いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

文字の大きさ
21 / 46

第21話 元夫の様子がおかしいようです

しおりを挟む
 今日何度目かの溜息を吐いたカトリーヌは、覗き込んできたジェニーと目が合った。フェリックスはジェニーの膝の上を占領し得意げに絵本を振り回している。

「まさかこれ程までに重症とは……」

 わざとらしく首を振ったジェニーは後ろにいるエルザと視線を合わせた。

「どういう意味なの?」
「カトリーヌ様!」
「なによッ!?」

 突然呼ばれて背筋を伸ばすと、フェリックスも一緒にぴっと背中を伸ばした。

「ジェニーうるさい!」

 フェリックスの怒り顔にもジェニーはふにゃりとした表情で抱き締めた。

「すみません、驚かせるつもりはなかったんですよ?」

 そう言いながらふっくらとした頬を突付いているジェニーの腕を掴んだ。

「私の何が重症だっていうの?」
「様子が変ですよ。フィリップ殿下と何かあったんですか?」
「ちょっと! フェリックスの前よ!」

 するとジェニーはコホンと咳払いをしてから言い直した。

「ドレスはお返しになったんですよね?」
「今日の朝ルイスに持たせたわ」
「ルイス様、きっと戦地に赴くご心境でしたでしょうね」

 なぜか憐れむ言い方をされてカトリーヌは思わずムッとしてしまった。

「可哀想なのは私の方よ! アルベルト様と殿下の言い争いに巻き込まれてしまったんだもの」
「まさかお二人でカトリーヌ様の奪い合いをされたんですか?」

 楽しげに言うジェニーから顔を逸らす。

「そのご様子はやっぱり何かありましたね?」
「何もないったら! それよりもあなた出掛けるんじゃなかった?」

 するとジェニーはフェリックスを膝から降ろした。

「そうでした! 実は今日はお見合いなんです」
「お見合い? 用事ってお見合いだったの?」

 用事があるから昼前に屋敷を出ると聞いていたが、まさかお見合いだとは思いもしなかった。

「兄の知人と食事を一緒をするだけなんですけどね。商家のご子息でうちよりもずっとお金持ちなんですよ」
「それは立派なお見合いでしょう?」

 駄目だと分かっていても聞きたい事が止まらない。カトリーヌはフェリックスを抱き上げると、玄関まで着いて来てしまっていた。

「すみません馬車をお借りしても宜しいですか? 帰りは歩いて帰りますので」
「それは構わないけれど。というか帰りも乗ってきなさい」

 慌ただしく屋敷を出ていくジェニーの背中を見送りながら、カトリーヌはルイスの事を思わずにはいられなかった。
 しかしそれと入れ替わるように見覚えのある馬車が入ってくる。

――ベルトラン家の馬車だわ。

 馬車の中から出てきたのはアルベルトだった。離婚してからこうも顔を会わせる事になるとは思いもしなかった。

「出掛けるのか?」
「おとうさま!」

 フェリックスが手を伸ばすとアルベルトがその手を包むように掴んでいる。その光景を見ただけで、カトリーヌの胸は一気に熱くなってしまう。

「ジェニーを見送っていたところです。今日はどうされました?」
「実は今日ピ……」
「ピ?」
「……たまたま休みが取れたから、ピクニックにでも誘おうかと思ってな」

 あまりにアルベルトと掛け離れた単語に思わず固まってしまう。アルベルトの顔もみるみるうちに真っ赤になってしまった。

「ルドルフがフェリックスとピクニックに行ったらどうかと。使用人達を大人数待機させているから安心してくれ」
「分かりました。用意をするので少しお待ち下さい。今日はそのまま連れて帰りますか?」
「それはまだ無理そうだな」

 その言葉に内心安堵すると、フェリックスを抱いて二階へと向かった。


 シャツにハーフパンツ、ハイソックスに帽子という動きやすい格好をさせ、アルベルトの方に向けてぽんと背中を押した。

「お帰りは何時頃でしょうか?」
「ん?」

 何故かアルベルトにじっと服装を見られた気がした。

「いかが致しました?」
「一緒に行かないのか?」
「はい」

 アルベルトは強張った表情のまま固まっていた。

「おとうさまはやくいこッ!」

 引っ張っぱられ腕が上下している。

「気を付けて下さいね。夕方からの風は冷たくなりますから早めに送り届けてください」
「あぁ、そうするよ」

 本日二度目となる背中を見送りながら息を吐いた時、後ろからエルザが声を掛けてきた。

「もしかしたら、お嬢様もご一緒に行かれると思っていたのではないでしょうか」
「私が? まさか」
「ですがあのご様子ですとそう見えました」

 もう一度馬車のいなくなった玄関を振り返る。

「ありえないわ。この間の夜会でもフィリップ殿下に元妻だからちょっかいを出さないで欲しいって言っていたくらいだもの」
「それを殿下に仰ったのですか?」

 驚いているエルザを通り過ぎながら、腑に落ちない声が漏れてしまった。

「体裁が悪いものね」
「それだけではないように思いますが」
「とにかくアルベルト様が私の事をどうこう思う日はこれから先も来ないわよ」




 ピクニックに選んだ場所は王都から少し離れた湖畔だった。フェリックスは馬車に乗るなり外の景色に吸い寄せられ、窓に張り付いていた。

「見てみろ、鹿がいるぞ」

 アルベルトは窓から林の奥にいる鹿を見つけたが、フェリックスが見つける前にすぐにいなくなってしまった。

「どこにもいないよ」
「さっきまでいたんだ」
「いなかったもん!」
「いたさ! あの林の間に……」

 フェリックスの隣りでルドルフは静かに首を振っている。アルベルトは座り直すと、窓の外を見つめた。

「まだどこかにいるかもしれないから探してみろ」
「うん! でもクマの方がいいな」
「本物の熊は恐ろしいぞ」
「え……」

 ルドルフの咳払いにアルベルトは、フェリックスの頭をぎこちなく撫でた。

「怖いというより強いんだ」
「おとうさまより?」
「同じくらいだ」
「すごいね!」


 ラグを敷き、サンドイッチや菓子、果実水を並べていく。しかしフェリックスは草原の上を走り出した。

「子供はあんなに足が速いのか?」
「フェリックス様は特にお速いかもしれません。いつも屋敷中を走り回っていますからね」
「だが湖の方まで行ったら危ないな」

 アルベルトが追い掛けて行くと、かけっこが始まったと思ったフェリックスは、捕まらないようにキャッキャと声を上げながら右へ左へ走っていく。アルベルトも捕まえないぎりぎりで手を伸ばしフェリックスの後を追いしばらく走り回った後、一気に持ち上げ肩に乗せた。
 視界が変わったフェリックスは歓声を上げながらアルベルトの髪を掴んだ。

「こら! 髪を掴むな!」

 息子を肩に乗せて髪を掴まれているアルベルトを感慨深く見ながら、ルドルフは目頭を押さえた。

「変な奴だな」
「いえ、アルベルト様も人の子だとのだなと」
「失礼だぞお前は」
「ですがアルベルト様がお子様を肩に乗せて、ピ……ピ……ピクニックに来ているだなんてッ!」

 アルベルトは無言のままフェリックスを地面に下ろすと、ルドルフの首根っこを掴んだ。

「常々思っていたがお前は主に対する態度がなっていない。今すぐに湖を十周して来い!」

 ルドルフは一気に笑みを引っ込めると、すっと屈んだ。

「フェリックス様、お腹が空いていませんか? お昼に致しましょう」
「おい聞いていたのか? お前はその湖を十周だと言ったんだ」
「さあさあフェリックス様、私が果実水を注いであげましょうね」
「うん! ぼくのどかわいた」

 ルドルフの手をフェリックスがぐいぐいと引いていく。フェリックスに捕まってしまえば引き離す訳にもいかず、アルベルトも広げてあるラグの上に座った。
 小さな身体のどこに入っているのだろうと思う程食欲旺盛なフェリックスを見つめながら、カトリーヌの面影を宿す薄青い瞳がアルベルトに向いた。

「あそこであそびたい!」

 フェリックスが指差しているのは湖。しかし舟がない為湖に出る事は出来ない。

「一緒に水を触るくらいなら構わないぞ。今度舟を持って来よう」
「ふね?」
「今みたいな格好でも濡れずに、こうやって水の上でも座っていられる物だ」
「すごーいふね! いつ?」
「今度だ。次はお母様も誘ってみるか?」
「そうだね」
「今日だが、なぜお母様は来なかったのか知っているか?」

 フェリックスは口一杯に詰め込んでいたサンドイッチを一生懸命に飲み込んでいく。そして驚くべき言葉を口にした。

「んとね、おみあい?」
「「お見合いッ!?」」

 アルベルトとルドルフの声が重なる。アルベルトはフェリックスにぐいっと寄った。

「本当にお見合いなのか? カトリーヌが?」
「うん! おかあさまが“おみあい”って言ってた」
「……お見合い、カトリーヌがお見合い……」

 ブツブツと呟き出すアルベルトを心配するようにルドルフが覗き込んだ。

「お前は知っていたか?」
「私も初耳です」
「フィリップ殿下だけじゃなかったのか? 他の男達もカトリーヌの美しさに気がついたのだろうか? いやいや、わざわざ王族が気に入っている女に手を出そうとする馬鹿がいるか。まさか相手は庶民? いやそれはないな。でももし商家の息子ならそこらの貴族よりも資産がある場合があるか……」
「アルベルト様!」

 ハッとしたアルベルトは、フェリックスとルドルフ、そして近くに控えていた侍女が驚くように見ていた事に気がついて口を噤んだ。

「お気をお確かに。今は折角のピクニックをお楽しみください」
「フェリックス、お土産を買ってすぐにお母様に持って行こう。おもちゃもお菓子も買ってやるぞ」
「やったー! じゃあクマのぬいぐるみ!」
「ぬいぐるみならあるだろ」
「でも一つだよ、かわいそうでしょ」

 その時、アルベルトは息を飲んだ。

「そうだな。それじゃそれも買っていこう」

 フェリックスは満面の笑みを浮かべると、お菓子に手を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...