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夢に咲く花

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「数時間前、何者かに襲われました。どうも勇者の一人が標的だったようです。まさかとは思いますがね。そちらで心当たりがあったりは…………しませんよね?」


「襲われた!?誰に?あ、いえ。それよりも無事なの?」


「全員無事ですよ。勇者達の活躍でね。襲ってきた連中は、おそらく役所に引き渡したんだと思うんですけど、私は気を失ってして詳しくは知らないんです」


「わかった。こちらでも調べみる」


「お願いします。でも、本当に知らないんですよね?嘘じゃあないですよね?」


「すぐにばれるのに、嘘なんかつかないわよ。それに黙ってても向こうから来てくれるって言うのに、そんな危ない真似をするメリットがないじゃない。そっちこそ約束を違えないわよね?今更妙な情に流さ……」


「まさか、ありえません。約束通り、勇者二人は必ずそちらに引き渡します。その代わり……くれぐれも宜しくお願いします」


「言われなくても。貴重な人材を無駄にはしないわよ。じゃあ、気を付けなさいね」


 音もなく影が消えると、車の中は元通り静寂に包まれ、体のダルさがいっそう増した気がした。




 背後で寝ている孝宏に視線を戻すと、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 ただ毛布が肌蹴たままでは寒そうだと、カダンは自分が剥いだ毛布を掛け直した。


(よく寝ている。よかった)


 気を失う前の光景がしっかりと目に焼き付いている。

 大勢の男たちと対峙するカウルとマリー。自力では立てないのか、ルイに支えられる血まみれの孝宏。

 見知らぬ男たちに襲われ、高ぶっていた血が一瞬にして冷めた気がした。ただわけも解らず震える心のまま感情を爆発させ、気が付いたら無理やりに、制限されている力を使っていた。


(普段ならこんな無茶なこと、絶対にしたくないのに……どうしてだろうね)


 カダンはやや躊躇がちに孝宏の頬に手を伸ばした。掌で頬を包むように触れれば、直に感じる肌の温もりが心地よい。こんな風に触れたのは初めてかもしれない。


 罪深いことだとカダンは思った。

 自身の行動の意味を、まさか理解していないわけではない。自分が求めているものが、人肌などと単純でないと解っているがしかし、もしもそれだけで済むのならと、つい馬鹿なことを考えてしまう。


(どうしよう、駄目だよ……こんな、必ず後悔するのに)


 頬から掌を離しながら、それでも名残惜しくて親指の腹で肌を撫でると、孝宏が離れかけた掌に、自身の頬を摺り寄せてきた。


「あっ……う……」


 辛うじて声を上げずに済んだが、口を閉じるのも忘れ、カダンは手を離せずに身を強張らせた。

 このままではいけないと思いつつも、成り行きに委ねてしまう己の弱さが恨めしい。


(心臓が止まるかと思った)


 孝宏は一度、異国の言葉で何かを呟いたが、それもどうやらただ寝ぼけているだけのようだ。

 口元を緩ませほほ笑む仕草、良い夢でも見ているのだろう、今はまた規則的な寝息を立てる。

 まだ十五の寝顔はやはり幼さが残る。誰かに甘える夢でも見たのかと、カダンは冷笑を浮かべた。


「そうだ、彼は勇者、異世界の人間じゃないか。どちらにしろ、どうにもならな……い………ん?」


 カダンは強張った手を翻し、甲をそっと孝宏の首筋に、空いているもう片手を自身の首に当てた。
 さっきは気付かなかったが、孝宏の肌は熱を帯びている。よく見れば表情も心なしか苦しそうだ。


(熱?まさか怪我のため?でも……でも……)


 カダンは片手で両目を覆い、天井を仰いだ。


「この位、放っておいても問題ない」


 カダンの口から発せられたのは、酷く冷めた声だった。

 孝宏を見下ろすカダンに感情の色はなく、ただ瞳の奥で青い光が揺れている。


「これは勇者だ。ずっと……ずっと待ってた、勇者。他の誰でもない、私が利用すると決めていた」


 瞳に湛えた青はやがて溢れ、零れては胸に染みを残す。


「私はカウルとルイを守れればそれで良い。そのためには何だってする。昔約束した」


 口から零れる光が紡がれ糸となり、残酷にカダンを縛っていく。


「忘れてはいけない……罪だ……」


 誰に言うでもなく、自身に言い聞かせる言葉が、胸の深い所まで染み入る程、冷めた気持ちとは裏腹に胸が苦しく息が荒くなる。

 鼓動が壊れてしまいそうな程胸を強く打ち付けた。

 カダンは息と一緒に唾液を飲み込みゆっくり呼吸をしたが、落ち着くどころか、鼓動はますます早くなっていった。

 酷くイライラする。まるで鉛を飲み込んだようにズンと重く、酷く緊張して喉が渇き、訳も解らない焦燥感に苛まれる。


 孝宏の首筋に手の甲を当てたまま、見下ろすカダンは微動だにしない。


「彼は勇者だ。でも……」


 やがて手をゆっくりと滑らせ、指先で孝宏の唇をそっと撫でた。薄っすら開かれた唇から、漏れるわずかな吐息を感じると、カダンは自身の唇を舌で湿らせた。


(そう、彼は勇者だから。それまでは私が守らなくては……)


 カダンは指を這わせた孝宏の唇に、そっと自身の唇を重ねた。


「私たちはそれだけの関係で十分だ」













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