44 / 180
冬に咲く花
42
しおりを挟む「さあ、着いた。ここだよ」
林を抜け着いたのは村の西側、テントが並ぶ、開けた場所だった。
多くの兵士たちを見つけ、孝宏はもちろんカダンも安堵していた。
土色のテントが並び、日が落ちようとしている中、兵士たちが松明に明かりを付け、見張りを立ている。
カダンに誘導され車を止め、木に牛を繋いだ。それから二人は、比較的平で歩きやすい箇所を、村の中心に向かって歩いた。
外から見るのと、実際に中を歩くのでは、印象がまったく違っていた。
視界に飛び込んでくる破壊の爪痕。この村を襲った驚異がどれ程か、想像するだけで恐ろしい。
だというのに、やがて不自然に綺麗な建物が見えてきた。
外壁には細かな彫刻が施され、周囲の建物と違いほぼ壊れずに建っている。
建物の前に人だかりが出来ていた。ほとんどが国の兵士たちだ。藍鉄色の鎧を身に着け、胸部には赤い線で花が描かれている。先程の出会ったナルミ―と同じ防具を身に着けているのは、当たり前と言えば当たり前だろう。
「一番奥の、教会の扉を背に立ってる女の人が見える?」
カダンが指差した先、人だかりの視線の先に、教会を背にし両手を広げて立つ女の人がいた。身じろぎ一つせず、建物同様、不自然さを感じる。
孝宏は傍に見知った顔を三つ見つけた。これほど険しく緊迫感が漂う彼らの表情は初めてだ。
「あの人はカウルとルイの母親で俺の叔母。オウカさんだよ。わかるかな、彼女はもう……」
孝宏はカダンをバッと振り返った。彼女がどうなっているか聞かなくとも、カダンの表情が、態度が言葉の続きを語っている。
孝宏はショックのあまり言葉もなかった。
この結果を考えなかったといえば嘘になる。これまで何度も頭に浮かんでは、打ち消してきた。ただ心のどこかで漠然と、悪い様にはならないという考えが消えずにいた。
人だかりの中から黒いローブをまとった者が一人、こちらに近づいて来た。
真っ赤な長髪の女だ。その人はカダンに親しげに声をかけた後、鋭い視線を孝宏に向けた。
その女は孝宏を下から上に舐めるように眺めた。
「ほぉ……この子が例の子だね。消せない炎を持つ子供、だろう?」
ローブの女の問いかけに、カダンは肩を竦めただけだった。女はまあ良いと言うと、孝宏の手を取り両手でしっかりと握った。
「君にお願いしたいことがある。あの結界を君の炎で燃やして欲しいの」
来なさい、ローブの女がそう言って歩き出した。孝宏もその後に続く。
カダンは何か言いたげにしていたが、何を言いたかったのか、結局、孝宏は聞くことは出来なかった。女は振り返らず進んだし、人集りの中から伸ばされたいくつもの手が、孝宏の腕や肩やらを掴んだからだ。
群衆から例の子供だとか、本当に出来るのか、などという声がちらほら聞こえてくる。
一方の兵士が疑惑の目でこちらを見ていたかと思えば、もう一方では、複雑に揺れる眼差しがまるで縋ってくるようだった。
「タカヒロ!待ってたよ」
孝宏を見つけたルイが、一瞬にして表面を取り繕った。
一見冷静に見えるが、孝宏の腕を掴む手が震えている。黙ったまま母を見つめるカウルと、マリーがその隣で複雑そうに微笑んだ。
ローブの女は結界を燃やして欲しいと言ったが、目の前にあるのは両手を広げ、マネキンのように固まるオウカと、壊れぬままある建物だけ。
兵士の一人が思い余って孝宏の背中を押した。孝宏が建物の方へ向かって倒れこむ。
孝宏は反射的に両手を頭の前で構え、地面への衝突に備えた。だが実際は地面に倒れ込む前に、空中で何かに弾かれ、見えない壁に肘を打った。
「これ……これが結界?」
孝宏は掌で透明の壁の感触を確かめた。
石ほどに固くなく、綿毛ほど柔らかくない。冬の朝の石畳よりも冷たく、僅かな弾力があり、その下は驚く程硬い層が広がる。
孝宏はオウカと反対を向き、耳と頬を結界につけた。罪悪感が心に重くのしかかり、とてもオウカを見てられない。
孝宏は見えない壁に軽くノックした。音は壁に吸い込まれ聞こえてこない。
孝宏は結界の冷たさと感触にぞっとして身を震わせ、慌てて結界から離れた。
(ある意味この結界は冷たくて良かったのかもしれない)
もしもこの結界がほんのり温かかったら、とても引き受けられないところだった。
「これを鳥の力で?」
「本当は鍵があれば、結界は解けるんだけどね。けど肝心の鍵は家と一緒に燃えたみたいだし、他に方法はないし、タカヒロにお願いするしかいないんだ。僕の魔法では…………ダメだったから」
ルイの心境は声色によく出ていた。これまでの不自然に明るい声でなく、声に重みがあり、彼の緊張が伝わってくる。
周囲の兵士たちもいつの間にか、黙って様子を見守っている。
孝宏は一回深く頷き、唾を飲み込んだ。
もし失敗したらなんて一瞬脳裏をかすめたが、孝宏はなかったことにした。
孝宏が不安を無視して引き受けたのも、後ろを振り返らなかったのも、ルイやカウルの顔を見れなかったのも、皆の眼差しが怖かったからだ。
様々な感情のこもる視線は、孝宏の心を乱すような気がした。
「わかった。とりあえず、やってみる」
重く緊張感のある声。孝宏は胸いっぱいに息を吸うと、吐き出しながらもう一度だけ頷いた。
孝宏は腰に差した短剣に視線を落とした。親指を手の中に握り込み、人差し指の爪を親指にキツく食い込ませる。
(勇者って奴はきっと余程の馬鹿か、それかドマゾだと思う)
多くの期待を背負い、責任を一身に負い、人助けの為に命を懸ける。孝宏にはとても理解できそうにない。
孝宏はゆっくりと深呼吸をし、両手を結界につけて目を閉じた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
いずれ最強の錬金術師?
小狐丸
ファンタジー
テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。
女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。
けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。
はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。
**************
本編終了しました。
只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。
お暇でしたらどうぞ。
書籍版一巻〜七巻発売中です。
コミック版一巻〜二巻発売中です。
よろしくお願いします。
**************
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる