超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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冬に咲く花

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 孝宏は針葉樹の林を駆け抜け、勾配のある坂を転げるように下った。

 民家が一つ、二つと増えてくると、風に潮の香りが混じる。徐々に速度を落としつつ喧噪をかき分けた。息を整える。

 顔を上げればそこは、大小さまざまな船が停泊する、大きな港だった。

 車の行き交う通りに沿って、幹の太い大きな木が二重に並び、海からの風を受け止めていた。

 海側に赤い煉瓦の建物が並び、並木と通りをはさんで反対側に、白っぽい煉瓦の建物が並ぶ。船から下ろされた、荷物を乗せた馬車やらが行き交い、港では商人と船乗りで、いつも通り賑わっていた。


(なんだよ、こんな時ばかり勇者だなんて言って。普段は言わないのに)


(自覚なんてあるはずないだろ。久しぶりに勇者って聞いたんだ。忘れてたよ、そんなもの)


 孝宏は冬だというのに額に汗を浮かべ、両膝に手を付く。荒い息遣いが落ち着くのを待ってから、ジャケットを脱ぎ、深呼吸をして息を整える。海の風は冷たく、急激に体温が下がると、孝宏はジャケットを着直した。

 孝宏の背後から、カッポカッポヒヅメを鳴らして、近づくモノがあった。それはケンタウロスのような人で、荷物を乗せた車を引いているところであった。


「坊主、邪魔だい。どきなったい」


「すみません」


 孝宏は慌てて倉庫の赤い壁に背中を寄せた。


「ありがとうってい!」


 ケンタウロスは右手の拳を勢いよく振り上げ、満足げに頷いた。


(何だって、こんなにも居心地が悪いんだ)


 忙しく動き回る人たちが、船から船へ、港から港へ。店から自宅へ、旅から旅へ。そんな様子を、広場の噴水の淵に腰掛け、観察していた。ここはいつ来ても異様だ。

 これだけの人が集まる場所だというのに、自分は常に異質で、誰も気にかけない道端の花だって、もっとマシな事を考えているだろうに、自分は何をしているのだろう。


「おい、聞いたか。コレーの…………」


「化……が出たって………」


 見たこともないような化物が、村や町を襲っている。噂は町にすっかり広まっていた。

 青い羽の耳と背中の翼を震わす鳥人の男も、手足を黒く短い毛に覆われ大きな乳を揺らしながら急ぐ羊人の女も、全身を冷たいウロコに覆われた二足歩行のトカゲの屈強な男も、皆がまだ見ぬ化物に怯えていた。


「死人が……って」


「まだ討伐されてないらしい……どうな………」


 孝宏は町の噂話に聞き耳を立てながら、無意識に右足で貧乏ゆすりしていた。

 噴水にかけられた魔術が冬の寒さから水を守り、吹き上がる水はどんなに寒くても凍ることはない。寒い冬の朝だっていつもと変わらず水の芸術を作り出している。

 そんなわけで、噴水の水が孝宏の背中や頭にかかり、濡らしている。

 本当なら、何かとこの場所に座っていた孝宏にとっては、いつもの事で今までは気にならなかったのに、今日ばかりは人の視線に苛立つ。

 孝宏はノロッと立ち上がり、人ごみに混じり歩き出した。人の中にあると、聞きたくない会話が、より鮮明に耳に届く。


(何で俺がイライラしなきゃいけなんだ)



 赤いレンガの、番号が掲げられている倉庫を抜け、海から離れると、町の景色は一変する。大小様々な円柱状の建物が並び、町を一枚のキャンパスにして、多彩な色が溢れていた。建物の色には統一性はない。だが、妙な一体感があった。

 大きい通りを避け、路地に入る。表と違って人はまばらだ。孝宏はより狭い路地へ、より人のいない場所へ進んだ。意識的に人の声の聞こえない場所へ、一人になれる場所を探して歩いた。

 迷路のような路地の隙間、幼い子供がやっと通れる程の隙間を横目に、通り過ぎようとした時だった。


「おい、ミー。早く次をめくって」

「急かさないでよ。結構体力、つか……うんだよっと!」

「もっとゆっくり読めんの?ヨーは早いよ」


 隙間から小さな声が聞こえてきた。

 排水口と放置された木屑やゴミの影に隠れて、小人が三人。ジュース缶程もない彼らの体には、大きすぎる本を覗き込んでいた。
 

(何だこいつら、ちっせぇ。被り物してるのか?)


 フードは黄土色の長い毛で覆われ、マントは藍、赤、黄と色がそれぞれ違っている。藍色はともかく、周囲にとけ込めておらず、声を出して騒いているところを見ると、隠れているつもりはないのだろう。


「あなたたち、何をしているの?」


 下から声がして、足下を見ると、同じような被り物をした小さな人が二人いた。こちらは青と緑のマントだ。いつの間にそこにいたのだろう。チョロチョロ動き回る、小動物を連想させた。


「そこの大きな人。私たちを踏み潰さないでね」


 青い方が言った。緑の小人が右手で日差しを遮り、こちらを見上げている。


「何だ、私たちが珍しいのか?」


 小人の声は小人らしく、やはり小さい。しゃがんでみても、やっと内容を把握できる程度にしか聞こえない。

 逆に言えば、立ってもしゃがんでも、何とか内容を聞き取れる程度には聞こえているという事だ。

 魔術で声を届けているとしか思えなず、孝宏は感心して感嘆の眼差しを向けた。

 フードの中は人間と、つまりは自分と対して変わらない、肌色の皮膚と体型。耳は頭の左右についているし、二つの目に、手足は2本ずつ。耳は尖っていないが、ほぼ想像していた通りの小人がそこにいた。


「へぇ、小っちゃいな。俺、小人を見たのは初めてだ」


「小人とは違う。確かにあなたに比べれば、私はとても小さいが、私たちはあなたよりもずっと大きい」


 不躾に声を掛けた孝宏に対し、青い小人はなぞかけで答えた。青い小人は言葉に不満を紛れ込ませたのだが、孝宏は気が付かなかったのか、呑気にしている。


「もしかして、合体とかして、大きく変身したするのか。すげぇな」


 青い小人があえてあいまいにしたのを、孝宏が事もなさげに見抜いた。

 難しい謎かけでもないのだから、孝宏でなくとも解けただろうが、日頃他種族を小ばかにしていた青い小人にとって、少しばかり面白くなかった。

 そこでとたんに青い小人は、孝宏に興味をなくした。


「大きな人、私たちは人を探している。邪魔をしてくれるな」


 孝宏も別に小人に構いたかったわけでなく、物珍しさから興味をひかれただけで、初めは一人になれる場所を探していたのだ。彼にとっても問題はない。

 本を夢中に読んでいるかと思えば、ハシャギ、口論し、また黙って本を読む三人は、静かに落ち着くには少々五月蠅い。


「そうか。それは悪かったな。じゃあな」


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