34 / 180
冬に咲く花
32
しおりを挟む一人の魔術師が獣に向けて、杖を振り下ろした。
杖の先からメロン程の火の玉が獣に襲いかかるが、火の玉は獣に当たる直前、四方八方に弾けて消えた。
「今のって、魔法が消えちゃった?」
獣が現れたのは検問所を挟んで反対側の森の中。車からは遠くていてはっきりとしないが、孝宏には獣に当たる前に弾けて見えた。
獣が頭を振ったのと同時だったが、偶然なのか。
「そういう感じに見えたな。でも変だ」
「何でだよ?」
「基本的には魔法は言葉で操る。魔法を打ち消せるのは、魔法しかない。言葉を持たない動物に魔法は操れないはずなんだけど……」
「それマジか?」
「魔法の基本だぞ?ルイは言ってなかったか?」
「聞いた記憶がないな。これでも記憶力は割と良い方なんだ」
「まったくあいつは……適当だから困るんだ」
カウルの言った事が本当なら、今起きたのはなんだと言うのか。彼が間違っているか、魔術を使う新種か。
「それが、実は人だとか?」
「まあ、ありえない事じゃない。でもあんな種は知らないな」
始めの攻撃に続いて、他の魔術師も獣に魔術を放った。様々な魔術が獣を襲ったが、そのどれもが効果を発揮する前に、パッと消えてしまった。
「くそっ」
魔術師の一人が、拳を握った手を高く挙げた。兵士と魔術師たちが、素早く獣を取り囲む。
「構え!」
号令と同時に挙げたままの手を開いた。魔術師たちが杖を獣に向けた、杖の先は光を湛え、すぐにでも魔術が放たれそうだ。
「放て!」
号令がかかると、魔術師たちが一斉に魔術を獣目がけて放った。けたたましい破烈音が周囲に響く。
獣は驚いたのか一瞬動きを止め、首を振った。
(獣の動きが鈍った?)
すぐさま数人の兵士が腰のポシェットから、黒い塊を取り出し、松明の中に放り込んだ。一分も経たないうちに、ツンと鼻を着く臭いがあたりを漂い始めた。
(耳と鼻を効かなくする作戦か!)
孝宏は上着の袖で、口と鼻を覆って、ちらりと横を見た。
カウルといつの間にか戻っていたルイも、同じようにしているが、器用にも耳もぺたんと下がっている。
(そりゃ……耳も鼻も良いからな、てか耳動くのか)
獣は闇雲に突進しては、詰所や、検問所の左右に伸びる壁にぶつかり暴れている。避ける仕草もない。
「報告通りだ。あいつ、目が見えていない!」
隙を付いて兵士たちが獣に切りつけた。魔術と違い刃は獣の皮膚を切り裂き、白い毛を血に染めた。
「やったぞ!」
遠くから見守っていた人たちから、歓声が上がった。とはいえ、とても楽観視できる状況にはなかった。
何といっても獣は俊敏だった。
耳と鼻が効かなくなっても、持ち前の素早さで、切りつけてくる兵士たちを、一人また一人と突き飛ばし、踏みつけていく。
それでも兵士と魔術師たちは獣にわずかにだが、しかし確実にダメージを負わせていった。
獣の白い毛が赤く斑模様に染まっていく。
「すごい、これが……勇気……」
孝宏は目の前で繰り広げられる戦いに釘付けだった。
兵士や魔術師たちの表情には、覚悟とホンの少しの恐怖が浮かんでおり、まさに今、目の前で命のやり取りが行われている。
孝宏には彼らの姿が双子と重なって見え、背中がゾクリとした。
(まさかとは思うけど、カウルやルイも?)
視界の端に捉えた双子は、正に仇を見る目で獣を見ていた。
ルイが腰の短剣を抜き、目の前で刃を縦にして構えた。鍔にルイの息がかかる。
「ルイ待て!今見ただろう?魔法は効かない。今お前が行っても邪魔なだけだ!」
そう言うカウルは、御者席に座ったまま手綱をギュッと握り絞めてはいるが、言いながら脇に置いてあった剣を引き寄せた。
「わかってる。でも獣はあれを突破してこっちに来るよ」
ルイは数メートルに出て、獣と車の間に立った。視線は獣を見据えたまま、地面に短剣を突き立てた。
「アイツ…………さっきからこっちを見てる」
――gyaaaaooo!――
ルイの言葉と獣の叫び声が重なった。獣が唸り声を上げながら、加速する。誰かの《逃げろ》と叫ぶ声が聞こえた。
「落ちろよ。潰してやる」
ルイが突き刺した短剣を起点にして、地面がひび割れ、大地を裂いた。ひび割れは獣に向かって一直線に伸びるが、途中で不自然に止まった。
「くそっこれもダメか!?」
ルイが短剣を地面から引き抜き、再び顔面に構えるが、すでに獣は目前に迫っていた。カウルが手綱を離し、剣を握って御者席を素早く飛び降りたが、もはや間に合わないだろう。
孝宏は今更、獣から目を離すなどできなかった。
「あっ……」
孝宏は逃げ出したい衝動を、必死に堪えていた。腕に爪を立て、痛みで恐怖を上塗りする。
凶鳥の兆しを暴走させない為、この数日ですっかり癖になってしまった。だが、ルイを挟んだ向こう側で、獣がこちらを見てニタッと、笑った気がしてふと力を抜いた。
「鳥……だっけか。もしもお前が俺を守ってくれるっていうなら、力を貸して欲しい。俺の思い通りに動いてくれ」
両手に拳を握った。
(………………熱い)
「あの時みたいに、何でも焼き尽くしたいわけじゃないんだ」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。
なんか気が付いたら目の前に神様がいた。
異世界に転生させる相手を間違えたらしい。
元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、
代わりにどんなものでも手に入るスキルと、
どんな食材かを理解するスキルと、
まだ見ぬレシピを知るスキルの、
3つの力を付与された。
うまい飯さえ食えればそれでいい。
なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。
今日も楽しくぼっち飯。
──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。
やかましい。
食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。
貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。
前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。
最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。
更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
(次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)
異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)
朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。
「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」
生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。
十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。
そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。
魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。
※『小説家になろう』でも掲載しています。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
【完結】可愛くない私に価値はない、でしたよね。なのに今さらなんですか?
りんりん
恋愛
公爵令嬢のオリビアは婚約者の王太子ヒョイから、突然婚約破棄を告げられる。
オリビアの妹マリーが身ごもったので、婚約者をいれかえるためにだ。
前代未聞の非常識な出来事なのに妹の肩をもつ両親にあきれて、オリビアは愛犬のシロと共に邸をでてゆく。
「勝手にしろ! 可愛くないオマエにはなんの価値もないからな」
「頼まれても引きとめるもんですか!」
両親の酷い言葉を背中に浴びながら。
行くあてもなく町をさまようオリビアは異国の王子と遭遇する。
王子に誘われ邸へいくと、そこには神秘的な美少女ルネがいてオリビアを歓迎してくれた。
話を聞けばルネは学園でマリーに虐められているという。
それを知ったオリビアは「ミスキャンパスコンテスト」で優勝候補のマリーでなく、ルネを優勝さそうと
奮闘する。
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる