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冬に咲く花

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「第二層壁成形化完了しました!」


「よし!では第二層壁外部へ総員退避!魔術特科部隊は第一層壁上部より援護せよ!」


「十時の方向より対象出現!第三層壁内部をテントに接近中です!」


「特務隊一班は接近中の対象を迎撃!二班から四班はこのまま待機、迎撃態勢を維持!他にも壁の外にあぶれた奴はいるぞ!決して村人に近づけさせるな!」


 魔術師たちの、壁の上から息つく間もなく浴びせられる攻撃が、化け物らを壁から剥がし離していく。


 退避の号令がかかり、ある者は壁に立てかけた剣を頼りに、またある者は仲間と連携し、兵士たちは次々と壁を登っていった。


 始めに化け物が現れてから、僅か三十分足らず。

 村を囲う壁は三層にもなり、作戦は順調に進んでいると言える。


 そんな中壁の一番内側、孝宏は魔法陣の中で、じっと恐怖に耐えてた。

 背後にそびえる壁は三メートルはあろうか。


 自力では登れそうにない。孝宏は生唾を飲み込んだ。


「タカヒロ危ない!」


 壁に気を取られている間に、真っ黒い化け物が、今にも孝宏に襲い掛かろうとしていた。

 太い後ろ二本足で立ち上がり、自身の体ごと孝宏を潰さんとしている。

 真っ先に気が付いたマリーが、剣を振りかざし切りかかるが、最早彼女の刃に勢いはない。

 巨大蟻は身をよじり、さらりと交わすと、六本の足でしっかり地面を捕らえ、素早く向きを変えた。


―――kachikachikachi―――


 巨大蟻は激しく顎を打ち鳴らし、今度はマリーに向き合った。

 頻りに触角と破れた翅を震わせている。

 巨大蟻とマリーとの距離は、二メートルと開いていない。化け物が身を屈め、一番太い後ろ足が一層膨れ上がるのを見て、マリーは剣を握り直したが、肩が大きく上下し息が荒い。

 巨大蟻が後ろ足で地面を蹴り、勢いをつけ頭から突っ込んできた。

 大きく開いた顎から、牙が覗き迫ってくる。


 マリーは身を屈め、かろうじで一撃をかわしたものの、巨大蟻はマリーに覆いかぶさり、自らの頭で彼女が手に持つ剣を弾き飛ばした。


 そこへ真紅の獣が唸りを上げ、大きく裂けた口で、マリーに覆いかぶさる巨大蟻の、細く括れた胴の部分を咥えると、引き剥がし、壁とは反対方向に投げ飛ばした。


 同時に真横から別の化け物が飛びかかってくるのを、魔術師が弾き飛ばすと、《早く上がれ》と叫んだ。


 上がれと言われ、マリーは反射的に孝宏を見た。

 汗か巨大蟻の体液なのか、全身をびっしょりと濡らし、辛そうに息を荒くしているくせに、瞳にはギラリと光が宿る。

 まだやれる。マリーはそう言いたかったのかもしれない。

 しかし剣を握る手は震え、まともに扱えていないのは、誰が見ても明らかだ。


「早くしろ!奴らに喰われたいのか!」


 マリーは立ち上がり壁に向かって走り出した。

 壁を背に待機していた兵士が腕を下ろし、空に向けて組んでいる掌に、マリーは助走の勢いのまま、片足を掛け駆け上がる。

 同時に伸ばした右手を、壁の上から引き上げられると、そのまま壁の向こうへと落ちて行った。


「お前たちも早く上がるんだ!」


 壁の上からの命令に反して、純白の獣と真紅の獣、カダンとカウルが孝宏を守るように左右から挟み込んだ。

 壁内に残る幾人かの兵士たちが、その前に並び立つと、燃え盛る得物を構えた。


「先に坊主を引き上げないか!坊主がやられたら終わりだぞ!」


 兵士の中でもひと際大きな男が、吠えんばかりに怒鳴った。


 今やっている、上から声がする。


 孝宏は足元の二個のランプを抱きかかえた。


「坊主!今からお前を引き上げる。力を抜いて大人しく身を委ねてろ!」


 言われすぐ、孝宏の体がフワリと浮いた。

 足元を支える地面がなくなり、孝宏はバランスを崩して前に倒れそうになるのを、慌てて重心を後ろにずらした。

 すると今度は勢いのあまり、頭が振り子のように弧を描く。

 孝宏はランプだけは割らせまいと、身を縮こませ、腕に一層力を込めた。


「こら!暴れるな!落とさないから、力を抜いていろ!」


「ご、ごめんなさい。でも……バランスとるのが難しくて……」


「バランスなんぞ気にしてるな!頭が上でも下でも良いから、じっとしてろ!」


 言うのは簡単でも実際には難しく、孝宏はできるだけじっとしながらも、体の力を抜けずにいた。体の震えが止まらない。


 丸まった背中を下に、腹にランプを乗せた状態で振り子のように揺れながら、孝宏はゆっくりと上がっていく。


 その間も地上では兵士たちが、孝宏に化け物を近づけさせまいと、奮闘している。


「早く坊主を!」


「早く!」


「早く上げろ!」


 孝宏はぎゅっと目をきつく瞑った。

 守られているだけという安堵感と罪悪感が、自身の中でせめぎ合う。


 自分はなんて卑しいのだろう。


 ゆっくり、ゆっくりと上がっていく。

 もうどれだけ上がっただろう。壁の終わりはまだだろうか。


 体が振り子のように揺れる度、わずかにでも下へ振れる度、孝宏は体を強張らせ、二つのランプを抱える腕に力を込めた。



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