92 / 180
夢に咲く花
19
しおりを挟む
カダンと二人だけの車の中はやけに広く、ランプの明りは灯っているのにも関わらず薄暗く感じる。
寝返りをうった拍子に、首から下げていたペンダントが冷やりと胸の上を滑り落ちた。
孝宏はシャツの中からペンダントを取り出し、天井のランプにかざしてみたが、光るでも透けるでもなく、黒を主張するばかり。
(そういや、これは取らなかったな)
特別でない、ただの石のペンダント。あの男たちの目にも留まらなかった代物だ。
詫びと礼と言われたのだから、正直にいうとそれなりの物を期待していたが、拍子抜けしてしまった。
(携帯は直す以上のことしてもらったし、贅沢は言えないか)
壊れた携帯電話は元通りになったどころか、いくら時が経っても電池切れにもならず、開けば当たり前のようにディスプレイが表示される。
(これは本当にありがたい)
「うぅ……」
隣で寝ているカダンが夢の中、低く唸った。彼もまた、辛い夢の中にいるようだ。額には薄っすらと汗が浮かび、一筋の涙が頬を伝い床に小さなシミを作る。
「お…さん、助けて……お…さん……だれか……」
(ああ、まただ)
カダンの口から零れた言葉に孝宏は目を逸らし、彼に背を向け何も聞くまいと、頑なに耳を塞いだ。
カダンは夢にうなされている時、うわ言でよく彼らを呼んだ。
今も包まった薄い毛布を握り締め、苦悶の表情で彼らを必死に呼んでいる。
普段の彼からは想像もつかない、どこか幼さの残るあどけない寝顔に、静かな悲しみが浮かび、見ているだけで悲しみが伝染する。
目を閉じるのが怖い。もう眠れる気がしない。
(あぁ、これは嫌だな)
こんな時は決まって足元が崩れるような錯覚が襲い、いつも身を竦め固まってしまうのだ。
それは孝宏にとって、恐怖以外の何物でもなかった。
もっともこんな時ばかりでなくそれは、昼でも夜でも関係なく襲ってきた。
日が陰った時、明りのない部屋の中だったり、夜窓ガラス越しの見る外の風景だったり、ふと目を閉じた時に訪れる瞬間的な闇であったり。
それは着実に孝宏を支配していった。
「ああ、今日も眠れないのかもしれない」
孝宏は諦めがちに零した。
後一時もすれば夜空に明りが指そうかという時分、カダンは体を振るわして飛び起きた。夢の続きか否か、心がざわついていて体が異様に重くだるい。
車の木枠に張った幌の向こうで、ぼんやりとオレンジ色の明りが灯る。声は聞こえてこない。
たき火がパチパチと弾け、風が木々を揺らすばかりの静かな夜。
車内はカランとしており、カダンと孝宏の二人っきり。妙に居心地が悪く、落ち着かない。
ふと、横で寝ている孝宏が血まみれの姿と重なり、カダンは焦って手を伸ばした。
肩までかけてある毛布をめくり、記憶にある傷の部分を確かめると、そこには包帯が巻かれてあった。手当はしたが、やはり治癒魔法は効かなかったのだろう。
カダンは掌を孝宏の口元にかざした。生暖かい息が掌にあたる。
(息はある)
次に緊張する指先で、軽く孝宏の頬に触れる。
(暖かい……生きてる)
それまでしてカダンはようやく胸を撫で下ろした。
カダンは車を揺らさないよう静かに移動し、外の様子を伺った。
毛布に包まって寝ている塊が二つと、パチパチ音を立て燃える焚火の前で、座ったまま眠りこけるカウル。
外は至って静かだった。
他には誰もおらず、今起きているのはカダン一人だけ。不用心と思いつつも、カダンにとっては寧ろ幸いだった。
車の幕をしっかりと閉じると、床に書かれた術式を指でなぞり、きわめて小さな声で呟いた。
「魔力補給用の陣…………これがあるならいけるかもしれない」
カダンは幌の内側に指で文字をなぞり始め、同時に小声で口にしたのは術式だった。息が上がり、術式を紡ぐ声が途切れながらも、それでもカダンは最後の一文字まで書き綴った。
「紡いだ糸を繋げ。先は王立魔術研究所、所長ア・タツマ」
そう言った数秒の後、幌に灰色の影が映るのだが、不鮮明で形すら上手く留めていない。
ただ今の状態ではこれすらも上出来と言える。声だけでも鮮明に聞こえるのが幸いだ。
「こんな時間になぁに?まだ夜も明けていないじゃない」
幌に映る灰色の影はゆっくりと頭を振って、表情が写らなくとも不機嫌でいるのは見て取れる。
とはいえ、皆の前で連絡を取るわけにもいかず、他が全員寝ている今しか連絡を取れる機会はない。先方の都合を伺っている場合ではないのだ。
「すみません。でもどうしても確認したいことがあったので」
不鮮明な映像ではこちらも影でしか映っていないだろうが、カダンはあえて表情を付けた。声は潜めたもののトーンをいつもより高く、肩をちょっと竦める。少なくとも謝る態度ではない。
「今じゃなきゃダメなの?何よ、確認したいことって」
相手はカダンに合わせて、声を潜めて言った。
寝返りをうった拍子に、首から下げていたペンダントが冷やりと胸の上を滑り落ちた。
孝宏はシャツの中からペンダントを取り出し、天井のランプにかざしてみたが、光るでも透けるでもなく、黒を主張するばかり。
(そういや、これは取らなかったな)
特別でない、ただの石のペンダント。あの男たちの目にも留まらなかった代物だ。
詫びと礼と言われたのだから、正直にいうとそれなりの物を期待していたが、拍子抜けしてしまった。
(携帯は直す以上のことしてもらったし、贅沢は言えないか)
壊れた携帯電話は元通りになったどころか、いくら時が経っても電池切れにもならず、開けば当たり前のようにディスプレイが表示される。
(これは本当にありがたい)
「うぅ……」
隣で寝ているカダンが夢の中、低く唸った。彼もまた、辛い夢の中にいるようだ。額には薄っすらと汗が浮かび、一筋の涙が頬を伝い床に小さなシミを作る。
「お…さん、助けて……お…さん……だれか……」
(ああ、まただ)
カダンの口から零れた言葉に孝宏は目を逸らし、彼に背を向け何も聞くまいと、頑なに耳を塞いだ。
カダンは夢にうなされている時、うわ言でよく彼らを呼んだ。
今も包まった薄い毛布を握り締め、苦悶の表情で彼らを必死に呼んでいる。
普段の彼からは想像もつかない、どこか幼さの残るあどけない寝顔に、静かな悲しみが浮かび、見ているだけで悲しみが伝染する。
目を閉じるのが怖い。もう眠れる気がしない。
(あぁ、これは嫌だな)
こんな時は決まって足元が崩れるような錯覚が襲い、いつも身を竦め固まってしまうのだ。
それは孝宏にとって、恐怖以外の何物でもなかった。
もっともこんな時ばかりでなくそれは、昼でも夜でも関係なく襲ってきた。
日が陰った時、明りのない部屋の中だったり、夜窓ガラス越しの見る外の風景だったり、ふと目を閉じた時に訪れる瞬間的な闇であったり。
それは着実に孝宏を支配していった。
「ああ、今日も眠れないのかもしれない」
孝宏は諦めがちに零した。
後一時もすれば夜空に明りが指そうかという時分、カダンは体を振るわして飛び起きた。夢の続きか否か、心がざわついていて体が異様に重くだるい。
車の木枠に張った幌の向こうで、ぼんやりとオレンジ色の明りが灯る。声は聞こえてこない。
たき火がパチパチと弾け、風が木々を揺らすばかりの静かな夜。
車内はカランとしており、カダンと孝宏の二人っきり。妙に居心地が悪く、落ち着かない。
ふと、横で寝ている孝宏が血まみれの姿と重なり、カダンは焦って手を伸ばした。
肩までかけてある毛布をめくり、記憶にある傷の部分を確かめると、そこには包帯が巻かれてあった。手当はしたが、やはり治癒魔法は効かなかったのだろう。
カダンは掌を孝宏の口元にかざした。生暖かい息が掌にあたる。
(息はある)
次に緊張する指先で、軽く孝宏の頬に触れる。
(暖かい……生きてる)
それまでしてカダンはようやく胸を撫で下ろした。
カダンは車を揺らさないよう静かに移動し、外の様子を伺った。
毛布に包まって寝ている塊が二つと、パチパチ音を立て燃える焚火の前で、座ったまま眠りこけるカウル。
外は至って静かだった。
他には誰もおらず、今起きているのはカダン一人だけ。不用心と思いつつも、カダンにとっては寧ろ幸いだった。
車の幕をしっかりと閉じると、床に書かれた術式を指でなぞり、きわめて小さな声で呟いた。
「魔力補給用の陣…………これがあるならいけるかもしれない」
カダンは幌の内側に指で文字をなぞり始め、同時に小声で口にしたのは術式だった。息が上がり、術式を紡ぐ声が途切れながらも、それでもカダンは最後の一文字まで書き綴った。
「紡いだ糸を繋げ。先は王立魔術研究所、所長ア・タツマ」
そう言った数秒の後、幌に灰色の影が映るのだが、不鮮明で形すら上手く留めていない。
ただ今の状態ではこれすらも上出来と言える。声だけでも鮮明に聞こえるのが幸いだ。
「こんな時間になぁに?まだ夜も明けていないじゃない」
幌に映る灰色の影はゆっくりと頭を振って、表情が写らなくとも不機嫌でいるのは見て取れる。
とはいえ、皆の前で連絡を取るわけにもいかず、他が全員寝ている今しか連絡を取れる機会はない。先方の都合を伺っている場合ではないのだ。
「すみません。でもどうしても確認したいことがあったので」
不鮮明な映像ではこちらも影でしか映っていないだろうが、カダンはあえて表情を付けた。声は潜めたもののトーンをいつもより高く、肩をちょっと竦める。少なくとも謝る態度ではない。
「今じゃなきゃダメなの?何よ、確認したいことって」
相手はカダンに合わせて、声を潜めて言った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる