いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
33 / 46

第33話 過去の約束

しおりを挟む
「まさかシャー・ビヤーバーンとは。あなたの口からその名を聞く事になるとは、人生とは不思議なものだな」

 張り詰めた空気の中、そう切り出したベルトラン侯爵は深い深い溜め息を吐いた。

「お忙しいのでしょう? 知っている事があるなら勿体ぶらずに教えて頂けませんか?」
「ア、アルベルト様ッ」

 モンフォール領から戻り、最初に話をしたのはもちろんアルベルトだった。ベルトラン侯爵に直接話が聞きたいと頼み、許されたのはアルベルトも同席するならという条件付きだった。
 ベルトラン侯爵は今財務大臣の任に就き多忙を極めている為、貰った時間は昼休憩の半分で、それも場所は城の中にある応接室だった。

「そう焦るな。私とて昔の記憶だから思い出すのに時間が掛かるのだよ」

 机に広げられた姿絵を眺めながら大きな溜め息を吐いた。

「あの一族には昔一度だけ会った事がある。先代の代わりにどうしても船に乗るように言われてな。あの時は酷い船酔いで、着いた時には陸地に立っているのに足元がユラユラと動いていたような妙な感覚だったのを覚えている」 
「そんな話はどうでもいいんですがね」
「まあ待て。思い出しているのだ」

 カトリーヌは堪らずアルベルトの上着の端を引いた。ピクリと反応したアルベルトがガシガシと頭を搔き、バシッと両手を膝に乗せた。

「この絵姿の者達について何か知っている事があれば何でもいいので教えて下さい!」
「この絵姿の者達は知らん」
「は? 知らない?」
「当たり前だろう。この絵姿の者達は少なくとも我々が生きている時代とは違う時代に生きた者達だ。そんな者達の事を何故私が知っていると思ったのか」
「いや、まあ確かにそうなんですけど……」
「だが似た者になら会った事があるぞ」

 アルベルトと目を合わせると、ベルトラン侯爵を食い入るように見た。

「どこでです? この国でですか?」
「だから順番に話しているだろうに」

 二人で小さく肩を落とすと、ベルトラン侯爵はおもむろに手を挙げて後ろに控えていたコンラットを呼んだ。
 コンラットは手に持っていた紙をベルトラン侯爵の手に渡すと、静かに元居た場所に戻っていく。よく見ていると所作はルドルフと全く同じように見えた。一瞬目が合ったが、気配を消しさり気なく逸らされてしまう。ルドルフよりも更に“執事”という言葉がしっくりくる姿だった。

「先代の代わりに西の国に向かった時に出迎えてくれたシャー・ビヤーバーンの一族の者がこの絵姿の者にそっくりだった。もちろん同じ者ではなく、その血を引く者なのだろうがな。そしてこれだ」

 ベルトラン侯爵はある手紙を差し出してきた。読んでもいいという内容なのだろう。無言のまま頷かれ、アルベルトが開く手紙の中を覗き込んだ。

「息子か娘の一人をベルトラン家に迎え入れて欲しい、だと?」

 ぐちゃりと握られかけたアルベルトの手にそっと触れた。

「ベルトラン侯爵、これは一体どういう事ですか?」

 手紙にはシャー・ビヤーバーンの一族がベルトラン侯爵家とより強い縁を結びたいと取れる内容だった。

「そのままの意だ。先程のどうしても代わりに届けなくてはいけないという物は私だったのだよ。騙されるように向かわされた地での見合いだったのだ」
「その時侯爵はまだご結婚はされておられなかったのですか?」
「恋人ならいたよ。その人と一緒になると思っていたから、私は怒りのままにその地を離れた」

 アルベルトもなんとなく次に起こる事が察知出来たのか、膝の上に置かれていた手は強く握り締められていた。

「そして次の荷を乗せた便であの大事故が起きてしまったのだ。船は沈没し、乗組員はほぼ行方不明の後死亡認定された。そして西の国との覚えのない共謀の罪。全てはあの日シャー・ビヤーバーンを拒んだ後に起きた事だ」
「偶然だとは思われませんか?」
「砂漠の民だと侮ってはならん。あの国は間者を色々な場所に放ち常に他国の様子を伺っているのだろう」
「もしかして西の国とフェンゼン大公が繋がっていたとお考えですか?」
「フェンゼン大公はおそらくシャー・ビヤーバーンとベルトラン家の繋がりを断ち切りたかったのだろう。これ以上我が家門に力を付けられて困るのはフェンゼン大公だろうからな。そこに何かしらの力を貸していてもおかしくはない。全てはもう確かめようがないがな」

 封筒に押されている封蝋を指差した。そこには蠍の紋章がくっきりと入っている。絵姿の男性の胸にあったものと全く同じ紋章だった。

「その一族が砂漠の地を牛耳っている。そして年々その勢力は拡大し、国という名前こそ付けていないが、その大きさは我が国を凌ぐ程……」

 その時、勢いよくアルベルトが立ち上がった。

「まさ我が国よりも大きく秀でいているとでも仰る気ですか!」
「座れ」
「あなたは自分の国を愛してはいないのですか」
「座れと言っているんだ」

 カトリーヌはアルベルトの手を握り締めた。

「砂漠の国は確かに食料を育てるのには適していない。しかしそこには香辛料や塩、それに武器の加工技術が秀でており、今も昔も我が国以外とも交易は盛んに行われてきたのだ。だから食料の横流しというのはいささか無理がある罪状だった。実際大量の武器はどこを探しても一切出て来なかった。それでも船と積荷を失ったのは事実で、モンフォール家に助けられたのも事実だ」
「それならお祖父様が手助けしなくてもいずれ真実が明らかになったのではありませんか?」

 損害は大きかっただろうが、不条理に突きつけられた罪状は裁判でしっかりと明らかにされただろう。

「誰も好き好んで他者を助けたいと思う者は少ないだろう。しかも謀反を起こした疑いを掛けられているのなら尚の事。だからこそモンフォール家の行動には助けられたのだ。この場を借りて今一度言わせてもらおう。ありがとう」

 下げられた頭にどうしていいのかアタフタとしていると、アルベルトも驚いたように放心しているようだった。

「私は何もしていませんし、私達も助けて頂いております。こちらこそ本当にありがとうございました」
「……あの時はまだ若く、全てを受け入れる事が出来なかった。見合いを断るにしてももっと他のやり方があったかもしれない。結果として家門が没落の危機に瀕し、お前の母と結婚する事で没落は免れたのだ」
「ならばあの人だけにしておくべきだったんじゃありませんか? 恋人とは縁がなかったと諦めて、家門を救ってくれたあの人だけにすれば良かったのでは? そうすれば少なくとも不幸になる者の人数は減っていたかもしれません!」
「この家で幸せだった者などいただろうか。私の知っているシャー・ビヤーバーン一族について知っているのはこれくらいだ。実際に会ったと言ってもかなり昔の話だし、もう二度と関わる事もないと思っていた」

 カトリーヌは慌てて立ち上がると頭を下げた。

「今度はぜひフェリックスにも会ってやって下さい。きっと喜ぶと思います。いつも沢山の贈り物を頂き、ありがとうございました」

 すると背中を向けていた足がピタリと止まった。

「それは遠慮しておこう。フェリックスの大事な祖父像を壊す訳にはいかないからな」
「そんな……」

 ベルトラン侯爵とコンラットが部屋を出た後も、暫くアルベルトと二人ソファに座ったまま動く事が出来なかった。ルドルフの手がそっと手紙に触れた。

「大旦那様がお亡くなりになり、一時旦那様は遺品整理に本邸を訪れていた時がございました。あの時に探されていたのがおそらくそちらの手紙なのだと思います」
「何故わざわざ探したりしたんだ?」
「私には教えては下さいませんでしたが、もしかしたらフェリックス様がお生まれになる頃でしたので、思う事があったのかもしれません」
「思う事ね。何を後悔しても取り戻せないのにな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

処理中です...