34 / 46
第34話 死を纏う者
しおりを挟む
少し遡り
「このままで済むと思うなよ。絶対に王位は渡さん! 絶対にお前らに復讐してやるわ!」
「陛下! 危険です! そんな得体の知れない……」
「うるさい! 手を離せ!」
半裸の女は弾き飛ばされると一緒に飛んできた小瓶を握り締めた。
「それを渡せ! 早くしないとあれが来てしまうではないか!」
「陛下に死んで欲しくありません」
すると灰色の髭が生えた口元が歪んだ。
「誰が死ぬか。いいから寄越せ!」
女は持っていた小瓶をおずおずと差し出した。
「殿下! こんな事をして誰が許すとお……」
ザシュッ。
血飛沫と共にぐらりと大きな体が倒れていく。王宮の中はすでに血の海になっていた。今倒れた男は室外の様子を知らなかったようで、斬られながら廊下に這い出て行き、倒れている兵士達の死体に驚いたような表情のまま絶命していた。
「アデル殿下、宜しいですか?」
騎士が王の寝室を押し開けると、中から何人もの女達が飛び出していくる。そして廊下を見て更に悲鳴を上げ、散り散りになっていった。
踵が鳴り、足音が奥にある寝室に近付いていく。そして寝室を覆っていた天蓋のカーテンを剣で切り裂いた。カーテンには剣に付いていた血が滲み、大きな切れ間からはまるで切り取られた悪夢の一部のような光景が広がっていた。
「すでに自害していたようですね。手間が省けて何よりです」
広いベッドの上ではグロースアーマイゼの国王グレブがすでに絶命していた。手には空になった小瓶が一つ転がっている。その横には身を小さくして怯えているまだ若い女性がじっとアデルを見上げていた。
アデルは赤く染まった手袋を剥ぎ取ると、倒れている国王の首元に手を当てた。
「本当に死んでいるようですね」
するとおもむろに剣を上げ、横たわる体の心臓目がけて剣を振り下ろした。体は衝撃で跳ね、血がどんどんと染み出してくる。すると女はさっきまでの怯えた姿とは似ても似つかない様子で立ち上がると、一人でベッドを降りた。褐色の肌は一糸まとわぬままどんどん進んでいく。そして衣装部屋へと消えていってしまった。
「バラバラにしますか?」
騎士は増援の気配に気を配りながら明らかに死んでいるはずの国王を凝視した。
「十分でしょう。これではいくら仮死状態でも生き返れる訳がありませんから」
すると奥の衣装部屋から異国の衣装を纏った褐色の肌の女性が戻って来た。
「早く行くぞ。このままではあなたは王殺しの逆賊だ」
廊下に出ると倒れている男の腰から剣を抜き取った。そしてその背に突き刺した。
「こいつはずっと気に食わなかったんだ。王の女である私をずっと見下していた」
「一回でいいんですか?」
「剣が駄目になる、勿体ない」
そういうと先をどんどん進んで行ってしまう。
「殿下、あの御方は一体……」
「我々の協力者ですから心配無用ですよ。さあ、目的地へ向かいましょう」
「こんな所にこれ程の空間があったとは全く気が付きませんでした」
「そう簡単に見つかる訳にはいかないですからね。だからこそ守られてきた秘密です」
グロースアーマイゼ国の地下に広がる洞窟は元々自然に出来たこの洞窟の上に王宮を建てたと言われていた。
「無駄話をするくらいなら足を動かせ。追手が来るぞ」
後ろからせっつくような声に、アデルはぴたりと止まった。ドンという衝撃と共に苛立った女の声が上がる。しかしアデルは目の前に広がる空間をちらりと見た。広くないその空間には石の台座がある。左右に溝があり、その中央は丸く掘られていた。アデルは兵士から水筒を受け取ると溝に流していく。水は溝に沿って進み、やがて中央の丸い窪みに溜まった。
「早く指輪を貸せ!」
アデルは王妃の指輪を渡すと、自身も王の指輪を中指に嵌めた。力を込めて手を握ると、指輪の中から隠し針が飛び出し、アデルの掌からは血が滲んだ。女も同じように掌を握ると、血が流れ始める。二人は右にアデルが、左に女が手首に伝う血を流した。
「やはりお前じゃ駄目なようだな。見つけているなら早く連れて来い」
その時アデルの頬がきつく動いた気がした。
「駄目なのは私ではなくあなたかもしれませんよ」
「それなら代わりを連れてくればいいだけだろう!」
ドンッと突き返された指輪がアデルの胸に押し付けられた。
洞窟を出て王の寝室の方へと戻っていくと、そこには元老院を構成するこの国の重鎮達が首を揃えて待っていた。
「アデル殿下、御身を預からせて頂きますぞ」
「まさかお祖父様が出向かれるとは思いもしませんでした。あの姿を見て清々したのではありませんか?」
すると一歩前に出ていた老人は震えながら周囲を見渡した。
「血は争えないという事ですな」
その瞬間、アデルは剣を振り上げた。
「我々を殺すのもまた、過去に幾度となく起きてきた粛清と称した虐殺と何ら変わりないではないか」
「この国は力こそ王の証なのでしょう? そして今私の手の中に指輪があります」
その瞬間、元老院の間でざわめきが走った。
「殿下、まさか、まさか指輪を手に入れたのですか?」
アデルは見えるように対の指輪を掲げた。
「しかしそれではまだ足りませぬ」
「だから今一度ジュブワ王国に向かいます」
元老院の老人達は一気にざわめき出したが、一人、また一人と頭を下げ始めた。
「戻ったら戴冠式を行いますのでその準備をしていて下さい。あなた達にもそのくらいは出来るでしょう?」
「待て! その奴隷をどうするつもりか? 死を纏う一族だぞ!」
褐色の肌の女は持っていた短剣を投げた。剣は老人の頬を裂き、床を擦った。
「実に古臭いお祖父様らしい発言ですね。この者は連れて行きます。あなた方のような獣から守らなくてはなりませんから」
真夜中に組まれた隊は、指輪を求めに行った時とは比べ物にならない程に小さな集まりだった。
「国王にならなければ私に動かせるのはせいせいこれだけとは皮肉なものですね。王子の名が泣いていますよ」
「駒になるな。大義があるのなら胸を張れ」
「あなたのように侮辱されても? 先程の言葉、代わりにお詫びします」
「お前が謝る事ではないからその謝罪は無意味だ」
「先程のあなたの言葉ですが、大義など別にありませんよ。王子に生まれた以上これしか生きる術がなかっただけです」
すると女は頭から被っていたマントの隙間からちらりと顔を覗かせた。
「アイシャだ。深い意味はない」
そう言うとマントは戻され、また顔が隠れてしまう。褐色の肌は特に夜は闇に沈み見えにくくなっていた。
「このままで済むと思うなよ。絶対に王位は渡さん! 絶対にお前らに復讐してやるわ!」
「陛下! 危険です! そんな得体の知れない……」
「うるさい! 手を離せ!」
半裸の女は弾き飛ばされると一緒に飛んできた小瓶を握り締めた。
「それを渡せ! 早くしないとあれが来てしまうではないか!」
「陛下に死んで欲しくありません」
すると灰色の髭が生えた口元が歪んだ。
「誰が死ぬか。いいから寄越せ!」
女は持っていた小瓶をおずおずと差し出した。
「殿下! こんな事をして誰が許すとお……」
ザシュッ。
血飛沫と共にぐらりと大きな体が倒れていく。王宮の中はすでに血の海になっていた。今倒れた男は室外の様子を知らなかったようで、斬られながら廊下に這い出て行き、倒れている兵士達の死体に驚いたような表情のまま絶命していた。
「アデル殿下、宜しいですか?」
騎士が王の寝室を押し開けると、中から何人もの女達が飛び出していくる。そして廊下を見て更に悲鳴を上げ、散り散りになっていった。
踵が鳴り、足音が奥にある寝室に近付いていく。そして寝室を覆っていた天蓋のカーテンを剣で切り裂いた。カーテンには剣に付いていた血が滲み、大きな切れ間からはまるで切り取られた悪夢の一部のような光景が広がっていた。
「すでに自害していたようですね。手間が省けて何よりです」
広いベッドの上ではグロースアーマイゼの国王グレブがすでに絶命していた。手には空になった小瓶が一つ転がっている。その横には身を小さくして怯えているまだ若い女性がじっとアデルを見上げていた。
アデルは赤く染まった手袋を剥ぎ取ると、倒れている国王の首元に手を当てた。
「本当に死んでいるようですね」
するとおもむろに剣を上げ、横たわる体の心臓目がけて剣を振り下ろした。体は衝撃で跳ね、血がどんどんと染み出してくる。すると女はさっきまでの怯えた姿とは似ても似つかない様子で立ち上がると、一人でベッドを降りた。褐色の肌は一糸まとわぬままどんどん進んでいく。そして衣装部屋へと消えていってしまった。
「バラバラにしますか?」
騎士は増援の気配に気を配りながら明らかに死んでいるはずの国王を凝視した。
「十分でしょう。これではいくら仮死状態でも生き返れる訳がありませんから」
すると奥の衣装部屋から異国の衣装を纏った褐色の肌の女性が戻って来た。
「早く行くぞ。このままではあなたは王殺しの逆賊だ」
廊下に出ると倒れている男の腰から剣を抜き取った。そしてその背に突き刺した。
「こいつはずっと気に食わなかったんだ。王の女である私をずっと見下していた」
「一回でいいんですか?」
「剣が駄目になる、勿体ない」
そういうと先をどんどん進んで行ってしまう。
「殿下、あの御方は一体……」
「我々の協力者ですから心配無用ですよ。さあ、目的地へ向かいましょう」
「こんな所にこれ程の空間があったとは全く気が付きませんでした」
「そう簡単に見つかる訳にはいかないですからね。だからこそ守られてきた秘密です」
グロースアーマイゼ国の地下に広がる洞窟は元々自然に出来たこの洞窟の上に王宮を建てたと言われていた。
「無駄話をするくらいなら足を動かせ。追手が来るぞ」
後ろからせっつくような声に、アデルはぴたりと止まった。ドンという衝撃と共に苛立った女の声が上がる。しかしアデルは目の前に広がる空間をちらりと見た。広くないその空間には石の台座がある。左右に溝があり、その中央は丸く掘られていた。アデルは兵士から水筒を受け取ると溝に流していく。水は溝に沿って進み、やがて中央の丸い窪みに溜まった。
「早く指輪を貸せ!」
アデルは王妃の指輪を渡すと、自身も王の指輪を中指に嵌めた。力を込めて手を握ると、指輪の中から隠し針が飛び出し、アデルの掌からは血が滲んだ。女も同じように掌を握ると、血が流れ始める。二人は右にアデルが、左に女が手首に伝う血を流した。
「やはりお前じゃ駄目なようだな。見つけているなら早く連れて来い」
その時アデルの頬がきつく動いた気がした。
「駄目なのは私ではなくあなたかもしれませんよ」
「それなら代わりを連れてくればいいだけだろう!」
ドンッと突き返された指輪がアデルの胸に押し付けられた。
洞窟を出て王の寝室の方へと戻っていくと、そこには元老院を構成するこの国の重鎮達が首を揃えて待っていた。
「アデル殿下、御身を預からせて頂きますぞ」
「まさかお祖父様が出向かれるとは思いもしませんでした。あの姿を見て清々したのではありませんか?」
すると一歩前に出ていた老人は震えながら周囲を見渡した。
「血は争えないという事ですな」
その瞬間、アデルは剣を振り上げた。
「我々を殺すのもまた、過去に幾度となく起きてきた粛清と称した虐殺と何ら変わりないではないか」
「この国は力こそ王の証なのでしょう? そして今私の手の中に指輪があります」
その瞬間、元老院の間でざわめきが走った。
「殿下、まさか、まさか指輪を手に入れたのですか?」
アデルは見えるように対の指輪を掲げた。
「しかしそれではまだ足りませぬ」
「だから今一度ジュブワ王国に向かいます」
元老院の老人達は一気にざわめき出したが、一人、また一人と頭を下げ始めた。
「戻ったら戴冠式を行いますのでその準備をしていて下さい。あなた達にもそのくらいは出来るでしょう?」
「待て! その奴隷をどうするつもりか? 死を纏う一族だぞ!」
褐色の肌の女は持っていた短剣を投げた。剣は老人の頬を裂き、床を擦った。
「実に古臭いお祖父様らしい発言ですね。この者は連れて行きます。あなた方のような獣から守らなくてはなりませんから」
真夜中に組まれた隊は、指輪を求めに行った時とは比べ物にならない程に小さな集まりだった。
「国王にならなければ私に動かせるのはせいせいこれだけとは皮肉なものですね。王子の名が泣いていますよ」
「駒になるな。大義があるのなら胸を張れ」
「あなたのように侮辱されても? 先程の言葉、代わりにお詫びします」
「お前が謝る事ではないからその謝罪は無意味だ」
「先程のあなたの言葉ですが、大義など別にありませんよ。王子に生まれた以上これしか生きる術がなかっただけです」
すると女は頭から被っていたマントの隙間からちらりと顔を覗かせた。
「アイシャだ。深い意味はない」
そう言うとマントは戻され、また顔が隠れてしまう。褐色の肌は特に夜は闇に沈み見えにくくなっていた。
79
お気に入りに追加
2,263
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる