上 下
145 / 180
夢に咲く花

71

しおりを挟む


 夜も更けた。
 時間はとうに深夜を過ぎ、朝早い人であれば起き出す人もいるかもしれないが、まだ闇が支配する時分だ。

 普段ならば街灯が暗い夜道を照らし、歓楽街や商業地区の一部では明け方まで営業する店もあるが、それ以外は静かなものだ。
 しかし、今は街灯も店内に明かりの灯る店もないが、町のあちらこちらから不穏な物音が聞こえてくる。


 孝宏たちがいる病院から一キロ程離れた商業地区の大通りで、幾人かの兵士が一匹の巨大蜘蛛を取り囲んでいた。

 巨大蜘蛛は体中に巻き付けられた三本のロープで動きを封じられ、それでもむき出しになった地面に足を差し込んで必死の抵抗を見せている。

 一人、きらびやかな石で飾られた剣を握りしめ、切っ先を巨大蜘蛛に向けている者がいた。マリーだ。

 他の兵士と同じく、上から下まで藍鉄色の防具で身を固め、顔だけが唯一透明の板で覆われる。

 周囲に動ける巨大蜘蛛なく、これが最後の一匹だ。
 事切れた死骸が点々と通りに散らばるその通りは、石畳はめくれ乱れ、地面がむき出しに覗かせている。


「これで終わり!」


 防具に施された魔術加工の効果で、初めこそ軽やかに感じられたが、毒毛を浴び過ぎたためか術が傷つき、本来の重さもあって動きは鈍い。
 彼女はこのわずかな時間で習得した足さばきで、めくれた石畳をかわしながら駆け寄り、巨大蜘蛛の眉間に突き刺した。


――kiiiyaaaaiiigiigyaaaa――


 致命傷を受けた巨大蜘蛛の叫びとも言うべき鳴き声は悲痛でおぞましく、ロープを引く兵士たちも一瞬眉をひそめる。

 さらにもう一振りするべく、引き抜いた剣を振り上げ、とどめを刺そうかとしたまさにその時、後方から鳴き声が聞こえてきた。

 声の主は死んだと思われていた、別の巨大蜘蛛だった。
 足は折れ、背中をまっすぐ縦に切り裂かれ、頭は持ち上がらず胴にかろうじでぶら下がっているだけの蜘蛛は、とても動ける様には見えない。
 それなのに仲間の助けを求める声に反応し、自身も刃を受けズタボロになった姿で立ち上がったのだ。


「まさか動くのか!」


 一人後方に待機していた兵士が、向かってくる巨大蜘蛛に向かって盾を構えた。

 ひびが入り、左下がかけている盾でどれだけ防げるか分からない。少なくとも兵士の表情には決死の覚悟が滲み出ている。


「壁を!」


 兵士と巨大蜘蛛がぶつかる前に、間に分厚い土の壁がせり上がった。歪ながらも半円を描き巨大蜘蛛との間に立ちふさがる。
 兵士が立ち尽くす魔術師を見やるが、彼女も首を横に振った。

 背後から突然聞こえてきたの声に、マリーは一瞬気を取られそうになったが、間を入れず目の前の巨大蜘蛛の頭と胴体を分断した。さらに胴を六等分、頭を十三等分する。
 最後に細切れになった頭ごと地面に剣を突き立てると、ようやく剣から手を離した。


「お、お見事です」


 兵士は必要以上に細切れになった元蜘蛛を見て口元を抑えた。

 細切れになったことにより、内臓やら骨やらが傷口からこぼれ、覗かせ、元より恐ろしい容貌におぞましさを増していた。


――タタタッタタタッタタタ……――


 駆ける足音が近づいて来る。マリーが振り返ると屋根伝いに赤い獣が、こちらに向かって走って来ていた。

 屋根の上から壁の前に飛び降り、赤い獣は足が地面に着く瞬間人へと姿を変えた。

 彼の拳の中から薙刀が表れる。


「崩れろ」


 壁がボロボロと崩れ落ちるのと同時に、彼は握る薙刀を壁に突き刺した。ぐりぐりと捻じり押し込む。

 壁がすっかり崩れ落ち、巨大蜘蛛の姿が露わになると、薙刀は巨大蜘蛛の胴に深く突き刺さっていた。

 四肢をビクつかせ鳴き声すら上げられない。刃をそのまま思いっきり地面に叩きつけると、頭から胴の中ほどまで切り裂かれた巨大蜘蛛は崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。

 彼は頭を覆うヘルメットこそ取っていたが、他は同じ藍鉄色の胸に防具。赤く短い髪にこの一週間でうっすらと焼けた肌。薙刀を握る逞しい拳。玄人の雰囲気を醸し出し、顔はもちろん防具にも傷一つない。

 マリーは彼の名前を呟いた。


「カウル?」


 薙刀はカウルのものよりも細く、刃に竜の彫り物はない。肌が焼けたと言ってもカウルと比べれば肌が白く、顔つきも若干ではあるが、垂れ目気味だろう。

 彼は疲れが色濃く出る崩れた顔を、さらに歪ませた。


「僕のどこがカウルに似てるっていうのさ。ちゃんと見れば間違えようがないじゃないか。よりよってカウルと間違えるなんて、仮にも恋人の見分けがつかないとか終わってるね」


 ルイは息を吐き切るまで一気に言うと意地悪く笑い、手に持っていた薙刀を蜘蛛に突き立てた。
 マリーは頭を垂れ、力なく肩が下がる。


「確かにタカヒロに付き添ってるもんね。ここにいるわけないか。ゴメン」


 声にハリがないのは疲労だけが原因ではない。

 透明のマスク越しだ、マリーが項垂れているが良く分かる。
 ルイにとってはカウルと間違えられるのは随分と久しく、髪を伸ばし始めてからはほぼない。

 久しぶり過ぎてルイもさほど腹は立たなかったが、嫌味の一つくらい許されるだろうと軽く考えていた。
 しかしこうもあからさまにがっかりされると、逆に申し訳なくなる。

 カウルとマリーは恋人同士だが知り合ってからの月日は短く、はっきり見分けるにはまだ時間が必要だった。

 ルイは慰めようか少し考え、止めた。
 剣を振るっていた時の覇気はすっかり消え失せ、項垂れるマリーを横目に、服にこもる熱を少しでも逃がそうと、胸当ての下に着こむハイネックの襟を引っ張った。

 防具の下は汗と熱気が籠り、立って話をしているだけの今も、それだけで体力が奪われていく。


「そのカウルだけど、無事に着いたってさ。僕らも一度戻らないと。とてもじゃないけど、こんな暑いのいつまでも着てられないよ」


 一瞬にしてマリーの瞳が輝いた。

 ルイにとっては不本意だが、目の前にいるのはカウルと非常によく似た双子の兄弟だと言うのに、彼女とって替わりにはなりえないらしい。ルイは大きくため息を吐いたが、その表情は笑みを湛えどこかすっきりしている。


「本当?じゃあ、タカヒロも無事に目を覚ましたんだ、良かった。そう言えばカダンは?」


「さあ、でも大丈夫じゃないかな……カダンだし」


「それで良いの?心配にならない?」


「怪我したって連絡ないし、それにカダンは………ああ見えて優秀だから」


「それはそうだけ………そうね。とりあえず空港に戻りましょう」


 ここで言い合いをしている暇はない。マリーは言いかけた台詞を飲み込んだ。

 二人はそれぞれ武器をしまい、周囲を警戒する兵士に誘導され空港へ戻った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

自宅アパート一棟と共に異世界へ 蔑まれていた令嬢に転生(?)しましたが、自由に生きることにしました

如月 雪名
ファンタジー
★2024年9月19日に2巻発売&コミカライズ化決定!(web版とは設定が異なる部分があります) 🔷第16回ファンタジー小説大賞。5/3207位で『特別賞』を受賞しました!!応援ありがとうございます(*^_^*) 💛小説家になろう累計PV1,830万以上達成!! ※感想欄を読まれる方は、申し訳ありませんがネタバレが多いのでご注意下さい<m(__)m>    スーパーの帰り道、突然異世界へ転移させられた、椎名 沙良(しいな さら)48歳。  残された封筒には【詫び状】と書かれており、自分がカルドサリ王国のハンフリー公爵家、リーシャ・ハンフリー、第一令嬢12歳となっているのを知る。  いきなり異世界で他人とし生きる事になったが、現状が非常によろしくない。  リーシャの母親は既に亡くなっており、後妻に虐待され納屋で監禁生活を送っていたからだ。  どうにか家庭環境を改善しようと、与えられた4つの能力(ホーム・アイテムBOX・マッピング・召喚)を使用し、早々に公爵家を出て冒険者となる。  虐待されていたため貧弱な体と体力しかないが、冒険者となり自由を手にし頑張っていく。  F級冒険者となった初日の稼ぎは、肉(角ウサギ)の配達料・鉄貨2枚(200円)。  それでもE級に上がるため200回頑張る。  同じ年頃の子供達に、からかわれたりしながらも着実に依頼をこなす日々。  チートな能力(ホームで自宅に帰れる)を隠しながら、町で路上生活をしている子供達を助けていく事に。  冒険者で稼いだお金で家を購入し、住む所を与え子供達を笑顔にする。  そんな彼女の行いを見守っていた冒険者や町人達は……。  やがて支援は町中から届くようになった。  F級冒険者からC級冒険者へと、地球から勝手に召喚した兄の椎名 賢也(しいな けんや)50歳と共に頑張り続け、4年半後ダンジョンへと進む。  ダンジョンの最終深部。  ダンジョンマスターとして再会した兄の親友(享年45)旭 尚人(あさひ なおと)も加わり、ついに3人で迷宮都市へ。  テイムした仲間のシルバー(シルバーウルフ)・ハニー(ハニービー)・フォレスト(迷宮タイガー)と一緒に楽しくダンジョン攻略中。  どこか気が抜けて心温まる? そんな冒険です。  残念ながら恋愛要素は皆無です。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界転移はペットを連れて☆チートな守護者の異世界ライフ

亜々流
ファンタジー
大学に受かり、子犬と子猫と子ウサギと共に東京へ。 眼下に広がる大草原‥‥あれっ? 次元の狭間に落ちて、異世界転移してました。 神様からのチートは無いけど、転移被害者サポート(自動)を 頂きまして、異世界で生きて行きます。 ジョブ:守護者(限定)、限定:ぽち、たま、うさ子。 守護者:念話、ステータス+、スキル+。 この子らのおかげで、チートでした。 ※一区切りつきました(~十章)。十一章はじまりました。失われた王国関連です。二十一章以降は、聖王家への反乱、転移多発事件、闇のダンジョン……。など四十章くらいまでの予定です。 ※誤字や文章を直しながら、小説家になろうへ投稿始めます。( 3月26日より) http://ncode.syosetu.com/n5861dw/ 現在、更新が不定期になってます。思うように書けない感じです。 最後まで書いて、30章以降につながる女神のダンジョンでの会話の伏線を回収しますので見捨てないでね。

一人暮らしのおばさん薬師を黒髪の青年は崇めたてる

朝山みどり
ファンタジー
冤罪で辺境に追放された元聖女。のんびりまったり平和に暮らしていたが、過去が彼女の生活を壊そうとしてきた。 彼女を慕う青年はこっそり彼女を守り続ける。

魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。

ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は 愛だと思っていた。 何度も“好き”と言われ 次第に心を寄せるようになった。 だけど 彼の浮気を知ってしまった。 私の頭の中にあった愛の城は 完全に崩壊した。 彼の口にする“愛”は偽物だった。 * 作り話です * 短編で終わらせたいです * 暇つぶしにどうぞ

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

処理中です...