超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

文字の大きさ
上 下
43 / 180
冬に咲く花

41

しおりを挟む

「気分でも悪い?まさか毒を吸ってしまったの!?」


「大丈夫。そんな大変な事じゃないよ」


 カダンと目が合った。

 その時の孝宏は酷く怯えた顔をしていて、カダンには堪えているように見えた。

 カダンは本当に怪我はないのか、痛むところはないのかと、孝宏がいくら否定しても、繰り返し聞いた。

 カダンの執拗な追求から逃げたくても、手二人はを繋いだままで、彼が納得しないと離してくれそうにない。


「昼間、検問所を例の獣が襲ったって聞いた。もしかして巻き込まれでもした?怪我をしたんじゃないの?」


「怪我したとかじゃないから、本当に大丈夫。ただ人があんなふうに死んでいるのを見るのは始めてだから、ちょっと驚いただけ。あと、手、痛いって……」


「ご、ごめん。つい……」


 驚いたと言ったのは、他にどう表現したらいいのか思いつかなかったのだ。

 あえて言葉にするなら、大変な衝撃を受けたといった、表現が近い。やはりそれも驚いたともいえるのだが、やはり何かが少し違う。

 驚いている自分と、しかし脳裏の片隅には冷静な自分がいて、それが何か冷静に観察している。とても妙な気分だ。

 人間、許容以上の出来事には、無意識にでも冷静に見せようとするのだと知った。


「そっか、そうだよね。確かに普通じゃない」


「でも、昼間検問所で巻き込まれたってのは当たってる。あれはマリーとカウルとルイが倒したよ」


「皆の怪我は大丈夫なの?」


「うん。酷い怪我はしてない。三人ともすごくて、兵士が手こずっていた大きい獣相手に立ち向かって、あっという間に倒しちゃったんだ。すごいよなぁ」


「タカヒロは?」


「俺?……あー……俺は何もできなかった。怖くて結局マリーの……」


「違うよ。タカヒロは大丈夫だった?怪我をしていない?」


 言わなくてもいい事をわざわざ口にしてまった。恥ずかしいというより気まずい。


「俺は大丈夫……」


「良かったぁ……」


 カダンの緊張した表情がほぐれた。


 孝宏は以前、カダンにどうして異世界から勇者が来るとわかったのか尋ねた事があった。その問にカダンは夢でお告げを受けたと答えた。

 全く違う暮らしをしている人が、やってきて世界を救う。そんな夢を繰り返し見たと教えてくれた。

 予知夢は地球でも、ネットを賑わす話題の一つ。孝宏自身は見たことはないが、予知夢はあると信じる方だ。

 彼の予知夢を否定するつもりはないが、腑に落ちないことが一つあった。


 孝宏は《一つ聞いてもいいか》と前置きして、前を歩くカダンに尋ねた。


「カダンはどうして、俺たちを勇者だって言うんだ?」


「どうしてって、それは夢を見たからだよ。勇者が世界を救うって。前に話しなかったっけ?」


 カダンはさも同然のように言った。


「そうじゃなくてさ。異世界から来た人が三人もいるだぞ?それに勇者って名乗っただけで、世界が救えるもんか」


 それを聞いて、カダンは腑に落ちて頷いた。


「俺がタカヒロたちをそうだと思ったのは、別に根拠があるわけじゃない。初めて見た時閃いただけなんだ。タカヒロが勇者だって。タカヒロたちが救ってくれるって、直感で閃いたんだ」


 そんなはずはないと孝宏は言った。カダンが振り向き目が合うと、孝宏は首を横に振った。


「あれに立ち向かうのは怖くて、結局マリーの後ろで見ているだけだった。俺に戦う勇気なんてない。結局魔法も使えないままだし、何の役にも立たない。それどころか、俺はきっと足でまといになる」


「そうかな?そんなことないと思うよ」


 今度はカダンが首を横に振った。だがそれは気を使ってくれたか、そうでなければ彼が浮かれて現実が見えていないだけだと孝宏は考えた。

 異世界からやってきた異界人。

 それを疑わず受け入れれば、これほど奇想天外で面白い出来事はない。きっとそれだけで特別だ。浮かれた心境で物事を正しく判断できないのはよくある話だ。カダンとて例外ではないだろう。

 自信なさげに曖昧な笑みを浮かべる孝宏に、カダンはなるだけ言葉を優しく、はっきりとした口調で続けた。


「本当だよ、信じて。タカヒロは勇気がある人だ。だって、こんな場所まで来てくれた」


 周囲が薄暗くなっている為か、彼の小麦色の肌が背景に溶け込み、髪が白く浮き立つ。

 風に煽られた前髪をかき上げるその刹那、カダンの黒い瞳が青い光を湛えた。

 向けられた眼差しに捉えられ、孝宏は息を飲んで、黄昏の光景に見入った。


「スズキからカタヒロたちが来てくれるって聞いたとき、私すごく嬉しかった。本当言うと一人で来たの後悔してたから。こんな危険な場所に来てくれるなんて、思ってもいなかった。本当にありがとう」


 言葉が踊り、見えないリズムを刻む。


「そんな不安な顔をしないで、私たちは絶対に大丈夫。だってタカヒロにできないことは私がする。そしてタカヒロは私にできないことが出来る。それにタカヒロは私の…………私の待ってた勇者だから。だから絶対に大丈夫」


 風が歌詞のない唄を歌い、リズムに音階をのせる。聞こえないはずの歌が孝宏の心臓を打ち、体を震わせた。


「だから……絶対に出来るから」


「ああ……うん」


 再び、二人は牛たちと林の中を進んだ。

 牛たちが重い車をゆっくり引きはじめ、車輪が回り始める。牛が歩みに合わせて、車がギィッギィッと重く鳴った。轍が長く長く伸び、なぞる者はいない。

 孝宏は後ろからこっそりカダンを盗み見た。

 手先は手袋で、首は毛皮付きの襟で隠れている。防寒具を着込んでいては傷があるのかもわからない。

 ここまでたった一人で来た彼は、怖くなかったのだろうか。

 今朝村を襲ったあの獣に、カダンは襲われなかったのだろうか。

 あの軍人と顔見知りなのはどうしてか、やはり一緒に戦ったからか。


 孝宏は彼の名前を呼ぼうとして止めて、伸ばした手は拳を握ったまま下ろした。

 聞きたい事、言いたい事は沢山あるのに、彼がそうするように自分も気遣いたいと思うのにどうしてか口が開かない。


(もしもあんなふうに言ってくれたのが、例えば木下だったらなぁ)


 孝宏は木下を守るため、剣と盾を持ち、巨大な的に立ち向かう自分を想像した。きっと敵を次から次へ打倒し、見事彼女を助けるのだ。


(駄目だ、想像できない。無理だな。ありえない)


 心の中でため息を吐いて、想像をかき消した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法使いと皇の剣

1111
ファンタジー
かつて世界は一つだった。 神々が大陸を切り離し閉ざされた世界で 魔法使いのミエラは父の復讐と神の目的を知る為 呪われた大陸【アルベスト】を目指す。 同じく閉ざされた世界で〔皇の剣〕と呼ばれるジンは 任務と大事な家族の為、呪われた大陸を目指していた。 旅の中で、彼らは「神々の力の本質」について直面する。神とは絶対的な存在か、それとも恐れるべき暴君か。人間とは、ただ従うべき存在なのか、それとも神を超える可能性を秘めたものなのか。 ミエラに秘められた恐るべき秘密が、二人を究極の選択へと導いていく。

異世界転移しても所詮引きこもりじゃ無双なんて無理!しょうがないので幼馴染にパワーレベリングして貰います

榊与一
ファンタジー
異世界で召喚士! 召喚したゴブリン3匹に魔物を押さえつけさせ、包丁片手にザク・ザク・ザク。 あれ?召喚士ってこんな感じだったっけ?なんか思ってったのと違うんだが? っていうか召喚士弱すぎねぇか?ひょっとしてはずれ引いちゃった? 異世界生活早々壁にぶつかり困っていたところに、同じく異世界転移していた幼馴染の彩音と出会う。 彩音、お前もこっち来てたのか? って敵全部ワンパンかよ! 真面目にコツコツとなんかやってらんねぇ!頼む!寄生させてくれ!! 果たして彩音は俺の救いの女神になってくれるのか? 理想と現実の違いを痛感し、余りにも弱すぎる現状を打破すべく、俺は強すぎる幼馴染に寄生する。 これは何事にも無気力だった引き篭もりの青年が、異世界で力を手に入れ、やがて世界を救う物語。 幼馴染に折檻されたり、美少女エルフやウェディングドレス姿の頭のおかしいエルフといちゃついたりいちゃつかなかったりするお話です。主人公は強い幼馴染にガンガン寄生してバンバン強くなっていき、最終的には幼馴染すらも……。 たかしの成長(寄生)、からの幼馴染への下克上を楽しんで頂けたら幸いです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

子連れ侍とニッポニア・エル腐

川口大介
ファンタジー
東の国ニホンからきた侍・ヨシマサは、記憶を失った少年・ミドリと旅をしている。 旅の目的は、ミドリの身元探しと、もう一つ。ある騎士への恩返しだ。 大陸のどこかにある忍者の里を見つけ出し、騎士の国との協力関係を築くこと。 何の手がかりもない、雲を掴むような話である。と思っていた二人の前に、 エルフの少女マリカが現れ、自分も旅の仲間に加えて欲しいと申し出た。 本人は何も言わないが、マリカはどう見ても忍者であったので、ヨシマサは承諾。 マリカの仲間、レティアナも加えて4人での旅となった。 怪しまれないよう、逃げられないよう、しっかり注意しながら、 里の情報を引き出していこうと考えるヨシマサ。 だが、ヨシマサは知らなかった。このエルフ少女二人組はBLが 大好きであり、レティアナはBL小説家として多くの女性ファンを 抱えていたこと。しかも既に、ヨシマサとミドリを実名で扱った作品が 大好評を得ていたこと。 それやこれやの騒ぎを経て、 やがてミドリの出生の秘密から、世界の命運を左右する陰謀へと繋がり、 そしてそれを凌駕する規模の、マリカとレティアナの企みが…… そんな作品です。 (この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています)

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

処理中です...