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夢に咲く花
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しおりを挟むカウルが呼んできた熊人の医者の診察を受け回復していると診断を受けた孝宏だが、一晩は安静にしているよう言われてしまった。
治療のおかげか、凶鳥の兆しのせいか。診察が終わる頃には孝宏は体の自由こそ利かないものの、思考もはっきりとし話す分には支障がない程度に回復していた。
「さて、何から話そうか」
カウルは孝宏は意識を失っている間に何があったのか順を追って話した。
巨大蜘蛛から逃げて宿にたどり着いたカダンに連絡を取って来たのは国王の長子、ヘルメルだった。
オウカのノートに、毒に関する有力な情報があるかもしれないと解ったが、ルイの鞄を壊すのに時間を要したのは誤算だった。
ようやく鞄の鍵が壊れ、中から物を取りだせた時にはルイが目を覚ましていたのだ。結局ルイの協力もあり、無事に解毒魔術が完成したのは今よりつい二時間前のことだ。
現在ルイは巨大蜘蛛の対策会議に協力を要請され出向いている。一応カダンとマリーが付き添っているのは回復して間もないルイを気遣ってだ。
「じゃあ、今この国の王子さまが来てるのか?」
「ああ、ヘルメル王子殿下。別名薄幸の王子」
「なんだ?それ」
「出かけ先で頻繁に事件事故に巻き込まれるんだよ。おかげで王様の次に有名な王族だ」
幸が薄いとは何とも嬉しくない二つ名だ。
日本にも似たような理由から死神と呼ばれる名探偵がいるが、あれとは方向性が違う付け方なのは、相手が王族だから不敬に当たらないようの配慮だろうか。
「それが何でまた連絡してきたんだ?……まさか!?カダンは王族と関係があるとか……」
そうでなくとも、例えば知る人ぞ知る重要人物だとしたらどうしようか。
カダンが知られなくないが故に、これまで知らなかった事実を不意に知ってしまった時、二人との関係性がどう変わるのか。孝宏の心には戸惑いと好奇心がせめぎあう。
カウルはそれらを笑い飛ばした。
「ないない。ヒタル・ナキイ、お前たちを助けてくれた人だ。覚えてるか?」
孝宏は無言で頷いた。
「あの人はヘルメル殿下の護衛をしてる人でな、そのヒタルさんの報告から、タカヒロが使った解毒の術札が蜘蛛の毒に有効かもしれないってわかったんだ。それから俺たち、中央広場で一度ヘルメル殿下に会ってるんだ。それで俺とルイが似ているからもしかして知り合いじゃないかって連絡してきたんだよ。術札の心当たりはあるか……って」
「じゃあ、あの時の札があったからルイは助かったのか?」
「それだけじゃないらしいけど、少なくともなかったら二人とも死んでたって聞いてる」
寝ている間にそんなことになっているとは思っていなかった。死の感覚が一気に蘇り、孝宏は身を震わせた。
「襲われたときヒタルさんみたいな人がいて助かったよ。ヘルメル殿下の護衛の兵士って、噂じゃ選びに選び抜かれた、軍の中でもトップクラスの実力を持つ人達ばかりらしいぞ。実質最強部隊だって噂だ」
「すげぇな。まさか薄幸の王子だからとか?」
「らしいな。噂だけど、実戦経験が豊富なんだと」
冗談でいったのだが、思わず肯定されてしまった。
含み笑いのカウルの言う理由は頷けるものだが、それはどこまでが噂なのか分かったものではない。
巨大蜘蛛が出現する直前、通りで孝宏にぶつかった男、ナキイが主人と呼んだあの男が、おそらくはヘルメルだろう。
あのように逃げ回るのが護衛対象だと、護衛する方は気が抜けないし、トラブルに頻繁に巻き込まれるのでは腕を錆びつかせる暇もないはずだ。
しかし被害者としての印象からは、トラブルに巻き込まれているというよりは、トラブルを自ら引き起こしていると言われた方がしっくりくる。
「あの人ってそんなすごい人だったんだ。へぇ…………あっ……」
「どうした?」
「いや、あのヒタルさんに性別を勘違いされてたの思い出してさ。てか、俺いつまでこの格好でいなきゃいけないんだ。カウルはこの魔法を解除とかってできないのか?」
カウルが魔術が苦手なのはもちろん承知している。出来ないと言われるのが解っていて言ったのだ。カウルも孝宏を見て笑っている。
孝宏は遠慮がちに自身の胸を触った。そこには立派な膨らみが二つ。髪は長く赤い。
「確か、治療の妨げになったらいけないから、完全に回復するまでそのままにするって言ってたけど…………なぁ、それどうなってるんだ?」
意外にもにもカウルは興味津々だ。
孝宏が来ているのは前開きの病人服。腰の高い位置、胸の下あたりを幅広の紐で縛ってあり、より強調されている気になる。
横たわっていてもはっきり認識できるほどの膨らみが二つ。孝宏が寄せて上げれば膨らみはより存在感を増す。
「見るか?本物みたいだぞ」
孝宏が指で引っ掛けた前合わせの隙間からカウルが覗き込む。
「まじだな。すげぇ……触ってみてもいいか?」
「あぁ?いいのか?マリーに言うぞ」
「なんだよ。ケチ」
「ケチってお前なぁ…………それより早く元に戻りたい」
「似合ってるぞ」
「うっせ」
「そういえば……」
カウルは何かを思い出したのか、呟いて意味ありげに、にやりと笑った。
「ヒタルさんがかなりお前のことを気にしてたぞ。気にいられたんじゃないのか?」
「あの人が?」
ナキイに気気に入られる要素が思いつかない。親切なあの人のことだ。普通に考えれば助けた相手を心配しているだけだろう。
「んなまさか。女っぽく見えるってても、これだぞ」
孝宏は自分の顔を指差した。
「そうか?俺は悪くないと思ってるぞ」
いっそのことそのままでいれば良い。カウルはあっけらかんと笑って言った。
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