超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

文字の大きさ
上 下
32 / 180
冬に咲く花

30

しおりを挟む

 家を出発して二日後。最低限の睡眠で、走り詰め、カダンはようやくソコトラに付いた。

 出来るだけ早く村に着きたくて、山を越えて来たのだが、思った以上に時間がかかってしまったのは、付近の山で徘徊していた、例の化物を避けながら来た為だ。

 どれもが見たこともない生き物だっだが、姿、形、大きさは様々で、統一性がないのが何より恐ろしかった。

 山を抜け、荒れた田畑の中を進む。通常であれば初めに郵便局が見えて来るはずが、進めどそれらしき建物は見えてこない。

 代わりに焼け落ちがれきと化した建物と、封筒をモチーフにした看板が折れ曲がり、半分土に埋もれている。


 郵便局を過ぎると、民家が立ち並び、西の方面には、麦畑が広がっているはずだった。しかしやはりと言うべきか、今では悲しいほどに風通しよく、以前の面影は無いに等しい。


「どうしたら、これほどになるんだよ」


 呟いた言葉の答えもでないまま、カダンは以前は生活道だったガレキの隙間を、記憶を頼りに進んだ。

 カダンも十五になるまでは、この村に住んでいた。

 知り合いの家であった所を見つけては、中に人がいないか見て回った。だが詳しくは探さない。覗いては誰もいないと安堵し、ガレキに手をかけては、持ち上げずにその場を立ち去った。


 村の中心部に差し掛かった時だった。

 村で唯一の教会が、カダンの記憶ほぼそのままに残っていた。村の中でも大きめの建物で、シンボル的な存在感があったのでよく覚えている。

 しかし、村中の建物が無残に破壊されているのに、この教会だけが無事というのは、どう考えても不自然に思えた。足も自然と教会へ向く。

 教会の周りを、濃紺の軍服を着た、兵士と思しき人たちが取り囲んでいた。カダンはその一人に尋ねた。


「あの、どうかしたんですか?」


「きみはなんだ?記者とかなら出てってくれ。村は今立ち入り禁止だぞ」


「この村の者で、私を世話してくれた叔父と叔母を探してるんです。どうか、教えて下さい」


「でもここは……いや、まあいい。教会の中に逃げた人がいるみたいなんだけど、どうやっても中に入れないんだよ。わかったらあっちの……あ!おい!」


 カダンは兵士をかき分けて、人集の前列に抜け出て驚いた。教会の門前て一人の魔人の女が立ちはだかり、両手を広げ、侵入者を拒んでいたのだ。


「オウカさん?」


 その女性はカウルとルイの母親だった。

 いつもは綺麗にまとめていた髪を振り乱し、ボロボロになった寝巻き姿で微動だにしない。カダンが名前を読んでも、振り向いてくれなかった。

「お前、この人の知り合いか?」

 兵士とは違う、黒いローブをまとった男が話しかけてきた。

 金地に赤糸で花をモチーフにした刺繍が施されたエンブレムを左胸に付けている。宮廷魔術師だ。


「はい、叔母です。名前はシエクラ・オウカ……です」


「そうか。では、落ち着いて聞いて欲しい。率直に言うと、彼女は死んでいる」


 カダンは歯を食いしばった。


「おそらく、自分自身を楔にして、教会全体に結界を張ったのだろう。私たちはこれを解除し、中の人を救出したいが、情けないことに何をしても結界が解けない。解除する鍵があれば、すぐにでも、結界は消えるはずなのだ。君は何か知らないか?」


「いえ、何も。心当たりはありません」


「そうか、残念だ。だかもし何か思い出したら、いつでも言ってくれ」


 兵士たちは散って、魔術師は結界を解く手がかりを探しに、一旦王都へ戻った。

 教会の前は兵士が二人、見張りとして立っているだけになる。


 カダンがフラフラとオウカに近づいたのを、兵士の一人が止めようと手を出しかけたが、それをもう一人の兵士が止めた。


「オウカ叔母さん……俺、叔母さんに相談したいことあったんだ。手紙の返事だって、まだ貰ってないし……」


 土気色した作り物のような皮膚は冷たく、彼女は沈黙したまま。

 カダンが何もないところへ手を伸ばすと、周囲には見えない壁が確かにあった。

 肉眼では見えず、触れて初めてそこにあると気づける壁が。壁はオウカに隙間なく付いており、彼女は壁の一部となっている。

 もう決してオウカと視線が絡むことはない。彼女の目は上向いたまま、固まっている。

 カダンは震える手で、オウカの服の埃を払った。

 黒ずんだ大きなシミや、薄い黄ばんだ液体が染み込んだ跡は、それだけでは落とせない。裸足は傷だらけで、地面には黒くシミが広がる。


「何で……何で……何でこんな……どうして!」


 カダンは地面に膝を付いてうな垂れた。そうしてオウカの前で放心していたが、しばらくするとノロリと立ち上がり、生気のない様子で歩き出した。


 教会の中に閉じ込められていると言っても、全てではないはずと思い立ったからだ。

 いくら村といえども、数百人はいる村人が、すべて教会の中に入れるばすはない。

 カダンが他の村人の居場所を兵士に尋ねると、案の定、救助された他の村人がいるという。

 村の西側、畑であった場所に張られたテント。そこに村人が集められていた。








 テントに向かってから数時間後、カダンは郵便局であった、ガレキに腰を下ろしていた。

 夕日が沈むのを眺めながら、カウルとルイにどう説明しようか考えていた。

 母親は死んで、父親は行方不明。

 家を出る前、二人に言った台詞を思い出す。


 父親はかつて、王宮に使えた兵士で、母親は宮廷魔術師として活躍した。
 辞めた今でも、自分が勇敢な戦士である事に誇りを持っていた彼らが、逃げ惑う村人を放って逃げるはずがなかった。

 彼らは最後まで戦って、村人を守ったのだと、二人と同じように、守るべく戦った人たちが教えてくれた。勇敢で誇り高い戦士だったと、泣きながらに話してくれた。

 その話をしてくれた人もまた、絶望的な傷を体に負っていた。テントの中は、そのような人ばかりが寝かされていた。

 見知った顔はなく、それが幸か不幸かは知りたくない。

 これほど多くの人の死に直面したのは初めてで、カダンはどうしたらいいのかわからずにいた。


「…………!!!」


 すがる者が欲しくて名を呼んだ。しかし答えてくれる相手も、すでにこの世にはいない。

 カダンはこの時、一人で村に来てしまったことを後悔していた。誰か、せめて二人でいたなら、少しは心強かったかもしれない。

 嫌なモノを見たくなくて、わざと村の外れまで来たが、帰る勇気も、かといって破壊された村を歩き回る勇気もない。

 どうすべきか答えが出ないまま、ついにその日の夕日は沈んでしまった。



 その夜、カダンは夢を見た。

 無数の獣たちが、戦いに憔悴しきった人達に襲いかかる夢。

 それから、見たことのない大きな獣と、それに立ち向かう人々。果敢に立ち向かう勇気も虚しく、一人、また一人と食べられていく。

 空気は絶望に染まり、獣の目前に広がる街並みがガレキに変わっていく、そんな夢を見た。


「……!」


 まだ朝には早く、闇が支配する時刻。カダンは目を覚ました。
 心臓の鼓動は異様に早く打ち、まだ冬だというのに、背中は汗でびっしょり濡れている。


(獣姿で寝てたのに、いつの間に人型に戻ってたんだろう)


 寝起きでおぼろげな視界に、ガレキとなった村がうつり、夢の光景と重なり思わずたじろぐ。

 遠く方で、獣が高らかに吠えた。


(どうしたら、この悪夢は終わるんだろう)


 茂みの中で、金色の瞳が無数に光っていた。こちらを伺う息遣いが聞こえてくる。


「勇者だっていうなら、この悪夢を…………早く止めてよ」


 カダンは涙を堪え、砂利を拳の中に握り、地面を叩いた。


 一回目は威嚇の為に。

 二回目は自分を奮い立たせる為に。

 三回目は獣の血を呼び起こすために。


 漆黒の闇を、カダンの呻き声がつんざいた。

 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法使いと皇の剣

1111
ファンタジー
かつて世界は一つだった。 神々が大陸を切り離し閉ざされた世界で 魔法使いのミエラは父の復讐と神の目的を知る為 呪われた大陸【アルベスト】を目指す。 同じく閉ざされた世界で〔皇の剣〕と呼ばれるジンは 任務と大事な家族の為、呪われた大陸を目指していた。 旅の中で、彼らは「神々の力の本質」について直面する。神とは絶対的な存在か、それとも恐れるべき暴君か。人間とは、ただ従うべき存在なのか、それとも神を超える可能性を秘めたものなのか。 ミエラに秘められた恐るべき秘密が、二人を究極の選択へと導いていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

処理中です...