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本編
龍堂院一眞の事情
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数日前のこと、皇宮の執務室にて、
「どうした一眞、浮かない顔をして」
「それが殿下、花ノ宮卿が例の混ざり者を逃がしたそうで……」
珍しく暗い顔でため息をついているかと思いきや、そんなことかと紫苑は笑う。
「奴は犯罪者というより商売人に近い。捕らえて警察に突き出したところで、すぐに保釈されるのがオチさ。警察の上層部とも繋がりがあるようだし。卿もそれが分かっていたからこそ、取引に応じたんだろう」
「私の苦労はどうなるんですか」
「それに見合うだけの給金は貰っているはずだ」
渋い顔をする一眞に紫苑は続ける。
「しかし予想が外れたな。僕はてっきり、お前がマリッジブルーになっているんだとばかり……」
「それもあります」
「……あるのか」
どうやら予想が的中したようだと、苦い笑みを浮かべる。
「そういえば女嫌いだったな、お前」
「嫌いではなく、苦手なのです。話しかけても大抵は逃げられてしまうし、まともに目も合わせてもくれない。先日、初めて婚約者と顔合わせをしたのですが、大変臆病な女性らしく、私が混ざり者だと知ると、真っ青な顔で気絶したのですよ」
「それはお前が怖い顔をしていたからじゃないのか?」
「失礼なことを言わないでください。両親の手前、必死に愛想良く振る舞いましたよ」
それが余計に怖かったのだろうと、紫苑はこっそり考える。
「その上、他に想う人がいるらしく、私との結婚は嫌だと大声で泣かれて……」
「それは気の毒に」
相手が。
「だのに相手の親は強引に式を早めようとするし、正直、泣きたいのは私の方ですよ」
政略結婚あるあるな話に、紫苑は笑いを噛み殺す。
「相手のご令嬢は確か、男爵家の……玉の輿狙いか」
「はい。いかに我が家が公爵家とはいえ、父は混ざり者ですし、嫁が来るだけありがたいと思えと、幼少期から言い聞かせられてきましたが、さすがに我慢の限界です」
「本来なら、お前は選ばれる側ではなく、選ぶ立場なんだがな」
「混ざり者ゆえ、それも難しいかと」
それではあまりにも気の毒過ぎると、紫苑は腕組みする。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「できることなら婚約を解消して、そのご令嬢には好きな相手と幸せになってもらいたいと思っています」
「そのご令嬢のことはどうでもいい。お前の意思を聞いている」
「私の意思、ですか?」
「他に好きな女性がいるのではないか?」
詰め寄られても、一眞はいつものポーカーフェイスを崩さない。
しかし一瞬だけ、彼の目が泳いだのを、紫苑は見逃さなかった。
「いるのだなっ、誰だ? 僕の知っている相手か?」
「……空想上の生物です」
「まさか、僕に懸想しているなんてことはないだろうな?」
怪しむような視線を向けられて、一眞は心底嫌そうに顔をしかめると、
「それだけは死んでもありえませんので、ご安心を」
きっぱりと断言されて、ほっと胸を撫で下ろす。
「だったら僕が助けてやる。お前には日頃から世話になっているからな」
「……何を企んでおられるのです?」
「お前、悪役になって婚約破棄しろ」
すぐに理解できなかったらしく、一眞はぽかんとしている。
「相手のご令嬢のためを思うなら、少しでも早いほうがいい」
「なるほど……その手がありましたか」
「で、その後は姉さんと婚約しろ」
ぎょっとしたような一眞の顔を見、「あくまで形だけだからな」と釘を刺す。
「間違っても姉さんに手を出すなよ」
「それはつまり、私に胡蝶様の盾になれと?」
「そうだ、不服か?」
いいえ、と一眞は首を横に振る。
「期間は?」
「それはお前に任せる。二人で相談して決めてくれ」
そして紫苑はごほんと咳払いすると、再度釘を刺す。
「いいか、絶対に姉さんには手を出すなよ」
「……このシスコン皇子が」
「何か言ったか?」
「いいえ、独り言です」
「どうした一眞、浮かない顔をして」
「それが殿下、花ノ宮卿が例の混ざり者を逃がしたそうで……」
珍しく暗い顔でため息をついているかと思いきや、そんなことかと紫苑は笑う。
「奴は犯罪者というより商売人に近い。捕らえて警察に突き出したところで、すぐに保釈されるのがオチさ。警察の上層部とも繋がりがあるようだし。卿もそれが分かっていたからこそ、取引に応じたんだろう」
「私の苦労はどうなるんですか」
「それに見合うだけの給金は貰っているはずだ」
渋い顔をする一眞に紫苑は続ける。
「しかし予想が外れたな。僕はてっきり、お前がマリッジブルーになっているんだとばかり……」
「それもあります」
「……あるのか」
どうやら予想が的中したようだと、苦い笑みを浮かべる。
「そういえば女嫌いだったな、お前」
「嫌いではなく、苦手なのです。話しかけても大抵は逃げられてしまうし、まともに目も合わせてもくれない。先日、初めて婚約者と顔合わせをしたのですが、大変臆病な女性らしく、私が混ざり者だと知ると、真っ青な顔で気絶したのですよ」
「それはお前が怖い顔をしていたからじゃないのか?」
「失礼なことを言わないでください。両親の手前、必死に愛想良く振る舞いましたよ」
それが余計に怖かったのだろうと、紫苑はこっそり考える。
「その上、他に想う人がいるらしく、私との結婚は嫌だと大声で泣かれて……」
「それは気の毒に」
相手が。
「だのに相手の親は強引に式を早めようとするし、正直、泣きたいのは私の方ですよ」
政略結婚あるあるな話に、紫苑は笑いを噛み殺す。
「相手のご令嬢は確か、男爵家の……玉の輿狙いか」
「はい。いかに我が家が公爵家とはいえ、父は混ざり者ですし、嫁が来るだけありがたいと思えと、幼少期から言い聞かせられてきましたが、さすがに我慢の限界です」
「本来なら、お前は選ばれる側ではなく、選ぶ立場なんだがな」
「混ざり者ゆえ、それも難しいかと」
それではあまりにも気の毒過ぎると、紫苑は腕組みする。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「できることなら婚約を解消して、そのご令嬢には好きな相手と幸せになってもらいたいと思っています」
「そのご令嬢のことはどうでもいい。お前の意思を聞いている」
「私の意思、ですか?」
「他に好きな女性がいるのではないか?」
詰め寄られても、一眞はいつものポーカーフェイスを崩さない。
しかし一瞬だけ、彼の目が泳いだのを、紫苑は見逃さなかった。
「いるのだなっ、誰だ? 僕の知っている相手か?」
「……空想上の生物です」
「まさか、僕に懸想しているなんてことはないだろうな?」
怪しむような視線を向けられて、一眞は心底嫌そうに顔をしかめると、
「それだけは死んでもありえませんので、ご安心を」
きっぱりと断言されて、ほっと胸を撫で下ろす。
「だったら僕が助けてやる。お前には日頃から世話になっているからな」
「……何を企んでおられるのです?」
「お前、悪役になって婚約破棄しろ」
すぐに理解できなかったらしく、一眞はぽかんとしている。
「相手のご令嬢のためを思うなら、少しでも早いほうがいい」
「なるほど……その手がありましたか」
「で、その後は姉さんと婚約しろ」
ぎょっとしたような一眞の顔を見、「あくまで形だけだからな」と釘を刺す。
「間違っても姉さんに手を出すなよ」
「それはつまり、私に胡蝶様の盾になれと?」
「そうだ、不服か?」
いいえ、と一眞は首を横に振る。
「期間は?」
「それはお前に任せる。二人で相談して決めてくれ」
そして紫苑はごほんと咳払いすると、再度釘を刺す。
「いいか、絶対に姉さんには手を出すなよ」
「……このシスコン皇子が」
「何か言ったか?」
「いいえ、独り言です」
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