にあったもの。それは……
「く、熊ああっ……!!?」
子供の一人が叫び声を上げた。それを皮切りに、他の子供達も喚き叫んだ。
レイヴンへの攻撃に集中し過ぎて、気づかなかったのだろう。身の丈三メートルはあろう大きな熊が、子供達には忽然と現れたように見えたのだ。
レイヴンはドクドクと脈打つような己の鼓動を感じていた。この山に熊が生息していることはもちろん知っている。しかしこんな間近でその存在を目にしたことはなかった。
「うわっ……うわああっ……!」
「に、に、逃げろおおー!」
子供達は慌てるようにその場を離れ、村へと駆け出していった。熊と遭遇した時の逃げる方法として、彼らの行動は大いに間違っているのだが、まるでそびえ立つ大木のようなその熊は微動だにせず、ガラス玉のように澄んだ両目で背中を見せる彼らを見つめていた。
(逃げる人を前にして、全然動かないなんて……)
異変に気付いたレイヴンは、胸の鼓動を手で抑えながらも、目を細めて熊を見つめた。
そしてあることに気がついたのと同時に、熊の後ろからヒョイと顔を出す人物が、「チッ」と軽く舌打ちをした。
「何だ。せっかくでかいのを捕らえたから、熊鍋でも振る舞ってやろうかと思ったのに」
「し……シン……さん?」
「よお」
片手を上げてレイヴンに挨拶をするのはシンだった。続けて、もう片方の手をパッと離したかと思うと、立っていた熊はゆっくりと横になって倒れた。
(やっぱり、死んでるんだ……)
改めて熊を見ると、首の辺りから血を流していることを知った。
傍で腰に手を当てるシンが、熊を指差しながら「美味そうだろ?」と嬉しそうに笑っている。まるで蝉を捕まえた子供のように誇らしげなシンを目にして、レイヴンはようやく彼が熊を仕留め、ここへ連れてきたということを理解した。
しかし……
(こんなに大きな熊を、どうやって仕留めたんだろう……?)
疑問が払拭されたわけではない。いくら回復しつつあるとはいえ、怪我人のシンが獰猛な熊を仕留めたなど、到底信じられなかった。
手には刀すら持っていない。着ているものも、レイヴンが貸している父の形見の着物なのだ。綿の布地で出来ている薄っぺらなそれでは、防護服にもなりはしない。
ビシバシと当たる石は、服の上からでも痛みを感じた。これはきっと、彼らが疲弊するまで止まないだろう。
殺すまでの覚悟はなくとも、大人と違って手加減を知らない。当たりどころが悪ければ、この場で命を落とすかもしれなかった。
人を殺めるという罪だけは、背負わせてはならない。それだけは避けなければと、レイヴンは身体を丸めて自分を守った。
憎むべき相手が防御に徹したことで威勢のついた子供達だったが……
「だいたいお前が聖女のくせしてみんなを裏切るからこんな……ヒィッ!」
突然、石のように固まってしまった。
ピタリと攻撃が止んだことを怪訝に思ったレイヴンは、恐る恐る顔を上げた。そして攻撃のあった方向、つまり子供達の方を見ると、彼らはこれでもかと目を見開き、立ち竦んでいた。それも顎が外れんばかりに大きく口を開いて何かを見つめている。その視線は、ある一点……レイヴンの後方へと注がれていた。
(何か……ある?)
大きな影が、自身を覆うように落ちていることに気付いたレイヴンは、唾を飲んでからゆっくりと振り向いた。
そこには、信じられないものが立っていた。
「う、そ……」
レイヴンの目が、子供達同様に見開かれた。驚愕に満ちたその顔は、随分と上に向かっている。
レイヴンの後方にあったもの。それは……
「く、熊ああっ……!!?」
子供の一人が叫び声を上げた。それを皮切りに、他の子供達も喚き叫んだ。
レイヴンへの攻撃に集中し過ぎて、気づかなかったのだろう。身の丈三メートルはあろう大きな熊が、子供達には忽然と現れたように見えたのだ。
レイヴンはドクドクと脈打つような己の鼓動を感じていた。この山に熊が生息していることはもちろん知っている。しかしこんな間近でその存在を目にしたことはなかった。
「うわっ……うわああっ……!」
「に、に、逃げろおおー!」
子供達は慌てるようにその場を離れ、村へと駆け出していった。熊と遭遇した時の逃げる方法として、彼らの行動は大いに間違っているのだが、まるでそびえ立つ大木のようなその熊は微動だにせず、ガラス玉のように澄んだ両目で背中を見せる彼らを見つめていた。
(逃げる人を前にして、全然動かないなんて……)
異変に気付いたレイヴンは、胸の鼓動を手で抑えながらも、目を細めて熊を見つめた。
そしてあることに気がついたのと同時に、熊の後ろからヒョイと顔を出す人物が、「チッ」と軽く舌打ちをした。
「何だ。せっかくでかいのを捕らえたから、熊鍋でも振る舞ってやろうかと思ったのに」
「し……シン……さん?」
「よお」
片手を上げてレイヴンに挨拶をするのはシンだった。続けて、もう片方の手をパッと離したかと思うと、立っていた熊はゆっくりと横になって倒れた。
(やっぱり、死んでるんだ……)
改めて熊を見ると、首の辺りから血を流していることを知った。
傍で腰に手を当てるシンが、熊を指差しながら「美味そうだろ?」と嬉しそうに笑っている。まるで蝉を捕まえた子供のように誇らしげなシンを目にして、レイヴンはようやく彼が熊を仕留め、ここへ連れてきたということを理解した。
しかし……
(こんなに大きな熊を、どうやって仕留めたんだろう……?)
疑問が払拭されたわけではない。いくら回復しつつあるとはいえ、怪我人のシンが獰猛な熊を仕留めたなど、到底信じられなかった。
手には刀すら持っていない。着ているものも、レイヴンが貸している父の形見の着物なのだ。綿の布地で出来ている薄っぺらなそれでは、防護服にもなりはしない。
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