超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

文字の大きさ
上 下
62 / 180
冬に咲く花

59

しおりを挟む
 真っ先に反応したのはルイだった。


「緊急事態を知らせる合図だ」


 それを聞いて、孝宏は例の記憶を思い出した。


「まさか……だってあれは27日で今日はまだ…………」


「今日は24日だけど、それが何?」


「それは……それは……ば、馬鹿な!早すぎる! って言ってみたりして………ははっは、は……」


 芝居がかった口調に、ルイが呆れて小さく舌打ちをする。


――kachikaci――



「ふざけてないで、早く皆の所に戻ろう!ここも危ないかもしれない!」



――kachikachikachikachi――

――kachikaci――



「……何の音だ?」


 二人からさほど遠くない、近くから聞こえた。


 周囲を見渡せば、崩れた建物の向こう側、薄く半透明の羽が二枚つき出している。

 羽が震え、その度に不気味な音が聞こえてきた。


「タカヒロは下がってて」


 すかさずルイが孝宏の前に立ち、自分の短剣を引き抜き構えた。


 羽が建物の下に隠れたかと思うと、とうとうそいつは姿を現した。

 三つに分かれた、体を覆う漆黒の甲羅。顔を半分を占める巨大な目に、蛾のような二本の触覚。

 胸部分に四本、腹部分に二本、合計六本の足。前四本に比べると、極端に太い後ろ足の、ふくらはぎに生える四本の鉤状の刺。

 背中には細長い半透明の羽が生え、頻りに震わせている。頭、胸、腹を繋ぐ関節部分は極端にクビれ、手足を含めるすべての関節を小さな球体が繋ぐ。


 それを見た瞬間、ルイが空に向かって魔術を打ち上げた。空にがたなびく。


――kachikachikachi――


 それは発達した大きな顎で音を立てていた。

 威嚇しているのだろう。一般的な日本人男性ほどの大きさのそれは、一言で表すのなら巨大なアリ。

 ただし羽はトンボの、触角は蛾の物によく似ている。

 お尻は薄い黒と漆黒の縞模様で、先にはとがった針が見え隠れする。収納式になっている辺り、まるで蜂のようだ。


「岩に捕らわれるのは、黒い侵入者。包まれて残るのは石の人形。これで……終わりだ」


 ルイが呪文を唱えた。石の壁が地面から伸び、巨大アリを囲ったが、巨大アリの強靭な顎は、石など簡単に噛み砕いてしまった。

 石の壁がガラガラ音を立てて崩れていく。


 巨大アリは太い後ろ足で地面を思いっきり蹴ると、羽をバタつかせ、一気に間合いを詰め襲い掛かってきた。ルイは孝宏を横に引っ張って避わし、二人とも地面に倒れこんだ。


「タカヒロは逃げる事を考えて。でないと死ぬよ」


 ルイはすばやく体勢を直しつつ、孝宏を背に隠すと、巨大アリに短剣を向けた。

 続けざまに火の魔術を放つが、アリの黒い体は、弾けた水滴が如く平然と火を受け流した。


「こいつもあれと一緒か。くそっ!」



 ならばと、今度は孝宏がルイの前に出た。



「頼むから、届いてくれよ」


 孝宏は検問所でもしたように、火の槍を巨大アリ目掛け投げた。

 やはり槍はすぐに崩れ刺さ去らなかったが、代わりに相手を炎で包んだ。

 羽が解け、触角が燃えていく。

 恐ろしいことに体が火に包まれ焼かれてもなお、アリの闘志は消えなかった。

 燃え盛る羽を羽ばたかせ、獲物目掛けて飛びかかってくる。


 二人は左右に飛びかわし、同時にルイの体が大きく真紅の獣へと膨れ上がった。

 体の大きさならルイの方が大きい。

 ルイが横から巨大アリの首元を抑え込み、蟻の目に牙をむき出しに噛みついた。体全体を使いアリの行動を封じにかかる。

 その隙に、孝宏はアリの側面から、頭と胸を繋ぐ関節に、引き抜いた自身の短剣を振り下ろしたが、関節をすっぽりと覆う黒い球体が、いとも容易く短剣を跳ね返した。


 蟻の体は恐ろしく固く、短剣どころか、ルイの牙も通しはしない。


 巨大アリとルイがもみ合っている内に、火がルイにも燃え移った。


 二体の獣は同じに色に染まっていってしまう。


「ルイ、そいつから離れろ!お前まで燃えるだろうが!」


 孝宏は力の限り叫んだ。

 しかし聞こえていないのか、ルイは蟻から離れようとしない。


 大きな生物同士の取っ組み合いの間に割って入れるほど、孝宏は強靱な肉体も勇気も持っておらず、だからといって引き離す妙案も思いつかない。


(俺がいるから、ルイも逃げない?だってさっきも俺をかばって……)


 ならば逃げよう、とはならなかった。孝宏は弱点を探すべく、アリをギッと睨み付けた。


 孝宏は荒れくるう感情を内にぎゅっと押し込め、冷静という仮面をかぶり、用心深く巨大蟻アリの体に隙間を探した。

 短剣を握る拳に力が入り、柄頭を太ももに打ち付けた。


「見つけた!」


 孝宏は叫んだかと思えば、徐に靴と靴下を脱ぎ走り出した。

 助走をつけ、巨大蟻の背後から飛び掛かると、振り落とされないよう、全身を使いしがみついた。


「ぐっ……」


 アリの体は見た目通りツルツルして、指先まで神経を尖らせていないと、すぐにでも振り落とされてしまいそうだ。


「ここ……だぁ」



 孝宏は巨大アリの背中の二つの穴に手をかけた。



 背中に空いた二つの穴、それはアリの焼き切った羽のあった場所だ。

 蟻が大きく体を揺さぶり孝宏を落としにかかるが、後は指先から火を中に注ぎこむだけだで済む。


 吹き飛ばされる寸前、穴に指をかけた瞬間に、孝宏は凶鳥の兆しの火を注ぎ込んだ。


 瓦礫の上に投げ出された孝宏が、頭を振り起き上がった時には、すでに勝敗は決していた。


 ルイも離れ、単体で体を震わせている巨大アリを見て、孝宏はふっと力を抜いた。もう襲ってこないだろう。

 指先から炎とを繋ぐ感覚がなくなる。


 だがすぐに間違いに気が付いた。


「しまった!ルイ!すぐに火を消すから!」


 蟻の獣と違って、ルイの火の回りが遅いのは、孝宏が無意識に加減をしていたためだろう。


 ルイも火を消そうと躍起になり、地面に体をこすり合わせているが、見る限り効果のほどは期待できない。


(消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……)


 孝宏が心の中で強く念じても、一度手放した感覚は簡単には繋がらず、僅かに掴み取り勢いを弱めても、消すまでは叶わなかった。

 孝宏の視界の端に、地面に置き去りになっていたルイの短剣が映った。


「これなら……」


 もはや何の躊躇もなかった。孝宏は迷いなくそれを拾い上げ、左手で刃を握り込んだ。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 鋭い痛みと気合の悲鳴。

 火は一度ルイを包み、そして狙い通り、一瞬にして消えさった。


 同様に蟻の火も消えてしまったが、幸いにも、蟻はもはや動かなかった。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法使いと皇の剣

1111
ファンタジー
かつて世界は一つだった。 神々が大陸を切り離し閉ざされた世界で 魔法使いのミエラは父の復讐と神の目的を知る為 呪われた大陸【アルベスト】を目指す。 同じく閉ざされた世界で〔皇の剣〕と呼ばれるジンは 任務と大事な家族の為、呪われた大陸を目指していた。 旅の中で、彼らは「神々の力の本質」について直面する。神とは絶対的な存在か、それとも恐れるべき暴君か。人間とは、ただ従うべき存在なのか、それとも神を超える可能性を秘めたものなのか。 ミエラに秘められた恐るべき秘密が、二人を究極の選択へと導いていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...