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夢に咲く花

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 悪夢のような出来事から一晩開けた朝、孝宏はいつになく爽快な気分で、空に太陽が昇る直前、薄暗い車の中で目を覚ました。

 夜はあれほど気分が悪かったのにも関わらず、今は昨晩が嘘のようにすがすがしい。

 どうしたことか、傷口を触っても押してもまったく痛まず、昨晩からは考えられない程だ。

 試しに包帯を取ると、数時間前に刃物を受けたとは思えない程、指が柔らかな肌の上を滑って行く。傷が塞がるどころか、後すら残っていない。

 異世界に来てから、人より怪我の回復が早いとは思っていたが、たった一晩ですっかり治るのは初めての経験だ。



 孝宏は防寒用に上着を羽織ると、隣で寝ているカダンを起こさないよう静かに車を降りた。

 車の脇で牛が二頭、身を寄せ合って寝ている。
 長めの体毛に隠された彼らの肉体は、孝宏の記憶する牛とは違い筋肉が引き締まり、のんびりと丸々としたイメージなど皆無に近い。

 百戦錬磨の戦士のような荒々しい様相の彼らは、カウルでなければ扱うのは難しいのもなっとくだ。それでも筋肉隆々としている体を、こじんまりと丸める姿は、いつものふてぶてしさも薄らぎ、少しは可愛らしくもある。


 孝宏は夜明けの空気を肺一杯に吸い込んだ。突き刺すような朝の冷たい空気が、全身の細胞を一つ一つ研ぎ澄ませていく。

 空を見上げれば西の空が赤く色づき始め、太陽が今にも顔を出さんとしている。時期に一番鳥も鳴きはじめるかもしれない。孝宏は目を閉じて、森の声に耳を傾けた。


「はああああああ!?腕の骨を折ったぁあああ!?」


 西の空に放射状に伸びる金色の光と共に朝日が昇り始め、一番に森に響き渡ったのは、一番鳥のけたたましい鳴き声でなはく、それにも負けないルイの怒鳴り声だった。

 なぜ、どうしてと、怒鳴り散らす声に困惑の色を隠せず、彼は明らかに戸惑っている。

 突然の大声に牛たちも驚き、ビクッと体を振るわせ立ち上がると、頻りに耳をパタパタとはためかせ、尻尾を落ち着きなく揺らす。

 何事かも解らず、孝宏は恐る恐る車を挟んだ反対側に回り込むと、すでにカウル、ルイ、マリーの三人ともが起きており、今にも火が消えそうな焚火を囲って向かい合っていた。
 ルイはカウルの傍にしゃがみ込み、カウルの左腕に両手を当てているのだが、その腕には添え木と包帯が巻かれている。

 見覚えのある個所に、孝宏は不安を覚えた。


(あの腕って、昨日俺が掴んだ腕じゃぁ……)


 さほど時間をかけず手当が終わったのか、ルイが立ち上がりマリーに厳しい視線を向けると、マリーはまるでヘビに睨まれたカエルのように身を竦め、視線を地面に落とした。


「自分が何をしたか解ってんの?」


「でも……」


「でもじゃない!式を覚えれば良いってもんじゃない、そう言っただろう!?それをどうしてこんなことするのさ!」


 腕を組み、目を吊り上げて怒鳴るルイの足元で、マリーが車を背に座り小さく項垂れる。それでも何かを言いかけるのだが、ルイは少しの反論も許さず、孝宏としても声を掛けられる雰囲気ではない。

 声を掛けるタイミングを逃し、どうしたものかと立ち尽くす孝宏に、カウルが気が付いた。

 カウルは視線を投げかけると、怪我をしていない右手を上げた。邪魔にならないよう近寄ると、複雑に揺れる視線とぶつかる。


「どうしたんだよ、これ。もしかして昨日の火傷が原因?」


 孝宏が尋ねると、カウルはやや間を置いて、唸るように少しだけと言った。


 カウルの話を要約すると、マリーが治癒魔術で火傷を治そうとしたが失敗し、治るどころか腕の骨が折れてしまったらしい。

 マリーとしては善意のつもりだったろうが、完全に裏目に出てしまった。

 それが孝宏の目が覚める数分前の出来事で、慌ててルイを起こしたが、寝起きということもあってか、勝手な真似をしたマリーへの怒りに火が付いたようだ。


「そもそも、勝手に魔法を使う許可は出していない!対人魔法は危険だから使うなってあれほど言ったのに、どうしてそれを無視するのさ!その結果火傷はどうなった!?マリーには解らない思うけど、骨は砕けてたんだよ!?あれじゃぁ完全に治るまで時間がかかる!それとも何?まさか治癒魔法が簡単に成功するとでも思った?まだ魔法に噛り付いたばかりで?はっ!その程度の腕で自惚れるなよ。魔法はそんなに単純なものじゃない。未熟な腕で行えば、失敗した時の代償はとても大きい。特に治癒魔法は命に係わる場合だってある!人を治すより、殺す方がずっと簡単なんだからな!」

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