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冬に咲く花
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しおりを挟むルイは人型に戻っていた。苦し気に息を繰り返す彼は、服こそ着ていたが、青いコートを身に着けていなかった。
コートだけは変体用ではなかったため、裂けてしまっていたのだ。
ルイが血が流れ落ちる孝宏の掌に、視線をやった。
「いつもこんなことを……いや、今は逃げる方が先だ」
ルイは破けたコートの一部を、自身の赤くただれた手で、孝宏の左手に巻いた。
「僕の背中に乗って。急いだ方が良さそうだ」
「そんな体で?」
ルイは無視して残りのコートを孝宏に預けると、再び狼の姿に変体した。
「ちょっと待って、あれは置いていけない!」
孝宏は拾った物を詰めた袋を慌てて拾い、受け取ったコートをそれに詰めた。
それから、ズボンのベルトに通して口を固く縛ろうとした。
―kachikachikachikachi―
「嘘だろ?」
耳の良いルイにはすでにこの音が聞こえていたのだ。
―kachikachi―
―kachikachikachikachikachi―
音はあっという間に増えていた。
孝宏があっけに取られた一瞬に、業を煮やしたルイが、強引に口に銜えて奪い取り、身を屈めて孝宏を急がす。
孝宏が背中に乗ると、ルイはすぐさま駆けだした。
孝宏はしがみ付いた背中の上から後ろを振り返った。
一匹や二匹ではない。
無数の巨大蟻が羽を振るわせ迫って来ている。
低空で跳躍し迫るアリや、中には立ち上がり、二本足で歩くものもいる。
火傷が痛むのか、ルイの足どりは重い。それでも孝宏が走るよりは早いのだ。
ルイも懸命に走るが、迫りくる漆黒との差が徐々に狭まっていった。ルイの息は荒く、苦しそうに唸る。
「ルイ……ルイ……」
孝宏にはルイに振り落とされないよう、しがみ付くしかできなかった。
教会がはっきりと見えてきた辺りで、待ち構える一団を見つけた。
黒いローブに胸に金地のエンブレム。統一性のない様々な杖を構える彼らは、宮廷魔導士たちだ。
「放てええええ!」
号令を合図に、孝宏たちの両脇を風が一気に駆け抜け、次の瞬間、大地を揺らし空気が震えた。
「すごい!やった!」
地面を爆破した爆風が、巨大アリ達後方へと押し戻していく。絶え間なく起こる爆発は、完全に彼らの侵攻を押し留めていた。
ルイは最後の力で人の垣根を飛び越えたが、着地の余力は残っておらず、そのままの勢いで二人は地面に激突した。
孝宏はルイがクッションになりかすり傷程度の怪我で済んだ。
間髪入れずに起き上がると、ルイに駆け寄った。
「ルイ!……ルイ!おい、ルイ!」
孝宏がルイを呼んでも反応はない。
人型に戻った彼の両腕は腫れあがり、手は自身の血で真っ赤に染まっていた。
胸元から頬にかけてひどく爛れ、皮が捲れがっている。
ここまで無理をして走ってきたのだ。吐く息は荒く、顔を苦しげに歪む。
すぐさま駆け付けた救護班が担架でルイを運んで行った。そして、その場に残った兵士が孝宏に言った。
「君がタカヒロだね。緊急事態に付き、協力してほしい。アベル様の所まで案内する」
そうだ、今は後悔している場合ではない。
――誰もが自分のできる事を、できる範囲でするのよ――
「俺にできる事なら、何だって協力します!」
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