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第20話 懲り懲りな夜会
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夜会は程よい規模のものだった。
「陛下のお姿があんなにお近くにあるなんて!」
ルイスが興奮したように壇上の椅子に座っている国王を見つめている。しかしカトリーヌにはその後ろに控えている姿に釘付けになっていた。
ーーやっぱりいるわよね。
アルベルトは現在国王専属の騎士として仕えている。その公務のせいで家に帰る事が難しくなったと聞いたのは、最近の事だった。
「そんなに見つめたら穴が開きそう」
「変な事を言わないで。アルベルト様はお話するのがあまりお好きじゃないのかもしれないわね」
ぼんやりと考えながら再びアルベルトに視線を移すと、バチッと音が鳴ったように視線が絡み合った。それはほんの一瞬。先に視線を外したのはカトリーヌだった。
――なんでこんなにうるさいのよ。
心臓が一気に鳴り出す。まさか目が合うとは思いもしなかった。急に目を逸して変に思われただろうか。それとも不快に感じただろうか。それとも目が合ったと思ったのは自分だけで、アルベルトは気がついていないかもしれない。色々な考えが頭の中をぐるぐる回り、頬を押さえた。
「そのドレスだけど、アルベルト様に聞かれたら分かっているよね?」
「大丈夫よ、ちゃんとフィリップ殿下から頂いた物だと言うわ」
「それじゃあ駄目なんだよ!」
室内には軽快な音楽が流れ、皆気ままにお酒を飲んだりダンスをしている。形式張った夜会ではない為、気楽な雰囲気が満ちていた。
「モンフォール家の美人姉弟かな?」
気づくと後ろに立っていたフィリップは、満足そうにカトリーヌを見た。しかしふと耳や首元に視線を落とすと不思議そうに首を傾けた。
「あれ、首飾りなども一緒に贈ったはずなんだけど」
フィリップが小首を傾げると、周囲にいた人々の視線が一気に向いたのが分かった。
「君の白い肌によく映えると思って私が選んだんだよ」
周囲のざわめきが大きくなる。フィリップは公衆の面前でカトリーヌとは肌の色が分かる程、親密な関係だと公言したも同然だった。
「フィリップ殿下! 少々お時間を頂けますでしょうか」
カトリーヌは騒がしい会場を足早に出て行った。
「なぜこのようなお戯れをなさるのです?」
「戯れじゃないよ。贈った宝石は気にいらなかったかい?」
「この度は素敵なドレスと宝飾品をお贈り下さり感謝しております。ですが私、実は酷い肩こりなもので宝石は立派過ぎて私には合いませんでした。ですので夜会が終わりましたらドレスと共に速やかにお返し致します」
短い沈黙の後、聞こえてきたのは楽しそうな笑い声だった。
「ははッ、まさか断る理由が肩こりだとはね」
そう言って一步近づいてくる。カトリーヌが一步下がると、フィリップは再び一步近づいてきた。
「贈り物は今回限りになさってくださいませ」
「君に利はあっても害はないと思うけれど? こう言っちゃなんだけどお家の事もあるし、離婚した君は次の貰い手を探すのに苦労すると思う。でも王族から口説かれるくらいの女性ならと君を見る男性の目は変わると思うよ」
「私には子供がおります」
「……君は少し変わっていると言われない?」
返事に困り一歩下がると、それを拒むように大きく踏み出してきたフィリップの顔が頭上に影を作った。
「遊びじゃなければいいって事だよね?」
「え……」
フィリップの手が伸びてくる。不意に目を瞑った瞬間、風が頬を過ぎた。恐る恐る目を開けるとフィリップの手首が誰かに掴まれて、目の間で止まっていた。振り向くと、そこにはアルベルトが立っていた。
アルベルトとフィリップは手を押し合ったまま動かない。カトリーヌは固まったまま息を潜めた。
「アル君、陛下の警護はいいのかな?」
「丁度交代の時間でしたから問題ありません」
「それでこの手は何?」
「迂闊に女性に触れるものではありません」
「私はただカトリーヌ嬢の髪を直してあげようと思っただけだよ」
ふとフィリップの視線がこちらに向く。その瞬間、後ろから指が耳に触れた。丁寧にゆっくりと髪の毛が耳に掛けられ、首筋に触れながら反対側に流される。
「ッ」
「殿下の気にされていた所は私が直しました」
そういうと、駄目押しでアルベルトに肩を引き寄せられた。
「アルベルト様、これは」
がっちりと肩を押さえられたカトリーヌは逃げ場を失ってしまった。
「カトリーヌ嬢が驚いているよ」
「このくらい大丈夫です。元夫婦ですから」
そもそも手すら繋いだ事もない。しかし今のカトリーヌにはそんなやりとりをする余裕はない。ただ背中に触れているアルベルトの身体に、心臓はうるさい程に暴れていた。
「やはり陛下の側には君がいないと心配だな。早く戻った方がいいよ」
「殿下こそ早く会場に戻り招待客のお相手をお願い致します」
「でも私が招待したんじゃないんだよね。あ、カトリーヌ嬢は私が招待したんだよ」
「ありがとうございます?」
そんな事はどうでもよく棒読みになってしまったが、フィリップは上機嫌で頷いた。
「それじゃあ私はカトリーヌ嬢と一緒に中へ戻るとしよう」
「これ以上変な噂が流れたらどうなさるおつもりですか?」
「未婚の男女が一緒にいても問題ないだろう?」
「ですから、カトリーヌは私の元妻だと言っているのです!」
「元というのは無関係という意味だよ」
その瞬間、カトリーヌは火花を散らす二人の間から飛び出した。
「お二人とも大変仲が宜しいようですし、私は弟を待たせておりますので会場の方に戻らせて頂きます!」
後ろでアルベルトの引き止める声がする。しかしカトリーヌは振り返らずに中へと戻っていった。
「陛下のお姿があんなにお近くにあるなんて!」
ルイスが興奮したように壇上の椅子に座っている国王を見つめている。しかしカトリーヌにはその後ろに控えている姿に釘付けになっていた。
ーーやっぱりいるわよね。
アルベルトは現在国王専属の騎士として仕えている。その公務のせいで家に帰る事が難しくなったと聞いたのは、最近の事だった。
「そんなに見つめたら穴が開きそう」
「変な事を言わないで。アルベルト様はお話するのがあまりお好きじゃないのかもしれないわね」
ぼんやりと考えながら再びアルベルトに視線を移すと、バチッと音が鳴ったように視線が絡み合った。それはほんの一瞬。先に視線を外したのはカトリーヌだった。
――なんでこんなにうるさいのよ。
心臓が一気に鳴り出す。まさか目が合うとは思いもしなかった。急に目を逸して変に思われただろうか。それとも不快に感じただろうか。それとも目が合ったと思ったのは自分だけで、アルベルトは気がついていないかもしれない。色々な考えが頭の中をぐるぐる回り、頬を押さえた。
「そのドレスだけど、アルベルト様に聞かれたら分かっているよね?」
「大丈夫よ、ちゃんとフィリップ殿下から頂いた物だと言うわ」
「それじゃあ駄目なんだよ!」
室内には軽快な音楽が流れ、皆気ままにお酒を飲んだりダンスをしている。形式張った夜会ではない為、気楽な雰囲気が満ちていた。
「モンフォール家の美人姉弟かな?」
気づくと後ろに立っていたフィリップは、満足そうにカトリーヌを見た。しかしふと耳や首元に視線を落とすと不思議そうに首を傾けた。
「あれ、首飾りなども一緒に贈ったはずなんだけど」
フィリップが小首を傾げると、周囲にいた人々の視線が一気に向いたのが分かった。
「君の白い肌によく映えると思って私が選んだんだよ」
周囲のざわめきが大きくなる。フィリップは公衆の面前でカトリーヌとは肌の色が分かる程、親密な関係だと公言したも同然だった。
「フィリップ殿下! 少々お時間を頂けますでしょうか」
カトリーヌは騒がしい会場を足早に出て行った。
「なぜこのようなお戯れをなさるのです?」
「戯れじゃないよ。贈った宝石は気にいらなかったかい?」
「この度は素敵なドレスと宝飾品をお贈り下さり感謝しております。ですが私、実は酷い肩こりなもので宝石は立派過ぎて私には合いませんでした。ですので夜会が終わりましたらドレスと共に速やかにお返し致します」
短い沈黙の後、聞こえてきたのは楽しそうな笑い声だった。
「ははッ、まさか断る理由が肩こりだとはね」
そう言って一步近づいてくる。カトリーヌが一步下がると、フィリップは再び一步近づいてきた。
「贈り物は今回限りになさってくださいませ」
「君に利はあっても害はないと思うけれど? こう言っちゃなんだけどお家の事もあるし、離婚した君は次の貰い手を探すのに苦労すると思う。でも王族から口説かれるくらいの女性ならと君を見る男性の目は変わると思うよ」
「私には子供がおります」
「……君は少し変わっていると言われない?」
返事に困り一歩下がると、それを拒むように大きく踏み出してきたフィリップの顔が頭上に影を作った。
「遊びじゃなければいいって事だよね?」
「え……」
フィリップの手が伸びてくる。不意に目を瞑った瞬間、風が頬を過ぎた。恐る恐る目を開けるとフィリップの手首が誰かに掴まれて、目の間で止まっていた。振り向くと、そこにはアルベルトが立っていた。
アルベルトとフィリップは手を押し合ったまま動かない。カトリーヌは固まったまま息を潜めた。
「アル君、陛下の警護はいいのかな?」
「丁度交代の時間でしたから問題ありません」
「それでこの手は何?」
「迂闊に女性に触れるものではありません」
「私はただカトリーヌ嬢の髪を直してあげようと思っただけだよ」
ふとフィリップの視線がこちらに向く。その瞬間、後ろから指が耳に触れた。丁寧にゆっくりと髪の毛が耳に掛けられ、首筋に触れながら反対側に流される。
「ッ」
「殿下の気にされていた所は私が直しました」
そういうと、駄目押しでアルベルトに肩を引き寄せられた。
「アルベルト様、これは」
がっちりと肩を押さえられたカトリーヌは逃げ場を失ってしまった。
「カトリーヌ嬢が驚いているよ」
「このくらい大丈夫です。元夫婦ですから」
そもそも手すら繋いだ事もない。しかし今のカトリーヌにはそんなやりとりをする余裕はない。ただ背中に触れているアルベルトの身体に、心臓はうるさい程に暴れていた。
「やはり陛下の側には君がいないと心配だな。早く戻った方がいいよ」
「殿下こそ早く会場に戻り招待客のお相手をお願い致します」
「でも私が招待したんじゃないんだよね。あ、カトリーヌ嬢は私が招待したんだよ」
「ありがとうございます?」
そんな事はどうでもよく棒読みになってしまったが、フィリップは上機嫌で頷いた。
「それじゃあ私はカトリーヌ嬢と一緒に中へ戻るとしよう」
「これ以上変な噂が流れたらどうなさるおつもりですか?」
「未婚の男女が一緒にいても問題ないだろう?」
「ですから、カトリーヌは私の元妻だと言っているのです!」
「元というのは無関係という意味だよ」
その瞬間、カトリーヌは火花を散らす二人の間から飛び出した。
「お二人とも大変仲が宜しいようですし、私は弟を待たせておりますので会場の方に戻らせて頂きます!」
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