いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

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〈4章〉第35話 古い一族

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「今なんて言いました?」

 アルベルトは持っていた書類を机に置き、もうずっと同じ動作を繰り返しているフィリップを見た。

「そのままさ。西の国から外遊に王子一行が来るんだよ。あの国の場合王子はおかしいか。とにかく族長の息子が来るんだよ」
「西の国とは我が家門との貿易が断絶して以降、関わりがなかったではありませんか! こんな唐突に迎えるなど考えられません! 警備をする身にもなってください!」

 アルベルトはフィリップが壊れたおもちゃのように判を押し続けている王印を奪い取った。

「もうお返事はされたのですか?」
「もちろんだ。いつだったかな、確か一ヶ月位前の話だったと思うから、あと数日もすれば到着するんじゃないかな」
「一ヶ月前!? どうしてそれを今話しているんです!」
「だってアル君一ヶ月前はカトリーヌカトリーヌってうるさかったじゃないか。何を話しても上の空で、一応極秘案件だったから、その時のアルくんに話しても危険かなって判断だったんだけど?」

 すると立ち上がっていたアルベルトはしおらしく椅子に戻った。

「それは誠に申し訳ございませんでした」
「まあ元奥さんと大事な一人息子が実家に帰ったんじゃあ、気が気じゃないよね」
「陛下はいつもそこを強調なさるのは気の所為でしょうか」
「いいや、気の所為じゃないよ。大当たりのアル君にはご褒美をあげよう」

 そういうとどこに隠していたのか、手元には可愛らしい包みの飴玉が乗っていた。

「結構です」
「そうなの? とある菓子店に足繁く通っているって小耳に挟んだからてっきり甘党なのかと思っていたんだけど」
「……あなた暇なんですか? 私の行動を監視している暇があったら西の国について少しは調べて下さい」

 するとフィリップは無碍にされた飴玉を口に放り込むと、頬に大きな膨らみを作って見せた。

「だってアルくん全然自分の事話してくれないじゃないか。僕から調べないとずっと距離は縮まらないままだろう?」
「とにかく今後監視のような事はお止め下さい。聞きたい事があるのなら直接聞けば宜しいでしょう」
「何でも応えてくれれるの!? 本当に?」
「まあ、応えられる範囲でならですが」

 するとフィリップは嬉しそうに引き出しから手紙を出した。

「それならお近づきの印しに一つ良い事を教えてあげよう」
「良い事? 悪い気配しかしないのですが」
「鋭いね。さすが近衛騎士殿。実はね、西の国の王子はそろそろ結婚したいようでこの国で婚活がしたいと、まあそういう訳なんだよ」

 アルベルトは頭を抱えたまま、しばらく現実逃避をした。




「それはお大変でしたね。お疲れでしたら今日はお立ち寄りにならなくても宜しかったのに。フェリックスもすでに眠ってしまっていますし」

 モンフォール伯爵家の前で話し込んだのには理由があった。
 一歩でも屋敷の中に入ってしまえばカトリーヌをきつく抱き締めてしまいそうだったからだ。そうとは知らないカトリーヌは、そっと腕に触れ労おうとしてくる。アルベルトはそっとその手を掴んだ。

「フェリックスにも会いたかったが、あなたにも会いたかったんだ」

 大きな肩を項垂れてそう言うアルベルトはまるで大型犬が叱られているように、わざと可哀相な表情をしているようだった。

「私もお会いしたかったです。でもアルベルト様のお体が第一なのでご無理はしないでくださいね。フェリックスもアルベルト様が倒れたらきっと悲しみますよ」
「大丈夫だ。俺は体の丈夫さだけが取り柄だから」
「フフッ、頼もしいですね」

 アルベルトはそっとカトリーヌを腕の中に仕舞い込んだ。

「まさかシャー・ビヤーバーンの一族をこの目で見る日が来るとは思いもしなかったな。この間の話で今回の訪問となると、何か運命めいたものを感じてしまうな」

 まさかアルベルトの口から運命などという言葉を聞くとは思いもせず驚いていると、照れ隠しか咳払いをされた。
 
「でもこの国で花嫁を探すなど、自国には良いお方が見つからなかったのでしょうか」
「もしかしたら父上の時と同じで、我が国の後ろ建盾が欲しいのかもしれないな」
「確かに同盟国があるのに越したことはないですが、花嫁に選ばれたら見知らぬ西の国に嫁ぐんですよね」
「カトリーヌが嫁ぐ訳じゃないんだからいらぬ心配だよ。それにもし花嫁が選ばれたとしても、陛下がきっと不自由ないように手を尽くして下さるさ」

 カトリーヌはおずおずとアルベルトの広い背中に手を回すと、堪えきれなくて小さく笑ってしまった。案の定引き離されようとするが、必死にその背にしがみついた。

「アルベルト様は随分陛下の事をご信頼されているのですね」
「まそんな事ある訳ないだろ!」
「ですが私にはそう感じます。どうして嫌がるのですか? とても素敵な関係だと思います。陛下もアルベルト様をご信頼されていんですよ。近衛騎士に選ばれたのがその証ですよね」
「それは先代の王からズルズルと雇用されているだけで深い意味はない」
「そういう事にしておきます」

 アルベルトはわざとカトリーヌを抱き締める腕に力を入れた。

「西の国の王子の花嫁探しが終わったら、話し合いたい事があるんだ」
「? 分かりました、終わったらですね。フェリックスと一緒にお待ちしています」

 どちらともなく唇が触れ合い、しばらくの間アルベルトの熱に包まれていた。



 
「今月の新作は最高に可愛かったわね」
「フェリックス様もきっと大喜びですよ」

 エレンの店は毎月新作を出してくれる。定番のクマは今となっては大人気で常に昼頃には完売してしまうらしく、クマに継ぐ人気商品を作りたいと試作品の協力を続けてきた。そして今回は今までにも増して自信作だった。
 紙袋の上から中を覗くと、リボンが掛かった透明は箱の中でそれはそれは可愛らしいうさぎのマカロンがこちらを見つめている。うさぎの耳の部分が細い為、どうやっても火の通りが早く食感が硬くなってしまうというエレンの悩みを受け、その打開策を打ち出したのは何を隠そうフェリックスだった。新作はうさぎのマカロンだと勘違いしたフェリックスがうさぎの真似をして飛び跳ねていた時、両手を頭の上に付けていた。そして全員の声が揃ったのだった。“耳は離れてなくてもいいんじゃない!”と。
 おかげで完成したのがピンと立った耳が二つくっつき、ややふっくらと二つに膨らんでいた。

「フェリックス様も来られれば良かったんですけど残念です」
「仕方ないわ。どうしてもアルベルト様が忙しい合間を縫ってお時間を作って下さったん……」

 店を出ようとしたその時、分厚い壁にぶつかってしまったかのように弾かれてしまった。

「おっと失礼」

 低い声を共に肩が支えられた。

「大丈夫ですかお嬢様!」

 とっさにエルザが声の主から引き離すようにそっと腕を引いてきた。カトリーヌはその手をやんわりと断ると、ぶつかってしまった相手に向き合った。

「すみません、よそ見をしていました」
「大丈夫。それよりもその中身は何?」

 男性はマントを被っていてよく顔は見えない。それでも向こうは上から覗き込んできていた。袋の中身が見えていたらしい。

「この店の新作です。あなたは運がいいですよ。今ならまだ購入出来ますから」

 すると男性は花を鳴らすように店内の匂いを嗅いだ。

「確かに甘く優しい匂いがする」
「それはお菓子屋さんですもの。見て下さい、とっても可愛いんですよ」

 カトリーヌは袋の上を開いて男性にうさぎのマカロンを見せると微笑んだ。

「確かに可愛いな」
「自信作で……」

 マントの隙間から見た事もない赤い目と目がかち合った。その時、今度こそ勢いよく後ろに引かれた。

「お買い物のお足を止めてしまい申し訳ございませんでした。双方ご無事のようですし、私達はこれで失礼致します。参りましょう、お嬢様」

 エルザに腕を引かれるまま、早足で店を出てしまった。

「エルザ、少し失礼じゃなかったかしら」
「お嬢様!」
「何よもう」

 馬車に着くと、エルザはぐるりと振り返った。

「あの場合はお互い様だと思います。あの男性はお菓子よりもお嬢様にご興味が出ていたようでしたので、今後はお気を付け下さいね」
「気を付ける? お菓子の話をしていただけよ」

 するとエルザは盛大に溜め息を付きながら馬車へと押し込んできた。


「いらっしゃいませ。店内でご飲食でしょうか?」
「いや、包んでくれ」

 マントを被った男性は、ショーケースに並べられた可愛らしいマカロンを前に目を輝かせていた。そしてふと、新作という事もあり他の商品よりも積まれたうさぎのマカロンに目を留めた。

「その耳の長い動物の物を全てくれ」
「申し訳ございません。こちらは本日新発売のお品の為、お一人様五つまでとさせて頂いております。こちらのクマのマカロンは当店の定番で人気商品になります」
「先程の女性は何が好きなんだ?」

 エレンは男性の前に持ち帰りをしたカトリーヌの事を思い出していた。

「カトリーヌ様はこちらがお好きですが……」

 そう言ってとっさに口を噤んだ。見ず知らずの者にカトリーヌの情報を流す訳にはいかない。一瞬漏れ出てしまった言葉に冷や汗を搔きながら、全く違う商品を指差した。

「やっぱりこっちでした!」

 それはカトリーヌの苦手なバナナを使ったケーキだった。男性はじっとそのケーキを見つめた後、うさぎのマカロンと他のお菓子を全て同じ数だけだけ購入していった。

「アータシュ! こんな所にいたのかよ! 探したんだぞ全く」

 同じくマントを被った男が菓子店から出てきたばかりのアータシュの腕をがっちりと掴んだ。

「まさかこんな場所にいたとは見つからない訳だ」

 手に持っていた袋を見るなり、凛々しい眉を顰めた。

「なんだそれは。石鹸か?」

 アータシュは堪えるように笑うと、宝石でも見るような瞳でマカロンを見つめた。

「これは菓子だ。これを食うんだぞ。生きる為の栄養じゃなく嗜好品として進化したんだ」
「これを食うのか? どれ」

 男が手を伸ばすと、アータシュはヒョイと手を上に伸ばした。その瞬間、被っていたマントが外れる。そして現れたのは日に焼けた褐色の肌に金髪がよく映える、赤い瞳の男性だった。周囲にいた女性は最初は驚いた様子だったが、すぐにうっとりとした視線をアータシュに送っていた。

「こりゃ花嫁探しは難航しそうだな」
「いや、俺はもう決まったよ」
「ほう! 誰だ? いつの間に出会ったんだよ」
「さっきだ。ここで会った」
「それって平民って事? それはまずいんじゃないか? いや、俺はお前が決めたら構わないが、一応俺はお貴族様とやらから嫁を貰ってこいと族長に口酸っぱく言われてんだよな」
「おそらく貴族だ。間違いない」

 すると男は破顔したように歩き出すアータシュの背を見つめた。

「それだけでどうやって探せっていうんだよ! せめて家柄とか名前は聞いてないのか!」

 するとピタッと足が止まり、振り返った。

「名はカトリーヌだ。年は俺よりも若いように見えた」
「貴族、名はカトリーヌ、若い女ね。見つかるかぁ?」

 男は邪魔になったのかマントを剥ぎ取ると、同じく短い金髪の頭をガシガシと搔きながらアータシュの後を追い掛けた。
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