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本編

自滅型ざまぁ

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「私に黙ってよくもやってくれたな、麗子」

 

 久しぶりに夫が帰宅したと思ったら、突然、書斎室に呼び出され、麗子は混乱していた。麗子は結婚当初から、夫のことを恐れていた。なにせ彼は気位の高い侯爵家当主で、妻を妻とも思わない、冷たい男だからだ。



「これを読め」



 大衆向けの新聞を投げるように手渡され、おずおずと視線を走らせる。そこには「高位貴族の娘が平民の市場に売りに出される」という大きな見出しがあり、花ノ宮胡蝶と嵯峨野勘助が婚約したと書かれていた。



 ――まさか、情報が漏れていたなんて……。



 見合いのセッティングも、細心の注意を払って個室を選んだというのに。

 一体どこに記者が潜んでいたというのか。



 ――蛇ノ目がわたくしを裏切った?



 それだけはありえないと、即座にその考えを打ち消す。この件がうまくいけば、自分だけでなく、仲介者である彼にも大金が入る予定だったのだ。けれど今は彼の身を案じるより、この窮地からどう脱すればいいのか、必死に考える。



「こ、このような記事、デタラメですわ」

「本当か? であればなぜ、陛下は私をお叱りになる?」



 もうすでに国王にまで情報が伝わっているのかと、冷や汗を流す。



「お前は妻一人まともに管理できないのか、そんな男に国の重要な仕事は任せられぬと、停職処分を食らった」



 まさかそこまでおおごとになっているとは思わず、絶句してしまう。



「麗子、この際だ、私に黙っていることがあれば包み隠さず話せ」

「……だ、旦那様、お許し下さい。私は良かれと思って……」

「まだあの蛇男と懇意にしているのか?」



 ひやりと刃物を喉元に突きつけられたような感覚を覚えて、ごくりとつばを飲み込む。



「へ、蛇男とは?」

「とぼけるのはよせ。私が気づいていないとでも思ったか?」



 夫はただでさえ冷たい、恐ろしい目をしている。そんな夫に、上から睥睨するような目つきで見下ろされ、麗子はますます萎縮してしまった。



「でしたらなぜ、私と離婚しないのです?」



「たいして美しくもないお前を娶ったのは持参金が目当てだったからだ。お前と離婚すれば、その半分をお前の生家に返済しなければならなくなる。金がないわけではないが、それも面倒だからな」



 ゆえに少々の遊びなら目を瞑ってやろうという腹づもりだったようだ。



「だが、今回はやりすぎたな」

「お、お許し下さい、旦那様っ」



 このままでは夫に見捨てられてしまうと、麗子は必死にすがりついた。この歳で離縁されてしまったら、おそらく再婚は望めない。出戻り女として家族に哀れまれながら、一生惨めな暮らしをしなければならなくなる。そうなるくらいなら死んだほうがましだと、プライドの高い麗子は考えた。



「あの蛇男にそそのかされたのですわ」



 蛇ノ目のことは愛しているが、夫がいてこその愛人である。安全な居場所があるからこそ、危険な遊びにも興じることができるのだ。麗子は侯爵に全てを話した。もっとも清春の殺害については、蛇男が自分を愛するあまり勝手にやったことで、自身は一切関与していないと言い切る。



「あの男はわたくしを良いように利用しているだけですの。わたくしも被害者ですわ」

「卑しい混ざり者のやりそうなことだ」



 たとえ爵位を得たところで、しょせんは平民以下の成り上がり風情だと、侯爵は心底「混ざり者」たちを見下し、嫌っている。だからこそ麗子はあえて蛇男の存在を持ち出し、彼に罪を擦り付けるつもりだった。



「だがいいのか? 調査員の報告では、ずいぶんとその男に入れ込んでいたようだが」



「まあ、旦那様、それはありえません。わたくしとて貴族の端くれ。遊びは遊びと割り切っております。それにあの男も、最初からわたくしの財産目当てで近づいてきたようなもの――愛情など欠片もありませんわ」



「……だそうだ、蛇ノ目とやら。反論はあるか?」



 侯爵の言葉に、麗子はぞっとした。

 見れば隣室に続く扉が開いており、そこには拘束された愛人の姿があった。



 ひどく痛めつけられたらしく顔はアザだらけで、口から血を流している。



「妻はお前に罪を擦り付けるつもりのようだ」

「そのようですね」



 淡々とした声で言い、にっと笑う。



「ひどいですね、麗子様。私のことをあれほど情熱的に求めてくださったというのに」

「だ、旦那様、なぜ彼がここに……」

「死ぬ前に一目お前に会いたいとせがまれてな」



 ここに蛇ノ目がいるのは非常に都合が悪い。

 閨でのやりとりを侯爵に知られれば、余計立場が危うくなってしまう。



「お忘れですか? 麗子様、侯爵を殺して二人で駆け落ちしようと、何度語り合ったことか」

「デタラメを言うでないっ。旦那様、こんな男、早く警察に突き出してくださいましっ」

「貴女はひどく淫乱で、久しぶりに会うと、いつも私を押し倒し……」

「ええいっ、おだまりっ」



 たまらず蛇男のもとへ駆け寄り、その口を押さえようとした、その時だった。



「きゃああっっ」



 男の懐から蛇が飛び出して、麗子の手首に噛み付いたのだ。



「貴女のその強欲さと醜い面立ちを気に入っていたのに、残念です」

「何、を……」



 噛まれた直後、意識が朦朧とし、麗子はその場に倒れてしまう。



「ご存知でしょう? 美しい蛇には毒があるのですよ」



 口から泡を吹いてもがき苦しむ麗子を見下ろし、蛇男は侯爵に向かって言った。



「取引をしましょう、侯爵様」

「……なるほど、これが狙いだったのか」



 目の前で妻が倒れ、苦しんでいるというのに、侯爵は顔色変えることなく――むしろどこか楽しげに、それを眺めていた。



「奥様を助けたければ、今すぐ私を解放してください」

「……助かるのか?」

「通常なら無理ですが、私の能力を使えば可能かと」



 侯爵は考えるように腕組みする。



「あまり時間はありません、早急にお返事を」

 

 ここで蛇ノ目を逃せば、もう二度と彼を捕らえることはできなくなるだろう。ここへおびき寄せるだけでも、多大な費用と労力を使ったのだ。このまま逃がすのは惜しいが、妻を見殺しにしたとなると外聞が悪い。



「これに死なれると後々が面倒だからな、助けてやるとするか」



 異能の力を使って瀕死の状態の麗子を救うと、蛇ノ目はそのまま姿を消してしまった。侯爵はすぐさま主治医を呼び寄せ、毒が完全に中和されていることを確認した。しかし不運にも、後遺症が残り下半身麻痺となった麗子は、その後、車椅子生活を余儀なくされるのだった。



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