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冬に咲く花

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一台の車が国境へと続く街道を、北に進んでいた。

 その車は珍しく二頭の黒毛の牛が牽引する、幌馬車ならぬ幌牛車だった。

 すれ違う馬車の馭者が、皆一様に感心して頷いた。気性の荒い牛を操り、大人しく車を引かせるのは至難の技とされていたからだ。

 ただそれさえできれば、牛は足腰も強く、力もあり持久力もある。馬にはやや劣るものの足も早い。おまけにどんな環境にもすぐに適応する。長旅にはうってつけの相棒となるのだ。

 唯一の欠点は、気性の荒らさから、滅多に操れる人がいないぐらいだろう。

 手綱を握っているのはカウルで、荷台にはルイ、マリー、孝宏の三人が乗っていた。荷台に所狭しと積まれた荷物は、村へ届ける物資品だ。


 つい数分前に検問所を抜けたのだが、それから車の中は、重い空気に包まれていた。






 臨時で設けられた検問所は、国境に近い村や街から逃げ出す人々で混雑していた。


 通行証を持ったルイが馬車の外で順番待ちをしていた。

 検問所についていから随分と時間が経ったかと思うのに、一向に順番が回ってこない。その間一人立って待っているルイはすっかり不貞腐れてしまっていた。

 ルイは何度も車を振り返っては、交代を要求したが、カウルは御者席に座ったまま、涼しい顔で無視していた。


「物々しい雰囲気。何だか怖い」


 御者席の後ろから外を見て、マリーが言った。

 警備の兵士の数は多く、誰もが厳しい表情で、通る旅人を見ている。幾人もの魔術師が杖を構え、周囲を警戒していた。

 当初の予定では検問所はすんなり通過できるはずだった。

 通常であれば、通行許可証を見せるだけで検査を省略して優先的に通してもらえるはずが、その通行証を確認する列に並んでいる。

 上りと下りを分けなかった結果、混雑具合は検問所の許容をはるかに超え、混乱より様相を呈していた。


「あんなことがあったんだ。仕方ないんじゃないか?」


 カウルが言った。まるで他人事のような口ぶりだが、襲われた村は紛れもなく彼の故郷だ。


(こういう時、何て言ったら良いんだろう)


 孝宏は車の中で幌を張る為の木枠にもたれ掛かり、外の様子に聞き耳を立てていた。

 彼がどれほどの不安を秘め平静を装っているのかと思うと、心臓が締め付けられる思いだ。

 孝宏やマリーの前ではもう泣くまいと、気丈に背筋を伸ばすカウル。見ていて居たたまれず、声をかけたくても言葉が見つからない。


(俺って情けないの)


 その時腹の中で騒ぐモノがあった。

 竜人のヨーが言った通り、鳥の力は感情に左右されるようで、竜人との一件があってから、鳥は何かと騒いで火を吹いた。

 こんな場所で鳥を暴走させるわけにはいかない。


 孝宏は積まれた荷物の影に縮こまった。二人に気づけれたくなくて、息を潜め、思いっきり自身の手首に噛み付いた。


(いってぇ……)


 噛んだ部分が痺れて、心まで麻痺していくようだ。

 手首にくっきりと歯型が残る。袖も捲くって繰り返し、何度も腕を噛んだ。少ない時間の中でいくつか試したが、これが一番効果的だったのだ。


(要は何も考えなきゃ良いんだよ)


「あれ何?」


 車の外から抑揚のない女性の声がした。それを皮切りに、外の声はどんどん悲鳴じみてなっていく。


「ルイ!早く車に戻って!」


 マリーが慌ててルイを呼び戻した。


「外で何かあった?」


 孝宏は車の後方から身を乗り出し外を伺うと、人々が検問所から離れ、逃げ出している。

 孝宏は逃げ出す人の流れに逆らって、視線を滑らした。車の先方、何かがいるようだ。


(何だあれ?嫌な感じだな)


 孝宏は車前方、御者席からマリーを体で押しのけ顔を出した。


「白い獣?」


「あんな生き物、初めて見た」


 孝宏は見たままを、カウルはそれを見た感想を、それぞれ青ざめた顔で口にした。

 見たこともない生き物は全身が白く長い毛で覆われた、八本足の獣だった。体は馬よりもはるかに大きく、長く、人など簡単に圧倒している。


 頭を激しく振り回し、鋭い牙を剥き出し、前足で地面を踏み鳴らした。


――gyaaaa!gyao!gyao!gyao!――


 獣の声は凄まじく、音の振動で鼓膜が破れそうだ。
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