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冬に咲く花
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しおりを挟む「気分でも悪い?まさか毒を吸ってしまったの!?」
「大丈夫。そんな大変な事じゃないよ」
カダンと目が合った。
その時の孝宏は酷く怯えた顔をしていて、カダンには堪えているように見えた。
カダンは本当に怪我はないのか、痛むところはないのかと、孝宏がいくら否定しても、繰り返し聞いた。
カダンの執拗な追求から逃げたくても、手二人はを繋いだままで、彼が納得しないと離してくれそうにない。
「昼間、検問所を例の獣が襲ったって聞いた。もしかして巻き込まれでもした?怪我をしたんじゃないの?」
「怪我したとかじゃないから、本当に大丈夫。ただ人があんなふうに死んでいるのを見るのは始めてだから、ちょっと驚いただけ。あと、手、痛いって……」
「ご、ごめん。つい……」
驚いたと言ったのは、他にどう表現したらいいのか思いつかなかったのだ。
あえて言葉にするなら、大変な衝撃を受けたといった、表現が近い。やはりそれも驚いたともいえるのだが、やはり何かが少し違う。
驚いている自分と、しかし脳裏の片隅には冷静な自分がいて、それが何か冷静に観察している。とても妙な気分だ。
人間、許容以上の出来事には、無意識にでも冷静に見せようとするのだと知った。
「そっか、そうだよね。確かに普通じゃない」
「でも、昼間検問所で巻き込まれたってのは当たってる。あれはマリーとカウルとルイが倒したよ」
「皆の怪我は大丈夫なの?」
「うん。酷い怪我はしてない。三人ともすごくて、兵士が手こずっていた大きい獣相手に立ち向かって、あっという間に倒しちゃったんだ。すごいよなぁ」
「タカヒロは?」
「俺?……あー……俺は何もできなかった。怖くて結局マリーの……」
「違うよ。タカヒロは大丈夫だった?怪我をしていない?」
言わなくてもいい事をわざわざ口にしてまった。恥ずかしいというより気まずい。
「俺は大丈夫……」
「良かったぁ……」
カダンの緊張した表情がほぐれた。
孝宏は以前、カダンにどうして異世界から勇者が来るとわかったのか尋ねた事があった。その問にカダンは夢でお告げを受けたと答えた。
全く違う暮らしをしている人が、やってきて世界を救う。そんな夢を繰り返し見たと教えてくれた。
予知夢は地球でも、ネットを賑わす話題の一つ。孝宏自身は見たことはないが、予知夢はあると信じる方だ。
彼の予知夢を否定するつもりはないが、腑に落ちないことが一つあった。
孝宏は《一つ聞いてもいいか》と前置きして、前を歩くカダンに尋ねた。
「カダンはどうして、俺たちを勇者だって言うんだ?」
「どうしてって、それは夢を見たからだよ。勇者が世界を救うって。前に話しなかったっけ?」
カダンはさも同然のように言った。
「そうじゃなくてさ。異世界から来た人が三人もいるだぞ?それに勇者って名乗っただけで、世界が救えるもんか」
それを聞いて、カダンは腑に落ちて頷いた。
「俺がタカヒロたちをそうだと思ったのは、別に根拠があるわけじゃない。初めて見た時閃いただけなんだ。タカヒロが勇者だって。タカヒロたちが救ってくれるって、直感で閃いたんだ」
そんなはずはないと孝宏は言った。カダンが振り向き目が合うと、孝宏は首を横に振った。
「あれに立ち向かうのは怖くて、結局マリーの後ろで見ているだけだった。俺に戦う勇気なんてない。結局魔法も使えないままだし、何の役にも立たない。それどころか、俺はきっと足でまといになる」
「そうかな?そんなことないと思うよ」
今度はカダンが首を横に振った。だがそれは気を使ってくれたか、そうでなければ彼が浮かれて現実が見えていないだけだと孝宏は考えた。
異世界からやってきた異界人。
それを疑わず受け入れれば、これほど奇想天外で面白い出来事はない。きっとそれだけで特別だ。浮かれた心境で物事を正しく判断できないのはよくある話だ。カダンとて例外ではないだろう。
自信なさげに曖昧な笑みを浮かべる孝宏に、カダンはなるだけ言葉を優しく、はっきりとした口調で続けた。
「本当だよ、信じて。タカヒロは勇気がある人だ。だって、こんな場所まで来てくれた」
周囲が薄暗くなっている為か、彼の小麦色の肌が背景に溶け込み、髪が白く浮き立つ。
風に煽られた前髪をかき上げるその刹那、カダンの黒い瞳が青い光を湛えた。
向けられた眼差しに捉えられ、孝宏は息を飲んで、黄昏の光景に見入った。
「スズキからカタヒロたちが来てくれるって聞いたとき、私すごく嬉しかった。本当言うと一人で来たの後悔してたから。こんな危険な場所に来てくれるなんて、思ってもいなかった。本当にありがとう」
言葉が踊り、見えないリズムを刻む。
「そんな不安な顔をしないで、私たちは絶対に大丈夫。だってタカヒロにできないことは私がする。そしてタカヒロは私にできないことが出来る。それにタカヒロは私の…………私の待ってた勇者だから。だから絶対に大丈夫」
風が歌詞のない唄を歌い、リズムに音階をのせる。聞こえないはずの歌が孝宏の心臓を打ち、体を震わせた。
「だから……絶対に出来るから」
「ああ……うん」
再び、二人は牛たちと林の中を進んだ。
牛たちが重い車をゆっくり引きはじめ、車輪が回り始める。牛が歩みに合わせて、車がギィッギィッと重く鳴った。轍が長く長く伸び、なぞる者はいない。
孝宏は後ろからこっそりカダンを盗み見た。
手先は手袋で、首は毛皮付きの襟で隠れている。防寒具を着込んでいては傷があるのかもわからない。
ここまでたった一人で来た彼は、怖くなかったのだろうか。
今朝村を襲ったあの獣に、カダンは襲われなかったのだろうか。
あの軍人と顔見知りなのはどうしてか、やはり一緒に戦ったからか。
孝宏は彼の名前を呼ぼうとして止めて、伸ばした手は拳を握ったまま下ろした。
聞きたい事、言いたい事は沢山あるのに、彼がそうするように自分も気遣いたいと思うのにどうしてか口が開かない。
(もしもあんなふうに言ってくれたのが、例えば木下だったらなぁ)
孝宏は木下を守るため、剣と盾を持ち、巨大な的に立ち向かう自分を想像した。きっと敵を次から次へ打倒し、見事彼女を助けるのだ。
(駄目だ、想像できない。無理だな。ありえない)
心の中でため息を吐いて、想像をかき消した。
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