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冬に咲く花

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 アベル様というのは、孝宏のみぞおちに痣を残した、あの女魔術師のことであった。

 昨晩のような不敵な笑みはなく、現場で支持を出し作戦の準備を進めている彼女は、まるで別人のようだ。


「君が生きていてくれて良かったわ。あなたがいてくれないと、この作戦は実行不可能だもの」


「俺は何をすれば良いんですか?」


「凶鳥の兆しの力を、提供してくれれば良い。死にはしないわ。あなたはただ火種を提供してくれれば良いの。こちらがそれを利用し、操るから」


「そんなことできるんですか?」


 昨晩は不可解な箇所も多いと言っていたのにも関わらず、アベルが出来ると確信を持っていることに、孝宏は単純に驚いた。

 アベルは昨晩と同じく、不敵な笑みを浮かべて言った。


「もちろんよ。このエンブレムは伊達じゃないのよ。人員はぎりぎりだけど、何とかして見せるわ」



 村を突っ切ってなだれ込んでくる巨大蟻たちを兆しの火で囲ってしまおうというのだ。

 魔術で操る石のバリケードで村を囲み、凶鳥の兆しと兵士や魔術師たちの武器をリンクさせる。そうすれば彼らが鳥の火を操れると、アベルは言う。


「昨日のうちに情報を得ていて正解だったわ。あなた、あれをまじかで見たんでしょう?何か特徴とかってなかった?」


「あいつらは、すごく固い体をしていて、短剣じゃ全然ダメで、ルイの火の魔法もまったく聞かなかった。後は…石でも簡単に砕きます。低空だけど跳躍してきて………関節は丸いの覆われました。………あ!あと、羽を焼いたら、背中に穴が開くので………」


「十分だわ。ありがとう。今の情報を皆に回してちょうだい!やつ等の弱点は羽よ。焼き切ってそこから魔法でも、何でも叩き込みなさい!それから壁は石より固い素材に変更よ!」


 テントから十分に距離を取った場所。

 村を見渡せる位置に、大きな魔法陣とが用意されており、孝宏はその中央に立った。

 難しい仕組みは孝宏には理解できなかったが、この中に立っていれば先ほどのリンクと、さらには最低限の魔力の補給が可能らしい。


「これの中の火が消えないようにして欲しいの。それだけで十分よ。出来るわね?」


 孝宏に渡されのは二つのランプ。そのうちの一つでも付いていればそれで良い。

 孝宏は足元に二個並べて置いた。


 二つのランプに火が灯ると、作戦開始の笛が鳴った。






 概ね作戦は順調だった。

 戦闘のエキスパートたちは、鳥の火を上手に使い、次々と巨大アリを仕留めていく。


 そうやって時間を稼いでいる内に、巨大アリ達を閉じ込める準備が着々と進んでいった。


 マリーとカウル、カダンの三人は、巨大蟻から孝宏を守った。

 巨大蟻が孝宏目掛けて飛びかかって来たのを、狼姿のカダンが立ちはだかって止めた。

 するとカウルが押え、マリーが真っ二つに切り裂いた。


 彼女の刃は、どの兵士の物より特別だ。

 勇ましく、勇猛果敢で、とても美しく、紅白の二匹の獣を従え剣をふるう姿は、まさに女神と呼ぶに相応しく思えた。



 孝宏の前に、二つに裂かれた黒い物体が増えていく。


 孝宏は守られているだけの状況を、内心歯がゆく思っていた。

 それでもその場に踏みとどまったのは、自分の責任の大きさを痛感していたからだ。


 いつだったかカダンに言われた通り、何の自覚も覚悟もなかった。

 すでに非常識の中にいるのに、どうしてその中で、自分の日常が続くと思っていたのだろうか。

 そんな甘えが今だ。

 きっと誰も悪くないし、誰のせいでもないのかもしれない。


 でもだからこそ、今できることを。今の精一杯でやると決めた。


 だけど自分に出来ることはあまりにも少ない。

 少なくすぎて選択肢はほとんどないに等しい。

 だから、ただの自己満足で終わるのかもしれない。

 結局は、彼らの幸福を祈ることしかできないのかもしれない。


 それでも絶望の中の小さな幸せは、大きな希望になると信じている。



「この火は絶対に消せない……消さない!」


 二つのランプの火はいっそう強く燃え上がった。


 カダンの遠吠えが空気を震わせ、呼応して、カウルも高らかに吠えた。

 目の前で繰り広げられる光景を、自分の目の前に立ちはだかる三人の背中を、孝宏はしっかりと目に焼き付けた。


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