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冬に咲く花
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しおりを挟む家を出発して二日後。最低限の睡眠で、走り詰め、カダンはようやくソコトラに付いた。
出来るだけ早く村に着きたくて、山を越えて来たのだが、思った以上に時間がかかってしまったのは、付近の山で徘徊していた、例の化物を避けながら来た為だ。
どれもが見たこともない生き物だっだが、姿、形、大きさは様々で、統一性がないのが何より恐ろしかった。
山を抜け、荒れた田畑の中を進む。通常であれば初めに郵便局が見えて来るはずが、進めどそれらしき建物は見えてこない。
代わりに焼け落ちがれきと化した建物と、封筒をモチーフにした看板が折れ曲がり、半分土に埋もれている。
郵便局を過ぎると、民家が立ち並び、西の方面には、麦畑が広がっているはずだった。しかしやはりと言うべきか、今では悲しいほどに風通しよく、以前の面影は無いに等しい。
「どうしたら、これほどになるんだよ」
呟いた言葉の答えもでないまま、カダンは以前は生活道だったガレキの隙間を、記憶を頼りに進んだ。
カダンも十五になるまでは、この村に住んでいた。
知り合いの家であった所を見つけては、中に人がいないか見て回った。だが詳しくは探さない。覗いては誰もいないと安堵し、ガレキに手をかけては、持ち上げずにその場を立ち去った。
村の中心部に差し掛かった時だった。
村で唯一の教会が、カダンの記憶ほぼそのままに残っていた。村の中でも大きめの建物で、シンボル的な存在感があったのでよく覚えている。
しかし、村中の建物が無残に破壊されているのに、この教会だけが無事というのは、どう考えても不自然に思えた。足も自然と教会へ向く。
教会の周りを、濃紺の軍服を着た、兵士と思しき人たちが取り囲んでいた。カダンはその一人に尋ねた。
「あの、どうかしたんですか?」
「きみはなんだ?記者とかなら出てってくれ。村は今立ち入り禁止だぞ」
「この村の者で、私を世話してくれた叔父と叔母を探してるんです。どうか、教えて下さい」
「でもここは……いや、まあいい。教会の中に逃げた人がいるみたいなんだけど、どうやっても中に入れないんだよ。わかったらあっちの……あ!おい!」
カダンは兵士をかき分けて、人集の前列に抜け出て驚いた。教会の門前て一人の魔人の女が立ちはだかり、両手を広げ、侵入者を拒んでいたのだ。
「オウカさん?」
その女性はカウルとルイの母親だった。
いつもは綺麗にまとめていた髪を振り乱し、ボロボロになった寝巻き姿で微動だにしない。カダンが名前を読んでも、振り向いてくれなかった。
「お前、この人の知り合いか?」
兵士とは違う、黒いローブをまとった男が話しかけてきた。
金地に赤糸で花をモチーフにした刺繍が施されたエンブレムを左胸に付けている。宮廷魔術師だ。
「はい、叔母です。名前はシエクラ・オウカ……です」
「そうか。では、落ち着いて聞いて欲しい。率直に言うと、彼女は死んでいる」
カダンは歯を食いしばった。
「おそらく、自分自身を楔にして、教会全体に結界を張ったのだろう。私たちはこれを解除し、中の人を救出したいが、情けないことに何をしても結界が解けない。解除する鍵があれば、すぐにでも、結界は消えるはずなのだ。君は何か知らないか?」
「いえ、何も。心当たりはありません」
「そうか、残念だ。だかもし何か思い出したら、いつでも言ってくれ」
兵士たちは散って、魔術師は結界を解く手がかりを探しに、一旦王都へ戻った。
教会の前は兵士が二人、見張りとして立っているだけになる。
カダンがフラフラとオウカに近づいたのを、兵士の一人が止めようと手を出しかけたが、それをもう一人の兵士が止めた。
「オウカ叔母さん……俺、叔母さんに相談したいことあったんだ。手紙の返事だって、まだ貰ってないし……」
土気色した作り物のような皮膚は冷たく、彼女は沈黙したまま。
カダンが何もないところへ手を伸ばすと、周囲には見えない壁が確かにあった。
肉眼では見えず、触れて初めてそこにあると気づける壁が。壁はオウカに隙間なく付いており、彼女は壁の一部となっている。
もう決してオウカと視線が絡むことはない。彼女の目は上向いたまま、固まっている。
カダンは震える手で、オウカの服の埃を払った。
黒ずんだ大きなシミや、薄い黄ばんだ液体が染み込んだ跡は、それだけでは落とせない。裸足は傷だらけで、地面には黒くシミが広がる。
「何で……何で……何でこんな……どうして!」
カダンは地面に膝を付いてうな垂れた。そうしてオウカの前で放心していたが、しばらくするとノロリと立ち上がり、生気のない様子で歩き出した。
教会の中に閉じ込められていると言っても、全てではないはずと思い立ったからだ。
いくら村といえども、数百人はいる村人が、すべて教会の中に入れるばすはない。
カダンが他の村人の居場所を兵士に尋ねると、案の定、救助された他の村人がいるという。
村の西側、畑であった場所に張られたテント。そこに村人が集められていた。
テントに向かってから数時間後、カダンは郵便局であった、ガレキに腰を下ろしていた。
夕日が沈むのを眺めながら、カウルとルイにどう説明しようか考えていた。
母親は死んで、父親は行方不明。
家を出る前、二人に言った台詞を思い出す。
父親はかつて、王宮に使えた兵士で、母親は宮廷魔術師として活躍した。
辞めた今でも、自分が勇敢な戦士である事に誇りを持っていた彼らが、逃げ惑う村人を放って逃げるはずがなかった。
彼らは最後まで戦って、村人を守ったのだと、二人と同じように、守るべく戦った人たちが教えてくれた。勇敢で誇り高い戦士だったと、泣きながらに話してくれた。
その話をしてくれた人もまた、絶望的な傷を体に負っていた。テントの中は、そのような人ばかりが寝かされていた。
見知った顔はなく、それが幸か不幸かは知りたくない。
これほど多くの人の死に直面したのは初めてで、カダンはどうしたらいいのかわからずにいた。
「…………!!!」
すがる者が欲しくて名を呼んだ。しかし答えてくれる相手も、すでにこの世にはいない。
カダンはこの時、一人で村に来てしまったことを後悔していた。誰か、せめて二人でいたなら、少しは心強かったかもしれない。
嫌なモノを見たくなくて、わざと村の外れまで来たが、帰る勇気も、かといって破壊された村を歩き回る勇気もない。
どうすべきか答えが出ないまま、ついにその日の夕日は沈んでしまった。
その夜、カダンは夢を見た。
無数の獣たちが、戦いに憔悴しきった人達に襲いかかる夢。
それから、見たことのない大きな獣と、それに立ち向かう人々。果敢に立ち向かう勇気も虚しく、一人、また一人と食べられていく。
空気は絶望に染まり、獣の目前に広がる街並みがガレキに変わっていく、そんな夢を見た。
「……!」
まだ朝には早く、闇が支配する時刻。カダンは目を覚ました。
心臓の鼓動は異様に早く打ち、まだ冬だというのに、背中は汗でびっしょり濡れている。
(獣姿で寝てたのに、いつの間に人型に戻ってたんだろう)
寝起きでおぼろげな視界に、ガレキとなった村がうつり、夢の光景と重なり思わずたじろぐ。
遠く方で、獣が高らかに吠えた。
(どうしたら、この悪夢は終わるんだろう)
茂みの中で、金色の瞳が無数に光っていた。こちらを伺う息遣いが聞こえてくる。
「勇者だっていうなら、この悪夢を…………早く止めてよ」
カダンは涙を堪え、砂利を拳の中に握り、地面を叩いた。
一回目は威嚇の為に。
二回目は自分を奮い立たせる為に。
三回目は獣の血を呼び起こすために。
漆黒の闇を、カダンの呻き声がつんざいた。
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