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冬に咲く花
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しおりを挟む(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、痛い、嫌だ、嫌だ、痛い)
孝宏は目を閉じたまま闇雲に腕を振り回した。風を切る音と共に、腕に、足に、腹に、頬に、頭に、浅い、しかし鋭い痛みが刻まれていく。
「観念して、鳥を渡せ!」
「渡さぬのならお前を殺して、じっくり探してもいいんだぞ」
「さあ!鳥を渡しなさい!」
「もう!やめてくれぇぇぇ!!」
孝宏からすると、身勝手といえる小人たちの言い分を聞いていると、腹のあたりからこみ上げるモノがあった。
ずっと中で渦巻いていた熱が、首の付け根あたりで弾けた。肩から掌へ巡る熱には覚えがある。孝宏は奥歯を食いしばった。
薄っすらと開いた目の、視界に入った青いモノを、夢中で払った時だった。
孝宏の掌から放たれた炎が、指先の軌道に沿って壁を作った。
孝宏に飛び掛かった小人達が火の壁に阻まれ、叫び声を上げて地面に落ちる。
次に孝宏が手を右から左に振れば、放射状に炎の槍が放たれ、石畳の地面に突き刺さった。火の槍はすぐに形を崩し、ただの火になるが、周囲に燃えるのもはない。
すぐに煤を残して消えてしまった。
「コイツ、言葉も道具もなしに魔法を使ったぞ」
ターが言った。動揺しているのか警戒しているのか、もう飛びかかってくる様子はない。黄の小人が、地面に落ちたユーに駆け寄り抱き起こした。
ユーは孝宏を睨みつけるが、負った傷は大きいようだ。
一人で立てず抱き黄の小人に寄り掛かっている。ユーが痛みを堪える、震える声で言った。
「鳥の匂いがする。今私にもはっきりとわかった。鳥を体内に取り込む馬鹿な人が、いるなんて思わなかった。それでは、取り出すのは確かに難しい。嘘つき呼ばわりしてごめんなさい。あなたが正しかった」
ユーは片腕を上げ、天を指差した。
「私は操り人。制限を解除する。魔力の開放、放出。水よ。私の元に戻りなさい」
ユーは最後に、三回指を鳴らした。
――ポツッ……ポツッ……ポツッポツッ……――
雨粒の音が、次第に間隔を狭めて音を増やし、石畳を濡らしていく。
大粒の雨が地上に打音を響かせた、次の瞬間ユーの輪郭がブレた。雨がユーの姿を霞ませ、始めの変化を孝宏から隠したのだ。
「なっ……………………は!?」
突然、降っている雨とは違った角度から、孝宏の顔に水しぶきが飛んできた。
雨粒が地面で跳ね返るにしては多すぎるし、もしそうだとしても顔にかかるほどには跳ねないだろう。
目の前で起きている変化に考えが追いつかず、孝宏は口をあんぐりと開けたまま目を丸くした。視線は地面から十センチの所を見ており、そこは今の今まで小人が二人立っていた場所だった。
しかし煙った様な雨影が弱まり、すると小人が消え、代わりに青と白のウロコに覆われた人の足が現れた。
「あんたは、何なんだ?」
この小人だった者を例えるなら、蛇人間だろうか。ウロコを全身に貼り付けた人間サイズの女が、孝宏の目の前に立っていた。
頭は顔以外を黄土色の長い毛に覆われ、首から下の前面を乳白色のウロコが、後ろ半身を青いウロコが覆っている。
緩やかな曲線と胸の控えめな膨らみ、腰のあたりからは太く立派な尻尾が生える。
顔は唯一ウロコに覆われていない箇所で、紛れもなく人の肌を持った女のものだ。ただ大きな目は黒目ばかりで、孝宏と目が合うと、中心の金色の瞳孔がキュッと縦に細まる。
腕は長く、手も体とは不釣合いなほど大きい。指は異様に太く節ばっており、両手の先端には鋭い爪が五本。
ユーがニッと笑った。
「私は、竜人のユー。あなたの、中の鳥を、取り出して、あげる」
ユーはあえてゆっくり、単語を区切って言ったようだった。
手の甲を上にし孝宏に向け差し出す、爪の鋭利さが小人の時より鮮明に伝わってくる。
これなら人の柔らかい肉など、いとも容易く切り裂いてしまうのも頷けた。
孝宏は凶器を目の当たりにしても尚、自身の置かれた状況に、思考が未だ追いついていなかった。なので一種の現実逃避なのだが、孝宏は小人の姿から大きく大人の女性へと変化したユーの体を、上から下まで、まじまじと観察した。
「女……だったのか」
言うつもりはなかった率直な感想が、つい、うっかり口から漏れてしまった。
固い口調、単純に言えば偉そうな物言いから、これは彼の完全な偏見なのだが、孝宏はユーを男だと思い込んでいた。
ユーが手を引いた、と同時にもう片方の手を、孝宏目がけて勢いよく突き出した。爪が孝宏の耳を掠り、後ろの壁に突き刺さる。
ユーは壁に爪を突き刺したまま、顔を孝宏にぐっと近づけた。口の端がつり上がっているのに、目は見開き、全く笑っていない。
「私は、お前など、簡単に、殺せる。鳥のためなら、父様も、きっとお許しになってくださる」
ユーが目を細め、それはそれは愉快な笑みを浮かべた。
孝宏は叫び声を上げ、ユーの腕の下をくぐり、一目散に走り出した。
足元の小人たちを気にしている余裕などなかった。
迷路のような狭い路地を抜け、大きな通りに出る。
雨のおかげで人が少なく、疾走するには都合が良い。
水路に架けられた橋を渡り、他国からの輸入品を取り扱う店の角を左に曲がった。
後ろを振り返っても、ユーはいない。それなのに背中に張り付いた殺気が、どれだけ走っても拭えず、気持ち悪いほどの恐怖が腹に溜まっていく。
直進する道をひたすらに走ると、小さな公園に出た。
降りしきる雨の為にここも人気はなく、孝宏は遊具から十分に離れ、芝が生えるだけの広場の中央で立ち止まった。
ここからなら公園がよく見渡せるし、彼らが隠れる場所がない。
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