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冬に咲く花
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しおりを挟むローブの女の合図で、人だかりが建物から距離を取った。同時にカウルたちも孝宏から離れる。
カダンが極めて小さな声で、ルイに耳打ちした。
「本当に大丈夫か?俺にはまだ信じられないんだけど。失敗したら、中の人たちまで……」
「大丈夫、でなきゃこんなこと頼まないって。僕を信じてよ」
マリーが横から口を挟む。
「そうよ。確かに検問所では火のまわりが異様に早くて、あっという間に広がったけどね、消えるも早かったのよ。タカヒロは鳥の力を制御できてると思う」
「どちらにしろ、もう時間はないんだろ?中の人からの返事がなくなって、だいぶ経つって言うじゃないか」
カウルの言う通り、教会の中から声が聞こえなくなってから丸一日が経つ。このまま打開策もないまま、手をこまねいていては、いずれは最悪の結果を招くかもしれない。
三人ともが孝宏を擁護したのだ。この数日の間に起こった出来事を知らないカダンは、それ以上反論できなかった。
異世界から勇者が現れてからというもの、カダンにとってはもどかしい一か月だった。
他の二人と違い中々魔法の使えない孝宏には、正直に言うと失望していた部分もある。
記憶の中では何かを託すには頼りなかった背中が、知らされていないといえども、今は大勢の命を背負っている。数日前からは考えられない変化だ。
だが、孝宏の言葉の端々に自信のなさが滲み出て、カダンはまだ信じられない気持ちの方が大きい。
カダンは何かあればすぐにでも中断させるつもりで、僅かな兆候も見逃すまいと孝宏をじっと睨み付けた。
結界に触れた孝宏の手元から、オレンジ色の火が結界を伝い広がっていく。
孝宏は体内の熱が掌で火へと変わっていく様を、強く感じ取っていた。
火が指先と感覚が繋がって、指の動きがそのまま火を動かす。はたから見ればマリオネットでも操っているかのように見える孝宏の指の動きを、人々は固唾を飲んで見守った。
指先を地面に向け、両手で円を描いた。すると火も結界に沿って地面に円火描き、胸の高さまで火の粉を立ち上らせた。
しばらくすると無色透明だった壁が、薄っすら褐色に色づき始め、状況を見守る集団がどよめく。
(煩いな、少し黙ってろよ。でないと……)
火を操る経験はこれで三度目だ。
経験も少なければ技術もない。この時の孝宏はとても神経質なっていた。
人々が漏らした小さな声の集まりに、イラつき短く舌打ちした。
彼らが悪いわけではないが、少しでも気を反らすと手足が震え、火が不安定に揺らめいた。慌てて手を伸ばし火を捕まえても、不安定なまま難しい制御を強いられる。
孝宏は唇の裏側を上下の歯で、ぐっと噛みしめた。とがった犬歯が食い込み、柔らかい粘膜に深い歯形を残す。
孝宏は一呼吸置き、一旦両手を左右に広げた。火が円の外に膨らむ。腕ごと手を上に持ち上げ、顔の前で交差させると、火も結界をドーム状に包み込んだ。
火が安定してくると、孝宏は奇妙な感覚を味わっていた。三度目にして初めての感覚だ。
(中が見える。変な感じだ)
見えると言っても、火が透き通って見えるのではない。
火が燃えている場所が頭の中に浮かび上がるのだが、あまりにもはっきりし過ぎていて、現実に見えている映像と混じるのだ。
現実かそうでないのかが分からない程の、妄想と切り捨てるにはあまりにも鮮明な映像。
説明のしがたい奇妙な現象も、内容こそ違えどこれで何度目かの体験だ。
受け入れるのは比較的容易だった。それよりも孝宏を動揺させたのは、思いもよらない音だった。
初めは気のせいだと思っていた。
ゴーッと唸る炎の音が他の小さな音を飲み込み、背後のざわめきが周囲への意識を閉じさせたからだ。
唸る炎の中にそれまでとは違う音をはっきりと認識したときも、石か何かが炎で弾けている音だと思った。だが、何ともないはずの音はしつこく続き、次第に数を増やしていった。
(後ろのやつらじゃないのか?いや、でも……)
音の方向を探るため、顔をやや傾け、右を向いた。
(どこだ?どこから聞こえてくるんだ?後ろ…………じゃない?じゃあ、どこだ?どこ…………………前?)
炎に包まれた結界に、恐る恐る両手を付いた。
鳥の炎は孝宏を焼かない。心地よい暖かさが、手の先から伝わってくる。次に炎にそっと顔を埋め、左耳を結界に付け、耳を澄ました。
(何か聞こえる。)
―ドン……て……ドンドン……た…け…ドンドンドン…た……い…―
やはり音は中から聞こえているようだった。
二種類の音が混じり合い、一つは何かを叩く音ような音、それに隠れた音が途切れて聞こえない。
(何だ……燃えているからそのせいで?)
―ドンドンドン……た…ドンけドンドン……に…ドンドンドン……す…―
(あれ?これって……声?人がいる!?まさか!)
まさかと思い、孝宏は一度ルイやカダンの方を振り返った。
人がいるなどとは聞いていない。言いたい言葉が出てこず、前に向き直り、頭を振る。
(それとも自分が聞き逃しただけか。いやそんなはずは無い)
孝宏は自問自答しながらも大きく深呼吸をした。眼を閉じ、止せば良いのに、もう一度結界に耳を押し当てた。
―ドンドンドンた…け……て……たく…い……ドン……ドンドンすけて……し…たくない……たすけてたすけてドンドンたすけて…死にたくない死にたくないドンドンドンたすけて―
「ひっ………あぁ……」
心に指針があるならば、この時、孝宏の針は端から端まで、大きく揺れたことだろう。
動揺は簡単に収まってくれず、恐怖の指針は揺れっぱなしだ。
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