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冬に咲く花

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 一人の魔術師が獣に向けて、杖を振り下ろした。

 杖の先からメロン程の火の玉が獣に襲いかかるが、火の玉は獣に当たる直前、四方八方に弾けて消えた。


「今のって、魔法が消えちゃった?」


 獣が現れたのは検問所を挟んで反対側の森の中。車からは遠くていてはっきりとしないが、孝宏には獣に当たる前に弾けて見えた。

 獣が頭を振ったのと同時だったが、偶然なのか。


「そういう感じに見えたな。でも変だ」


「何でだよ?」


「基本的には魔法は言葉で操る。魔法を打ち消せるのは、魔法しかない。言葉を持たない動物に魔法は操れないはずなんだけど……」


「それマジか?」


「魔法の基本だぞ?ルイは言ってなかったか?」


「聞いた記憶がないな。これでも記憶力は割と良い方なんだ」


「まったくあいつは……適当だから困るんだ」


 カウルの言った事が本当なら、今起きたのはなんだと言うのか。彼が間違っているか、魔術を使う新種か。


「それが、実は人だとか?」


「まあ、ありえない事じゃない。でもあんな種は知らないな」


 始めの攻撃に続いて、他の魔術師も獣に魔術を放った。様々な魔術が獣を襲ったが、そのどれもが効果を発揮する前に、パッと消えてしまった。


「くそっ」


 魔術師の一人が、拳を握った手を高く挙げた。兵士と魔術師たちが、素早く獣を取り囲む。


「構え!」


 号令と同時に挙げたままの手を開いた。魔術師たちが杖を獣に向けた、杖の先は光を湛え、すぐにでも魔術が放たれそうだ。


「放て!」


 号令がかかると、魔術師たちが一斉に魔術を獣目がけて放った。けたたましい破烈音が周囲に響く。

 獣は驚いたのか一瞬動きを止め、首を振った。


(獣の動きが鈍った?)


 すぐさま数人の兵士が腰のポシェットから、黒い塊を取り出し、松明の中に放り込んだ。一分も経たないうちに、ツンと鼻を着く臭いがあたりを漂い始めた。


(耳と鼻を効かなくする作戦か!)


 孝宏は上着の袖で、口と鼻を覆って、ちらりと横を見た。

 カウルといつの間にか戻っていたルイも、同じようにしているが、器用にも耳もぺたんと下がっている。


(そりゃ……耳も鼻も良いからな、てか耳動くのか)


 獣は闇雲に突進しては、詰所や、検問所の左右に伸びる壁にぶつかり暴れている。避ける仕草もない。


「報告通りだ。あいつ、目が見えていない!」


 隙を付いて兵士たちが獣に切りつけた。魔術と違い刃は獣の皮膚を切り裂き、白い毛を血に染めた。


「やったぞ!」


 遠くから見守っていた人たちから、歓声が上がった。とはいえ、とても楽観視できる状況にはなかった。



 何といっても獣は俊敏だった。

 耳と鼻が効かなくなっても、持ち前の素早さで、切りつけてくる兵士たちを、一人また一人と突き飛ばし、踏みつけていく。

 それでも兵士と魔術師たちは獣にわずかにだが、しかし確実にダメージを負わせていった。

 獣の白い毛が赤く斑模様に染まっていく。


「すごい、これが……勇気……」


 孝宏は目の前で繰り広げられる戦いに釘付けだった。

 兵士や魔術師たちの表情には、覚悟とホンの少しの恐怖が浮かんでおり、まさに今、目の前で命のやり取りが行われている。

 孝宏には彼らの姿が双子と重なって見え、背中がゾクリとした。


(まさかとは思うけど、カウルやルイも?)


 視界の端に捉えた双子は、正に仇を見る目で獣を見ていた。

 ルイが腰の短剣を抜き、目の前で刃を縦にして構えた。鍔にルイの息がかかる。


「ルイ待て!今見ただろう?魔法は効かない。今お前が行っても邪魔なだけだ!」


 そう言うカウルは、御者席に座ったまま手綱をギュッと握り絞めてはいるが、言いながら脇に置いてあった剣を引き寄せた。


「わかってる。でも獣はあれを突破してこっちに来るよ」


 ルイは数メートルに出て、獣と車の間に立った。視線は獣を見据えたまま、地面に短剣を突き立てた。


「アイツ…………さっきからこっちを見てる」



――gyaaaaooo!――




 ルイの言葉と獣の叫び声が重なった。獣が唸り声を上げながら、加速する。誰かの《逃げろ》と叫ぶ声が聞こえた。


「落ちろよ。潰してやる」


 ルイが突き刺した短剣を起点にして、地面がひび割れ、大地を裂いた。ひび割れは獣に向かって一直線に伸びるが、途中で不自然に止まった。


「くそっこれもダメか!?」


 ルイが短剣を地面から引き抜き、再び顔面に構えるが、すでに獣は目前に迫っていた。カウルが手綱を離し、剣を握って御者席を素早く飛び降りたが、もはや間に合わないだろう。


 孝宏は今更、獣から目を離すなどできなかった。


「あっ……」


 孝宏は逃げ出したい衝動を、必死に堪えていた。腕に爪を立て、痛みで恐怖を上塗りする。

 凶鳥の兆しを暴走させない為、この数日ですっかり癖になってしまった。だが、ルイを挟んだ向こう側で、獣がこちらを見てニタッと、笑った気がしてふと力を抜いた。


「鳥……だっけか。もしもお前が俺を守ってくれるっていうなら、力を貸して欲しい。俺の思い通りに動いてくれ」


 両手に拳を握った。


(………………熱い)


「あの時みたいに、何でも焼き尽くしたいわけじゃないんだ」

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