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冬に咲く花

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「さあ、着いた。ここだよ」

 林を抜け着いたのは村の西側、テントが並ぶ、開けた場所だった。

 多くの兵士たちを見つけ、孝宏はもちろんカダンも安堵していた。

 土色のテントが並び、日が落ちようとしている中、兵士たちが松明に明かりを付け、見張りを立ている。

 カダンに誘導され車を止め、木に牛を繋いだ。それから二人は、比較的平で歩きやすい箇所を、村の中心に向かって歩いた。

 外から見るのと、実際に中を歩くのでは、印象がまったく違っていた。

 視界に飛び込んでくる破壊の爪痕。この村を襲った驚異がどれ程か、想像するだけで恐ろしい。
 だというのに、やがて不自然に綺麗な建物が見えてきた。

 外壁には細かな彫刻が施され、周囲の建物と違いほぼ壊れずに建っている。

 建物の前に人だかりが出来ていた。ほとんどが国の兵士たちだ。藍鉄色の鎧を身に着け、胸部には赤い線で花が描かれている。先程の出会ったナルミ―と同じ防具を身に着けているのは、当たり前と言えば当たり前だろう。


「一番奥の、教会の扉を背に立ってる女の人が見える?」


 カダンが指差した先、人だかりの視線の先に、教会を背にし両手を広げて立つ女の人がいた。身じろぎ一つせず、建物同様、不自然さを感じる。

 孝宏は傍に見知った顔を三つ見つけた。これほど険しく緊迫感が漂う彼らの表情は初めてだ。


「あの人はカウルとルイの母親で俺の叔母。オウカさんだよ。わかるかな、彼女はもう……」


 孝宏はカダンをバッと振り返った。彼女がどうなっているか聞かなくとも、カダンの表情が、態度が言葉の続きを語っている。

 孝宏はショックのあまり言葉もなかった。

 この結果を考えなかったといえば嘘になる。これまで何度も頭に浮かんでは、打ち消してきた。ただ心のどこかで漠然と、悪い様にはならないという考えが消えずにいた。

 人だかりの中から黒いローブをまとった者が一人、こちらに近づいて来た。

 真っ赤な長髪の女だ。その人はカダンに親しげに声をかけた後、鋭い視線を孝宏に向けた。

 その女は孝宏を下から上に舐めるように眺めた。


「ほぉ……この子が例の子だね。消せない炎を持つ子供、だろう?」


 ローブの女の問いかけに、カダンは肩を竦めただけだった。女はまあ良いと言うと、孝宏の手を取り両手でしっかりと握った。


「君にお願いしたいことがある。あの結界を君の炎で燃やして欲しいの」


 来なさい、ローブの女がそう言って歩き出した。孝宏もその後に続く。

 カダンは何か言いたげにしていたが、何を言いたかったのか、結局、孝宏は聞くことは出来なかった。女は振り返らず進んだし、人集りの中から伸ばされたいくつもの手が、孝宏の腕や肩やらを掴んだからだ。

 群衆から例の子供だとか、本当に出来るのか、などという声がちらほら聞こえてくる。

 一方の兵士が疑惑の目でこちらを見ていたかと思えば、もう一方では、複雑に揺れる眼差しがまるで縋ってくるようだった。


「タカヒロ!待ってたよ」


 孝宏を見つけたルイが、一瞬にして表面を取り繕った。

 一見冷静に見えるが、孝宏の腕を掴む手が震えている。黙ったまま母を見つめるカウルと、マリーがその隣で複雑そうに微笑んだ。

 ローブの女は結界を燃やして欲しいと言ったが、目の前にあるのは両手を広げ、マネキンのように固まるオウカと、壊れぬままある建物だけ。

 兵士の一人が思い余って孝宏の背中を押した。孝宏が建物の方へ向かって倒れこむ。

 孝宏は反射的に両手を頭の前で構え、地面への衝突に備えた。だが実際は地面に倒れ込む前に、空中で何かに弾かれ、見えない壁に肘を打った。


「これ……これが結界?」


 孝宏は掌で透明の壁の感触を確かめた。

 石ほどに固くなく、綿毛ほど柔らかくない。冬の朝の石畳よりも冷たく、僅かな弾力があり、その下は驚く程硬い層が広がる。

 孝宏はオウカと反対を向き、耳と頬を結界につけた。罪悪感が心に重くのしかかり、とてもオウカを見てられない。

 孝宏は見えない壁に軽くノックした。音は壁に吸い込まれ聞こえてこない。

 孝宏は結界の冷たさと感触にぞっとして身を震わせ、慌てて結界から離れた。


(ある意味この結界は冷たくて良かったのかもしれない)


 もしもこの結界がほんのり温かかったら、とても引き受けられないところだった。


「これを鳥の力で?」


「本当は鍵があれば、結界は解けるんだけどね。けど肝心の鍵は家と一緒に燃えたみたいだし、他に方法はないし、タカヒロにお願いするしかいないんだ。僕の魔法では…………ダメだったから」


 ルイの心境は声色によく出ていた。これまでの不自然に明るい声でなく、声に重みがあり、彼の緊張が伝わってくる。

 周囲の兵士たちもいつの間にか、黙って様子を見守っている。


 孝宏は一回深く頷き、唾を飲み込んだ。

 もし失敗したらなんて一瞬脳裏をかすめたが、孝宏はなかったことにした。

 孝宏が不安を無視して引き受けたのも、後ろを振り返らなかったのも、ルイやカウルの顔を見れなかったのも、皆の眼差しが怖かったからだ。

 様々な感情のこもる視線は、孝宏の心を乱すような気がした。


「わかった。とりあえず、やってみる」


 重く緊張感のある声。孝宏は胸いっぱいに息を吸うと、吐き出しながらもう一度だけ頷いた。

 孝宏は腰に差した短剣に視線を落とした。親指を手の中に握り込み、人差し指の爪を親指にキツく食い込ませる。


(勇者って奴はきっと余程の馬鹿か、それかドマゾだと思う)


 多くの期待を背負い、責任を一身に負い、人助けの為に命を懸ける。孝宏にはとても理解できそうにない。

 孝宏はゆっくりと深呼吸をし、両手を結界につけて目を閉じた。


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