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夢に咲く花
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カダンと二人だけの車の中はやけに広く、ランプの明りは灯っているのにも関わらず薄暗く感じる。
寝返りをうった拍子に、首から下げていたペンダントが冷やりと胸の上を滑り落ちた。
孝宏はシャツの中からペンダントを取り出し、天井のランプにかざしてみたが、光るでも透けるでもなく、黒を主張するばかり。
(そういや、これは取らなかったな)
特別でない、ただの石のペンダント。あの男たちの目にも留まらなかった代物だ。
詫びと礼と言われたのだから、正直にいうとそれなりの物を期待していたが、拍子抜けしてしまった。
(携帯は直す以上のことしてもらったし、贅沢は言えないか)
壊れた携帯電話は元通りになったどころか、いくら時が経っても電池切れにもならず、開けば当たり前のようにディスプレイが表示される。
(これは本当にありがたい)
「うぅ……」
隣で寝ているカダンが夢の中、低く唸った。彼もまた、辛い夢の中にいるようだ。額には薄っすらと汗が浮かび、一筋の涙が頬を伝い床に小さなシミを作る。
「お…さん、助けて……お…さん……だれか……」
(ああ、まただ)
カダンの口から零れた言葉に孝宏は目を逸らし、彼に背を向け何も聞くまいと、頑なに耳を塞いだ。
カダンは夢にうなされている時、うわ言でよく彼らを呼んだ。
今も包まった薄い毛布を握り締め、苦悶の表情で彼らを必死に呼んでいる。
普段の彼からは想像もつかない、どこか幼さの残るあどけない寝顔に、静かな悲しみが浮かび、見ているだけで悲しみが伝染する。
目を閉じるのが怖い。もう眠れる気がしない。
(あぁ、これは嫌だな)
こんな時は決まって足元が崩れるような錯覚が襲い、いつも身を竦め固まってしまうのだ。
それは孝宏にとって、恐怖以外の何物でもなかった。
もっともこんな時ばかりでなくそれは、昼でも夜でも関係なく襲ってきた。
日が陰った時、明りのない部屋の中だったり、夜窓ガラス越しの見る外の風景だったり、ふと目を閉じた時に訪れる瞬間的な闇であったり。
それは着実に孝宏を支配していった。
「ああ、今日も眠れないのかもしれない」
孝宏は諦めがちに零した。
後一時もすれば夜空に明りが指そうかという時分、カダンは体を振るわして飛び起きた。夢の続きか否か、心がざわついていて体が異様に重くだるい。
車の木枠に張った幌の向こうで、ぼんやりとオレンジ色の明りが灯る。声は聞こえてこない。
たき火がパチパチと弾け、風が木々を揺らすばかりの静かな夜。
車内はカランとしており、カダンと孝宏の二人っきり。妙に居心地が悪く、落ち着かない。
ふと、横で寝ている孝宏が血まみれの姿と重なり、カダンは焦って手を伸ばした。
肩までかけてある毛布をめくり、記憶にある傷の部分を確かめると、そこには包帯が巻かれてあった。手当はしたが、やはり治癒魔法は効かなかったのだろう。
カダンは掌を孝宏の口元にかざした。生暖かい息が掌にあたる。
(息はある)
次に緊張する指先で、軽く孝宏の頬に触れる。
(暖かい……生きてる)
それまでしてカダンはようやく胸を撫で下ろした。
カダンは車を揺らさないよう静かに移動し、外の様子を伺った。
毛布に包まって寝ている塊が二つと、パチパチ音を立て燃える焚火の前で、座ったまま眠りこけるカウル。
外は至って静かだった。
他には誰もおらず、今起きているのはカダン一人だけ。不用心と思いつつも、カダンにとっては寧ろ幸いだった。
車の幕をしっかりと閉じると、床に書かれた術式を指でなぞり、きわめて小さな声で呟いた。
「魔力補給用の陣…………これがあるならいけるかもしれない」
カダンは幌の内側に指で文字をなぞり始め、同時に小声で口にしたのは術式だった。息が上がり、術式を紡ぐ声が途切れながらも、それでもカダンは最後の一文字まで書き綴った。
「紡いだ糸を繋げ。先は王立魔術研究所、所長ア・タツマ」
そう言った数秒の後、幌に灰色の影が映るのだが、不鮮明で形すら上手く留めていない。
ただ今の状態ではこれすらも上出来と言える。声だけでも鮮明に聞こえるのが幸いだ。
「こんな時間になぁに?まだ夜も明けていないじゃない」
幌に映る灰色の影はゆっくりと頭を振って、表情が写らなくとも不機嫌でいるのは見て取れる。
とはいえ、皆の前で連絡を取るわけにもいかず、他が全員寝ている今しか連絡を取れる機会はない。先方の都合を伺っている場合ではないのだ。
「すみません。でもどうしても確認したいことがあったので」
不鮮明な映像ではこちらも影でしか映っていないだろうが、カダンはあえて表情を付けた。声は潜めたもののトーンをいつもより高く、肩をちょっと竦める。少なくとも謝る態度ではない。
「今じゃなきゃダメなの?何よ、確認したいことって」
相手はカダンに合わせて、声を潜めて言った。
寝返りをうった拍子に、首から下げていたペンダントが冷やりと胸の上を滑り落ちた。
孝宏はシャツの中からペンダントを取り出し、天井のランプにかざしてみたが、光るでも透けるでもなく、黒を主張するばかり。
(そういや、これは取らなかったな)
特別でない、ただの石のペンダント。あの男たちの目にも留まらなかった代物だ。
詫びと礼と言われたのだから、正直にいうとそれなりの物を期待していたが、拍子抜けしてしまった。
(携帯は直す以上のことしてもらったし、贅沢は言えないか)
壊れた携帯電話は元通りになったどころか、いくら時が経っても電池切れにもならず、開けば当たり前のようにディスプレイが表示される。
(これは本当にありがたい)
「うぅ……」
隣で寝ているカダンが夢の中、低く唸った。彼もまた、辛い夢の中にいるようだ。額には薄っすらと汗が浮かび、一筋の涙が頬を伝い床に小さなシミを作る。
「お…さん、助けて……お…さん……だれか……」
(ああ、まただ)
カダンの口から零れた言葉に孝宏は目を逸らし、彼に背を向け何も聞くまいと、頑なに耳を塞いだ。
カダンは夢にうなされている時、うわ言でよく彼らを呼んだ。
今も包まった薄い毛布を握り締め、苦悶の表情で彼らを必死に呼んでいる。
普段の彼からは想像もつかない、どこか幼さの残るあどけない寝顔に、静かな悲しみが浮かび、見ているだけで悲しみが伝染する。
目を閉じるのが怖い。もう眠れる気がしない。
(あぁ、これは嫌だな)
こんな時は決まって足元が崩れるような錯覚が襲い、いつも身を竦め固まってしまうのだ。
それは孝宏にとって、恐怖以外の何物でもなかった。
もっともこんな時ばかりでなくそれは、昼でも夜でも関係なく襲ってきた。
日が陰った時、明りのない部屋の中だったり、夜窓ガラス越しの見る外の風景だったり、ふと目を閉じた時に訪れる瞬間的な闇であったり。
それは着実に孝宏を支配していった。
「ああ、今日も眠れないのかもしれない」
孝宏は諦めがちに零した。
後一時もすれば夜空に明りが指そうかという時分、カダンは体を振るわして飛び起きた。夢の続きか否か、心がざわついていて体が異様に重くだるい。
車の木枠に張った幌の向こうで、ぼんやりとオレンジ色の明りが灯る。声は聞こえてこない。
たき火がパチパチと弾け、風が木々を揺らすばかりの静かな夜。
車内はカランとしており、カダンと孝宏の二人っきり。妙に居心地が悪く、落ち着かない。
ふと、横で寝ている孝宏が血まみれの姿と重なり、カダンは焦って手を伸ばした。
肩までかけてある毛布をめくり、記憶にある傷の部分を確かめると、そこには包帯が巻かれてあった。手当はしたが、やはり治癒魔法は効かなかったのだろう。
カダンは掌を孝宏の口元にかざした。生暖かい息が掌にあたる。
(息はある)
次に緊張する指先で、軽く孝宏の頬に触れる。
(暖かい……生きてる)
それまでしてカダンはようやく胸を撫で下ろした。
カダンは車を揺らさないよう静かに移動し、外の様子を伺った。
毛布に包まって寝ている塊が二つと、パチパチ音を立て燃える焚火の前で、座ったまま眠りこけるカウル。
外は至って静かだった。
他には誰もおらず、今起きているのはカダン一人だけ。不用心と思いつつも、カダンにとっては寧ろ幸いだった。
車の幕をしっかりと閉じると、床に書かれた術式を指でなぞり、きわめて小さな声で呟いた。
「魔力補給用の陣…………これがあるならいけるかもしれない」
カダンは幌の内側に指で文字をなぞり始め、同時に小声で口にしたのは術式だった。息が上がり、術式を紡ぐ声が途切れながらも、それでもカダンは最後の一文字まで書き綴った。
「紡いだ糸を繋げ。先は王立魔術研究所、所長ア・タツマ」
そう言った数秒の後、幌に灰色の影が映るのだが、不鮮明で形すら上手く留めていない。
ただ今の状態ではこれすらも上出来と言える。声だけでも鮮明に聞こえるのが幸いだ。
「こんな時間になぁに?まだ夜も明けていないじゃない」
幌に映る灰色の影はゆっくりと頭を振って、表情が写らなくとも不機嫌でいるのは見て取れる。
とはいえ、皆の前で連絡を取るわけにもいかず、他が全員寝ている今しか連絡を取れる機会はない。先方の都合を伺っている場合ではないのだ。
「すみません。でもどうしても確認したいことがあったので」
不鮮明な映像ではこちらも影でしか映っていないだろうが、カダンはあえて表情を付けた。声は潜めたもののトーンをいつもより高く、肩をちょっと竦める。少なくとも謝る態度ではない。
「今じゃなきゃダメなの?何よ、確認したいことって」
相手はカダンに合わせて、声を潜めて言った。
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