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冬に咲く花

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 孝宏がその場を立ち去ろうとした時、それまで黙っていた緑のマントの小人が、孝宏を引き止めた。


「あなた、待って………ユー、この人から鳥の匂いがする」


 本から三人が引き剥がすべく、建物の隙間に足を踏み入れたばかりの、青い小人、ユーが立ち止まった。ゆっくりと振り向き、小さな目を見開いて孝宏を凝視した。


「ター、本当?私は気づかなかった」


 緑の小人、ターが頷く。


「微かにしか匂いはしない。けど、確かにこの人から、鳥の匂いがする。間違いない」


 小人たちの雰囲気がガラリと変わった。孝宏から見ると本当に小さく、フードをかぶっている小人の表情は読めなかったが、背中がぞわりとして、全身に鳥肌が立った。

 小人達は自身のマントの左右に突き出している、一対の袋に手を通した。

 孝宏が袖かポケットかと思っていたそれは、実はマントと一体になっている手袋だった。ただの筒型の袋に、小人たちが手を入れたとたん、先端に五本の鋭い爪が現れた。

 変化は続けざまに起きた。

 まずマントの内が真空になっていった。つまり、どういう事かというと、マントが両腕と背中と腰にぴったりとシワなく張り付く。余った裾の部分がクルクルと巻き、尻から生える、一本の尻尾のようになった。

 フードが頭と一体となり、ライオンの立髪のように立派に逆立つと、いつの間にか体の後ろ半分を覆っているウロコがヌメるように光った。


(マントがウロコに変化したのか?)


「隠している場所を素直に吐きなさい。そうすれば、盗んだことは許してあげる」


 ユーが、掌を上に差し出した手の、長く鋭い爪同士を当てて音を立てた。爪同士が当たる度に硬質な金属音がなるのだ。それは酷く耳障りな音だった。


「鳥だって?」


 神経を逆なでる単語が聞こえ、孝宏はほぼ反射的に拳をグッと握った。心内で黒くドロドロしたものが渦巻き、今も出口を探している。孝宏は小さく舌打ちした。


(またトリかよ。クソッ)


「それがなんだって言うんだ。俺は何もやましい事を何一つしてない。鳥が盗まれたって言うなら、俺じゃあない。他を当たれ。勝手な事言ってんじゃねぇよ、この……」


 孝宏は唇を噛んで、言葉を閉じた。深く息を吸い、胃から逆流してくる苦いモノをグッと堪え飲み込んだ。

 興奮すると、口数が増えるのは昔からの悪い癖だ。つい余計なことまで口走り、さらに拗れるのが常となっている。

 彼らの言っている鳥が、孝宏の腹にいる鳥と同一とは言い切れないが、匂いがすると言うのなら可能性はある。

 孝宏は一瞬だけ考えた。マリーなら腹の鳥の事を言うだろうか。

 孝宏から見たマリーは正義感が強くお人好し。努力を惜しまない人だ。おそらく、聞かれたら素直に答えるだろう。

 それが彼女の良い所でもある。小さくて可愛い彼らの危険性などまるで疑わないのだ。

 だからといって、なにも孝宏は慎重さが故に知らないと言ったのでない。これはただの八つ当たりだ。


「ああ、そう言うの」


 ユーが左足を引いた。両手で体重を支え、上半身を前にかがめる。ちょうど、陸上のクラウチングスタートの格好になる。続いて、ターも同じ様に身を屈めた。後悔先に立たずだ。


「あっ、ちょっとまっ……」


 孝宏が言い切る前に、小人たちが動いた。1メートルもの距離を目にも止まらぬ速さで詰め、彼らの爪が孝宏のふくらはぎを服ごと切り裂く。

 孝宏が痛みを感じたのは、血に染まる自身の足を見てからだった。両足のふくらはぎから側面にかけて、四本の赤い筋から鮮血が広がっている。傷口がジンジンと熱く、痛みが増していく。


――ドックンドックンドックン――


 耳の奥から聞こえる心音が脳を揺らし、小人たちが孝宏に何か言っているが、耳の奥がうるさくて雑音にかき消され上手く聞き取れない。

 孝宏が探すと、青と緑の小人は孝宏から離れ、先ほどと同じ前かがみの格好でいた。小人同士も互いの距離をとってタイミングを図っている。

 更に悪い事に、小人たちが初めに立っていた隙間には、本を読んでいた三人の内、藍と黄の二人が、爪を剥きだして、今にも駆け出さんとしていた。


「ふ、増え……」


「さあ!盗んだものを返せ!」


 藍の小人が地面を蹴り、飛びかかってきた。孝宏の目には、小人の残像しか写らない。

 血を見て興奮したのか、先ほどよりも気分が悪い。

 孝宏は二・三歩後ろによろめいた。

 おかげで藍色と黄色の小人の爪をタイミングよく交わせたが、ここは狭い路地だ。すぐに煉瓦造りの壁に、背中が当たる。

 耳を付けて、壁にもたれかかると、冬の冷気に冷えた煉瓦が痛くて、むしろ心地良い。多少の痛みと冷たさは、混乱した孝宏をわずかながらも冷静にさせた。


「さっきはあんな事言ってごめん。でも俺は本当に何も盗んでいない。ただ鳥とやらには心あたりがある」


「持っているなら、やっぱり盗人ではないの?でも今ならこれ以上の事はしないであげるわ。さあ、出しなさい」


 小さいながらも高圧的に上から物を言う。小人たちは盗んでいないという、孝宏の言い分を全く信じていないようだったが、一応は攻撃が止み、孝宏は安堵した。


「だから、俺は盗んでないって!」


 取り囲む小人は、青、緑、藍、黄の四人。どれも爪を突き出し、少しずつ間合いを詰めてくる。気がつけば最後の一人、赤い小人も建物の隙間から出てきて、こちらの様子を伺っていた。


「鳥って言うのは凶鳥の兆しのことだろう!?俺のお腹にアザがある。でも知らない間にできてたんだ!俺が盗んだんじゃない!」


 これで開放されると期待していた孝宏の意に反して、小人たちは首を横に振った。


「何を言っているんだ?」


 ターが言った。


「トリはアザなんかじゃない。れっきとした鳥だ。決して死なぬ鳥。嘘で欺こうとしても、私たちには通用しない」


「嘘ならもっとちゃんとした嘘をつきなよ」


 小人たちは孝宏の言い分を一蹴して、嘲笑った。苦し紛れの戯言と捉え、まるで本気にしていない。

 彼らはその場で軽く跳ね、そしてタイミングをずらし、次々と孝宏に飛びかかってきた。孝宏はとっさに背中を丸め、頭の前で両腕を交差させた。

 彼らは足と限らず、全身の至る箇所を爪で削っていった。実に器用に、深すぎず、しかし浅すぎず、死なぬとも確実に血が流れる程度の傷を残していく。

 小さな羽虫を、素手で叩き落とすのが難しいように、彼らもまた、素早い動きで孝宏を翻弄した。人間では考えきれない脚力と、跳躍力がそれを可能とした。

 人間から見れば一歩で届く距離が、小人の彼らからすれば何十倍にもなる。しかし彼らはその距離を、目にも止まらぬ素早さで、駆け抜けるのだ。

 孝宏になすすべなどなかった。
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